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悲劇のパラノイア  作者: エデン
第2章
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第8話 マリア

男達に連れて行かれたのは、馬車の前だった。馬車の前で無理やり手枷をかけられ、目隠しをされ、辺りは何も見えなくなる。誰かに掴まれた感覚がして、警備兵の声が聞こえた。


「お待ちください!罪人は兵の管轄です。私が連れて行きましょう。牢獄に入れ、罪人を尋問し、刑を執行します。執行内容については通達致しますので」

「…マリアお嬢様がお呼びだ。由緒正しき貴族の名家、カーライル一族にたてつくと、どうなるか分かっているだろう?」

「……っそれは…」

「分かったなら、その罪人を離せ!!!」


突然ぶつかる音がして、掴まれていた感覚はなくなった。それと同時に無理やり引っ張られて地面に強く倒される。頬に当たる感触は木のような感触だったため、これは馬車の中だろう。足にも何かを付けられる感触がして、何も見えない視界の中、扉が閉まる音がした。

少し経ってから馬の鳴き声がけたたましく聞こえてから、馬車の車輪の音が耳に入った。

手には手枷をかけられ、足も何かで拘束されたため、自由には動けない。


(これは………奴隷馬車だ……)


朦朧と昔を思い出していた。ガタガタと無機質な車輪の音が響く。この奴隷馬車は、僕を何処に連れて行くのか。マリアは黒い服の男が言ったように、本当に生きているのだろうか。僕はマリアを殺せなかったのだろうか。憎い相手をまともに殺すことすらできないほど、僕は未熟者だったのだろうか。

ああ、そうか。もう……もう僕には何も残っていない。

もうマリアを殺す機会は得られないのだろう。僕は殺されるのだろうか?なら何故男は、僕をこの場所で殺さなかったのだろうか。

無機質な馬車の音は、ただ耳元で響く。僕はその音を聞き続ける。いっそのこと、この馬車の中で僕を殺してほしかった。真実など……僕は聞きたくもないんだ。



暫くして、馬車が止まった音が聞こえた。馬の鳴き声が低く聞こえ、車輪の音が静まる。

扉が開くような音がして、誰かに掴まれたような感触がした。そのまま僕は宙に浮き、誰かに担がれた。地面を歩く音が聞こえ、その振動で身体が揺れる。僕はただ身を任せていた。口は塞がれていなかったため、声は出せる状況だったが、何も言わなかった。

僕を担いだ人物は暫くの間歩き続けてから、扉を開け階段を昇るような音が聞こえ、足音が聞こえる。ようやく男は立ち止まり、扉を数回ノックする音が聞こえた。


「…マリアお嬢様。罪人を連れてまいりました」

「……入って」


マリアの声だ。本当に生きていたのか。何故だ、確かに殺したはずだ。この声を再び聞くことになるとは思ってもいなかった。無気力だったはずの感情が高ぶり、その女を殺せ!!!殺せ!!!と全身が反射的に震え出した。

扉を開ける音がしてから、僕は地面に無理やり降ろされた。目隠しはついたままのため、何も見えない。


「……目隠しを取りなさい」

「……かしこまりました」


ようやく目隠しを取られると同時に上を見上げる。ああ……マリアだ。あの日殺したはずのマリアは、無表情で僕を見下ろしていた。

ここはあの日来たマリアの部屋だ。マリアはドレスを着ていたが、マリアの胸元には……何故僕がつけさせた操りの首飾りを付けている?赤い宝石の付いた首飾りは、かろうじてあの首飾りだということは分かったがいびつに曲がっており、マリアの首を這うように不気味に変形している。

更にマリアの首元には手形のような跡が二つ赤く浮かび上がっており、火傷の跡のようになっていた。


「………ねぇ」


マリアは一言だけ呟いた。それから僕を冷たい瞳で見下ろして、不気味に変形した首飾りを強く掴んだ。


「何を私に付けさせたの!?“これ”は何なの!どうして取れないのよ!この首飾りは何!?あの日……お前は私を殺そうとした……次に目が覚めたら!こんなにも月日が経っていた!ねぇ、何なの!?何なのよ!取れよ!この首飾りを取れ!!!」

「お嬢様!あなたは長い間眠りについていたのですよ!!!まだ目覚めてから、一日しか経っておりません!ご無理をされない方が…」

「うるさい!うるさい!!!私の召使のくせに!!!黙れ!!!黙って!!!」


眠りについていた?一体どういうことだろうか。マリアは僕に首を絞められた後、今の今まで気を失ったままだったというのか?そんなことあり得るのだろうか?

