第2話:完璧(当社比)な仲間たち
阿鼻叫喚、という言葉は、まさにこの状況のためにあるのだろう。
「男が召喚された」という、ただそれだけの事実が、この荘厳な広間を完全にカオスへと叩き込んでいた。
さっきまで騎士の礼をとっていた女性たちは右往左往し、中には「そんな……私たちの乙女の祈りが……男を呼び出すなんて……」と頭を抱えてうずくまる者までいる始末だ。純粋すぎるだろ。
そんな大混乱の中、最初に我に返ったのは、やはりあの女王様のような女性だった。
彼女は「こ、コホン!」と、まだ少し震えている声で咳払いを一つすると、さっきまでの動揺を無理やりねじ伏せるように、凛とした声で叫んだ。
「静まりなさいっ!」
その一喝は、さすがの威厳だった。
ざわついていた騎士や侍女たちが、ピタッと動きを止め、一斉に彼女の方を向く。
彼女は、まだ少し赤い顔で俺を一瞥すると、側近らしき銀髪の女騎士に向かって、早口で問いかけた。
「宰相! どういうことですか! 聖女召喚の儀は、我が国千年の歴史において一度たりとも失敗したことなどないと聞いていましたが!」
「はっ! 女王陛下! その通りにございます! 儀式の手順、魔法陣の構築、捧げた魔力、いずれも完璧だったはず……にもかかわらず、なぜ男性が召喚されたのかは、全くもって……」
宰相と呼ばれた騎士も、額に脂汗を浮かべている。
いや、あんたたちが聞きたい以上に、俺が聞きたいよ、その理由。
女王陛下―――やっぱりこの人が女王様なんだ―――は、しばらく「ううむ」と腕を組んで唸っていたが、やがて何かを決心したように顔を上げた。その瞳には、ある種の開き直りのような光が宿っている。
「……まあ、よいでしょう」
「「「えっ」」」
俺を含め、その場にいた全員の声がハモった。
よくないだろ、どう考えても。
女王は、そんな我々の困惑を意にも介さず、力強く言い放った。
「召喚された、という事実が重要なのです! 千年の歴史で初めてのイレギュラー……これは、神が我々に与えたもうた新たな試練であり、希望の形なのでしょう!」
「おお……!」と、騎士たちが感銘を受けたようにどよめく。
いや、完全にこじつけだよね、それ。
「つまり、彼は『聖女』ならぬ『勇者』! そういうことです! これより、彼を『勇者様』とお呼びしなさい!」
「「「ははーっ!」」」
かくして、俺の称号は「聖女(仮)」から「勇者(男)」へと、女王の鶴の一声でスライド決定された。
いいのか、そんなんで。この国の意思決定、雑すぎないか?
女王は満足げに頷くと、改めて俺に向き直った。
「勇者殿。いきなりのことで混乱しているでしょうが、どうか我らの話を聞いてください」
その真剣な眼差しに、俺はゴクリと唾を飲み込む。
彼女の話を要約すると、こうだ。
この世界は今、魔王と名乗る者の率いる軍勢によって、滅亡の危機に瀕しているらしい。
魔王軍は圧倒的な力で次々と国々を蹂躙し、この国―――アルストロメリア王国―――が、人類に残された最後の砦なのだという。
そして、その魔王を倒せるのは、伝説に語られる異世界からの勇者、ただ一人。
「……というわけなのです。どうか、我らと共に戦い、この世界を救ってはいただけませんか?」
女王はそう言って、深く頭を下げた。
いやいやいや、無理無理無理!
俺は慌てて首を横に振る。
「む、無理です! 俺、ただの高校生ですよ!? 運動部ですらない、帰宅部の! 魔王とか、どう考えても勝てるわけないじゃないですか!」
「しかし、貴方様には古の勇者と同じく、特別な力が宿っているはず……」
「力なんてありません! あるのは、次の数学の小テストへの憂鬱くらいです!」
必死に訴えるが、女王は困ったように微笑むだけだ。
「元の世界へお帰りになる方法ですが……残念ながら、我々にもわかりません。ただ、伝説によれば、魔王を討ち滅ぼした時、勇者を元の世界へ送り返す道が開かれる、とされています」
……それって、つまり。
魔王を倒すまで、帰れないってことか?
俺の顔から、サッと血の気が引いていく。
これはもう、選択の余地がない、ということか。
俺が絶望に打ちひしがれていると、女王は「勇者様には、我が国の最強戦力を付けます」と自信満々に言った。
「さあ、皆、前へ!」
女王の号令で、今まで後方に控えていた四人の女性が、スッと前に進み出てきた。
その瞬間、俺は息を呑んだ。
最初に紹介されたのは、騎士たちの中心に立つ、長身の美女だった。白銀の鎧に、空色を映したような青いマント。腰に提げた長剣は、実用性と気品を兼ね備えている。きつく結い上げられたプラチナブロンドの髪と、理知的な蒼い瞳が印象的だ。
「騎士団長、グレイシア・フォン・エアレンベルクと申します。勇者様、我が剣は貴方様と共にあります」
完璧なカーテシーと共に告げられた声は、凛としていて心地よかった。
次に紹介されたのは、黒いローブに身を包んだ、小柄な少女。フードを目深にかぶっていて顔はよく見えないが、隙間から覗く銀色の髪と、人形のように整った無表情な顔立ちが神秘的だ。
「……リリス。魔法使い」
ボソリと、それだけ。だが、彼女の周りの空気は、なぜか**ピリピリと肌を刺すように張り詰め、空間そのものが歪んでいるように錯覚するほどだった。**うまく言えないが、とにかくヤバい。間違いなく、とんでもない実力者だ。
三人目は、純白の神官服をまとった、穏やかな雰囲気の女性。蜂蜜色の柔らかな髪に、慈愛に満ちた翠の瞳。彼女がそこにいるだけで、場の空気が和らぐような気がする。
「わたくしはセレネと申します。至らぬ身ではございますが、勇者様のお力になれるよう、精一杯癒やしの力を使わせていただきますね」
その微笑みは、まさに聖女と呼ぶにふさわしかった。
そして、最後の一人。
黒を基調とした、体にぴったりとフィットする軽装の女性。フードで顔の半分は隠れているが、切れ長の鋭い瞳がこちらを窺っている。いつの間にそこにいたのかわからないほど、彼女の気配は希薄だった。
「……シェル」
リリスと同じく、彼女も名前だけを告げると、スッと後ろの影に溶けるように下がってしまった。
……すげえ。
なんだ、このパーティー。
完璧な騎士団長に、天才魔法少女、慈愛の聖女、そしてクールな隠密。
ゲームやアニメで見る「勇者パーティー」のお手本のような、完璧な布陣じゃないか。
俺は、自分の無力さを棚に上げて、少しだけ希望の光を見た。
そうだ、俺自身に力がなくても、これだけすごい人たちがいるんだ。
俺は言ってみれば、ただの「勇者」というお飾りの旗印で、実際に戦うのは彼女たち。
きっと、何とかなる。
そう、何とかなるに違いない!
俺がそんな淡い期待を胸に、未来の仲間たちを改めて見つめていると、なぜか全員の視線が、やけに……その……ねっとりとしていることに、まだ気づいてはいなかった。




