表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/38

4

ラルフが来てくれたのだろうかと、慌てて振り返る。けれど、目の前にいたのは意外な人物だった。

「フィリップ先生」

かつて、リディアに歴史を教えていた教師だ。

「こちらにいると伺ったので参りました。……遠いですが、王族特権を使って邪魔してしまいました」

フィリップは王族と血のつながりがあること、優秀な頭脳と豊富な知識で国に貢献したとして裏庭に入ることを許された人物だった。

「……何か、ご用でしょうか?」

リディアは小さな声でばつが悪そうに問いかけた。必死の形相で振り向いた自分を見られたのが恥ずかしくて、皇后とは思えない幼い態度だったと思う。

けれど、幼少の時からリディアを見ていたフィリップは気にせず話す。

「今日はリディア様に確認したいこと、お話したいことがあって来ました。……最近、ラルフ様との交流が減っているようですね」

フィリップのつぶやきにビクリとリディアは体を揺らす。

勉強の時間も減り、交流が少なくなった彼にも伝わっているのか。ということは、王城のある程度の人間が感じているということだ。

「はい。ラルフ様がお忙しいようで」

ラルフとの仲を聞かれたら答えようと思っていた嘘を口にする。

フィリップは言いづらそうに続けた。

「たしかに、ラルフ様は王になってお忙しい時ですね。……けれど、昔はどんなに忙しくてもリディア様に会いに来たでしょう」

「……大人になったということですわ」

微笑んで答えたが、うまく笑えていなかったのだろう。フィリップは痛ましそうに目を伏せた。


その反応で、リディアはより惨めな気持ちになる。

フィリップは意を決したように言った。

「ラルフ様の愛が冷めていっているのを感じますか」

リディアはもう我慢できなかった。手に持ったカップを置いて、涙が流れる顔を覆う。


子供の頃から二人を見ているフィリップの言葉だから、余計にリディアの心をえぐった。


わかっていた。ラルフの心が自分から離れているのが。


「私が悪かったのかもしれません。ラルフ様を支え切れなかった。皇后の仕事でいっぱいいっぱいになっていたかもしれない。二人の交流をもっと持てばよかった」

リディアは涙を流しながら、自分の至らないと思ったことをあげていく。


もっとラルフに愛を告げていたら。

恥ずかしがって愛の言葉を口にする頻度はラルフより少なかった。

もっと気の利くプレゼントをすればよかった。

もっと私が明るい性格だったら。

もっと私が美しかったら。

もっと、もっと、もっと……。


つぶやき尽くして、涙で言葉が止まった時、フィリップが口を挟んだ。

「あなたのせいではない。……もしかしたら、他の要因があるかもしれない」


リディアははじかれたように顔を上げる。

「何が原因なのでしょうか!?」

フィリップは言いづらそうに答えた。

「皇后陛下にも閲覧が許されない書物が王城には保管されています。私は、歴史研究の一環として歴代の王の記録に触れることを許されています。番を見つけることが出来た王は少なく、3人しかいないとされていたが本当は4人目がいたのではないかと解釈できる記述があったのです。番として選ばれた女性がいたが、皇后にも側室にもなれず城から出ていった、と私は解釈しています」

「……なぜ城から出て行ったのですか?」

「選ばれた後に、健康に問題起こったのです」


それに、リディアの心臓が止まったような錯覚を覚えた。フィリップは続ける。

「選ばれた直後に流行病にかかり、その結果不妊となってしまった。そのことで徐々に王の関心が無くなり、番を解消したのだと」

血の気が引いた顔でリディアは問うた。

「それで、その二人はどうなったのですか」

フィリップは目を背けて答えた。

「番の行方はわかりません。だが、一度王城の中枢に入ったものが外に出ても幸せな人生は歩めなかったでしょう。知ってはいけないものをたくさん見たでしょうから。そして王も荒れました。その後有力貴族の令嬢を皇后に迎えましたが、一度番を手にしたのに無くしてしまった飢餓感がつきまとい、やがて狂った。……その王は早くに命を落としたとされています」

「そんな歴史が……?」

「年が近い王弟が直ぐに即位したことで国の混乱は少なかった。二人のことは無かったものとされたのです」

リディアは頭に浮かんだ言葉を口にした。

「番は、不妊になると解消されてしまうのですか……?」

「獣人が番を選ぶのは『優秀な子孫を残す』というのがあります。惹かれ合う要素の中にその基準があるのなら、もしかしたら……。けれど、番の研究は進んでいません。番と出会う獣人自体が少ないし、『そういうもの』として研究すらされていない。魂で、心で惹かれ合うなんてどう研究すればいいのかわかりませんから。……けれど、リディア様にはお伝えしたかったのです」


リディアは涙で赤くなった目をフィリップに向けた。

「なぜ……?」

フィリップは痛ましそうな顔をして答えた。


「万が一、『その時』が来たら、城を出る準備を整えられるように」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