マリア突然暴れだし、あたりの物を掴むと、僕に向かって物を投げつけ始めた。

手あたり次第の物が僕に降りかかる。ひとしきり投げつけてから、息を思い切り吸い込むと、僕を見下ろした。


「何なのよ?ねぇ…それと…私が書いた奴隷商売の記録帳……それが見当たらないわ?……何処にやったの?まさかお前が持っているの?ねぇ…?」


マリアは笑みを浮かべる。マリアは明らかに冷静ではなかった。そして僕は不思議と……冷静になっていった。マリアは……ああ、そうかマリアは。


「怯えているのかい?マリア」


自然と僕は笑っていた。お手本のような笑顔を作って床からマリアを見上げる。マリアは憎々し気に唇を噛んだ。


「何ですって?」

「そんなにも震えて……可哀そうに。よっぽど僕に首を絞められたのが怖かったんだね?大事に大事に僕が贈った首飾りまで付けて…そんなにも大切にしてくれて嬉しいよ」

「おい、マリアお嬢様にそんな口の聞き方をしていいと思っているのか!!!」


僕は黒服の男に強く蹴られた。マリアは少しずつ怯えたような表情になっていく。

僕は笑った。あの日のように、笑った。首飾りがどうしてあんな風に変形したかなんて僕には分からない。分かるとすれば、首飾りの所有者…僕を奴隷馬車から落ちた時に助けた、ベアリング家の老人カーティスか孫のクロードのどちらかだろう。二人によればあれは玩具だったはずだ。話が全く違う。だが…マリアを脅す“はったり”には丁度いい。


「その首飾りは実は、特別なものなんだ。首飾りは、君を呪い殺すだろうね?今君は生き永らえたかもしれないが、その首飾りは生きながら少しずつ……少しずつ君の命を蝕むだろう」

「…おい、やめろ!!!」


もう一度黒服の男に蹴られる。僕は笑みを崩さなかった。笑顔のままマリアを見続ける。

次は奴隷商売帳だ……あれにはマリアの今までの奴隷取引の内容が全て記されている。

あれをマリアが探す理由は分かる。マリアにとって都合の悪いことばかり、書いてあるのだから。僕はマリアの家から、マリアを“殺し損ねた”あの日にマリアの屋敷から日記帳と共に持ち帰った。確認してみると、男の商品について散々書かれていた。一通り目を通してから、僕はそれを絶対に見つからない場所に、封印することに決めた。

僕にしか分からない場所に。


「それと、奴隷商売帳をお探しかい?そりゃそうだ。君にとっては隠したくて、隠したくて仕方がない物だろう。あれがあれば君の罪は全て暴露され、君は牢獄行きだ!最も君はそこの男に泣きついて釈放して貰うつもりだろうけどね?ははは!…なぁ、いつか君は捕まるかもしれないよ?君が生きていることが分かれば、奴隷商売帳を預けた信頼のできる人が、君の罪を全て暴露するだろうから」

「……人?人ですって!?あれを人に渡したって言うの!?誰よ!!!一体誰に…」

「君の一族は随分と恨まれているみたいだね?カーライル家の弱みを握りたい、復讐心たっぷりの貴族は居たのさ!貴族は喜んで君の奴隷商売帳を買ったが、君は死んでしまったと、僕から聞いた…それでも、いつか君の一族を脅すネタにするつもりらしい」


勿論全て嘘だ。僕はあれを貴族に売ったりなんかはしなかった。あれは……僕にしか分からない場所に埋めたんだ。土を掘って、木箱に入れて僕は奴隷商売帳と日記を土の中に封印した。

だがそんな嘘でも、マリアにとっては十分だったようだ。マリアは大きく叫び声を上げる。


「その貴族は誰!?誰なのよ!!!一体誰があれを持っているの!!!言いなさい!!!早く言え!!!」

「人は怯えるほど、よく鳴くよな?馬もそうだったっけ?」

「……っこの野郎!!!さっさと貴族の名前を言え!!!それと忌々しい首飾りを取って差し上げろ!!!」


黒服の男は僕を何度も何度も蹴った。しかしマリアは……怯えたように僕を見るだけで何もしてはこない。彼女は震えていた。ああ…僕が怖いのか。そんなにも君は、怖いのか。

僕は笑い声をあげた。もう限界だった。あのマリアが!!!今はこんなにも僕を見て怯えているのだから!!!


