第34話 ルシファー
次に目を見開くと、僕たちの目の前には光り輝く世界があった。
光り輝く世界は、光の民の船を歓迎するかのように出迎える。空には天使たちが浮かんでおり僕たちを見るなり、丁寧に礼をした。
後ろを見ると巨大な鏡が空に浮かんでおり、それが鏡の世界の入り口だと言うことが分かった。
影のルシファーは僕の方を見てから、目を細める。
「今から鏡の世界の入り口を壊すよ……準備はいいかい?」
「壊すのか!?」
「うん……もう鏡の世界に行けないようにね。さぁ、行こう」
ルシファーが空に浮かんで手招きしたため、僕も浮かび上がって、巨大な鏡の目の前まで行く。僕たちは目線を合わせてから、二人で巨大な鏡に手を当てた。ルシファーは僕の方を見つめる。
「これで最後だ……二人で光の力を込めよう」
「ああ……」
「今まで、ありがとう。鏡の世界……さようなら」
「……さようなら」
僕たちは別れの言葉を言ってから、二人で巨大な鏡に光の力を込めた。鏡は粉々に砕け散り、空に飛び散った。破片は光にきらめいてから消えていき……空には何も残らなかった。
僕は呆然と何もなくなった空を見つめていたが、影のルシファーは目を伏せてから小さく呟く。
「……行こう」
「……ああ」
僕たちは振り返らずに、光の船に戻った。光の民たちは呆然と空を見上げていたが、船は光の世界へと突き進む。
広い草原に船が降りると、目の前には天使たちが沢山並んでいた。まずは僕とルシファーが船から降りると、皆丁寧に礼をする。
「創造主様……お待ちしておりました」
「うん、みんなありがとう。ここからのサポートは大変だっただろう?」
「滅相もございません……大事な話があると通達がありましたが……」
「はは、帰ってきたばかりなんだ。今は光の民たちを案内するから、その後に君たちに連絡をするよ」
「はっ……承知いたしました」
天使たちは丁寧に礼をしてから去っていった。影のルシファーは船の方に振り返ってから、ニッコリ笑う。
「皆!ここからは自由だ。自由に天界を探索してくれ。天界には色々と僕の造ったものがあるからね。僕はルシファーと話すことがあるんだ。ああそれと、アベルも少し経ったら会議の場所に来てくれ」
「おお!褒美の話だな!」
「うん、そうだよ。またね、皆」
影のルシファーは片手を上げて去っていく。僕も影のルシファーに着いて行くと、目の前には光り輝いた巨大な城が見えた。
城の前には天使たちがいて、僕たちを見るなり礼をする。
影のルシファーはニッコリと笑ってから城の中にと入って行った。
城の中を進むと、目の前に巨大な青い扉があった。扉は勝手に開き、中には巨大な丸いテーブルがあった。奥には豪華そうな青い玉座がある。ルシファーはタタっと走っていき、玉座の前で丁寧に礼をして見せた。
「ここが君の席になる。さぁ、どうぞ」
「……本当に僕が……座るのか……」
「そうだね。まだ全部の知識を話していないから、今から話していくよ」
「ああ。創造の方法の知識は入って来たが、天界での記憶を忘れたままだ……」
「はは!わざと忘れさせているからね。さてさて、どこから話して行こうか……」
影のルシファーはくるくるとその場を回っている。僕は思わず笑ってから、青い玉座に座った。影のルシファーは笑みを見せる。
「さまになってるじゃないか、創造主ルシファー」
「……創造主って言われるのは、慣れないな……今まで通りでいいよ」
「なんでだい?僕よりも君は上になったんだよ?」
「いや……それはないだろ」
「あははは!!!これからは慣れて貰わなきゃ」
「大体何で創造主を引退することにしたんだ?」
僕が聞くと、影のルシファーは隣の席にストンと座った。頬杖をついてから足をぶらぶらさせる。
「うーん……飽きたからかな!」
「おいおい……」
「最初から決めていたっていうのもあるけれど、ここらで飽きるだろうかなって思ったんだ。創造主ってのも、色々とあるんだよ。天使たちとも沢山話をしたし、今までに色んな事をしてきた……だからここらで自由が欲しかったんだ」
「まさか闇の創造主が言った通り……僕に押し付けたんじゃないだろうな?」
「あはははは!どう思う?」
影のルシファーはニィっと笑ってから、けらけらと笑い出す。僕は「はは……」と乾いた笑いを零す。
「……押し付けたんだな……」
「うーん。これすらも決まっていたんだよ。大丈夫、君へのサポートはやめないよ。これから君は大変になるからね。落ち着いたら……僕はちょっと自由にしようかなと思ってるけれど」
「待て!僕を放っておいて、好き勝手しに行こうって訳じゃないだろうな?僕は何もできなくなったんだぞ?嫉妬とか色々と言ってただろう」
