第一章 その1 目覚めと邂逅
俺の名前は蓮城アキト。ただのゲーム好きのおっさんだ。
とあるゲームのエンディングの只中にいた。
漆黒の空が燃え上がる。
剣戟と咆哮、破滅の光——。
「リーネ……皆……ここで、終わらせる!」
蒼い髪の少年は、傷だらけの身体で最後の剣を振るう。その背を守るのは、かつて人間だった“彼ら”——今や聖獣と呼ばれる者たち。
命を賭して、世界を封じる。
少年の叫びと共に、闇は押し戻され、世界は光に包まれた。
——そして、スタッフロール。
俺はコントローラーを置き、意識を失った。
——目覚めの時。
甘く囁く少女の声。知らない空、知らない世界。
「……ここは……?」
重たい瞼を開け、見知らぬ空を見上げる。
そして——違和感に気づく。
俺はゆっくりと両手を持ち上げた。
「……なんだ、これ……?」
指が細い。肌が滑らかで白い。骨格も華奢だ。
慌てて立ち上がり、近くの水面を覗き込む。
そこに映っていたのは、見慣れた中年の顔ではなく——
鋭さの残る若い男の顔。年齢は十代後半か、二十歳そこそこ。
「……俺……?」
声も、体も、明らかに別人だった。
転生——その言葉が、ようやく現実として胸に落ちてくる。
水音が静かに響く、小さな噴水——
その中心には、まるで祈りの象徴のように、そっと何かが祀られていた。
湧き上がる水は細く繊細で、白銀の糸のように宙へ舞い、陽光を受けてきらりと瞬く。
その噴水の真芯——小さな台座には、指輪が鎮座していた。
水は絶え間なくその周囲を巡り、まるでそれを守るかのように柔らかく包み込み、透明なヴェールを纏わせる。
その様は、まるで世界の片隅で息づく小さな祈り——
触れれば壊れてしまいそうな、儚くも神聖な光景だった。
風がそっと水面を撫でるたび、祀られたそれは静かに揺らぎ、命を持つかのように、柔らかな輝きを放ち続けていた。
少女の声が再び微笑むように響いた。
「やっと、ボクの声が聞こえる人、見〜つけた♡」
その声に導かれるように——物語は、静かに始まった。
誘われるように指輪を手にした、その時ーー
背後から迫る咆哮。
茂みがざわりと揺れ、不意に空気が腐った。
その影はぬるりと現れた。
そいつはゲームで何度も倒した魔物。
土気色の肌、異様に膨らんだ黄色い眼。裂けた口からは涎が垂れ、濁った歯列がぐちゃぐちゃに並んでいる。
ギギ……ギギギギ……と、喉の奥から漏れる笑いは、獣にも似て、どこか人の形を模したもの。
粗末な棍棒を握りしめ、痩せこけた身体は小刻みに震えながらも、ゆっくり、じり……じり……と獲物ににじり寄る。
その瞳の奥にあるのは、本能だけの悪意ーー痛めつけ、壊し、嬲り殺すことしか知らぬ愚鈍な悪辣さ。
一歩、また一歩。ざり、と足元の土を踏みしめるたび、異様な臭気が広がる。
薄汚れた布切れを纏ったそれは、獲物の怯えを楽しむように舌を這わせた。
ーーゴブリン。
僕は恐怖で足がすくむ中、少女の声に突き動かされるように手の中の指輪を握りしめた。
「来るなら……来い!」
その瞬間、銀色の指輪が淡い光を放ち、幾何学模様の魔法陣が足元に展開される。
僕の身体は淡い輝きに包まれ、全身に黒を基調とした簡素な装甲が形作られていく。
「……これが、ソウルフォージ……!」
ゲームで幾度となく見た光景。
それが、今——俺の現実だった。
魔物は牙を剥き、こちらに突進してくる。
「うおおおおっ!」
僕は震える手で剣を振り下ろす——
生ぬるい肉を断ち、骨を裂く感触が、嫌というほどリアルに伝わってくる。
返り血が頬にかかり、足元に転がる魔物の断末魔。
「やった……!」
「ふふっ、悪くないじゃん? でも、まだまだこれからだよ♡」
肩に乗る小さな子ライオン——純白の毛並み、リボンの飾り、そして無邪気なぽい少女の声。
初めて出会うはずなのに、どこか懐かしい名前だけが胸に響いた。
戦いの余韻も冷めやらぬまま、俺はふらふらと歩き出す。