「ははは!!!君は首飾りに怯え、罪が明かされることにも怯えているね?ああ…可哀そうに。君が全てやったことで、君は命が削られると共に、牢獄の冷たい床を味わうんだ!!!味わえ!!!味わえ!!!恐怖を味わえ!!!はははははは!!!」

「……っ!!!その罪人を拷問にかけなさい!!!何としてでも、貴族の名前を吐かせるのよ!!!」

「おお、今度は拷問ですか?マリア“お嬢様”。僕は何も吐きませんよ?でしたら、いっそのこと僕を殺したらどうですか?僕が君にやって差し上げようとしたように…ぐちゃ!!!と一思いに!!!ははは!!!」

「早く連れて行きなさい!!!」

「…かしこまりました」


黒服の男は礼をすると、僕を乱暴に担ぎ上げた。マリアの怯え切った瞳が最後に見えてから、僕は部屋の外へと連れ出された。扉が閉まると同時に、僕は勢いよく降ろされ、バン!と壁に押し付けられると、黒服の男は拳で僕の腹を何度も殴ってきた。


「…っぐっ!!!ぐぁ!!!っ!!!」

「この野郎!!!マリアお嬢様によくも!!!」


黒服の男は僕をひとしきり殴ると、大きく息を吐いた。男は興奮したように息を荒げてから、もう一度深く深呼吸をする。

床に倒れた僕を見下ろして、一言呟いた。


「お前はこれから拷問にかけられる。カーライル家直々の拷問だ。たっぷりと苦しみを味わうことになる。それが嫌ならば今すぐに!奴隷商売帳を買ったという、貴族の名前を言え!!!」

「……この一族は拷問なんてものもやっているのか……流石マリアの一族だな……奴隷商売の次は拷問で商売か?」

「早く言え!!!」

「なぁ…お前は何で好き好んでこんな一族に仕えているんだ?マリアのやっていることを本気で良しとしているのか?」

「……俺は最後の機会を与えたぞ」


男は低く呟くと、僕を再び担ぎ上げた。男は無言で歩き続けた。拷問か…そんな面倒なことするくらいなら、いっそのこと僕を殺せばいいだろうに。例え、拷問で死ぬことになったとしても、僕の言ったことで日々怯えながら、マリアは暮らすことになるだろう。

これは僕の最後のあがきだ。

マリアを恐怖に陥れること……それさえできれば、僕がどうなろうとも、後悔はないだろう。



男は僕を屋敷の地下室へと連れて行った。地下の扉をあけると、地下室の椅子に座っていた、屈強な体格の男に声をかける。


「……この罪人を拷問しろ」

「……何を吐かせるんです?」

「この男はマリアお嬢様が書いた“商売帳”を奪った。それを貴族に売ったらしい。その貴族の名前を吐かせろ。それと…マリアお嬢様の首にかけた首飾りの出所もだ」

「……へぃ。後はこちらにお任せ下さい」


黒服の男は僕を地面に投げると、そのまま扉を閉めた。屈強な男は僕を見てやれやれと肩をすくめた。


「それにしてもあんた…ついてねぇな?よりにもよってカーライル家に捕まっちまうとは」

「……僕を拷問するんじゃないのか?」

「……なぁ。俺はここで何度も何度も人を拷問してきた。カーライル家に盾突いた者共をな。男も女も関係なくだ。さてここで提案だ。さっき言っていたことを話せば拷問はしないでおいてやろう。どうだ?妙案だと思わないか?」

「……僕は何も言わない」


僕が言うと、男はため息を大きくついた。「仕方ねえなあ」と首を触る。


「いつも思うんだよな?俺は機会を与えてるって言うのによ。全員断るんだ。何でこんな簡単なことが出来ないんだろうな?まぁいい。こっちにこい。お前は弱そうだから、直ぐに終わるだろう」


男は僕を担ぎ上げて、地下室の奥へと進む。辺りには血の跡がいくつもこびりつき、何の用途に使うかも分からない拷問器具が大量にある。男は嬉しそうに器具を見ながら語る。


「いいか?実は手前にある物の方がきつい奴が多いんだ。奥に進めば進むほど楽になっていく。俺は優しいから“楽な”拷問方法から実行していくのさ。お前のスタート地点は一番奥からだ。どうだ?優しいだろう?」

