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第二章 その4 雷狼覚醒

ギルドに戻ると、俺たちは応接室に集まって今回の件について話し合った。


 テーブルの上には、回収した黒い核の石片が置かれている。魔力を失った今でも、なんとなく不気味な雰囲気を放っていた。


 俺の肩には、小さなライオンの姿をしたリーネがちょこんと座っている。


「で、結局これは何なんだ?」


 クロエが腕を組みながら石片を見つめる。


「人の心を狂わせる力があるのは確かだけど...」


「魔道具の一種かもしれないね」


 ティナが石片を様々な角度から観察する。


「でも、この材質、見たことないや。普通の魔石とは全然違う。ちょっと精霊核に似てるかも」


「アキト」


 リーネが俺の肩で心配そうに呟く。


「この石から感じる嫌な感じ、まだ残ってるよ。完全に無害になったわけじゃないと思う」


 確かに、石片からはまだ微かに負の気配が漂っていた。


「誰が仕掛けたのかも問題だな」


 ルカスが冷静に分析する。


「村の守り神の石碑の下に埋めるなんて、土地勘がないとできない」


「内部の人間の仕業か...」


 クロエが険しい表情になる。


「それとも、よほど下調べをした外部の奴か」


 その時、ギルドホールの方から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「緊急事態だ!」


 扉が勢いよく開き、息を切らした冒険者が飛び込んできた。


「《鉄の絆》の皆さん、お疲れ様です!緊急依頼です!」


 男性は興奮した様子で続ける。


「カルセア商業都市で大変なことが起きてます!住民同士が戦争状態になって、もう収拾がつかない状況です!」


 俺たちは顔を見合わせた。


「戦争状態って...まさか」


 クロエが立ち上がる。


「ミルフォード村と同じような...?」


「そうです!でも規模が全然違います!」


 男性は震え声で続けた。


「街が完全に二つに分かれて、本当に戦争してるんです。死者も出始めてるし、一部の住民が...その...化け物みたいになってて...」


「間違いないよ!」


 リーネが俺の肩で身を乗り出す。


「あの黒い核がまた使われてる!しかも複数だと思う!」


 俺も同感だった。そして、今度は村ではなく商業都市——人口も桁違いに多い。


「すぐに向かおう」


 俺は立ち上がった。


「このまま放置したら、大変なことになる」


「ああ、そうだな」


 クロエも重斧を背負い直す。


「だが、今度は相手が違う。街全体が戦場になってるとなると...」


 彼女の表情に、わずかな不安が浮かんだ。


 前回は小さな村だったから何とかなったが、今度は商業都市。被害の規模も、敵の数も段違いだろう。


「大丈夫だよ、クロエ」


 ティナが明るく声をかける。


「みんなで力を合わせれば、きっと解決できるよ」


「...そうだな」


 クロエは微笑みを浮かべたが、その目には迷いが宿っていた。


 こうして、俺たちは再び未知の危険に立ち向かうため、カルセア商業都市へと向かった。


 カルセア商業都市に到着した俺たちが目にしたのは、想像を絶する惨状だった。


 かつて活気に満ちていた商業都市は、今や戦場と化していた。


 街の中央を流れる大通りを境に、北区と南区が完全に敵対している。バリケードは村とは比べ物にならないほど本格的で、石や木材を積み上げた要塞のようになっていた。


 空気には血と煙の匂いが漂い、遠くから怒号や金属のぶつかり合う音が絶え間なく響いてくる。


「これは...ひどすぎる」


 クロエが呻くように言う。


 街の至る所で小競り合いが起きており、商人だったはずの人々が剣や槍を持って殺し合いをしていた。


「アキト、見て!」


 リーネが俺の肩で震え声を上げる。


 彼女が指差す方向を見ると——建物の影から、異形の化け物が現れた。


 それは人間だったものが変異した姿で、全身が黒いうろこに覆われ、手足が異様に長く伸びている。目は血のように赤く光り、口からは黒い涎を垂らしていた。


「魔物化してる...」


 ティナが青ざめる。


「住民が化け物になってるなんて...」


 しかも、そのような化け物が街の各所で複数体確認できた。


「核の影響がミルフォード村よりもはるかに強い」


 ルカスが冷静に分析する。


「複数設置されているせいで、負の力が増幅されているのかもしれない」


 クロエが重斧を握り直す。


「とにかく、一刻も早く核を見つけて破壊しないと」


 その時、建物の屋上から声が聞こえた。


「おーい!冒険者の皆さん!」


 見上げると、商人らしい服装をした中年男性が手を振っている。


「こちらです!安全な場所があります!」


 俺たちは男性に案内され、街の一角にある頑丈な石造りの建物に避難した。


「私は商人組合の代表、マルコと申します」


