第37話 シノビ定期便 ~お届け物からコロシまで~
冒険者ギルド移転の密約を結んでから、俺の二重生活――って程でもないが、世間を欺く日々が始まった。
それはギルドマスターとしての日々の業務をこなしながら、エスコルヌ女子爵とのやり取りを続ける生活だ。
ギルド施設の建設は、基本的にはエスコルヌ女子爵の方で全部進めてくれてはいる。
しかし、
『ここをこうしたい。あそこをああしたい』
『あの要望は無理そうなので、プランBに変更になった』
『現場近くに魔獣が出たので追い払って欲しい』
『雨が続いて工期が延びている』
『敷地の隅で温泉が出たので、温泉施設も併設しようと思うのだがどうか? 建設規模を誤魔化すいい目くらましにもなるかと』
などなど、こちらも対応しなくてはならないことは山ほどあった。
俺は『シノビ定期便』を使って、それらのことを主に文書でやり取りしていった。
そしてシノビは俺が見込んだ通り――見込んだ以上に――迅速で、正確で、なにより有能だった。
馬も使わずに、なのに馬よりも早く隣町ノースランドまで移動し。
俺からの密書を確実に渡し、エスコルヌ女子爵からの密書もまた確実に届けてくれる。
おそらくギルド移転の密約についても、シノビは既に察しがついているだろう。
今もシノビはエスコルヌ女子爵からの密書を持って、ギルマス執務室にいた俺に報告にやってきたのだが。
その際にシノビからこんなことを言われた。
「ノースランドへの往復がてら行商人たちの様子を少し探ってみたのですが、今のところ特に不審に思ってはいないようです。建設を指揮する大工の棟梁たちは、妙に大掛かりな建設であることには気付いていますが、その意図までは理解しておりません」
だから計画は順調だ、ということなのだが。
これをわざわざ俺に報告するということは、つまりシノビはギルド移転の密約に気付いているということに他ならなかった。
「そうか。報告ありがとう」
「では他になければ、それがしはこれにて」
「ああ、えっと……」
「何か気になることでもありましたか? もしや道中にて野盗を数名、始末したことでしょうか?」
「そんなことをしてたのか?」
「子連れの旅人の寝込みを襲おうとしていたのを見つけた故、斬って捨てました」
「そ、そう……大変だったな。怪我はなかったか?」
「ご安心を。野盗の始末ていど、赤子の手をひねるのと変わりませぬ」
シノビは腰の後ろに差した「ワキザシ」なる珍しい武器の柄頭を軽くポンポンと叩くと、顔色一つ変えずに淡々と言った。
若干、引く俺。
いやまぁ俺も過去に悪人を何人も斬ってはきたが、顔色は変えたぞ?
「そ、そうか。さすがだな。……でも野盗なぁ。あらかた撲滅したと思っていたんだが、やっぱりまだいたか」
1年ほど前に商人ギルドから依頼があり、冒険者ギルド総出で、街道沿いに出没する野党狩りを行った。
森に詳しい狩猟ギルドなどいくつかのギルドの助力も得て、大小問わず街道に出没する野盗をあらかた潰しまわったんだがな。
「何ごとも完全にゼロにするのは難しいもの。大事なのはゼロに近づける努力を欠かさぬことです」
「同感だ」
なんとも含蓄に富んだシノビの言葉に、俺は大きくうなずいた。
「それでギルマス、なにか別の御用でも?」
「いやごめん。なんでもないんだ。呼び止めて悪かった」
「左様ですか。それでは失敬」
「ああ、また次回、頼むな」
「御意」
もしシノビが密約についてより詳細に聞きたがれば、この際だから密約を教えてもいいと俺は思ったのだが。
しかしシノビは特に興味を示す様子もなく、もう言うことはないとばかりに、あっさりとギルマス執務室を出ていった。
「寡黙だけど質問すればしっかり答えてくれるし、本当に有能なヤツだなぁ。リーリアが数字と事務全般のスペシャリストだとしたら、シノビは情報戦と隠密行動のスペシャリストだよ」
とまぁこんな感じで、シノビを上手く利用しながら、俺はエスコルヌ女子爵との連絡を秘密裏に繰り返していたのだった。