「…………」

「おいおい、何とか言えよ。さぁ、着いたぞ」


僕は地面に投げられた。男は屈むと、僕の足を丁寧に縄で縛っていく。それから手前に大きい深い桶を置いて、「よし」と立ち上がった。


「これにはな、ちょいと準備が必要なんだ」


男は何処かからか、バケツを持ってくると、持ち上げて桶に水を入れていく。一体男は…何をするつもりなのだろうか。拷問と言ったから鞭打ちのような物を想像していたが、これは……


「よし、水が溜まったぞ」


男は笑顔で僕を見る。男の瞳を見た時……僕は恐怖で固まってしまった。全身がゾクッと冷えていく感覚に陥った。この男は…自分を優しいと語っていたが、決して優しいわけではない。何も感じないタイプだ。男の瞳はそれほど暗闇に満ちており、笑顔は不気味だった。

男は僕の首根っこを掴むと、一気に僕の頭を桶の水の中に入れた。


「…っごぼっ……」


急に頭を水の中に入れられたものだから、水を沢山飲んでしまう。水中に視界は覆われる。次第に息が出来なくなる。もがく。僕はもがいた。しかし強い力で上から押さえつけられてしまい、僕は水中で身動きが取れない。

水からあげてくれ!それを叫びたいのに叫ぶことすら叶わない。苦しい。何も見えない。苦しい!!!あげてくれ!!!あげてくれ!!!


「……っ!!!ひゅっ、ごほっごほっ!!!」


僕はその瞬間水からあげられて、空気を吸わされた。男は目を細めて、笑顔で僕を見つめた。


「どうだ?苦しいよな?さぁ、貴族の名前と首飾りの出所は何処だ?」

「……っごほっごほっごほっ!!!」

「言え!!!」


咳込んだまま、僕は首を横に振った。男は大きくため息をついた。


「弱い奴なら一回で吐くやつもいるんだがな……まぁいい。これがずっと続くんだぞ?まずは一週間。一週間この拷問を続けられれば、次は鞭打ちだ。それを考えておくんだな」


男は笑顔で僕を見た。僕は首根っこを再び掴まれると、次の瞬間には再び水の中だった。

何度も何度も男は続ける。何度も何度も何度も同じことを繰り返す。水に入れ、僕がもがき始めたら空気を少しだけ吸わせる。その度に聞く。「貴族の名前は誰だ?首飾りは何処で入手した?」僕は首を横に振り続ける。奴隷商売帳を売った貴族など存在しないのだから。そもそもそこをお前たちは間違えている。だから答えなんて言いようがないのだ。



あれからどれだけの回数の拷問を続けられたか。意識すら保てなくなってきたころ、ようやく僕は拷問から解放された。といっても拷問する男が休む間だけらしいが。僕は地下の簡易的な牢屋の中に放り込まれた。拷問男は牢屋を閉める前に笑顔で僕を見た。


「ひとまずは、今日はおめでとう!何も吐かなかったな!明日を楽しみにするといい。今よりも、もっと空気を吸わせなくしてやるよ」


男は牢屋の扉を閉めて鍵を閉めた。「あー今日も働いた」と肩を回しながら何処かへ行ってしまう。僕はそれを呆然と見つめていた。


「……っ……ひゅっ……」


声を出してみると、思ったように声が出なかった。もしもこの拷問を続けられれば、最も大切な声にまで影響するかもしれない。それほど息が苦しく、辛かった。何が一番優しい拷問だ……どれほど苦しいのかあの男は何も分かっちゃいない。

僕はその場にうずくまった。冷たい牢の中で何処からか落ちてくる水音が聞こえる。目を閉じると、先ほどまでの水の感覚が戻って来て、強くえづいてしまった。


「…っごほっごほっ!!!」


何も吐くわけがない。拷問途中で何度かもう戻しているのだから。咳のせいで涙が出た。再び強く吐き戻しそうな感覚になり、何度か咳きこんでしまう。

目を開けて、石の床を見つめると、自然とアーデルの顔が浮かんだ。アーデル……アーデルは今何をしているのだろうか。僕が捕まると、何度も何度も「違う」と叫んでいた。彼女は何故「違う」と言ったのだろうか。僕を哀れんだのだろうか。

何故……どうして今、アーデルに会いたいのだろう。僕は彼女から離れるつもりだったのに、アーデルに会いたい気持ちが沸き上がる。ただ彼女の顔が見たかった。



いつの間に、眠ってしまっていたのだろう。僕は水音で目を覚ました。今は一体何時なのか。薄暗い地下のせいで、時間の感覚すら掴めない。地下室の扉の方向で、何やら怒鳴り声が聞こえた。


「ちょっと困るぜ嬢ちゃん!どうしてここに入ってこれた?」

「よけなさい!!!セリオンの居場所をこの屋敷の人に聞いたわ。地下室だってね!!!」


(―――っアーデル!?)


