BREAK THE LIMIT〜あの日、俺らは奇跡を起こした〜
――中学バスケ最後のウィンターカップで、俺たちは奇跡を起こした。
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「3年2組、キャプテンの北條瑛太です。ポジションはポイントガード。チームの頭脳と、時々言われますが……今日は、心でプレーします」
ジュニアウィンターカップ、準決勝。試合前の整列でそう名乗った。 でも、今はそんな気の利いた自己紹介も霞むほど、目の前の現実が重くのしかかっている。
スコアボードに表示された「63 - 52」という数字を、俺はぼんやりと見上げていた。 残り4分12秒。タイムアウト中のベンチに、重苦しい沈黙が流れている。 冬の冷え込んだ体育館、窓の外には雪がちらついていた。
「……あと10点。4分で追いつけるか?」
誰が言ったわけでもない。でも、全員が同じ思いを抱いていた。 点差、相手チームの強さ、自分たちの疲労。 冷静に考えれば、絶望的だ。 でも俺は、諦めたくなかった。
「瑛太、戻るぞ」
コーチの声に、俺は立ち上がった。 足に力が入らない。膝が震えていた。 体力は限界、心も揺らいでいる。
でも。
この4分で、俺たちの中学バスケは終わるんだ。 勝っても、負けても。 だったら、やるしかない。
「#4 入ります!」
審判の声が響く。俺はコートに戻った。
ベンチ前で誠が小さく拳を突き出す。強面だけど、いつも冷静な副キャプテン。意外と涙もろくて、1年の時はアニメの最終回で泣いてたのを俺は知ってる。 俺も軽く拳をぶつけた。
拓は小柄だが、一番走れるガード。口癖は「俺が一番速い」。実際、チームで一番速い。 隼人は身長こそないが、ディフェンスでは誰にも負けない根性型。練習中にコケても、すぐに立ち上がるタフネス野郎。 勇太はチームのムードメーカー。お調子者だけど、誰より仲間思い。
そして俺瑛太は、頭で考えるより先に心が動いてしまうタイプ。
目の前に立つのは、相手チームのキャプテン・赤井。 長身、スピード、フィジカル、そして得点力。 全国トップのスコアラーと評される中学生モンスターだ。
「お前ら、焦ってるだろ」
赤井がニヤリと笑う。挑発のつもりだろう。 だけど、今の俺はそれに乗るほど未熟じゃない。 心を無にして、赤井の動きに集中する。
ボールが渡り、赤井が仕掛けてきた。 (右フェイク、左ドライブ――いや、戻る!)
読み切った。 その瞬間、ボールに手を伸ばす。
ガッ!
ボールが跳ねた。俺が奪った!
「瑛太、ナイス!」
誠の声。即座にパスを出す。
「走れっ!」
誠のロングパスが宙を舞う。 俺は右サイドを疾走しながら、ジャンプしてキャッチ。
そのまま、レイアップ。
シュウッ――バシン!
綺麗にネットが揺れた。 会場がざわめく。ベンチからも歓声が飛ぶ。
63 - 54。残り3分48秒。
たった1本。でも、1本目の得点が流れを変える。 空気が、少しだけ俺たちに傾いた。
次のディフェンス。相手がボールを回してくる。 赤井がスクリーンを使って外へ出た。
だが、隼人が読んでいた。鋭く寄せてシュートをブロック。 ボールが跳ね返ったところに、拓が飛び込んでリバウンド。
即座に誠にパスが渡る。 誠がドリブルで中央を突破する。
「瑛太、外!」
誠からのパスが俺のもとへ飛んできた。 受け取った瞬間、迷いはなかった。
ステップを踏まず、そのまま放つ。
3ポイントシュート。
ボールが弧を描き、吸い込まれるようにリングへ――
バシン。
決まった。
「うおおおおお!!」
観客席が爆発した。応援団、保護者、同級生。 みんなが立ち上がって叫んでいる。
63 - 57。6点差。
残り時間は2分20秒。まだ時間はある。 だけど、相手も本気になってきた。
赤井が自分でボールを運び、ドライブで切り込む。 一瞬のスピード。誠がスライドで止めようとするが、身体を当ててかわされる。
シュート――いや、違う。
赤井は最後の最後で、センターの選手にパスを出していた。 完全にノーマーク。
(しまった……!)
打たれる――
いや、拓が飛び込んだ。ファウル覚悟のブロック。 ギリギリで当てた。バウンドしたボールを勇太が拾う!
「回せ、回せ!」
誠が叫ぶ。ボールが回る。
俺のもとへ、再びボールが来る。 ディフェンスが1歩近い。でも、俺は止まらない。
フェイク、横ステップ、そして――スリー。
(決まれ……!)
バシッ!
またもネットが揺れる。
63 - 60。残り1分28秒。
相手ベンチがたまらずタイムアウトを取る。 体育館の空気が一変していた。 “いけるぞ”――そんな雰囲気が、確かに広がっていた。
タイムアウト明け、赤井は自分で点を取りに来た。 トップからの3ポイント。 だが、これは大きく外れた。 リバウンドは誠。残り30秒。
「行け!時間ある!」
俺は右サイドを全力で駆ける。 誠がディフェンスをかわし、タイミングを見てパスを出す。
俺はノーステップでキャッチし、そのまま飛んだ。
(届いてくれ……!)
3……2……1――
ブザーと同時に、ボールがネットに吸い込まれた。
沈黙。1秒の空白。
そして――
「うおおおおおおお!!!!」
爆発的な歓声。 勝った。 信じられない。だけど、勝った。
俺はコートに崩れ落ちた。 胸が苦しい。息が上がって、何も考えられない。
涙が出た。無意識に、頬を伝っていた。
誠が手を差し出してくれた。 俺はその手を掴んで、立ち上がった。
「やったな、主将」
「……ああ」
中学3年の冬。俺たちは確かに奇跡を起こした。
でも、本当はわかってる。 これは“奇跡”なんかじゃない。
朝5時からの自主練、誰もいない体育館でのシューティング、 捻挫しながらも声を出し続けた仲間、 勝てなかった1年の冬の悔しさ――
全部が、あのラスト4分に繋がっていたんだ。
次は決勝。勝てば全国。
でも、もう怖くない。
「次も、勝とうぜ」
誰かが言ったその言葉に、俺は大きくうなずいた。
俺たちの冬は、まだ終わっちゃいない。