 男性は疲れ果てた表情で自己紹介した。


「依頼を出させていただいたのは私です。本当に...本当にひどい状況で...」


 マルコは震える手でお茶を注ぎながら説明を始めた。


「三日前から急に住民同士の対立が激化したんです。最初は商売の取引でちょっとした諍いがあっただけだったのに...」


「それが今の状況に?」


 クロエが眉をひそめる。


「はい...憎悪がどんどんエスカレートして、気がついたら街全体が二つに分かれて...そして昨日から、一部の住民が化け物のような姿に...」


 マルコの声が震えていた。


「核の設置場所に心当たりはありませんか?」


 俺が尋ねると、マルコは考え込んだ。


「そういえば...最近、街の各所で工事が行われていました。下水道の整備ということだったのですが...」


「下水道...」


 ルカスが呟く。


「街全体に影響を与えるなら、確かに下水道は効率的だ」


「でも、下水道って街中に張り巡らされてるよね?」


 ティナが困ったような顔をする。


「どこに核があるか分からないじゃない」


「一箇所ずつ確認していくしかないな」


 クロエが立ち上がる。


「時間はかかるが、他に方法はない」


 リーネが俺の肩で不安そうに呟く。


「でも、この街の人たち、さっきの村の人たちより危険な感じがするよ。完全に理性を失ってる」


 確かに、街で見た住民たちの目は、村の人たちとは比べ物にならないほど狂気に満ちていた。


「気をつけろよ、みんな」


 クロエが仲間たちを見回す。


「今度は本当に命がけだ」


 こうして、俺たちは分裂した商業都市の中へと足を踏み入れた。


 だが、この時の俺たちは知らなかった。


 この街で、クロエにとって運命的な出会いが待っていることを——。


  マルコの案内で、俺たちは街の下水道の入り口にやってきた。


 重いマンホールの蓋を開けると、湿った空気と共に不気味な瘴気が立ち上ってくる。


「うっ...嫌な感じ」


 リーネが俺の肩で鼻をひくつかせる。


「下にあの黒い核があるのは間違いないね」


「分担して探索しよう」


 クロエが重斧を背負い直す。


「一人だと危険だから、二人一組で」


 俺とリーネ、クロエとティナ、ルカスは単独という組み分けで下水道に降りた。


 下水道は思っていたより広く、複雑に入り組んでいた。薄暗い通路は湿気と異臭に満ちていて、足音が不気味に響く。


「アキト、あっち」


 リーネが前方を指差す。


「嫌な感じが強くなってる」


 俺たちは慎重に進んでいくと、やがて広い空間に出た。そこは下水道の中央処理場のような場所で、汚水が集まる大きな池があった。


 そして——


「あった」


 池の中央の小島に、黒い核が三つ、三角形に配置されて設置されていた。ミルフォード村のものより一回り大きく、より強い負の力を放っている。


『アキト、戦闘の準備を』


 この瞬間、リーネが俺の指輪の中に戻った。戦闘が近いことを察知したのだ。


『上から何か来る』


 リーネの警告と同時に、天井から黒いうろこに覆われた化け物が降ってきた。元は住民だったであろうそれは、完全に理性を失い、獣のように唸りながら俺に襲いかかってくる。


「ソウルフォージ!」


 紅蓮の大剣と炎の鎧が現れ、俺は化け物の攻撃を受け止める。


 だが——


『アキト!他の場所でも戦闘が始まってる!』


 リーネの声が緊張していた。確かに、遠くからクロエたちの戦闘音が聞こえてくる。


 俺が化け物と戦っていると、突然大きな爆発音が響いた。


『クロエたちの方!』


 俺は急いで化け物を倒し、音のした方向へ駆けつけた。


 そこで見たのは——


「ティナ!」


 クロエの叫び声だった。


 ティナが複数の化け物に囲まれ、杖を構えて必死に応戦していたが、明らかに劣勢だった。一体の化け物の爪が、ティナの肩を深く裂く。


「くっ...」


 ティナが血を流しながらよろめく。


「ティナ!離れろ!」


 クロエが重斧を振り回して化け物たちに突進するが、数が多すぎる。


 その時——さらに奥から、巨大な化け物が現れた。


 それは他の化け物とは明らかに格が違った。全身が漆黒のうろこに覆われ、四つ足で立つ竜のような姿。目は血のように赤く光り、口からは黒い炎を吐いている。


『アキト...あれは...』


 リーネの声が震えていた。


『完全に魔物化してる。もう人間には戻れない』


 巨大な化け物——否、魔物が咆哮すると、下水道全体が震動した。


「クソッ!」


 クロエが歯噛みする。


「こんな化け物、どうやって...」


 魔物がティナに向かって黒い炎を吐こうとした瞬間——


 クロエの脳裏に、一つの記憶が蘇った。


 ——あれは、クロエがまだ八歳の頃。


 ギルド《鉄の絆》が設立されたばかりの頃だった。


 その日、街に黒いうろこを持つ魔物の群れが襲来した。住民たちは恐怖に震え、他のギルドは逃げ腰だった。