僕はハッと目を覚まし、勢いよく身体を起こした。何故……何故ここにアーデルが居るのだろうか。僕は直ぐに牢屋の鉄格子の近くに行き、扉の方を見る。扉は閉まっており外の様子は何も見えない。


「レディアーデル。ここは私にお任せください。クロード・ベアリングの名の元において、お前が邪魔をするならば……分かっているな?」

「……っくそ、なんだってんだ!!!」


(クロード!?)


クロード・ベアリング…その名は知っている。奴隷馬車で橋から落ちた際に僕を助けた、カーティスの孫であり、マリアが日記に愛していると散々書いていた人物だ。

何故あの男がここに居る?扉の方を見つめていると、扉がバン!と開き、屈強な男が「一体何だってんだ」とぶつぶつ呟きながら入ってきた。それに続いて、アーデルとカーティスの孫、金髪のクロードが並んで入ってくる。


「なんだこの部屋は……怪しげな拷問器具ばかりだ……本当に奴隷商売をやっていたというのか!?」

「……セリオン、セリオン何処なの!?」


アーデルは直ぐに走ると、辺りを見回す。僕の牢は地下室の一番奥の為、見つけづらいのだろう。声を出そうと思ったが、掠れた声が出ただけで、思うように出なかった。


「セリオン!ねぇ何処!?セリオン!!!」

「セリオンってのは、俺が拷問していた男のことですかい?はぁ。クロード・ベアリングって言ったら、あの有名なベアリング一族かつ、公爵様じゃないですか…この地下室の存在がバレちまえば、いよいよこの屋敷もおしまいってわけですか」

「拷問!?なんてことを…!いいからセリオンの所に案内しなさい!!!」


アーデルは拷問男を強く睨みつける。男ははぁとため息をもう一度ついてから、アーデルに鍵の束を渡した。



「ここの一番奥の牢ですよ。この鍵で牢と手枷と足枷を開けられるでしょう……あー俺は次の拷問場所を探さなきゃならない」

「何を言っている?お前はここで捕える!!!忌々しい。違法で拷問をやっていたな?罪人の罪を暴くためではなく、一般市民を捕えたと聞いた」

「いやまぁ…一応罪人らしいですよ?詳しくは知りませんが」

「我が一族の管轄の兵が調査を行っている!その結果次第となろう。この男は私が連れて行きます。アーデル嬢。ご友人を助けられたのなら、直ぐに上に来てください」


クロードは冷たく男を見つめて剣先を男に向けた。拷問男は「ひぇぇ」とわざとらしく身体を震わせる。男は「あーまた牢屋生活か」と面倒そうに欠伸をすると、クロードにゆっくりと着いて行った。地下室の扉がゆっくりと閉められると同時に、アーデルは僕の方に向かって走り出した。


「セリオン!!!……っ!?」


アーデルはようやく僕を見つけた。僕は起き上がってはいたが、よっぽど酷い顔をしていたのだろうか。僕を見てアーデルは肩を震わせて、真っ青な顔をしている。


「こんな……セリオン、ねぇ大丈夫!?」

「……っ……」

「……声が出ないの?今開けるわ!!!」


アーデルは焦ったように鍵をガチャガチャと開け、牢屋の扉を勢いよく開けた。アーデルは直ぐに膝を床につけると、僕を見る。


「大丈夫!?私よ、アーデルよ。聞こえる?」

「……アーデ……ル……」

「……良かった。聞こえているのね?一体何をあの男にされたの……いえ、まずはここから出ないと。立てる?力を貸すわ…」

「……待って…くれ」


僕は掠れながらも声を何とか出した。アーデルに聞きたいことは山ほどあった。何故クロードと一緒に来たのか。何故この場所が分かったのか。何故……僕を助けようとしているのか。

僕を殺人者と分かっていながら、どうしてここにやって来たのか。



「まずはここから出ましょう。あなたが私に聞きたいことがあるのは分かっているわ…後で必ず説明するから…だからまずはこんな……酷い地下室から出ましょう…」

「…………ああ」


僕が頷くと、アーデルは苦労して僕の手枷と足枷を鍵で外した。アーデルの力を借りて立ち上がる。大きくよろめいたが、何とか体制を立て直してアーデルの支えの元、ゆっくりと歩き出す。アーデルは今にも泣きそうな顔をして、僕をずっと見つめていた。



