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第三章 その7 この魂、焔と化して――我らは邪を狩る獅子となる

 一方、戦場の別の場所では——


 イリーナ皇帝が帝国の幹部兵たちと共に、もう一人のロイヤル・ナイトと対峙していた。


 深い紺色のローブを纏い、複雑な魔法陣を操る男——


 宮廷魔術師長、アルベルトだった。


「新たな皇帝陛下とお見受けします」


 アルベルトが優雅に一礼する。


 その態度は丁寧だが、どこか見下すような響きがあった。


「私はソリス王国宮廷魔術師長、アルベルトと申します」


「ガルゼル帝国皇帝、イリーナです」


 イリーナが毅然と答える。


 グラシエルと共にソウルフォージを発動し、氷の鎧と弓を手にした。


「突然の侵攻、何の意味があるのですか?」


「意味ですか?」


 アルベルトが微笑む。


「正義の執行に、それ以上の意味が必要でしょうか?」


 アルベルトが魔法陣を展開する。


 その魔法陣は巨大で、複雑な幾何学模様を描いていた。


「偽の王女を匿い、虚核を製造する悪の帝国を滅ぼす——それが我らの正義です」


「偽の王女……?」


 イリーナが困惑する。


「あの方は本物のセリス王女様です!偽物は、あなた方の王城にいる方です!」


「ほほう」


 アルベルトが興味深そうに言う。


「なるほど、そのように洗脳されているのですね」


 アルベルトの魔法陣が完成する。


 その瞬間、空中に巨大な火の玉が現れた。


「では、その幻想を打ち砕いて差し上げましょう」


「火炎大魔法・メテオストーム!」


 空中の火の玉が分裂し、無数の火球となって降り注ぐ。


 その規模は凄まじく、半径数百メートルの範囲を火の海にする威力だった。


 これこそが、宮廷魔術師長の実力——一人で軍勢を焼き尽くす圧倒的な魔法だった。


「みんな、散開!」


 イリーナが叫ぶ。


 帝国の幹部兵たちが素早く散らばる。


 イリーナも氷の壁を作って身を守ろうとするが——


 火球の威力は想像以上だった。


 氷の壁が次々と溶かされ、イリーナが爆風に巻き込まれる。


「くっ……」


 イリーナが血を流しながらも立ち上がる。


「これが……ロイヤル・ナイトの力……」


 だが、イリーナは諦めなかった。


 周りを見ると、帝国の幹部兵たちも必死に戦っている。


 彼らは、新しい皇帝のために命をかけて戦ってくれているのだ。


「みんな……」


 イリーナの胸に、温かいものが宿る。


「私は一人じゃない」


 イリーナが氷の矢を番える。


「父上から受け継いだもの……それは帝位だけじゃない」


 イリーナの周りに、帝国兵たちが集まってくる。


 彼らの目には、皇帝への忠誠と信頼が宿っていた。


「皇帝陛下のために!」


「帝国に栄光を!」


 兵士たちが一斉に突撃する。


 アルベルトの魔法に立ち向かっていく。


「民を想う心……それが本当の力」


 イリーナが決意を新たにする。


 父から学んだ、真の皇帝としての在り方を胸に——


「グラシエル!」


 イリーナがソウルフォージの力を高める。


「みんなで力を合わせよう!」


「うん!一緒に頑張ろう、イリーナ!」


 グラシエルが嬉しそうに応える。


 イリーナの氷の鎧がより美しく輝き、氷の弓に新たな力が宿る。


「氷嵐の矢・連舞!」


 イリーナが連続で氷の矢を放つ。


 だが、それは単発の攻撃ではなく——


 空中で矢が分裂し、無数の氷の破片となってアルベルトに降り注いだ。


「ほほう」


 アルベルトが感心したような声を出す。


「なかなかやりますね」


 アルベルトが新たな魔法陣を展開する。


「では、こちらも本気を出させていただきましょう」


「風雷大魔法・トルネードサンダー!」


 巨大な竜巻が発生し、その中に無数の雷が走る。


 竜巻は戦場を蹂躙し、建物を巻き上げながらイリーナに迫る。


