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謹慎が解けた後、リディアは正装を指定されて王座に呼び出された。

玉座にはラルフ、そして皇后の席にはリアが座っていた。


ラルフが厳しい目でリディアを見ながら口を開く。

「リディア・メイソン。あなたは心身の体調を崩し、皇后の仕事を続けられないと見なしてその地位から降りてもらうことになった」

表向きは体調不良により皇后の職務を全う出来ないため、という理由のようだった。


もうリディアには反論する力も何も残っておらず、無表情でラルフに目線を向けているだけだった。そばにいた大臣の一人が続ける。

「急な交代で国民も動揺しますし、リア様もまだ皇后教育の途中。ですから、公に告知されるのはリア様の皇后教育が終わった後になります」

皇后の権利は剥奪されるが、名前だけはしばらく残るということだろう。


反応の薄いリディアに、ラルフは気まぐれに最後の情けを掛けるつもりで言った。

「皇后として国の実情を知ってしまっているため、他国に行くこと以外はどこで過ごしてもかまわない。今までの尽力への貢献として生涯不自由無く暮らしていける資産も渡す」

それにリディアは答えた。

「あともう一つよろしいでしょうか?」

「……なんだ」

ここでまたラルフにすがりつくのかと身構えたが、全く違う要望が出てきた。

「あの黒猫を連れていってよろしいでしょうか」


その言葉で玉座は嘲笑に包まれる。

「王が手に入らないから代わりに黒猫?」「まがいものを望むなんて、なんて哀れな」「気が狂ったというのは本当らしいな」

口々に言う言葉に、リディアは何の反応も示さなかった。


今、自分を唯一慰めて、そばに寄り添ってくれたのがあの黒猫だ。それくらい許されるだろうと思っていた。

ラルフもかつての皇后が笑われるような状態になっているのが多少不憫思ったのか、リアに同意を求める。

「いいだろうか、リア?」

「はい!私にはラルフ様がいますし!リディア様がかわいそうなので差し上げます」

リアはそう言って、リディアににこりと笑って見せた。上の立場からの同情の視線を、リディアは何の感情も無く受け取る。



「では、私はこれで失礼いたします」

簡潔な挨拶と共に、時の皇后は去っていった。




馬車の荷台に荷物を詰め込み、リディアは王城を出て行った。

見送りは無く、侍女も一人も連れて行かない。

従者に言って馬車を向かわせたのはローエンという辺境の領土だった。

雪山を有して資源が少なく、実りが無い土地とされていたが、近年その雪山から魔力石が発掘された。

魔力石は魔術を主力として使う他国と高く売買されることが出来るため、最近では領土の発展がめざましいとのことだ。

領主は利益を独占せず、公共事業に還元するため、平民も生活水準が高い暮らしが出来るということで領民も増えているらしい。


長いこと馬車に揺られて、ローエンの領主の城にやってきた。


トランクを一つ抱えて、門の前に立つ。

すると、きしむ音を立てて門扉が勝手に開いていく。周りを見渡しても人は誰もいない。魔術で動いているのだろうか?けれど、そんなものは王城でも見たことが無かった。


不思議がってここで立ち止まっているも何も始まらない。

リディアは一歩中に踏み出した。


城の歴史は古いが、それを感じさせない。むしろ、居心地の良さを感じさせる。古さを感じないのは、異様な清潔感だろう。

古い建物特有のかび臭さは感じず、ちりやほこりは見えない。

これだけきれいに保つには相当の使用人の数が必要だが、リディアが城の中に一歩踏み入れても誰も迎えに来る様子はなかった。

いるけれど、不要な侵入者に警戒して出てこないだけかもしれないが。


「お邪魔します」

一言声を掛けても、声は城の中に吸い込まれていくだけで何も返ってこない。だが、光がぼんやりと奥に見えた。


誰かいるのだろうか。

リディアはトランクを抱え直してさらに踏み込んでいった。

光はリディアを案内するように一定の距離を保ちながら奥に進んでいく。

けれど、光源を持つ人の形は見えない。コツコツと響く靴の音はリディア一人のものだ。


すべてが異常な状況だろうが、リディアは動じていなかった。

見知らぬ土地へ一人で来ること、許可を得ない場所に勝手に入っていくこと、臆病だったリディアからは考えられない行動だった。

心が壊れて、細やかに考えることが自分でも出来ていないのを感じる。自分と世界の間に膜がはり、すべての感覚や思考が鈍くなっていた。

そんな薄ぼんやりとした世界の中で、唯一リディアが求めていたもの……。


光は奥の扉の前で止まり、フッと消えた。

ここに入れということだろう。


リディアはノックをする。

すると。


「どうぞ」


ドアの奥から、男性の声が響いた。リディアは片手でドアを開けた。


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