地下室から出て、階段を一歩一歩上に上がると、ようやく屋敷の中に出た。どういう訳か屋敷内には沢山の兵がうろついている。明らかにカーライル家の私兵ではないだろう。

少し遠くに居たクロードが此方に気づいて歩いてくる。横には拷問男が居たが、兵数人に捕えられていた。


「…レディアーデル。ご友人はそちらです……っ!?」


クロードは僕を見て驚いた表情を浮かべる。僕のことを覚えていたのだろうか。


「……君は…あの時私が助けた…」

「……はい」


僕がなんとか頷くとクロードは僕をまじまじと見つめる。こんな偶然など向こうも予想してはいなかったのだろう。アーデルは驚いて僕を見る。


「クロード公のことを…知っているの?」

「……ああ……後で…詳しく…」


まだ思ったように声が出なかったため、アーデルにはこれだけを話しておく。そもそも僕もアーデルに聞きたいことは沢山あるんだ。


「これは…果たして“偶然”だというのか?君には聞かねばならない話がある。だがまずは君の体調面が心配だ。保護をしなくては」


クロードが僕に向かってそう言った途端、先ほどの黒服の男が屋敷の廊下の向こうから、騒々しく走ってくるのが見えた。


「おい!一体何事だ!!!ベアリング家が屋敷に一体何の用だ!?」

「……マリア・カーライルに、お会いしたい」

「……何?」


黒服の男は忌々し気にクロードを見つめる。クロードに恨みでもあるのか、唇を強くかんだ。


「なるほど?マリアお嬢様を散々弄んでおきながら、お前は今更会おうと?…っ何故その罪人を!?それにその罪人を外に連れ出していいと思っているのか!」

「……弄ぶ?私は彼女と殆ど面識はないはずだが?パーティで数度会ったくらいだ…私は有力情報から、とある情報を入手した。マリア・カーライルは犯罪に関与していると。奴隷商売をな…我が一族の管轄の元、マリア・カーライルに話を聞かねばならない」

「何?そんな“でたらめ”を何処で聞いた?そんなものにお嬢様が関与しているはずがないだろう!」


(はっ…白々しいな…)


僕は思わず笑みを出てしまう。黒服の男は隠そうとしているが、マリアの真実など僕の隠した奴隷商売帳があれば一発で暴かれる。クロードはそもそも何処でその情報を聞いたのだろうか?アーデルから聞いたのか?平民のアーデルと貴族のクロードは、何故面識があるのだろうか?

まさか……アーデルは貴族だというのか?……いやそんなはずはない。


「アーデル・フローレス…フローレス家のご令嬢から話を聞いた。マリア・カーライルの奴隷商売についてご友人が真実を知ってしまったと…そしてご友人は真実を知ったことにより、捕まったとな」

「……フローレスだと?あの「話を聞かない貴族一家」か。アーデル…その名前はよく知っている。あの家の娘の長女は行方不明じゃなかったか?その友人というのが、今そこに居る男だというのなら、その男はマリアお嬢様を殺そうとしたんだぞ!?正当な罪で捕えている!!!」

「……何?」


クロードは僕を見つめてきたが、それよりも黒服の男の言葉で、僕はそれどころではなかった。アーデルは貴族だった?まさか、そんなこと……信じたくはなかった。貴族の娘など僕がこの世で最も嫌いな人物なのだから……だが、アーデルは普通の平民のように暮らしていたではないか。僕が呆然とアーデルを見つめると、アーデルは悲しそうに眉を寄せた。


「……セリオン。ごめんなさい……私は………」

「……君が貴族というのは……本当なのか?」


僕がゆっくりとアーデルに聞くと、アーデルは唇を噛みしめてからようやく声を出した。


「……ええ。私は…貴族よ。逃げていた…ね」

「…………」


僕は何も言えなかった。アーデルが僕を悲しそうに見つめてくる瞳で、それが全て真実だと悟ってしまった。

突然、クロードは僕たち二人の間に入ってくる。


「詳しい話は後でするといい。まずは君に聞かなければならないことがある。アーデル譲の話と食い違っているようだ。君はあの日…誰か知らない人に眠らされたと言っていたな。しかし君がマリア・カーライルを殺そうとした?まさか、君が奴隷馬車に乗った原因はマリア・カーライルの仕業であり、それを君は分かっていたのか?」