 だが、一人の男が立ち上がった。


 クロエの父——グレン=アルディス。


「みんな、下がってろ」


 グレンは背中に雷を纏った狼を従えながら、魔物の群れの前に立ちはだかった。


 雷狼ライラ。グレンのパートナーであり、最強の精霊核だった。


「ライラ、行くぞ」


 グレンの重斧に雷が宿り、ライラと共に魔物たちと戦った。


 幼いクロエは、隠れながらその戦いを見ていた。


 父の背中は、どこまでも大きく、頼もしかった。


 だが——


 魔物の数は多すぎた。グレンとライラは圧倒的な数的不利の中、それでも仲間たちを、街の人々を守るために戦い続けた。


 最後の瞬間、グレンはライラと共に魔物の首領を道連れにして——


 倒れた。


 クロエが駆け寄った時、父はもう息絶えていた。


 その手には、小さな青い宝石が埋め込まれた雷模様が刻印された革製の腕輪が握られていた。


「父ちゃん...」


 幼いクロエが泣きながら腕輪を受け取る。


 グレンの最後の言葉が、クロエの胸に刻まれた。


「クロエ...俺のガキ共を...頼む...」


 記憶から現実に戻ったクロエの目に、再び巨大な魔物が映った。


 あの時と同じ——黒いうろこ、赤い目、絶望的な状況。


 そして、守らなければならない仲間たち。


「ティナァァァ!」


 クロエが絶叫と共に魔物に向かって突進する。


 だが、重斧の一撃は魔物の硬いうろこに阻まれ、逆に尻尾の一撃で吹き飛ばされてしまう。


「がっ...」


 壁に叩きつけられたクロエが血を吐く。


 魔物は再びティナに向き直り、今度こそ黒い炎を吐こうとした。


「やめろォォォ!」


 クロエが立ち上がろうとするが、体が思うように動かない。


 このままでは——ティナが——


 その時だった。


 クロエの腕で、父の形見の腕輪が淡く光り始めた。


 そして——


「グレンの血を引く者よ」


 低く、威厳のある女性の声が響いた。


「その想い、確かに受け取った」


 精霊核から、小さな狼が現れた。


 銀色の毛に青い稲妻の模様が走る美しい小狼。瞳は深い青色で、知性と強さを宿している。


「私はライラ=ヴォルク。雷を統べる者」


 小狼——ライラが静かに言う。


「グレンの娘よ、契約を結ぼう。お前の仲間を守るために」


「ライラ...」


 クロエの瞳に涙が浮かぶ。


「アタイ...アタイは父ちゃんみたいに強くなれるのか?」


「強さとは力だけではない」


 ライラが歩み寄る。


「お前の中にある、仲間を思う心——それこそが真の強さだ」


 クロエは迷いを振り切るように立ち上がった。


「分かった...ライラ、力を貸してくれ」


「ああ」


 ライラが光に包まれ、クロエの手に新たな武器が現れた。


 それは雷を纏った双戦斧。刃には雷狼の紋章が刻まれ、青い稲妻が駆け巡っている。


 同時に、クロエの身を包んだのは雷を織り込んだ銀の鎧。肩には狼の意匠が施され、背中には雷雲を模した外套がなびいていた。


「これが...精霊核の力...」


 クロエの体に、今まで感じたことのない力が満ちる。


 魔物がクロエを振り返り、警戒するように唸った。


「あの時は見ていることしかできなかった――」


 クロエが双戦斧を構える。


「だが——今度こそ、守ってやる」


 そして——


「アタイのガキ共に手をお出しじゃないよ!!」


 クロエが魔物に向かって突進した。


 雷を纏った双戦斧が、魔物の硬いうろこを紙のように切り裂く。


 魔物の咆哮が下水道に響き渡ったが、それも一瞬。


 クロエの連続攻撃により、巨大な魔物は光となって消滅した。


 戦いが終わり、クロエがソウルフォージを解除すると、ライラが再び小狼の姿で現れた。


 同時に、俺の指輪からもリーネが小ライオンの姿で飛び出してきた。


「見事だった、クロエ」


 ライラが満足そうに頷く。


「お前は確かに、グレンの娘だ」


「ライラ...ありがとう」


 クロエがライラを抱き上げる。


 その時、俺も駆けつけた。


「クロエ!大丈夫か!?」


「アキト...」


 クロエが振り返ると、その顔は誇らしげに輝いていた。


「見たか?アタイも遂にやったぜ」


 小狼のライラが俺の方を見る。


「リーネか...久しぶりだな」


「ライラ!」


 リーネが嬉しそうに駆け寄る。


「ちっちゃくなっちゃって!でも相変わらずクールね~♡」


「お前もずいぶん小さくなったものだ」


 ライラがどこか懐かしそうに言う。


「あの頃は、もっと威厳があったと思うが」


「うっ...それは言わないでよ!ボクだって頑張ってるんだから!」


 こうして、クロエもまた精霊核の力に目覚めた。


 だが、街の危機はまだ去っていない。


 残された黒い核を処理し、魔物化した住民たちを救わなければならなかった——。


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