ミスティヴェイルの名声
異世界人の弟子を迎え入れてから一晩。
向こうの世界には魔法も魔物も存在せず、私のような長命の種族もいないらしい。
それと、向こうの世界では魔法が無い代わりに科学が大きく発展しているらしい。
そして、私からもこちらの世界の事を教えてあげた。
通貨単位についてとか、各国の情勢とか、人と魔族の違いとか、この世界で暮らすなら戦い以外にも教えることは沢山ある。
とは言っても私自身歳の割には知識のある人では無いから、教えられることはそう多くはないけど。
とにかく、今日はまず私の家に連れて帰るのに丸一日使うだろう。
それにしても、彼が国を救うかもしれない存在なら、せめて送り迎えの馬車くらい用意してくれても良さそうなものだけどね。
まぁ、旅商人の護衛として雇ってもらえればちゃっかり荷車に乗って楽に移動できるんだけどね。
そうと決まれば冒険者ギルドでそういう都合のいい仕事を探そう。
こんな時のために冒険者ギルドに会員登録しておいたんだから、使わないのは損だよね。
「会員記録を確認したところ最後にクエストを受けたのが10年前となっていますが、カッパー以下のランクの会員登録は半年以上クエストを受けていない場合破棄されます。よろしければウッドランクから再発行しますか?」
「……そういえばそうだった。」
「エルフと人間の時間感覚の差だ!漫画やアニメの定番ネタって異世界に実在するんだ!スゲー!」
違うんだ弟子よ。
これは私が特別だらしないだけなんだ……弟子よ。
だからそんな目で私を見ないでくれ〜!
「ま、まぁ君の転生者としての才能を確認するついでだと考えれば良いよね。ポジティブに行こう。」
「そッスね!ポジティブシンキングが一番です!」
ウッドランクは危険度の低い薬草集めぐらいしかやることが無いし、そういった依頼は常に募集がかかっている。
それに、私ほどの達人になれば名が知れてるからね。
例え冒険者ランクがウッドだろうと名前を聞けば向こうから依頼が来るはず。
全然急ぐ必要は無い。
「そういうわけで草原にやってきたけど、早速薬草拾いをやってみようか。まずは雑草と薬草の見分け方なんだけど…」
「あ、それは大丈夫です!俺転生者だからかわかんないんですけどパッと見で物の名前とか使用用途が分かるんですよ!薬草コレっすよね!」
「おお、凄いね転生者の能力ってのは。まぁそれ薬草に似てるだけの普通の草だけど。」
「ありゃ?どうやらこの目も完璧では無いっぽいッスね。でも今聞いた情報のおかげで次からはしっかりみ分けられますよ!」
ふむふむ、どうやら見たものの大雑把な情報を得られる能力と言ったところだろうか。
より詳しく知る事で観察眼が成長するという特性もあるみたいだね。
「にしてもよく自分の能力についてたった一晩で把握できたね。」
「それも能力のおかげッスね!自分の体の調子とか魔力の流れや量もバッチリって感じです!」
「そんな事までわかるの?転生してすぐそんな能力が使えるなんてちょっとずるいなぁ。他にはどんな能力があるの?」
「あとは俺の固有スキルってのもあるんですよ。これは凄いッスよ!まずは収納術ってスキルなんですけど、魔力と引き換えに生物以外のあらゆる物体を異空間に収納するスキルらしいです!例えばこの薬草なんかも籠とか使わないで持って帰れますよ!」
「これはまた随分と都合のいい能力だね。色々使い道がありそうだ。」
「あともう一個固有スキルがあるんですけど、これは素材さえ用意出来れば前世の記憶からマジックアイテムが作れるスキルらしいッス!」
「異世界のマジックアイテム?それは私としてもちょっと気になるかも…。機会があれば使ってる所を見せてほしいね。」
「まぁそんな大層な物は作れないと思いますけどね。さて、薬草もこれぐらい集めたらオッケーじゃないすか?」
「むしろちょっと多かったかもね。追加報酬を貰えるかもしれないよ。」
そんなわけで薬草集めは一時間もかからずに終わった。
聞いた話では固有スキルや共通スキルはどれも戦闘向きでは無いようだけど、これは彼の気質による物なのだろうか?