「……そうです」

「……何故、私に隠した?」


クロードは冷たい瞳で僕を見る。僕がマリアを殺そうとしたという事実で、僕が隠していたことは全てバレてしまったのだろう。僕はフっと笑みを見せた。


「……僕を騙して奴隷馬車に乗せた、マリアに復讐するため……この手で……」

「……隠したのは間違いだったな……私に話していれば、マリア・カーライルには正当な方法で罰を受けさせ……」

「それでもマリアはいつか解放されるだろう!?僕は、それが許せなかったんだ!!!マリアは結局牢獄に入ったとしても、金の力で釈放されるだろうからな!!!」


出なかったはずの声が、感情の高ぶりのせいで大きく出てしまう。まさか精神的ショックで声が出づらかったのだろうか。クロードは僕を見ると、大きくため息をついた。


「それは…あまりに浅はかだな。マリア・カーライルの情報で早く真相にたどり着けたかもしれない。君は私に真実を伝えず、己の欲望のままカーライル家のご令嬢を殺そうとしたというのか?」

「…正確にはとっくのとうの昔にマリアを殺そうとしているがな。その時から今の今までマリアお嬢様は不思議な眠りについていたらしい。だから今、僕が捕まったというわけだ」

「何?眠りについていた?……まぁいい。私に真相を隠していたのは理解できないが、君は貴重な証言者だ。そこの召使も分かっただろう?ここに真相の証言者が居る。早くマリア・カーライルの元に通せ!!!」


クロードは黒服の男に大声を上げると、黒服の男は強くクロードを睨みつける。


「はっ!証拠不十分だろう?そんな“庶民”の言葉が、貴族に対しての証言になると本気で信じているのか?」

「そんなことを言っていれば、事件は何も解決しない!」

「お前も貴族だろう?見て見ぬふりをしてきたことなんて大量にあるはずだ。庶民の言葉なぞ、大した力がないこともな」

「……待ってくれ」


僕はアーデルから離れて、二人の間に立った。まだよろめいてはいるが、立てないほどではない。アーデルは心配そうに僕を見てくる。


「奴隷商売の証拠なら…僕が持っている。といっても今この場所にはないがな。“庶民”の言葉をそんなに聞きたくないというのなら、証拠品を持ってくればいいんだろう?」

「……っお前……」


黒服の男は僕を睨みつける。大方僕が奴隷商売帳を売った貴族の元に行くと思っているのだろう。黒服の男は懐からナイフを取り出すと、僕に向かってナイフを向けてきた。


「勝手にお前を逃がすことは許さない!!!カーライル家の管轄にこの男は置かれている!!!」

「この者は、ベアリング家の管轄だ。お前は今……“ベアリング家”に反抗していることを分かっているのか?そのような口の利き方をして、ただで済むと?」


クロードは僕の前に立ち、冷たく黒服の男を見つめる。話の内容から察するに、ベアリング家の方が明らかに力を持つ貴族なのだろう。それを証拠に、黒服の男はうろたえた表情を浮かべている。


「……っくそ!!!お前などに好き勝手にさせてたまるか!!!」


黒服の男はクロードに向かって、ナイフを持って走ってくる。まさか…貴族のクロードをナイフで刺すつもりなのか!?クロードはその瞬間剣を引き抜き、男に向かって一瞬で振り下ろした。


「……っぐぁ!!!」


クロードに切られた男は大きく血しぶきをあげて、目の前でドサリと倒れる。後ろでアーデルの悲鳴が大きく聞こえ、僕は呆然とそれを見つめた。血しぶきがかかったクロードは、冷たく黒服の男を見降ろす。


「……愚かだな。その行為は奴隷商売をやっていると公言しているようなものだ」

「……一体何事なの!?……クロード様!?」


マリアの声が聞こえる。僕が咄嗟に上を見上げると、階段の上にマリアは驚いた表情をして階段から降りてくる。マリアはクロードに直ぐに駆け寄ってクロードの腕を掴んだ。


「クロード様!!!…何故私の屋敷にお越しに?あら何故貴方に血が……それに何故召使は倒れて……っ血が……まさか死んで……」

「この者が襲ってきたため、やむを得ませんでした」

「……何ですって!?クロード様を襲う!?何てことを!!!私の教育が行き届いていないばかりに……ちっ。首にしておくべきだったわね…クロード様、私に会いに来られたのですか?」


