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第30話 エスコルヌ女子爵のアピール(?)

「この後ですか?」


「ええ。ここノースランドは田舎ということもあって、なかなか来客もありませんの。ですので、こういう機会は大切にしたいのですわ」


 まさかの提案だった。


 俺は王国内に10名ほどしかいないSランク冒険者とはいえ、庶民が貴族のお屋敷に泊まることを許されるなど、まずあることではない。


 例えばサー・ポーロ士爵などは、定例協議が終わるとすぐに俺を屋敷の外に追い払うほどだ。


 つまりエスコルヌ女子爵のこの申し出は、破格の申し出に他ならない。


 それだけ俺を信頼してくれているのだろうが、やはりいろいろと心苦しくはある。


「さすがにそこまでのご迷惑をおかけするわけにはいきません。部下にも、日帰りと伝えてありますし」


 日帰りと言いながら帰ってこなかったら、リーリアが心配してしまう。

 あの子は俺に対してやたらと心配性だからな。

 俺の方が年上だってのに。


「そうおっしゃらずに、どうぞ泊っていってくださいませ。冒険者ギルドの方にはわたくしから連絡を差し上げておきますので。わたくし、フィブレ様ともっとたくさんお話をしたいのです」


 エスコルヌ女子爵がソファから腰を浮かすと、ずいっと身を乗り出してきた。

 美しい顔が俺の眼前に迫り、俺たち庶民がまずつけることのない、かぐわしい香水の香りが漂ってくる。


 胸元の大きく開いたドレスからは、柔らかな双丘によって形作られた深い谷間が、惜しげもなく晒されており。

 濡れ羽色の長い黒髪がさらりと耳からこぼれ、その深い谷間へと落ちていった。


 思わずドキリとしてしまった。


 理性を食い殺す優美なる谷間へと視線が吸い寄せられそうになって――しかし俺は鋼の意思でもって視線を上げ、エスコルヌ女子爵の顔を見続けた。


 貴族の女性の身体をしげしげと眺めるのは、不敬もいいところだ。

 視線にも態度にも出してはいけない。


 下手を打てば、せっかくの好条件でのギルド移転話が、なかったことにされてしまうかもしれない。


「そこまでおっしゃるのでしたら、ご厚意にあずからせていただきます」


「もぅ、フィブレ様ったら、これだけやっているのに変にお堅いんですから」


 なぜかエスコルヌ女子爵が小声で、どこか拗ねたように早口で言った。


「えっと、なんの話でしょうか? 失礼ながら、最後の方がよく聞き取れなかったんです」


「べ、別になんでもありませんわっ。そのようにかしこまらなくても構いませんと言っただけですのよ」


「そうでしたか」


 そういう割には、なんだか微妙に怒っている――いや、むくれているような?


「そもそも話し方がいけませんわよね。もっとフランクに話せばよいと思いますわ。なんだか距離を置かれているようで悲しくなってしまいますから」


「無茶は言わないでください。貴族であるエスコルヌ女子爵とは身分の差があります」


「もぅ、わたくしとフィブレ様はもう、秘密の共犯関係ですのに……」

「あはは……」

 

「まぁ仕方ありませんわね。古来より『()いては事を仕損じる』と申します。ここはじっくりと腰を据えて、長期戦で臨むと致しましょう」


 エスコルヌ女子爵はまたまた小さな声で独り言のように言うと、子供のように目をきらめかせながらクスクスと笑った。


「さっきからいったい何の話をされているのか、皆目見当がつかないのですが……」


「今はまだわからなくてよろしくてよ。そのうちきっと、フィブレ様もおわかりになるはずですから」


「は、はぁ……」


「そんなことより、移転計画のお話をいたしましょう。サー・ポーロ士爵をあっと言わせるための、最高に素敵な計画を」


「ですね。目にもの見せてやりましょう」


 こうして、冒険者ギルドの移転計画は、まずは俺とエスコルヌ女子爵の間だけで、秘密裏にスタートしたのだった。

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