他の異世界人を知らないから何とも言えない所だけれど、この様子だとパーティーの戦闘員は私一人になるかもね。
骨が折れそうだ、気持ち的にも物理的にも。
そして依頼を完了したら、案の定私の名前を聞いたギルドマスターが気を利かせてくれたらしく、最近街の近くの森に現れたゴブリンの群れをどうにかしたらすぐにでもシルバーランクまで上げられるそうだ。
ギルドの依頼は全然受けていないけど、20年前の魔物の大量発生の時に私が助けた部隊のメンバーに、ここのギルドマスターや古参のギルドメンバーもいたらしい。
ついでに帰りの馬車が欲しいって言ってら依頼の後でなら用意できるそうだ。
やっぱり長生きするといい事あるね。
「銅ランクすっ飛ばして銀ランクって凄いっすね!先生って呼んでいいっすか?」
「先生でも師匠でもおばあちゃんでも好きに呼んでいいよ。私は心の広いエルフだからね。」
「はい!改めてよろしくお願いします先生!」
そうは言ってもまだ実力は一切見せてないんだけどね。
他人からの評価だけで先生と呼ばせるのはカッコが悪いし、今度の依頼で私の本来の実力を見せてあげよう。
依頼によると森の中にある貿易用のルートの近くにゴブリンのキャンプが勝手に作られたらしい。
ゴブリンは独自の言語で会話するので基本的に話が通じないのだが、必ずしも攻撃的とは限らないのでまずはジェスチャー等で説得をしなくてはいけない。
とても面倒な相手だ。
「奴らは不意打ちで襲っくることもある。身体能力は普通の人間よりいくらか弱いけど、その分数が多いから油断は禁物だよ。」
「了解しました!」
しばらく進んでいくと、何やら物陰から視線を感じる。
「ハルト、どうやら囲まれているみたいだ。襲われるかもしれないから気を引き締めていこう。」
「は、はい!」
相手の動きは音や魔力の流れで手に取るように分かるが、向こうもハルトが周りを警戒している事に気がついたようだ。
なんて言っているか分からないが、何か作戦を立てているように思える。
「先生!後ろから来ます!」
「言われなくても分かってるよ!」
我ながら見事な切り返しと踏み込みだ。
今回は多人数戦だ。
まずは一人を確保して、関節技で動きを封じて人質に取る。
「次攻撃を仕掛けたらこいつの腕の骨を折る。だがこの森を去るなら命までは奪わない。」
と言っても言葉は通じないが。
「聞いたか?先生がキャンプ地を変えてほしいって言ってるんだ。余計な事しなきゃ無事で返してやるから森を出てってもらうぞ。」
奴らの事だから気にせず襲ってくると思ったが、意外な事に素直に交渉に応じた。
私は交渉が下手すぎるのか今まで一度も上手くいかなかったが、やはり二人がかりだからだろうか?
というか人質にしてた奴が何か言っていたが、一体何を言って去っていったんだろうか?
「ハハッ!あいつ逃げなが『覚えてろよ!』って言ってましたよ。漫画の小悪党かよッ!ってツッコミたくなったッスよ。」
「君も腰巾着っぽい事言って……え、ちょっと待って?もしかしてゴブリンの言葉が分かるの?」
「え、普通は分からないんすか?」
なるほど……そういえば、異世界人がこの世界の言葉を話せている時点で、翻訳されているって気づくべきだったね。
異世界人を一人召喚するだけでも古代のアーティファクトや大量の魔石を消費すると聞いていたけど、これだけ多種多様なスキルを持って生まれてくるならそれも納得だ。
「ちなみになんだけど、さっきの人質にしたゴブリンには背中に追跡の魔法を仕込んでおいたんだ。後を追えば拠点ごと一網打尽ってわけさ。」
「ひえ〜…考える事が怖いッスね先生。」
とりあえずその後ゴブリンのキャンプ地を襲撃して今度こそ退散させた。
流石に暗くなってきたので、用事も無いからさっさと帰ることにした。
ゴブリン討伐の証にキャンプ地で回収した骨やら何やらを見せたら依頼達成にしてもらえた。
「さて、明日になったらようやくここを出発だよ。今日の依頼の報酬金で丁度いい宿屋を探そう。」
そうして初日に泊まった大きな宿ではなく、目立たない場所にある安い宿に泊まった。
宿が小さいのでハルトと相部屋になった。
「相部屋だからって変な気は起こさないでね〜。」
「イヤイヤ流石に大丈夫ッスよ〜。」
「冗談だよ冗談。ゆっくりお休み。」
「あ、そうだ先生!一つお願いしたいんすけど良いっすか?」
「何でも言ってご覧なさいな。」
「俺今はハルトって名乗ってますけど、明日から先生と同じようにミスティヴェイルって名前名乗って良いですか?」
「う〜ん…まだ早いかな〜?」
「ダメか〜!じゃあどうしたら名乗って良いですか?」
「そうだねぇ。一人で魔物をやっつけたら私のミスティヴェイルの名を分けてあげても良いかな。」
それにしても、いきなり私と同じ名前を名乗ろうなんて変わってるなぁハルトは。
ハルト・ミスティヴェイルか…これだと何だか弟子と言うより孫ができたみたいだ。