 その威力は先ほどのメテオストームを上回っていた。


「皇帝陛下!」


 帝国の幹部兵たちが盾を構え、イリーナの前に立つ。


「みんな……」


 イリーナの胸が熱くなる。


 彼らは自分の命を顧みず、皇帝を守ろうとしている。


「ありがとう……でも」


 イリーナが前に出る。


「皇帝として、民を守るのが私の役目です」


 イリーナが氷の力を最大まで高める。


「氷結界・絶対零度の壁!」


 イリーナの周りに巨大な氷の壁が立ち上がる。


 それは透明で美しく、まるでクリスタルでできた城壁のようだった。


 竜巻と雷がその壁にぶつかる——


 だが、氷の壁は砕けない。


 絶対零度の冷気が竜巻を凍らせ、雷を無効化していく。


「素晴らしい……」


 アルベルトが本当に感心する。


「あなたは確かに皇帝としての器をお持ちですね」


「でも」


 アルベルトの表情が一変する。


「それでも、偽の王女を匿う罪は重い」


 アルベルトが最後の魔法陣を展開し始める。


 それは今までとは比べ物にならないほど巨大で複雑だった。


「これが私の最大威力の魔法です」


 アルベルトの周りに、まばゆい光が集まっていく。


「光雷大魔法・ジャッジメント!」


 空から巨大な光の柱が降り注ぐ。


 その光は神々しく、まるで天の裁きのようだった。


 光の柱は地面を抉り、半径一キロメートルの範囲を光で満たす。


 これこそが宮廷魔術師長の真の実力——


 国家級の破壊力を持つ、究極の魔法だった。


「くっ……」


 イリーナの氷の壁でも、この攻撃は防ぎきれない。


 だが——


「皇帝陛下のために!」


「帝国に栄光を!」


 帝国の幹部兵たちが一斉に前に出る。


 彼らは自分の身を盾にして、皇帝を守ろうとした。


「みんな、ダメ!」


 イリーナが叫ぶ。


 だが、時すでに遅い——


 その時、戦場の向こうから新たな声が響いた。


「風よ、大地を駆けろ!」


 強大な風が吹き荒れ、アルベルトの光の柱を逸らした。


 現れたのは——


 外骨格鎧に身を包んだティナだった。


「ティナ!」


 イリーナが驚く。


「間に合いました!」


 ティナが空中で魔導砲を構える。


「みんなを守るための技術……これが私の答えです!」


 ティナが特殊弾を発射する。


 それは攻撃ではなく——


 電磁波によってアルベルトの魔法を妨害する弾だった。


「何……?」


 アルベルトが驚く。


 魔法陣が不安定になり、光の柱が消えていく。


「魔法妨害……まさか、そんな技術が……」


「技術は人を幸せにするためのもの」


 ティナが誇らしげに言う。


「みんなを悲しませる魔法なんて、私が止めてみせます!」


『その通りじゃ、ティナよ。素晴らしい技術の使い方じゃ』


 アルキメデスの声が、外骨格鎧の中から響く。


『わしの知識と君の心、今こそ一つになった証拠じゃな』


 アルベルトの表情が初めて動揺した。


「まさか……技術で魔法を無効化するとは……」


 戦況が一変する。


 イリーナとティナ、そして帝国兵たちの連携で、アルベルトが劣勢に回った。


「これは……撤退すべき時のようですね」


 アルベルトが苦笑いを浮かべる。


「皇帝陛下、お見事でした。次はもっと準備をしてから伺います」


 アルベルトが転移魔法で姿を消した。


 だが、その時——


 戦場の別の場所から、巨大な爆発音が響いた。


 ゼノとアキトたちの戦いが、遂にクライマックスを迎えようとしていた。


 そして、その爆発音と共に——


 何かが目覚めようとしていた。


 アキトとリーネの——


 真の力が。


 爆発音の震源地——


 そこでは、アキトが血だらけになって地面に倒れていた。


 ゼノの大鎌が、アキトの胸に迫っている。


「あぁ……やっぱり物足りない……」


 ゼノが狂ったように呟く。


「でも……でも傷つけるくらいなら……」


