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第29話 冒険者ギルド移転の密約(2)

「打ち合わせなどは最低限にとどめるとして。エスコルヌ女子爵の方でなるべく秘密裏に、新施設の建設を進めてもらうことは可能でしょうか?」


 もちろんサー・ポーロ士爵とて馬鹿ではない。

 どれだけ秘密に事を進めても、移転計画がどこかの段階でバレるのは間違いないと思ってはいる。


 だが発覚が遅ければ遅いほど、妨害工作もやりにくくなるはずだ。


「ご安心ください。父から受け継いだだけとはいえ、わたくしもノースランドを治める貴族です。ろくに苦労も知らない御用商人上がりの欲深い準貴族を出し抜くくらい、ちょちょいのちょいですわ。どうぞ大船に乗ったつもりでいてくださいな」


「力強いお言葉、ありがとうございます!」


 俺は大きく頭を下げた。

 顔を上げると、エスコルヌ女子爵が満面の笑みを浮かべている。


「どうぞ、わたくしの命の恩人のたってのお願いですから、我が家名にかけて全力で応えてみせましょう」


 エスコルヌ女子爵は右手で十字を切った。

 たしか貴族社会の儀礼で、神に誓うという意味だったはず。


 俺も同じように――慣れない仕草なんでちょっと不格好だが――右手で十字を切って返す。

 冒険者の礼とは異なるが、ここはエスコルヌ女子爵の作法に合わせよう。


 もちろんこれだけ大きな案件だ。


「正式な契約書は詳細を詰めたうえで後日、取り交わすということでよろしいでしょうか?」

「もちろんですわ」


 契約書はちゃんと取り交わす。

 だが今のところはこれで十分だろう。


「必要な資料や書面などは、全てこちらでご用意いたします」


「ありがとうございます。それでは書類の方は冒険者ギルドの方にお任せいたしますわね」

「どうぞ任せ下さい」


「それでは早速、計画を進めてまいりましょう。わたくし、なんだかワクワクしてきてしまいましたわ。ふふふ……っ」


「俺もです。まるで子供の時に、親に内緒でいたずらをした時のような気持ちと言いますか」


「あら、フィブレ様は意外と悪い子だったのですわね?」


「俺に限らず男の子というのは、誰しも親の目を盗んでイタズラをする生き物なのです」


「ふふっ、ここはそういうことにしておきましょう。“神童”フィブレ様」


 エスコルヌ女子爵はあえてその二つ名で呼ぶと、楽しそうにクスクスと笑った。


 ……これはあれだな。

 俺が調子に乗っていた頃のことを、エスコルヌ女子爵はかなり知ってるっぽいな。


「もしまだお時間があるようでしたら、もう少し突っ込んだ話をしてもよろしいでしょうか?」


 当時の話を蒸し返されては恥ずかしいことこの上ないんで、俺はさりげなく話を変えた。


「ええ、ぜひよろしくお願いしますわ。まずは現状の把握を正しく行いたいですから。正確な人員の数や、必要な施設など、わたくしはなんとなくしかわかりませんので」


「もちろん全てご説明いたします」


「では、そうですわね……」


 ――と、そこでエスコルヌ女子爵が考え込むように、軽く握った右手を口元に当てた。


「なにか疑問でもありましたか? なんなりとおっしゃってください」


「いえ、そうではないのですが。時間に限りがあると、気も()いてしまいますわよね?」


「そうですね。何をするにしても、時間に余裕があるに越したことはありません。それがどうかされましたか?」


 ここまでずっと明瞭でわかりやすかったエスコルヌ女子爵の意図が急につかめなくなり、俺はわずかに困惑してしまう。


 困惑する俺にエスコルヌ女子爵は言った。


「ええとですね。せっかくの機会ですので、わたくし、ギルドの移転のお話以外に、フィブレ様の冒険譚なども聞かせていただきたいと思いまして」


「もちろん構いませんよ。俺たちは秘密の共犯者ですからね。相互理解のためにも、お互いのことを知ることは大事だと思います」


 どんなことでも、最後にモノを言うのは人間関係だと俺は思っている。


「はい、わたくしもそう思いますわ。ですので、今日はこのまま当家に泊っていかれてはいかがでしょうか? と思ったのです」

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