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第三章 その5 皇女の決断

 翌朝、俺たちが目を覚ますと、街中に警鐘が鳴り響いていた。


 慌てて外に出ると、街の人々が慌ただしく動き回っている。


「何事だ!?」


 クロエが近くの住民に声をかける。


「ソリス王国軍が国境を越えました!」


 住民が震え声で答える。


「征伐軍だそうです!もうすぐここにも……」


 俺たちは急いで宮殿に向かった。


 宮殿の謁見の間では、既に緊急会議が開かれていた。


 皇帝が玉座に座り、イリーナ皇女やエルヴィンをはじめとする重臣たちが集まっている。


 そして、その中には本物のセリス王女の姿もあった。


 彼女は変装を解き、堂々と立っていた。


 重臣たちの間からざわめきが起こる。


「まさか、本物のセリス王女が……」


「では、王国にいるのは……」


 だが、イリーナが手を挙げて制した。


「今は内輪もめをしている場合ではありません。セリス様は我々の味方です」


 セリス様も凛とした表情で頷く。


「私の名を騙る偽物が、両国に災いをもたらしています。今こそ協力すべき時です」


「父上!」


 イリーナが皇帝に向かって叫ぶ。


「まだ外交で解決する道があるはずです!戦争は避けられます!」


「外交だと?」


 皇帝が苦笑いする。


「もう手遅れだ、イリーナ。向こうは最初から戦争をする気だったのだ」


 皇帝の胸元で、虚核が黒く脈動していた。


 その影響で、皇帝の思考は既に戦争一色に染まっている。


「民を守るためには、戦うしかない」


 皇帝が立ち上がる。


「全軍に告ぐ!ソリス王国軍を迎え撃て!」


「待って!」


 本物のセリス王女が前に出た。


「皇帝陛下、この戦争は間違いです!」


 セリス様が必死に訴える。


「あの偽物が仕組んだ策略なのです!民のことを本当に思うなら……」


「黙れ!」


 皇帝が怒りに燃える目でセリス様を睨む。


「貴様のせいで、我が国が攻撃されているのだ!」


 虚核の影響で、皇帝は正常な判断ができなくなっていた。


 その時、イリーナが決断した。


「父上……」


 イリーナが震え声で呟く。


「私は……私は父上の決定に従うことはできません」


 謁見の間に、重い沈黙が流れた。


 皇帝が驚いた表情でイリーナを見る。


「何だと……?」


「民のことを想う気持ちは、父上と同じです」


 イリーナが涙を流しながら続ける。


「でも、戦争では本当の解決にはならない!もっと別の道があるはずです!」


「イリーナ……貴様まで……」


 皇帝の目に、怒りと失望が宿る。


「わしを裏切るというのか……」


「裏切りではありません!」


 イリーナが毅然と答える。


「これは、帝国の未来のための決断です!」


 その瞬間、皇帝の虚核がより激しく脈動した。


 怒りと絶望が混ざり合い、皇帝の理性を完全に奪っていく。


「ならば……」


 皇帝が親衛隊に向かって叫ぶ。


「この裏切り者を排除せよ!娘であろうと容赦はせん!」


 虚核を埋め込まれた親衛隊が、一斉にイリーナに向かってくる。


 彼らの鎧には小型の虚核が埋め込まれており、皇帝の命令に絶対服従する傀儡と化していた。


 最近支給されたばかりの軍備強化策の一環だったが、今や恐ろしい武器と化している。


「皇女様!」


 エルヴィンが前に出るが、数が多すぎる。


 その時、俺たちも戦闘に参加した。


「イリーナを守れ!」


 俺がソウルフォージを発動し、紅蓮の大剣で親衛隊を迎え撃つ。


 クロエ、ヴァネッサ、ルカスも続く。


 激しい戦闘が宮殿の中で繰り広げられる。


 だが、虚核親衛隊は痛みを感じないため、なかなか倒れない。


 そして、戦闘の混乱の中で——


 親衛隊の一人が放った火の魔法が、制御を失って宮殿に隣接する図書館に向かって飛んでいった。


「図書館が!」


 ティナが悲鳴を上げる。


 炎が図書館の一角に燃え移り、貴重な書物が燃え始める。


「ダメ!あの技術書たちが!」


 ティナが図書館に向かって走る。


「ティナ!危険だ!」


 俺が止めようとするが、ティナはもう走り出していた。


 図書館の中で、ティナは必死に本を運び出そうとしていた。


「この技術は……みんなの役に立つはずなのに……」


