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第3話:影からの強襲、最初の夜

完璧なパーティーメンバーたちとの顔合わせ(という名の公開処刑)が終わり、俺は女王陛下から「旅立ちは明朝とします。今宵はゆっくりとお体を休めてください」という、ありがたいお言葉を賜った。

いや、本当にありがたい。精神的な疲労が限界を突破しそうだ。


「勇者様専用のお部屋へご案内します」


侍女の一人に促され、俺はだだっ広い城の廊下を歩く。床は大理石、壁には俺の家のテレビよりデカい絵画がいくつも飾られている。完全に場違いだ。すれ違うメイドさんたちが、皆一様に俺をチラチラと見ては、顔を赤らめてヒソヒソ話をしている。やめてくれ、俺は珍獣じゃない。


案内された部屋は、ドアからしてもうおかしかった。金と銀の豪華な装飾が施された、高さ3メートルはあろうかという両開きの扉。侍女がそれを軽々と開けると、中には俺が今まで生きてきた17年間の常識を覆す空間が広がっていた。


無駄に天井が高く、無駄にシャンデリアが輝き、無駄にふかふかしてそうな絨毯が敷き詰められている。そして部屋の奥には、キングサイズのさらに倍はありそうな、天蓋付きの巨大なベッド。

……ここで寝るのか、俺が? 学校の宿泊訓練で使った寝袋のほうが落ち着くんだが。


「何かご入用の際は、そちらのベルを。それでは、ごゆっくりお休みくださいませ、勇者様」


侍女は恭しく一礼すると、静かに部屋を出ていった。重厚な扉が閉まる音がして、訪れる静寂。

……ついに、一人になった。


「はぁ〜〜〜〜〜…………」


俺は、我慢していたクソでかい溜め息を吐き出すと、そのまま巨大なベッドにダイブした。体がスプリングに数回バウンドし、柔らかなシーツに顔が埋まる。いい匂いがする。


「……マジでどうなってんだ……」


授業中だったはずが、気づけば異世界。

女しかいない(っぽい)国で、男なのに聖女として召喚され、紆余曲折の末「勇者」にジョブチェンジ。

魔王を倒さないと日本に帰れないらしい。

そして、俺につけられた仲間は、とんでもない美少女ばかり。


「情報量が……多すぎる……」


頭がパンクしそうだ。一つ一つの事象が現実離れしすぎていて、もはや夢なんじゃないかとすら思う。

頬をつねってみる。痛い。夢じゃない。


だが、まあ……と俺は思う。

絶望的な状況ではあるが、一筋の光はある。

そう、あのパーティーメンバーたちだ。


騎士団長のグレイシアさん、天才魔法使いのリリスちゃん、聖女みたいなセレネさん、クールなシーフのシェルさん。

一人一人が、物語の主人公になれそうなレベルのスペックだった。

俺は役立たずだけど、あの人たちがいれば、きっと魔王討伐も不可能じゃない。うん、きっとそうだ。俺はそう信じることにした。楽観主義は、こういう時こそ役に立つ。


旅の疲れと、一日中続いた極度の緊張。そして、このフカフカすぎるベッド。

俺の意識は、急速に白濁していく。

そういえば、侍女さんがちゃんとドアに鍵をかけてくれていたな。さすがは王城、セキュリティも万全だ。もう今日は何も考えずに寝てしまおう……。


そんなことを考えながら、俺がまどろみの中に沈みかけた、その時だった。


部屋の隅。シャンデリアの光が届かない、最も深い闇。

その闇が、ゆらり、と揺れた。


「……見つけた」


吐息のような、小さな声。

だがそれは、眠りに落ちかけていた俺の意識を、強制的に引きずり起こすには十分すぎた。

俺がハッとそちらに顔を向けると同時に、影の中から黒い疾風が音もなくベッドに駆け上がってきた。


「―――っ!?」


声も出なかった。

気づいた時には、俺はベッドに縫い付けられていた。

黒い軽装―――シェルさんだ。

彼女が俺の上に乗りかかり、片手で俺の口を素早く塞いでいる。もう片方の手は、俺の両手首を頭上でいとも簡単に押さえつけていた。小柄なはずなのに、信じられないほどの力だ。


「しっ。騒がないで」


耳元で囁かれた声は、昼間聞いた時と同じ、感情の読めないクールな声。

だが、俺のすぐ目の前にある彼女の瞳は、昼間とは全く違う光を宿していた。

暗闇の中、獲物を見つけた獣のように、ギラギラと飢えた光を。


(え? なんで? どういうこと!?)

(ていうか、鍵は!? 鍵かかってたよな!?)

(この人、クールな一匹狼キャラじゃなかったの!?)


俺の脳内は、疑問符と感嘆符で埋め尽くされる。

シェルさんは、そんな俺の混乱を意にも介さず、うっとりとした表情で俺の顔を覗き込んだ。


「やっと二人きりになれた。……召喚された時から、ずっと見てた。あなたが、私のものだって、すぐにわかった」

「んぐっ! んー!!(何言ってんだこの人ー!!)」


「大丈夫。痛くはしない。ただ……あなたの全部に、私の印を刻むだけだから」


そう言うと、彼女は俺の首筋に顔を埋めてきた。

ひんやりとした彼女の唇の感触と、甘い香りに、俺の背筋を悪寒が駆け巡る。

抵抗しようにも、プロの技術で完全に動きを封じられている。もはや、まな板の上の鯉だ。


ああ、異世界に来て、最初に抱いた淡い期待は、こんなにも早く、こんなにも理不尽に打ち砕かれるのか。

俺の異世界での最初の夜は、こうして強制的に、そしてあまりにも一方的に幕を開けたのだった。


翌朝。

小鳥のさえずりが、やけに空々しく窓の外から聞こえてくる。

俺は、巨大なベッドの上で、抜け殻のようになって虚空を見つめていた。

肌には、昨夜の嵐の痕跡が生々しく残っている。


……もう、お嫁にいけない……。


そんな、どうしようもなくアホな感想が頭に浮かんだ時、部屋の扉がコンコン、とノックされた。


「勇者様、朝ですよ! グレイシアです! 旅立ちの準備はよろしいですか?」


ドアの向こうから聞こえてくる、騎士団長様の爽やかで凛々しい声が、今の俺には悪魔の呼び声のようにしか聞こえなかった。

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