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ローエンに着き、商団の建物に行けば、リディアは領主の城にいるのだという。
従者に命じて馬車で向かう。たどり着いた荘厳な城の前にはリディアが立っていた。
「リディア!クルーサの話だがっ」
アーサーの言葉をリディアは遮る。
「中で話しましょう。私だけで無く、ローエンの領主様も同席されるのでそういった不遜な態度はお控えください。中に入るのはお兄様一人のみです。それが納得出来ないのであればそのまま帰ってください」
それだけ言うと、リディアは踵を返して中に入っていった。
大声を上げかけたが、この場で何を言っても、あの様子ではリディアは動じないだろう。納得はいかないがアーサーはそのままついて行くことにした。
ローエン領主の城は驚くほど静かだった。
時折使用人が通り過ぎるが、頭を下げているのみだ。同じ角度で同じタイミングで頭を下げ、微動だにしない。それが一層不気味さを引き立てた。
「ここでお待ちです」
リディアはそれだけ言うとドアを開けて中に入っていく。
人を招くような態度ではないので、アーサーは怒鳴ろうとしたが目に飛び込んできたものを見て声が出なかった。
ローエンの領主が部屋の中央の椅子に、静かに座っていた。
ただじっとアーサーを見ているだけなのに、威圧感が凄まじく、気がつけば呼吸が浅くなっていた。
体格は立派で、風格はその辺の貴族では比べものにならない。
以前王城に招かれた時の王を思い出させた。
ローエンの領主は変わり者と聞いていたので侮っていたが、噂は間違ったものだったと認識して、アーサーは居住まいを正した。
静かに促された席に着くと、すぐに使用人によってお茶が運ばれたが、口をつける気になれずアーサーはひとまず頭を下げる。
「突然の訪問、失礼いたしました」
ルークはそれを手で制しながら言った。
「構わない。こちらも貴殿に話があったからな。折角訊ねてきてくれたのだから、そちらからの話を聞こうか」
アーサーはそれに乗って話始めた。
「クルーサの取引をローエンでしていくと聞きました。クルーサとは我が家が取引をしていたのです。失礼ながら横入れをされては困ります」
そう言われて、ルークは面白そうに笑った後に答えた。
「横入れというのはおかしいな。クルーサではメイソン家との契約見直しが出ていたタイミングだったと聞いている。そのタイミングで、我が領からの提案に先方が魅力を感じて乗ってくれただけだ。勘違いも甚だしいな」
「契約の見直し……という情報は私のほうには入ってきていません。失礼ながら、ローエンよりも我が家の方がクルーサとの縁は深い。情報がこちらの方が早く深いというのは考えられません」
ルークはため息をつきながら答えた。
「……君は目の前にいる妹君がどのような存在だったのか忘れているのか?それとも軽んじているのか?」
アーサーはどういうことだとリディアを見た。
リディアは紅茶を飲みながら静かに答える。
「皇后としてクルーサの王室とは交流がありましたから。その時の交流を通して提案をしただけです」
「お前はすでに皇后ではないと言っていたではないか!偽りの立場を利用したということか!?」
それにリディアはフッと笑った。
「お兄様は、私がお飾りの皇后だと思っていたのですね」
アーサーは見透かされたことで黙り込んだ。そのタイミングを利用して、リディアは語り始めた。
「クルーサには皇后としてでは無く『ただのリディア』として連絡をいたしました。クルーサの王室とは交流がありましたから。何年か前、クルーサで飢饉が起きて食料が不足したときに、私費を使って食料を買い付けて支援したことがあったのです。その時の縁を頼ってまずはお話だけでも聞いてもらうことになりました」
リディアはまず手紙を送り、そして次に小包を送った。
その中には精巧な子供の人形と魔術式が書かれた紙が入っていた。その魔術式に同封された魔力石を置くと通信が起動するという仕掛けだった。
相手の王室に、自分はローエンにいること。そしてローエンの特産品や工芸品をクルーサに売り込みたいことを伝えた。
リディアは、ローエンの技術の名刺代わりになるようにと、人形に職人達の技術をすべて詰め込んだ。
まるで人のような繊細な造りの人形に、職人達が編んだレースのドレスを着せた。そこからいくつかの提案をしたのだ。
ローエンのレースは美しくしっかりとした造りだ。クルーサからのドレスに活用出来ないか?
そしてその縫製技術をドレスの補正で活用出来ないか、ということを。
ドレスは遠い国から運び込まれる時に様々な難問が発生する。
多くは船で運ばれるが、型が崩れないように押し込む訳にもいかずスペースをかなり取ることになるので多くを運べない。それが豪華なものならなおさらだ。
更に、ネズミの被害や、湿気によるカビなど多岐にわたる。
リディアが提案したのは、まずクルーサからドレスのレース以外を受け取り、それをローエンで取り付けるという案だった。
その際、ドレスに不具合があれば補修もする。
肝心のどのように輸送するかは、ルークが出てくる。
彼の移送魔術を使うことになったのだ。
魔術式を一度描けば所定の場所に転送出来るようにする。魔力石を置くだけで作動する簡単な仕組みだった。
クルーサとしては魅力的な提案だった。自国の代名詞ともいえるドレスの品質を落とすことなく届けることが出来る。
さらに、多文化との融合という、ファッションの更なる発展も果たせるのだ。
クルーサは流行の発信源であることにプライドを持っていた。そして、ファッションが発展していくことを何よりも愛していた。
だからこそ、利益と共に新しい道を示したリディアの提案はとても魅力的に思えたのだ。
その交渉の後押しになったのは一緒に送った人形だった。
クルーサ側にも、ローエンの状況は把握されていた。セノリカの中でも発展が遅い領土。そことの取引に疑念を持つ者もいたが、リディアはそれを払拭する方法として、さらなる別の取引も提案した。
人形には魔術をかけて、ルークの城の使用人同様に動くようにしていた。
ペコリと頭を下げながらレースのドレスをつまむ姿に、クルーサの王室の姫が大きな関心を寄せたのだ。
リディアが皇后だった時に生まれたクルーサの姫。両親の溺愛ぶりはすさまじかったのを思い出し、彼女の後押しを期待したのだ。
一人っ子の姫は自分の妹が出来たと、人形を抱きしめて離さなかった。
困ったクルーサの王妃に、その人形には護身機能もつけている。不審者が部屋に侵入したりすると身を挺して守るように設定したと告げると、唯一の跡取りの姫を大事にする王妃はいたく喜んだ。
そんな二人の様子と、ドレスがより正確に他国へ渡り、他国のレースと合わさることによる新しい文化の創造に期待をしてクルーサの王は契約を決めたのだ。
「クルーサの王室の関心と考えがどんなものかを考えた提案です。今までの経験が役に立ちました」
そう言うと、一口紅茶を飲んだ。
言われたことにアーサーはあっけにとられていた。
何も出来ないと思い込んでいた妹が本当にやったことか、この領主が考えたことでは?とまだ疑いの目を持っていたが、それを読んだのかルークが口を挟む。
「私が手を貸したのは移送魔術の改良のみです。それも、リディアが『これだったら出来ますか?』と色々草案を持ってきてくれたから出来たことだ」
「いえ。魔術の本を貸してくださり、素人の私の質問にも丁寧に答えてくださったことが無ければ何も……それに実際に魔術式を考えてくださったのは領主様です。改めてありがとうございます」
二人の間に親愛の情が流れる。
アーサーはそれを見て、邪な考えが思い浮かび思わず口に出た。
「リディアとローエン領主様は恋愛関係なのでしょうか」




