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第二章 その2 偽りの栄光

 翌日、王城の大広間では盛大な褒美授与式が開催されることになった。


 大広間は王城で最も壮麗な部屋だった。天井は三層分の高さがあり、色とりどりのステンドグラスから差し込む光が、大理石の床に虹色の模様を描いている。壁には歴代の王や英雄たちの肖像画がずらりと並び、金の額縁が豪華絢爛な雰囲気を演出していた。


 広間の中央には深紅の絨毯が敷かれ、その先には黄金の装飾が施された玉座が鎮座している。玉座の背後には巨大な王家の紋章——翼を持つユニコーンに跨り剣を掲げた騎士のエンブレム——が、青と金の旗に刺繍されて掲げられていた。


 式典には王国の貴族たちが招待されており、色とりどりのドレスやタキシードに身を包んだ人々が、広間の両側に整列している。彼らの表情は華やかだが、どこか作り物めいた笑顔が気になった。


『なんか……みんな、演技してるみたい』


 リーネが小さく呟く。確かに、貴族たちの笑顔には心がこもっていないように見えた。


 広間の周囲には、銀の鎧をまとった王国騎士団の騎士たちが槍を構えて立っている。その視線は鋭く、まるで式典を監視しているかのようだった。


 そして、玉座の前、一段高い場所に設けられた特別席には——


 四人の騎士が並んで立っていた。


 それぞれが異なる色の外套を身にまとい、胸元には特別な紋章が輝いている。トランプの絵柄を模した、それぞれ異なるマーク。


「あれが……ロイヤル・ナイトか」


 クロエが小声で呟く。


 四人の中でも、特に目を引くのは中央に立つ大柄な男性だった。鋼のような灰色の髪をオールバックに撫でつけ、深い茶色の瞳は威厳に満ちている。黒い外套の胸元には、クラブのマークが金で刺繍されていた。


 その隣には、やや小柄だが鋭い眼光の男性が立っている。短く刈り上げた黒髪と、獲物を狙う野獣のような笑みが印象的だった。赤い外套の胸元にはダイヤのマークが光っている。


