第28話 冒険者ギルド移転の密約(1)
「丸ごと移転ということでしたら、その経済効果は小さな田舎町のノースランドにとっては計り知れませんわ。冒険者ギルトが移転してくれば、この街の風景は一変することでしょうね」
エスコルヌ女子爵はその未来を想像したかのように、わずかに目を細めた。
「はい、そうなるでしょう」
「提案についてはよくわかりました。ではお答えします」
「はい……!」
「土地および施設の建設費用は、わたくしの方から無償で提供いたしましょう。ぜひとも、冒険者ギルドを我がノースランドに移転させてくださいまし」
おおおおおおっ!!
俺は思わずグッと拳を強く握りしめた。
「本当ですか!? いえ、ですが土地と建設費用を無償というのはさすがに――」
「構いませんわ。そもそも提供する土地は荒れ地、つまりタダのようなものですから。それが多少増えたところで大勢に影響はありません。0に0を足しても掛けても、0であることに変わりありませんので」
「百歩譲って土地はそうかもしれませんが、資金についてはまた話が違ってくるのでは……」
施設の規模が冒険者ギルド丸ごとというほどに大きくなれば、それに比例して建設費はべらぼうに跳ね上がるはず。
「もぅ、フィブレ様ってば。わたくしも貴族の端くれですのよ? それくらいの資金ならご用意できますわ」
「ですが……」
「ご安心を。これは未来への投資ですわ。後から税収増と、街の発展という形で、何倍、何十倍となって返ってくるお金ですの。それに実を言いますと、わたくしも以前からサー・ポーロ士爵は気に食わなかったのです」
エスコルヌ女子爵は露骨に顔をムッとさせると、言葉を続ける。
「近隣貴族の集まりに顔を出すとすぐに言い寄ってきて、さりげなく身体を触ろうとしたり、性的な発言を繰り返したりと、不快なことこの上ありませんでしたから」
「さもありなんですね」
なにせどこの誰に聞いても評判が悪いのが、サー・ポーロ士爵という人間だった。
貴族の間ですら評判が悪いことにも不思議はない。
「わたくしもサー・ポーロ士爵だけは、いつか痛い目に合わせてやろうと常々思っておりましたのよ。ですからこれはとてもいい機会なのですわ」
「つまり……私怨ですか?」
「もちろん私怨はありますわよ。逆にお尋ねしますけど、フィブレ様は彼に私怨を抱いてはいないのでしょうか?」
エスコルヌ女子爵の瞳がいたずらな光を帯びる。
尋ねかける様子は実に楽し気だ。
「いいえ、積もりに積もったものが爆発寸前です」
「でしたら問題ありませんわよね。この際ですので、サー・ポーロ士爵にはわたくしとフィブレ様の積もり積もった私怨を、徹底的にぶつけて差し上げるといたしましょう。冒険者ギルドの移転という形でもって。ふふふ、目にもの見せてやりますわ……」
にっこりと極上の笑み――だけどどこか怖さを感じた――を浮かべながら、エスコルヌ女子爵が右手を差し出した。
俺はそれをしっかりと握り返す。
美しく柔らかなその手は、俺をいたずらにドキリとさせるとともに、この人とならどんな妨害にあってもやり抜けるとの、強い確信を与えてくれた。
おっとそうだ。
サー・ポーロ士爵の妨害についても、少し考えを共有しておかないと。
「ただ少し気がかりはあります」
「あら、なんでしょう?」
「冒険者ギルドの移転計画が漏れると、サー・ポーロ士爵が邪魔をしてくるかもしれないということです」
「そうですわね。彼の性格ならそうするに違いありませんわね」
「はい、おそらくは、ほぼ間違いなく」
なぜ妨害するか?
それは冒険者ギルドに本当に出ていかれては困るからだ。
「そもそも貸主という立場で好き放題言ってはいても、実際のところ冒険者ギルドはいいお客様ですわ。本当に出ていかれて困るのはサー・ポーロ士爵の方でしょう」
「はい。出ていく先などないと踏んで、賃料をふっかけているのが現状です。それが崩れるとなれば、きっと妨害工作を仕掛けてくるはずです」
「それを防ぐためにも、この件はサー・ポーロ士爵に露見しないように進めなくてはなりませんわね」
俺の言葉に、エスコルヌ女子爵はふんふんと頷いた。