 涙を流しながら、ティナは燃える本棚から技術書を救い出そうとする。


 昨日見つけた食料保存技術、水の浄化方法、農業効率化の書物——


 すべて、この街の人々を救うために必要な知識だった。


「みんなを救える技術が……こんなところで……」


 ティナが絶望的な声を上げる。


 その時——


「技術に真摯に向き合う者を、久しぶりに見たわい」


 再び、老人の声が聞こえた。


「今度は……気のせいじゃない……」


 ティナが振り返ると、展示コーナーの梟の彫像が光っていた。


 そして、その中から小さな梟が現れる。


 茶色い羽根に大きな目、知恵深そうな表情をした小梟——アルキメデスだった。


「わしはアルキメデス」


 小梟がゆっくりとした口調で語りかける。


「技術とは人を幸せにするためのもの……君はそれを理解しておる」


「あなたは……」


 ティナが驚く。


「精霊核……」


「そうじゃ」


 アルキメデスが頷く。


「君の心を見ておった。昨日から、ずっとな」


 アルキメデスがティナの目を見つめる。


「水を浄化して村の人を健康に、農業を効率化しておじいさんたちを楽に、食料を保存してみんなで分け合えるように……君の技術への愛は、人への愛じゃ」


「私は……ただ……」


 ティナが涙ぐむ。


「みんなに笑顔になってもらいたくて……技術でお役に立てたらって……」


「その心こそが、真の技術者の魂じゃ」


 アルキメデスが温和に微笑む。


「君になら、わしの知識を託せる。一緒に、たくさんの人を助けようではないか」


 アルキメデスがティナの元に飛んでくる。


 その瞬間、ティナの首元に光が集まり、古い真鍮で作られた小さな天球儀のペンダントが現れた。


 精巧に作られた球体の中では、星座を示す細かい歯車が静かに回転している。


 まさに知恵と技術の結晶のような装飾品だった。


「技術は人を幸せにするためのもの!」


 ティナが涙を拭いながら立ち上がる。


「みんなの笑顔のために、私はこの力を使います!」


「その通りじゃ、ティナよ」


 アルキメデスが温和に微笑む。


「わしの知識と君の心、合わされば無敵じゃな」


 ティナがソウルフォージを発動する。


 その瞬間、彼女の身を包んだのは——


 精密な魔導機構が組み込まれた外骨格鎧だった。


 白と緑を基調とした装甲は流線形で、関節部分には魔力を伝導する魔導回路が光っている。


 背中には風の力で動く翼が展開され、両腕には魔導砲——風の魔力を圧縮して放つ砲身が装備されていた。


 まさに技術と魔法の融合体だった。


「これが……精霊核の力……」


 ティナが空中に浮上する。


 風の力で優雅に舞いながら、魔導砲から冷却弾を放って燃え盛る炎を鎮火していく。


 アルキメデスの知識により、水と風の魔力を組み合わせた消火技術を即座に実行できたのだ。


 そして、図書館から外に出ると、虚核親衛隊に向かって魔導砲を構えた。


「皇帝陛下!これ以上の破壊は止めてください!」


 ティナの声が宮殿に響く。


「技術の本当の使い方を、お見せします!」


 ティナが魔導砲を発射する。


 だが、それは破壊のためではなく、制圧のための特殊弾だった。


 弾丸が虚核親衛隊の足元に着弾し、強力な風圧で彼らを吹き飛ばす。


 同時に、特殊な魔力波が鎧に埋め込まれた虚核の機能を一時的に停止させる。


「あれ……俺は何を……」


「皇女様……すみませんでした……」


 虚核の支配から解放された兵士たちが、正気を取り戻してイリーナに頭を下げる。


 だが、皇帝だけは違った。


 胸の巨大な虚核が、ティナの攻撃を受けてより激しく脈動している。


「小娘が……わしの邪魔を……」


 皇帝の体が黒い瘴気に包まれ始める。


 虚核の力で、皇帝自身が魔物化しようとしていた。


 飢餓と病による体力の低下、そして娘に裏切られたという絶望——


 負の感情が虚核の魔力を増幅させ、弱った皇帝の魔力を完全に上回ってしまったのだ。


「これは……まずい……」


 ヴァネッサが青ざめる。


 その時、イリーナが前に出た。


「父上!」


 イリーナがグラシエルと共にソウルフォージを発動する。


 氷の結晶のような美しい青い鎧が彼女を包み、手には優雅な氷の弓が現れた。


「私が……私が父上を止めます!」


「イリーナ!危険だ!」