マリアは頬を染めて、クロードにすり寄る。……マリアは全く気付いていないのか。クロードがマリアを捕えようとしていることを。一心にマリアに会いにきたものだと思い、すり寄っている。それに、マリアを一番慕っていたと思われる召使の死体を見ても、何の感情も示さなかった。一方でクロードは冷たくマリアを見下ろしている。


「…マリア・カーライル…あなたを捕える必要があります。我が一族の管轄の兵によって。あなたに聞かなければならないことがあるのです」

「……捕える?何を言っておりますの?ああ……そんなことをしなくても、私はいつでも貴方のお傍に居ます……」

「事の重大さをお分かりですか?あなたは奴隷商売に関与している。そうですね?」

「……っ!!!」


マリアは目を見開いてクロードを見つめた。それからようやくクロード以外の周りを見た。まず僕を見つけて睨みつけた後に、アーデルの姿を見つけると、僕よりも憎々し気な表情を浮かべた。


「……この女!!!なぜこの女がこの屋敷に!?この女は消えたはずじゃ!!!」


マリアがクロードから離れて、アーデルに詰め寄ろうとすると、クロードはマリアの腕を強く掴んだ。


「今は私と話しているはずです。レディマリア……さぁ私の兵と共に来てください」

「クロード様……そんな……奴隷商売なんて、でまかせですわ!!!そんな恐ろしいことを私はしておりません!!!」

「でまかせだったかどうかは、いずれ分かるでしょう」


クロードは冷たく言い放つと、周りの兵に指示する。クロードは国の警備兵までも管轄に置いているのだろうか。マリアは一瞬で兵に囲まれる。そのままクロードの指示と共に屋敷の外へ無理やり連行されていく。

クロードは深くため息をついてから、僕を見つめた。


「先ほど君が言っていた奴隷商売の証拠品というのは、本当にあるのか?」

「……はい」

「……そうか。ならば君は体力が回復次第、それをベアリング家の屋敷まで持って来てほしい。馬車は用意させる」

「……自分1人で行けます」

「いいか、君はカーライル一族に狙われるかもしれない。今私が捕えたのはマリア・カーライルのみであり、カーライル家の子爵と夫人は今この屋敷には居ないが、目を付けられてしまった場合はまずいことになる。よって私の兵と共に、体力が回復次第証拠品を取りに行きなさい」

「……お待ちください、クロード公」


アーデルは僕の前に立ち、クロードを見つめる。先ほどクロードが男を刺したショックからか、肩を震わせていた。


「私は友人、セリオンとお話したいことがございます……その際に兵がおりますと、私にとっては……少しの間は見つかることもないでしょう。ですので、二人きりにさせて頂けないでしょうか…」

「何?貴方は…何年もの間、行方不明でした。平民街に居たことを昨日知り、どれだけ驚いたか分かっておりますか?また逃げようとしているのでは?私は…ずっと貴方を探してきたというのに」

「……っ申し訳ありません……ですが……」

「…分かりました。ご友人と別れの言葉もあるでしょう。三日間与えましょう。三日後、まずはベアリング家の屋敷に訪れて下さい。その日になったら我が兵が平民街の貴方の家まで迎えに行きますので。いいですね?国境の方も我が兵に指示をさせ、見張らせておきますので…逃げることは考えないように。まずは馬車で貴方達二人を平民街までお送りしましょう」


別れの言葉?逃げることは考えるな?クロードは一体何を言っている?アーデルはまさか…この男から逃げていたのか?アーデルの方を見ると、寂しげな瞳をして頷いた。


「…分かりました。クロード公…」

「さぁ、お二人とも。此方に来てください。馬車に乗りましょう」


クロードは案内するように、動き出す。アーデルと僕はそれに着いて行くと、屋敷の外に止めてあった、豪華な貴族らしい馬車に案内された。


「お二人はこれに乗って下さい。私は残念ながら罪人候補を連行するため一緒には行けませんが…どうか先ほどの言葉を“お忘れなきよう”」


(……っ何だこいつは……)


クロードはアーデルの方を見て、念を押すように最後の言葉を言うと、僕たちを馬車に乗せて静かに馬車の扉を閉めた。馬車の中の互いに向き合って座ると、アーデルは寂しげに此方を見つめた。


「……アーデル」

「……平民街に着いたら……話しましょう?」


僕が頷くと、アーデルは窓から景色を眺めた。僕はもう何も言わなかった。僕も馬車の窓から外の景色を見つめ、ただ流れていく景色を呆然と見つめていた。


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