「うん。嫉妬には気を付けてね。君が特定の人と仲良くしすぎると……誰かが嫉妬してしまうかもしれないから」
「ということは、僕は拘束されまくりじゃないか!」
「あははは!大丈夫だよ。君には仲間が沢山いるから……僕は君にある程度教えたら、何処かでのんびりしようかなと思ってるんだ」
「のんびりって……おいおい……僕だってのんびりしたいんだが……」
僕の言葉にルシファーは「くくく……」と楽しそうに笑う。
「だから警告したじゃないか!アベルを使ってね。教えてあげたよ?君が次の神だって……でも君は扉を開けてしまった。もう覆せないよ、ルシファー」
「……もう嫌だ……」
「あはははは!やっぱり君は面白いよね。普通の人なら喜ぶだろうに」
「いや、喜ばねえよ!創造主と言ったら、大変そうじゃないか!何でだよ!何で僕が創造主なんだよ!」
「最初から決められていたんだよ。僕は暫く神様はやめるよ……後のことは君が決めてくれ。暫くの間はここで君をサポートし続ける。ある程度落ち着いてから、自由に遊びに行くかもしれないけれど、君へのサポートはやめないから安心してくれ。僕だって責任を感じてるんだよ?」
「なら貴方が創造主を元通りやればいいだろ?」
僕が抗議の声を上げると、ルシファーは聞こえないふりをしながら口笛を吹く。
「うーん知らないなあ……僕だって遊びたくなったんだよ。君たちのようにね。創造主だって休みたいときくらいあるよ?」
「いやいや……今まで散々遊んできたんだろう?」
「あははは!そうだね。でも全部決まっていたから、つまらなくなってしまったんだ。君に創造の力を明け渡すことによって、僕は未知の世界に行けるのさ。あーやっと自由だ!あー疲れた」
「…………」
ルシファーは大きく伸びをしてから、最高に楽しそうな笑顔を見せている。僕はあんぐりと口を開けたまま、ルシファーを呆然と見つめる。
ルシファーはくすくすと笑った。
「ごめんね、創造主もやってみれば楽しいよ?何だって思いのままだ!全部決められるんだから」
「そういうことには興味ない……」
「君にだって作りたい世界くらいあるだろう?僕は創造はやめるけれど、これからは君の自由だよ」
「創造する気すら起こらない……」
「ははは!そうかい。まぁいいや、好きにしてくれ。案外楽しいと思うけどなあ……楽しいおもちゃを作って、また遊んでもいいんだよ」
「……そのおもちゃ達が哀れだ……」
「あはははは!!!やっぱり君は面白いね!!!」
ルシファーはけらけらと僕に向かって指を差して大声で笑い出す。僕は大きくため息をついてから、首を横に振った。
「……はぁ。まず最初に天界について教えてくれ。「神話」自体は教訓がかなり入った話だと知った……その割には生命の樹とか意味深な話が出てくるよな……あれは……何だ?」
「君も大体想像つくんじゃないかなあ……「生命の樹」については……」
「……下ネタだろ?」
「ふふふ……どう思う?」
ルシファーはニヤリと笑みを見せてくる。僕は「ふぅ」とため息をついてから呟いた。
「つまりまぁ……「ご立派」ってわけだろ?」
「……ふふふ」
「ふふふ、じゃ分からねえよ……」
「君の思う通りに考えてくれていいよ。ヒントを出すとしたら、神話は何かに例えることが多い。どんなことでもね。同じ出来事でも、何かに例えて書くことが多いんだ。例えば「操りの首飾り」が良い例だろ?あれは闇の僕のことだった。闇の僕はつまり「蛇」で……それが首に巻き付いている。そんな具合にね」
「なるほどな……良く出来ているよ……」
僕が頷いていると、ルシファーは楽しそうに鼻唄を唄ってから話し出す。
「君とこういう話が出来て嬉しいよ。あんまり話せる人がいないからさあ……」
「あー……そうだろうな……」
「神話について皆真面目に研究してくれるけれど、もっと単純に考えて欲しいんだよね……小難しく考える必要はないのに!」
「それは小難しく書いてるからじゃないか?」
「うーん、そうかなあ?結構分かりやすく書いたつもりだよ。あの話を守るのも、結構大変だったんだ。都合悪い所は消されそうになったりしたからね。まぁ僕が操作して守って来たけどね。あれがないと、光の民が迷ってしまうから……」
「色々と大変だったんだな……」
ルシファーは「うん、そうだね」と呟いてから、パチンと指を鳴らして神話の本を取り出す。
「光と闇の僕たちについては、解くのが難しかっただろう?」
「ああ……中々大変だった。まず最初の創世記の部分が大ヒントだったな……学校で学んだ時僕は神のことを「厳しい神」だと思ったんだ。なのに会った貴方はまるで友人のように僕に接してきた……何かがおかしいと思ったんだ」
