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夢で見たこと

文字を落とす

 


 リモートワークがひと段落して凝った肩を回す。今日は早く切り上げたこともあって、何もすることは無い。


 そこでふと、文章を作ろうと思った。切っ掛けは無いし、何だって良い。目の前でドラマチックな出来事が始まったとか、天から光芒の如く脳に物語が降り立ったとか。もしくは夢で見たとか?


 そうだ。何もないからこそ理由なんてあとから好きなだけこじつけられる。


 にしても、どうやって文章とは作られるのだろうか。手書き?スマホ?それともパソコンとか?

 僕の家には作文用紙なんてないし、スマホは文字を打つにはなんか画面が小さいし指も痛くなりそうだ。仕事用のパソコンを使うのは気が乗らない。というかダメだろう。


 そこで、10年ぶりに学生の時に使っていたノートパソコンを引っ張り出してみた。志望校に受かった記念に父さんが奮発して買ってくれた物だ。20万もしたこれは当時では最新機種だった。


 大事にしまっていたつもりだったが、うっすら埃を纏う姿は物悲しい。誰もが抱えていたはずの栄光も時がたてばこんなもんだと示しているかのようだ。


 なーんて、それっぽいことを考えつつ電源をつけるとすぐにログイン画面だ。色々触ってみると当時の最新機種なだけあって今のノートパソコンに劣らず操作もスムーズにできる。


 OSのバージョンだけ不安だが、この古いノートパソコンには盗られて困るものなど入っていない。すぐに小説投稿サイトに会員登録していざ書こうとする。が、何も文章など出てこない。


 それもそうだ。文章を打とうと思ってもあるのは想いばかり。中身どころか枠も無い。そんなの張りぼてさえも作れやしない。


 おかしい。一文字。たった一文字を入力することもできないままに終わってしまった。やはり思い付きの行動なんて何の実もならないどころか芽さえも出やしない。

 元々期待していなかっただけあって、ため息も出ない。呼吸は正常。


 何もしていないのに一息つこうとコーヒー牛乳目当てに台所に向かった僕の目に入るのは、居間の机の上に散らばる裏に何も印刷されていないスーパーのチラシと、くじ引きで当たったとは到底言えないハズレ賞のボールペン。


  すると頭に居座っていたコーヒー牛乳が何者かに蹴飛ばされ、代わりに入ってきたのはペンと紙。あとなぜかベレー帽。台所から机の前に逝き先変更(誤字ではない)。席にもつかずにチラシの裏に立ち向かいペンを持つ。 


 すると文字が出てくる出てくる。文脈も人物の口調もすべてが滅茶苦茶。時系列なんて存在しない。でもここには文字の列が在る。


 チラシいっぱいに書き終えて改めてみると、文章に違いはない。だがこれではメモだ。どうも不完全燃焼な感覚が拭えない。さてどうしようかとペンをゆらゆらさせると、先ほど見捨てたはずのノートパソコンが思い浮かんだ。


 さて、ノートパソコンの前に戻って先ほどのメモを見ると、不思議とばらばらに書き散らしていたメモが一つの塊に見えてくる。見えるままに入力すると、なんとそこには一つの物語が出来上がっていた。

 紙とパソコンが揃ってようやく出来上がるこの様は、まるでアナログとデジタルの融合である。



 そうやって僕を悩ませて出来上がった文章は保存だけして投稿することも無くそのままにした。なぜなら見てもらうのが目的ではなく、文章を作るのが目的だから。初志貫徹此処にあり。


 このような文章はどうやって作ったといえるのだろうか。文章を『書く』?文章を『打つ』?使う道具によって生まれ方は違うのに結局同じ『文章』という存在になるのだから何とまあ奇妙なことだ。


 不思議と満ち足りたこの感覚は、波打つプールの中で力なくゆらゆら漂う感覚と似ているかもしれない。お酒と違うのは明記しよう。


 そうだ、プールの底で漏れた息が細かい粒になって打ち上がるさまを思い出す。空気のあわを文字とする。それだけなら文字を『上げる』とか『吐く』になるかもしれない。でも僕はいつも文字の羅列は自分の顔より下で作っていた。ペンで書く時も、パソコンで打つ時も。


 なんと簡単なことだったろう。文章を作るには、書くでも、打つでもない。


 凝った肩を回し、ペンと新しいチラシ、パソコンを準備したら台所から持ってきたコーヒー牛乳のパックを呷り、脳内にベレー帽を招く。それは自分に対するこれからの作業の合図だ。



 僕は、文字を落とす。








 

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