 ゼノの目が血走り、完全に理性を失っている。


「せめて……せめて少しだけ味わわせて!」


 大鎌が振り下ろされようとした瞬間——


『アキト!』


 リーネの声が、俺の心に響いた。


 それは今まで聞いたことのないほど、必死で、愛情に満ちた声だった。


『お願い……諦めないで……』


 俺の意識が朦朧とする中で、リーネの想いが流れ込んでくる。


『ボク……アキトと出会えて、本当に良かった』


 リーネの記憶が俺の中に広がっていく。


 小さなライオンの姿で彷徨っていた時の孤独。


 アキトと出会った時の喜び。


 一緒に戦った日々の温かさ。


『アキトは……ボクにとって特別な……かけがえのない存在』


 リーネの声が震えている。


『だから……だから失いたくない……』


 俺の胸に、熱いものが込み上げる。


「リーネ……」


『アキト……聞こえてる?』


「ああ……聞こえてる」


『ボク……ずっと言えなかったことがあるの』


 リーネの声が優しくなる。


『アキトと一緒にいると……ボク、人間だった頃のことを思い出すの』


 俺の心に、映像が浮かんでくる。


 昔のリーネ——人間だった頃の彼女の姿。


 赤い髪の、勇敢で優しい少女の姿が。


『仲間と一緒に笑い合った日々……みんなで支え合って戦った記憶……』


 リーネの人間時代の記憶が、俺と共有される。


 仲間たちとの絆。戦いの中での友情。そして——


『でも今は……アキトがボクの一番大切な人』


 リーネの言葉に、俺の心が震える。


『アキトの優しさ……強さ……みんなを守ろうとする心……』


『それが……ボクの力の源になってる』


 俺の体に、温かい力が流れ込んでくる。


 それはリーネの力だけじゃない。


 俺たちの絆そのものが、力に変わっていく。


「リーネ……俺も同じだ」


 俺が心の中で答える。


「お前と出会えて……俺は変われた」


 俺の記憶も、リーネと共有される。


 元の世界での孤独感。


 この世界に来て、仲間に出会えた喜び。


 そして、リーネと過ごした日々の温かさ。


「お前がいてくれるから……俺は戦える」


『アキト……』


「一緒に……一緒に戦おう」


『うん……一緒に』


 その瞬間——


 俺とリーネの心が、完全に一つになった。


 境界線が消え、二つの魂が融合する。


 俺にはリーネの勇気が流れ込み、リーネには俺の優しさが宿る。


『アキト……感じる?』


 リーネの声が、俺の魂に直接響く。


『ボクたちの魂が……焔になっていく』


 俺の体から、紅蓮の炎が噴き出した。


 それは破壊の炎ではなく、守護の炎。


 仲間を守り、道を照らす、温かく力強い炎だった。


『この魂、焔と化して——』


 俺とリーネが同時に叫ぶ。


『我らは邪を狩る獅子となる!』


 眩いばかりの光が俺たちを包んだ。


 炎が渦を巻き、天に向かって立ち昇る。


 その炎の中で、俺たちは生まれ変わった。


「何だ……?」


 ゼノが驚いて後退する。


 炎の中から、俺が立ち上がる。


 そして、俺の傍らには——


 美しい炎をまとった獅子がいた。


 リーネが、聖獣の姿で現実世界に現れたのだ。


 今まで小さなライオンの姿だったリーネが、俺たちの絆の深まりによって、ついに本来の聖獣としての姿を取り戻したのだ。


 その姿は威厳に満ち、黄金の鬣は炎のように揺らめいている。


 体長は馬ほどもあり、全身から神聖な炎が立ち昇っていた。


「これが……真の力……」


 俺が呟く。


 紅蓮の大剣は、今までの何倍もの輝きを放っている。


 炎の鎧も、まるで太陽のように眩しい。


 俺自身も変わっていた。


 髪が炎のように逆立ち、瞳には黄金の光が宿っている。


 まるで、俺自身が獅子の勇気を得たかのように。


 そして、リーネ——


 黄金の鬣を持つ美しい獅子の姿で、俺の隣に立っている。


 その瞳には、知性と愛情が宿っていた。


