第26話 冒険者ギルド移転の提案(1)
「主たる理由はそこですが、もちろんそれだけではありませんわ」
「と、言いますと?」
やはり何か別の理由があったのかと、俺は少しだけエスコルヌ女子爵に警戒感を抱いたのだが。
しかしそれは完全な取り越し苦労に終わる。
「わたくしは経済政策の大きな柱として、ぜひ我がノースランドに冒険者ギルドの訓練場を誘致したいと思っているのです」
「経済政策、ですか?」
「ええ。冒険者ギルドが生み出す経済効果はとても大きなものですわ。ある意味、それが一番の対価と言えるでしょうね」
「経済効果……あまり聞き慣れない言葉です。教えていただいてもよろしいですか?」
俺は己の無知を隠すことなく、素直に尋ねた。
無知を馬鹿にされることも少なくないが、知らずにいることよりもまだ、バカにされてでも教えてもらう方が、最終的に良い結果に繋がるというのが、俺が冒険者として培ってきた信念だ。
「簡単に説明しますと、一部とはいえ冒険者ギルドの施設が移転してくれば、それと連動して多くの人がこの街にやってきますわよね?」
「そうなるでしょうね。飲食店や武器防具屋、薬草屋、アイテム屋など色々な人間が商売をしにやってくるはずです」
訓練場の施設に寝泊まりして事前の訓練を行い、そこから直でクエストに向かうパーティも出てくるだろう。
薬草の購入や武具の修理、出前などなど、訓練場での商売のタネはいくらでも転がっている。
「ええ、当然そうなりますわ。冒険者ギルドをサポートする人間が必要ですから」
「おっしゃる通りで、冒険者ギルドはそれ単体では存在できません」
「そうであれば、この街は人が一気に増えることになります。人が増えればその分だけ、商売も活発になりますでしょう?」
「ほう、ほう……」
「衣食住だけとって見ても、人が増えた分だけそっくりそのまま増加します。大きなお金が動き経済が活性化し、さらにそれは新たな人を呼びこみ、さらに大きなお金が動く。それが経済効果ですわ」
「なるほど。冒険者ギルドの訓練場を誘致すれば、それに付随して様々な人々がやってきてお金を落とし、さらにそれを契機として多くの人とお金が動いていくと」
俺はふむふむとうなずいた。
俺は無知ではあっても、バカではないと思っている。
説明してもらえれば、ある程度は理解できるだけの頭は持っているのだ。
「それに加えて治安もよくなるでしょうね。これは冒険者ギルドの質にもよりますけど、ポロムドーサ冒険者ギルドのように指導が行き届いていると評判の優良ギルドであれば、屈強な冒険者が衛兵代わりとなって、周辺の治安が良くなるのは間違いありません」
「それは盲点でした。ですがそれもなるほど、おっしゃる通りです」
ちなみに冒険者ギルドもピンキリで、荒っぽいところは本当に荒っぽい。
俺も若い頃に調子に乗ってたのもあって、暴れドラゴン討伐の際に各地のエース級が集められた際には、よその冒険者ギルドの荒くれ冒険者たちから事あるごとに絡まれた経験があった。
どうでもいいことに難癖をつけて喧嘩を吹っ掛けてくるのだ。
もちろん片っ端からワカラセしてやったがな。
ぶっちゃけ当時の俺はマジのガチで強かったうえに、イキリまくってたんで、売られた喧嘩は全て全力でお買い上げしていた。
まぁ、それはそれとして。
「そうして空いた衛兵を他の地域に回せば、さらにその地域の治安まで良くなりますわ。治安が良くなれば、人々の活動はさらに活発になりますわよね?」
「いいことずくめですね。まさに正のスパイラルです」
「ええ。これこそが訓練場を誘致するノースランドのメリットなのです」
「ご説明をいただきありがとうございました。おかげでよく理解することができました」
経済効果、面白い考えだ。
覚えておこう。
「とはいうものの、訓練場ではたかがしれてはいますわ。できれば訓練場だけでなく、冒険者ギルドそのものが移転してくれれば、言うことはないのですけれども」
「冒険者ギルドそのものの移転――」
「幸いノースランドは土地がいくらでも余っておりますし、水源も近いので水に不自由することもありません。昔から水に不自由したことがないことだけは、ノースランドの密かな自慢なんですの」
「…………」
冒険者ギルドそのものの移転、か……。
「あっと……。今のは口が過ぎましたわね。ごめんなさい。さすがにそれは高望みというものでしょう。どうか先ほどの失言は忘れてくださいまし」
少し困ったように眉を寄せ、小さく頭を下げたエスコルヌ女子爵だったが、「冒険者ギルドの移転」という言葉を聞いた俺の脳裏には、一条の稲妻が駆け抜けていた。
頭の中では「それ」を行った場合のメリットやデメリット、問題点や将来の可能性などが様々に浮かび上がっては消え、浮かび上がっては消え――。
そして俺は1つの結論を得た。
スー、ハーと深呼吸をしてから、逸る気持ちを抑えながら俺はその提案を口にした。
「エスコルヌ女子爵に、改まってご相談があるのですが」
声が震えているのがわかる。
今からあまりにも大胆なことを話そうとしているから、さすがのSランク冒険者の俺もビビっているのだ。
「はい、なんでしょうか? 命の恩人たるフィブレ様のご相談であれば、どんなことでも大歓迎ですわよ? どうぞなんなりと言ってくださいませ」
エスコルヌ女子爵はピンと立てた右手の人差し指を口元に持ってくると、わずかに小首をかしげながら、上品にほほ笑んだ。
俺はもう一度、深呼吸をすると、意を決して言った。
「今おっしゃった冒険者ギルド移転の件ですが、実現してみる気はありませんか?」