 俺が叫ぶが、イリーナは決意を固めていた。


「これは私の責任です」


 イリーナが弓を構える。


「父上……目を覚ましてください」


 皇帝が完全に魔物化した。


 身長は二倍に巨大化し、全身が黒いうろこに覆われる。


 目は血のように赤く光り、口からは黒い炎を吐いている。


 だが、イリーナは怯まなかった。


「私は知っています」


 イリーナが涙を流しながら言う。


「父上がどれほど民を愛しているか。自分の食事を分けてまで、みんなを助けようとしているか」


 イリーナが氷の矢を放つ。


 矢は皇帝の足を貫き、動きを封じる。


「父上の優しさを知っているからこそ……この道は間違いだと言えるのです」


 皇帝が咆哮を上げ、黒い炎を吐く。


 だが、イリーナは氷の壁でそれを防いだ。


「民が笑顔で食事をする日常を取り戻すため……」


 イリーナが次の矢を番える。


「でも、それは戦争では実現できません」


「父上……民の笑顔を守るため……」


 イリーナの瞳に、強い決意が宿る。


「父上を……父上を超えてみせます!」


 イリーナが最大威力の氷の矢を放った。


 矢は皇帝の胸の虚核を直撃する。


 虚核が氷に包まれ、その機能が完全に停止した。


 皇帝の巨大な体が光に包まれ、元の人間の姿に戻っていく。


 そして——


 皇帝が膝をついて倒れた。


「父上!」


 イリーナが駆け寄る。


 皇帝は倒れながらも、まだ息があった。


 魔物化は解けたが、その顔色は土気色で、呼吸も浅い。


 元々限界だった体に、魔物化の負担が加わったのだ。


「イリーナ……」


 皇帝の目に、正気が戻っていた。


 虚核の影響が消えたことで、本来の優しい人格を取り戻したのだ。


「わしは……何をしていたのだ……」


 皇帝が苦しそうに息を吐く。


「虚核に心を奪われて……本当に大切なものを見失っていた……」


「父上……」


 イリーナが父の手を握る。


「お前の言う通りだった」


 皇帝がイリーナを見つめる。


「戦争では……真の平和は得られない……」


「はい……」


 イリーナが涙を流しながら頷く。


「民の笑顔……それを守るのが……上に立つ者の本当の覚悟だな……」


 皇帝がイリーナの手を強く握る。


「お前は……わしを超えた……帝国を……頼む……」


「父上……私は……」


「お前なら……きっと……民が笑顔で暮らせる国を……作れるはずだ……」


 皇帝の声が次第に弱くなっていく。


 激しい咳が皇帝を襲い、呼吸が苦しそうだ。


 侍医たちが駆け寄るが、首を振るばかりだった。


「イリーナ……帝国皇帝として……正式に……お前に帝位を譲る……」


 皇帝が最後の力を振り絞って宣言した。


「民を……頼む……」


 そして、皇帝は静かに目を閉じた。


 長い間病に苦しみ、民のために自分を犠牲にし続けた皇帝の、安らかな最期だった。


 こうして、ガルゼル帝国の内戦は終わった。


 イリーナが新たな皇帝として即位することが決まり、帝国は平和路線に転換することになった。


 だが、外からの脅威——ソリス王国軍の侵攻は続いている。


 国境付近で軍が睨み合う中、帝国は新体制の下で防衛態勢を整える必要があった。


 そして、もう一つの重要な変化があった。


「アルじぃ!」


 グラシエルが嬉しそうに呼びかける。


「元気だった?」


「おお、グラシエルちゃんか」


 アルキメデスが温和に答える。


「ほほっ!みんな無事でなにより、なにより」


「ティナ、すげぇじゃないか!」


 クロエが感動している。


「あんなに格好いいソウルフォージ初めて見たぜ!」


「ティナの技術への愛が、アルじぃの心を動かしたのね」


 リーネが俺の肩で微笑む。


「これで仲間がまた一人増えたね」


 精霊核の仲間が増えたことで、俺たちの絆はより強くなった。


 窓の外では、まだ警鐘が鳴り続けている。


 ソリス王国軍は国境で待機したまま、次の一手を伺っているのだろう。


 新皇帝イリーナの治世は、戦火の中で始まることになる。


 だが今は——


「アキト、みんなで力を合わせれば、きっと大丈夫だよ」


 ティナが天球儀のペンダントを握りしめながら、希望に満ちた笑顔を見せた。

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