「やっと……やっと一緒に戦えるね、アキト」


 リーネが、聖獣の姿のまま話す。


 その声は、今まで心の中で聞いていた声と同じだった。


「ああ……」


 俺が微笑む。


「こうして並んで戦えるなんて……夢みたいだ」


 俺とリーネが並んで立つ。


 炎の騎士と炎の獅子——


 二つの魂が共鳴し、究極の連携がここに結ばれた。


「獅子の勇気と、人の心」


 リーネが誇らしげに言う。


「これが、ボクたちの力」


「ああ」


 俺が頷く。


「俺たちは、もう一人じゃない。二つで一つの、焔の獅子だ」


「面白い……実に面白い!」


 ゼノが狂気の笑みを浮かべる。


「これなら……これなら僕を本気にさせてくれるかも!」


 ゼノが大鎌を構える。


 だが、俺たちは恐れなかった。


 リーネと心を一つにした今、俺たちに敵う者はいない。


「行くぞ、リーネ」


「うん!一緒に!」


 俺たちは、ゼノに向かって駆け出した——。


 ゼノが大鎌を振り下ろすが、今度は違った。


 俺が剣で受け止め、同時にリーネが横から突進する。


 完璧な連携だった。


「ぐっ!」


 ゼノが初めて後退する。


 リーネの爪が、ゼノの鎧に深い傷をつけていた。


「いいじゃないか!いいじゃないか!」


 ゼノが興奮する。


「これなら僕も本気を出せる!」


 ゼノの大鎌に黒い瘴気が宿り始める。


 だが、俺たちも負けていない。


「炎獄剣・双炎斬!」


 俺とリーネが同時に炎の攻撃を放つ。


 俺の剣から放たれる炎の斬撃と、リーネが吐く炎のブレスが螺旋を描いて絡み合い、巨大な炎の竜巻となってゼノを包み込む。


 だが、それはただの炎ではない。


 獅子の咆哮が炎に宿り、まるで生きているかのように敵を追い詰める。


「ひゃははは!燃える!燃えるぞ!」


 ゼノが炎の中で笑っている。


「これだ!これが獅子の炎!伝説の聖獣の力だ!」


 だが、その体には確実にダメージが蓄積していた。


「まだまだ!」


 リーネが地面を蹴って跳躍し、空中からゼノの頭上に飛びかかる。


 俺も同時に地面から突き上げるように剣を振るう。


 上下からの同時攻撃——


 これを避けるのは不可能だった。


 ガシャン!


 ゼノの大鎌が弾き飛ばされ、黒い鎧に大きな亀裂が入る。


「あぁ……」


 ゼノが膝をつく。


 初めて、ゼノが劣勢に回った。


「素晴らしい……君たちは本当に素晴らしい……」


 ゼノが血を吐きながら言う。


 だが、その目には満足そうな光が宿っていた。


「これが……これが僕の求めていた戦いだ……」


 ゼノがゆっくりと立ち上がる。


「だからこそ……だからこそ今日はここまでにしておこう」


 ゼノが不敵に笑う。


「次に会う時は……もっと、もっと楽しい戦いにしよう」


 ゼノが煙玉を投げる。


 煙が晴れた時、ゼノの姿は消えていた。


「逃げたか……」


 俺が呟く。


「でも、これで良かったのかもしれない」


 リーネが俺の隣で言う。


「うん……あいつを倒すには、まだ俺たちも成長が必要だ」


 俺がリーネの頭を撫でる。


 柔らかい毛と温かさが、手に伝わってくる。


「ありがとう、リーネ。お前がいてくれて……本当に良かった」


「ボクの方こそ、ありがとう、アキト」


 リーネが俺を見上げる。


 その瞳には、深い愛情と信頼が込められていた。


「これからも……ずっと一緒だよ」


「ああ、ずっと一緒だ」


 俺たちの絆は、もう何があっても壊れることはない。


 真の力を得た俺たちは、新たな段階に進んだのだ。


 だが、戦争はまだ終わっていない。


 他の戦場でも、激しい戦いが続いている。


 俺たちは急いで仲間たちの元に向かった。


 戦場に戻ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 ソリス王国軍とガルゼル帝国軍、そしてルセリア神聖国軍が——


