第二章 その1 王都からの招待
あの謎の魔物との戦いから数日が経った。
ギルドホールはいつもの賑やかさを取り戻し、冒険者たちの笑い声が響いていた。僕とリーネも、あの戦いで得た新しい力に少しずつ慣れてきている。
「アキト、今日の訓練はどうだった?」
クロエが重斧を肩に担いだまま、汗を拭いながら声をかけてきた。
「まあまあかな。リーネの力、まだ完全には制御できてないけど」
「ちょっと!ボクの力が不安定だって言いたいの?」
肩の上でリーネが小さく膨れる。その様子に、クロエがくすりと笑った。
「相変わらず仲がいいじゃないか。——っと、そうそう」
クロエは急に真面目な表情になり、ギルドの奥を指差した。
「さっきから、何やら物々しい連中が来てるんだ。アタイらを指名で呼んでるらしいぜ」
「指名で?」
不思議に思いながら、クロエに連れられてギルドの応接室へ向かう。
扉を開けると、そこには見慣れない豪華な装束に身を包んだ男性が座っていた。金の刺繍が施された青い外套、腰に下げられた装飾的な剣——明らかに高位の貴族だった。
「失礼いたします」
男性は立ち上がり、丁寧に一礼する。
「私はソリス王国宮廷騎士、エドワード=ヴァレンティンと申します。この度は、先日の魔物討伐、誠にお疲れ様でした」
あの謎の魔物の件か。僕とクロエは顔を見合わせる。
「ソリス王国セリス王女殿下より、直々にお礼を申し上げたいとのお言葉をいただいております。つきましては、王都へお越しいただけないでしょうか」
エドワードは懐から美しい羊皮紙を取り出し、テーブルに置いた。王家の紋章が金の蝋で封印されている正式な招待状だった。
「王女殿下が……?」
クロエが眉をひそめる。
「はい。あの魔物は、実は数日前からソリス王国領内でも暴れ回っておりました。被害は甚大で、我が国の騎士団でも手を焼いていたのです」
エドワードは深刻そうに続ける。
「それを、貴方がたが見事に討伐してくださった。王女殿下も、大変感謝しておられます」
『アキト、なんか胸騒ぎがする……』
リーネが小さく呟く。その声は俺にしか聞こえないが、確かに不安そうだった。
「……分かりました。いつ頃、伺えば?」
俺がそう答えると、エドワードは安堵の表情を浮かべた。
「明日の午後、王都でお待ちしております。馬車を用意いたしますので、ご心配なく」
翌日の午後。
ソリス王国の王都は、思っていたよりもずっと大きく、そして美しい街だった。
石畳の道路は整備され、両側に並ぶ建物は白い石造りで統一されている。街の中央にそびえ立つ王城は、青い屋根と白い壁が青空に映えて、まるで絵画のような美しさだった。
「すげぇな……」
俺が感嘆の声を漏らすと、隣に座るクロエも同じような表情で街を見渡していた。
「アタイも王都に来るのは初めてだ。こんなに立派だったのか」
街行く人々の表情は明るい。豪華な街並みとは相まって理想の街そのものだった。
「お客様、到着いたします」
御者の声で我に返る。目の前には、王城の正門が立ちはだかっていた。
門の両側には、鎧をまとった衛兵が槍を構えて立っている。その視線は鋭く、どこか警戒心を感じさせた。
「ギルド《鉄の絆》の方々ですね。お待ちしておりました」
エドワードが迎えに出てきて、俺たちを城内へと案内する。
城内は外見以上に豪華で、大理石の床には赤い絨毯が敷かれ、壁には王家の肖像画が飾られていた。天井は高く、シャンデリアの光が美しく反射している。
「王女殿下は謁見の間でお待ちです。こちらへ」
長い廊下を歩きながら、俺はふと気づいた。
すれ違う騎士や侍女たちの表情が、どこか強張っているのだ。まるで、何かに怯えているような——。
『アキト……』
リーネの声が、さらに不安そうになる。
やがて、大きな扉の前に到着した。扉には精巧な彫刻が施され、その中央には王家の紋章が金で装飾されている。
「セリス王女殿下、ギルド《鉄の絆》の方々をお連れいたしました」
エドワードが扉越しに声をかけると、中から美しい女性の声が響いた。
「入りなさい」
扉がゆっくりと開かれる。
謁見の間は、城内でも特に豪華な部屋だった。高い天井には見事なフレスコ画が描かれ、壁には宝石をちりばめた装飾品が飾られている。
そして、部屋の奥にある玉座に——
一人の美しい女性が座っていた。
金髪を優雅に結い上げ、深いブルーのドレスを身にまとった彼女は、まさに王女という名にふさわしい気品を放っていた。翠の瞳は知性的で、微笑みを浮かべた唇は上品さを演出している。
「よく来てくださいました。私がソリス王国王女、セリス=アストリアです」
王女——セリスは、玉座から立ち上がり、俺たちに向かって優雅に歩いてくる。
「この度は、魔物討伐、本当にお疲れ様でした。おかげで、多くの民を救うことができました」
その声は美しく、言葉も丁寧だった。
でも——
『アキト……この人……』
リーネの声が、かすかに震えていた。
『なんか……冷たい……』
俺も、同じことを感じていた。
王女セリスの微笑みは確かに美しい。でも、その瞳の奥に、何かが隠されているような——そんな違和感があった。
「恐れ入ります、王女殿下。私たちは、ただ自分たちの務めを果たしただけです」
クロエが丁寧に答える。
「謙遜なさらずに。あの魔物は、私たちの騎士団でも手を焼いていたのです」
セリスは微笑みを絶やさず、俺たちの前に歩み寄る。
「特に、そちらの方——」
彼女の視線が俺に向けられる。
「あの魔物を倒した際の戦いぶり、見事だったと報告を受けています。素晴らしい力をお持ちですね」
その時、王女の瞳が一瞬、鋭く光ったような気がした。
「今後とも、王国のために、その力をお貸しいただけるでしょうか?」
問いかけは丁寧だったが、どこか有無を言わせぬ雰囲気があった。
『アキト……この人、絶対に何か隠してる……』
リーネの警告が、胸の奥で響いていた。