 そして、端に立つ女性騎士。栗色の髪を後ろで結い、凛とした表情を浮かべている。青い外套の胸元にはハートのマークが施されていた。


 最後の一人は——やや年上に見える男性で、白い外套にスペードのマークを身につけていた。


「いよいよ始まるな」


 エドワードが緊張した様子で呟いた時、広間の奥から号角の音が響いた。


 式典の開始を告げる合図だった。


「国王陛下の御入場です!」


 司会役の騎士が大声で告げると、広間にいる全ての人々が深々と頭を下げる。


 重厚な足音が響き、玉座へと向かう足音が近づいてくる。


 俺も慌てて頭を下げたが、その時——


『アキト……ダメ……この人……』


 リーネの声が、今まで聞いたことのないほど震えていた。


『すごく……すごく嫌な感じがする……』


 恐る恐る顔を上げると、玉座に座る人物の姿が目に入った。


 レオナード=アストリア——ソリス王国国王。


 金髪を整え、深いブルーのマントを羽織った威厳ある男性だった。王冠が頭上で鈍く光り、その表情は穏やかな微笑みを浮かべている。


 だが——


 その瞳の奥に、何か冷たく、暗いものがちらつくのを感じた。まるで、人の皮を被った何か別の存在のような——。


「皆、頭を上げよ」


 王の声は朗々と響き、貫禄に満ちていた。だが、その声音にも、どこか人工的な響きがあるように思えた。


 広間の人々が一斉に頭を上げる。


「本日は、我が王国に多大なる貢献をしてくれた勇敢なる冒険者たちを称えるための式典である」


 レオナード王は立ち上がり、俺たちの方を見据えた。


「ギルド《鉄の絆》の諸君。君たちの活躍により、多くの民が救われた。王として、心より感謝を申し上げる」


 言葉は完璧だった。でも——


『アキト……逃げたい……』


 リーネの声が、さらに小さくなっていた。


「それでは、我が王国が誇る最強の騎士たち——ロイヤル・ナイトを紹介しよう」


 レオナード王が手を差し伸べると、四人の騎士が一歩前に出た。


「まず、我が王国騎士団長——レオンハルト=グランベルク」


 黒い外套の大柄な男性が、厳格な表情で一礼する。クラブのマークが胸元で光った。


「ロイヤル・ナイト・オブ・クラブの称号を持つ、武を重んじる真の騎士である」


 レオンハルトは背筋をまっすぐに伸ばし、俺たちを見据えた。その瞳には確かな意志の強さがあったが、ふと王の方を見た時、一瞬だけ何かを考え込むような表情を見せた。


「続いて、将軍ゼノ=ブラッドレイ」


 赤い外套の男性が、獰猛な笑みを浮かべながら一歩前に出る。ダイヤのマークが不気味に輝いた。


「ロイヤル・ナイト・オブ・ダイヤ。戦場においては鬼神の如き強さを誇る」


 ゼノの視線が俺に向けられた瞬間、背筋がぞくりとした。まるで獲物を品定めするような、危険な光が瞳の奥で踊っている。


『この人……なんか怖い』


 リーネの声はか細く震えている。ゼノに対しては嫌悪感ではなく、純粋な恐怖を感じているようだった。


「そして、宮廷魔術師ヴァネッサ=ローレンス」


 青い外套の女性が、凛とした動作で一礼する。ハートのマークが清廉な印象を与えた。


「ロイヤル・ナイト・オブ・ハート。その魔術の才能と騎士道精神は、多くの者の模範となっている」


 ヴァネッサは真面目そうな表情で、俺たちに敬意を表すような眼差しを向けた。彼女からは、他の騎士たちとは違う、純粋な正義感のようなものを感じる。


「最後に、宮廷魔術師長——アルベルト=フォン・ノイシュバンシュタイン」


 白い外套の男性が、優雅に一礼する。スペードのマークが知性的な輝きを放った。


「ロイヤル・ナイト・オブ・スペード。魔術においては王国随一の実力者である」


 アルベルトは穏やかな微笑みを浮かべているが、その瞳の奥には深い知識と経験が宿っているのが分かった。


「以上四名が、我が王国の誇る最強の騎士たちである」


 レオナード王が再び座ると、広間に静寂が戻った。


「それでは、褒美の授与を行う」


 王の合図で、エドワードが金の盆を持って近づいてくる。その上には、美しく装飾された勲章と、重そうな革袋が載せられていた。


「ギルド《鉄の絆》団長、クロエ=アルディス。前へ」


 クロエが緊張した面持ちで前に進む。


「君の勇敢なる指揮により、多くの命が救われた。この勲章と報奨金を授与する」


 レオナード王自らが立ち上がり、クロエに勲章を授与する。その時——


『アキト……』


 リーネの声が震えた。王がクロエに近づくにつれ、彼女の警戒心が高まっているのが分かる。


「光栄であります、陛下」


 クロエが深々と頭を下げる。しかし、その表情にも僅かな困惑が浮かんでいた。きっと、王から感じる違和感に気づいているのだろう。


「続いて、アキト=レンジョウ。前へ」


 今度は俺の番だった。足が少し震えているのを感じながら、玉座の前まで歩いていく。


 レオナード王が近づいてくる。その瞬間——


『ダメ!近づいちゃダメ!』


 リーネが悲鳴のような声を上げた。彼女の恐怖が俺にも伝わり、全身に鳥肌が立つ。


 だが、もう遅い。


 王の手が俺の肩に置かれた瞬間、今まで感じたことのない冷たさが体を駆け抜けた。まるで、生きていない何かに触れられたような——


「君の力は、まさに我が王国の宝である」


 王の声が耳元で響く。その声音には、先ほどまでの威厳ある調子とは違う、何か別の響きが混じっていた。


「今後とも、王国のために——いや、"私のために"その力を振るってもらいたい」


 最後の言葉だけ、声が微かに変わったような気がした。


 勲章を受け取る俺の手は、止まらないほど震えていた。


 式典が終わり、俺たちは王城の客間に案内された。


 重厚な扉が閉まると、クロエが深いため息をついた。


「……なんか、疲れたな」


 彼女の声には、いつもの元気がなかった。


「クロエも感じたのか?」


 俺が問いかけると、クロエは困ったような表情で頷いた。


「ああ……なんつーか、あの王様……妙に冷たい感じがしたんだ。勲章をもらった時、背筋がぞっとしたよ」


『やっぱり!ボクだけじゃなかったんだ!』


 指輪の中のリーネの声が飛び跳ねる。


『あの王様、絶対におかしいよ!人間じゃない感じがする!』


 俺も同感だった。あの時の冷たさは、今でも体に残っている。


「でも、ロイヤル・ナイトの人たちは普通だったな」


 クロエが呟く。


「特にあの女魔術師——ヴァネッサだっけ?あの人からは嫌な感じはしなかった」


『うん、あの人たちは大丈夫だと思う。でも……』


 リーネが不安そうに続ける。


『あの赤い服の人、ちょっと怖かった』


 ゼノのことか。確かに、彼からは危険な雰囲気を感じた。


 その時、扉がノックされた。


「失礼いたします」


 エドワードが入ってきて、丁寧に一礼する。


「お疲れ様でした。明日の朝、王都を発つ馬車を用意いたします。今夜はごゆっくりお休みください」


「ありがとうございます」


 俺が答えると、エドワードは再び一礼して部屋を出て行った。


 その夜——。


 俺は客室のベッドに横になりながら、今日の出来事を振り返っていた。


 王国の豪華さ、式典の荘厳さ、そして王や王女から感じた違和感。


 すべてが現実離れしていて、まるで悪い夢でも見ているような気分だった。


『アキト、起きてる?』


 リーネが小さく声をかけてくる。


「ああ、眠れないんだ」


『ボクも……なんか、嫌な予感がするの』


 彼女の声は不安そうだった。


『あの王様たち、きっと何か企んでる。ボクには分かるんだ』


「企んでるって……何を?」


『分からない……でも、すごく悪いこと』


 リーネの言葉に、胸の奥が重くなる。


 窓の外を見ると、王都の街明かりが美しく輝いていた。でも、その光の下で、何か恐ろしいことが進行しているような気がしてならなかった。


 翌朝——。


 俺たちは早々に王都を後にした。


 馬車に揺られながら、だんだんと遠ざかる王城を見つめていると、胸の奥のもやもやした感情が少しずつ和らいでいくのを感じた。


「やっと帰れるな」


 クロエがほっとした様子で呟く。


「ギルドの方が、よっぽど居心地がいいよ」


『うん!早くみんなに会いたい!』


 リーネも元気を取り戻したようだった。


 しかし、俺たちが知らないところで——王都では、新たな動きが始まろうとしていた。

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