 戦いを止めて、向かい合っていたのだ。


 王国軍の後方から、白馬に跨った人物が静かに前に出てきた。


 偽セリス王女だった。


 彼女は戦況を見守っていたが、何かを決意したように戦場の中央へと馬を進めた。


 その隣には、レオンハルトが付き従っていた。


「レオンハルト」


 偽セリスが静かに名前を呼ぶ。


 その声には、いつもの威厳とは違う、何か迷いのようなものが含まれていた。


「あなたから見て……私は偽物でしょうか?」


 レオンハルトが困惑する。


 先ほどヴァネッサとの戦いで感じた疑念が、再び心に浮かんでいた。


「王女様……私は……」


「正直に答えてください」


 偽セリスがレオンハルトの目を見つめる。


 その瞳には、本物のセリス王女と同じような優しさと悲しみが宿っていた。


「私も……平和を望んでいます」


 偽セリスが続ける。


「ただ、その方法が……違うだけなのかもしれません」


 偽セリスの言葉に、戦場全体が静まり返る。


 兵士たちも、この異様な雰囲気に気づいていた。


「争いを通じて真の平和を築く……」


 偽セリスが空を見上げる。


「それが私の使命です。私に与えられた、運命です」


 偽セリスの声に、どこか諦めのような響きがあった。


 まるで、自分でも矛盾に気づいているが、止めることができないかのように。


「でも……」


 偽セリスが戦場を見回す。


 傷ついた兵士たち、破壊された建物、血に染まった大地。


「これ以上の無益な争いは……本意ではありません」


 偽セリスの表情に、苦悩の色が浮かぶ。


「帝国の民のことを思うと……心が痛みます」


 その言葉は、嘘ではなかった。


 偽セリスは本当に民を想っている。


 ヴォイド・ソースの復活を望みながらも、同時に平和も願っている。


 矛盾した存在として作られた、悲劇的な運命。


「王女様……」


 レオンハルトが震え声で呟く。


 偽セリスの複雑な内面を感じ取っていた。


「あなたは……一体……」


「私にも……分からないのです」


 偽セリスが微笑む。


 それは悲しくも美しい微笑みだった。


「でも、これが私の道。この道を歩むしかないのです」


 偽セリスが軍に向かって宣言する。


「全軍に告ぐ!本日の作戦を終了する!」


 ソリス軍の兵士たちが驚く。


 勝利は目前だったのに、なぜ撤退するのか。


「王女様!なぜ……」


 部下の一人が尋ねる。


「帝国の民に罪はありません」


 偽セリスが毅然と答える。


「いずれ話し合いで解決したいものです」


 偽セリスがイリーナ皇帝を見る。


「皇帝陛下、今日のところはこれで失礼させていただきます」


 イリーナが複雑な表情で頷く。


 敵でありながら、偽セリスの心の苦しみを感じ取っていた。


「いつか……」


 偽セリスが小声で呟く。


「いつか、本当の平和を……一緒に築けたら……」


 その言葉は風に乗って、砦の奥で戦況を見守っていた本物のセリス王女の元にも届いた。


 偽セリスが踵を返そうとした時——


「王女様」


 レオンハルトが前に出た。


 偽セリスが振り返る。


「レオンハルト……?」


「お供させてください」


 レオンハルトが深々と頭を下げる。


「私は……あなたをお守りしたい」


 偽セリスが驚く。


「なぜです?私は……あなたが仕えてきた王女とは違う存在かもしれないのに」


「それでも」


 レオンハルトが顔を上げる。


 その目には、強い決意が宿っていた。


「あなたの苦悩を……一人で背負わせるわけにはいきません」


 レオンハルトの言葉に、偽セリスの瞳が揺れる。


「騎士として……いえ、一人の人間として」


 レオンハルトが続ける。


「あなたの真実を見極めたい。そして、もし可能なら……あなたを救いたい」


 偽セリスが長い沈黙の後、小さく微笑んだ。


「……分かりました」


 偽セリスが頷く。


「では、お供してください、レオンハルト。きっと……茨の道になるでしょうが」


「覚悟しております」


 レオンハルトが剣に手を置く。


「どのような道であろうとも」


 偽セリスとレオンハルトが、共に軍と撤退していく。


 レオンハルトの背中は、騎士としての誇りに満ちていた。


 彼は、最も困難な選択をしたのだ。


 主君を救うために。


 戦場に、静寂が戻る。


 だが、それは単なる戦争の終結ではなかった。


 偽セリスという存在の複雑さを、全員が理解した瞬間でもあった。


 戦闘が終わり、安全が確認された後、砦の奥から本物のセリス王女が姿を現した。


 彼女は戦況の報告を受け、偽セリスの言動について聞かされていた。


「あの人は……」


 セリス王女が呟く。


「私と同じ顔で……同じ心を持ちながら……」


 セリス様の目に、涙が浮かんでいた。


 自分と同じ姿でありながら、異なる運命を背負った存在への同情。


 そして、自分にも責任があるのではないかという罪悪感。


「セリス様……」


 ヴァネッサがセリス様に近づく。


「あの方も……苦しんでいるのですね」


「ええ……」


 セリス様が頷く。


「きっと……彼女なりの正義があるのでしょう」


 戦争は終わった。


 だが、より大きな謎と悲劇が、俺たちの前に現れた。


 偽セリスとは何者なのか。


 なぜ、平和を望みながら争いを起こすのか。


 そして、彼女の言う「使命」とは何なのか。


 答えは、まだ遠くにあった。


 だが、俺たちは歩み続ける。


 真実を求めて、そして真の平和を築くために——。

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