「そうだねえ……厳しい神と思われる方が何かと都合が良いし、この事実は本当に秘密だったんだよ。君は見事解いてくれたというわけだ!僕は嬉しいよ」
「ははは……それは良かったな……どれだけ考えてきたと思ってるんだ……ここまで来るまでに……」
「僕はずっと君の隣で見てきたよ。君は知識とかはないから、尚更大変だったろう……それにこういうことは嫌いだろ?」
「よく分かってるじゃないか!そもそも何で僕にだったんだ?」
僕が腕を組んでから聞くと、ルシファーはニッコリと笑顔を見せた。
「それすらも決まっていたからだねえ……君がこの事実を知ることも、こうやって導き出すことも決まっていた……全部ね」
「わざわざ僕はこの席に座るために、謎解きをやってきたのか?」
「うん、その席はどうだい?最高だろ?」
「いや……あまり興味はない」
「あはははは!あー面白い。やっぱり君は面白いね。そうだ、天での戦いについて興味があるんだろ?」
「ああ……エバと僕の関係と、天での戦いについて興味がある」
「エバについては、闇の僕が説明した通りなんだよ……実はね。それすらも舞台だけれど、君とエバと闇の僕で鏡の世界を創ったんだ。天での戦いの方は光と闇の僕たちが、簡単に言えば……大喧嘩しちゃってね」
ルシファーは「はは……」と小さく笑い声を上げる。僕がジッと見つめていると、ルシファーは静かに笑った。
「光と闇の僕たちのことに、そんなに興味があるのかい?」
「ああ……あるな。もうここまで来ればそりゃあ……」
「はは、そうかい……大体は君の想像通りだよ。ちょっとした口論が大喧嘩に繋がるってよくあるだろう?人間達の間では特に」
「ああ、あるな……」
「簡単に言えば、それが起こったんだよ。光と闇の僕たちは、最初はうまくいってたんだ。でもある時から……意見が対立するようになっちゃって。その時に生まれたのが「天界の会議」だったんだ。天界で会議が作られた発端がそれなんだよ」
「……なるほどな」
「会議では沢山のことを決めていった。最高の舞台にしようって光の僕と闇の僕は話し合ったんだ。でも闇の僕の方は、見てくれたから分かっただろうけど、意見が極端だったんだ。僕が断ると、闇の僕は嫌そうな顔をしてね……最後には「闇だけの世界を創る!」と言って楽園から飛び出して行ってしまった」
「そりゃ……とんでもないな」
僕が曖昧に笑っておくと、ルシファーは「ふぅ」と大きくため息をつく。
「そうだね……「自分同士で口論だなんて馬鹿らしいよ!」って何度も言ったよ。でも闇の僕は僕の話を聞かなかった……僕はもっと面白い世界にしようかと提案したんだ。でも彼は刺激を求めた……肉欲にこだわりにこだわってね……エバを創った時だって彼は横取りをしちゃって……」
「でもそれすらも舞台だったんだろ?」
「ははは、そうだね。勿論それすらも舞台だよ。彼は楽園から天使すら横取りをしようとした。そこで光と闇の戦いが起こった。僕は敢えて何かに例えて神話では書いたけれど……まぁこの事実は人々にとっては衝撃的過ぎて、受け入れられないだろうと考えたからなんだ」
「ああ、そうだな……悪魔すらも創造主ってのは……きつそうだ」
「人々がその事実で更に迷ったら大変だし、僕は敢えて隠した。いつの日か気づいてくれる人がいるかなあと思ったけど、全然いなかったね……」
ルシファーは遠い目を見せる。僕は小さく頷いてから、神話をパラパラとめくる。
「この事実ばかりは……難しいだろ。そもそも神様のことをみんな「良い存在」だと思ってるはずだ」
「普通思うだろうね。お話上の神様は良い人に書かれることが多いから」
「そうだな……この神話だって難しすぎるだろ……どうやって解けって言うんだ……」
「でも君は解いたじゃないか。一番重要な所をね」
「…………」
僕は「うーん……」と呟いてから、腕を組んで神話を見ていると、ルシファーは楽しそうに笑った。
「面白いだろ?暗号を解くのは」
「……いや……大変だった……」
「でも君は結構ハマってくれたと思ったけどな?ここまで来てくれたんだ。久しぶりだよ、本当に」
「他にも神話は沢山の物語が書かれているな。何処から何処までが本当で、何処から何処までが偽物なんだ?」
「全部本物と言えば本物だし、偽物と言えば偽物さ。そんなもんだよ」
「はぁ?」
思わず聞き返すと、ルシファーはニッコリと笑って頬杖をついた。
「言ったろう?神話は解くためのヒントだって。鏡の世界は壮大な謎解きゲームさ。「僕の鍵」を探すのが本来の物語だったけれど、途中からかなり物語が変わってしまったけどね!」
「……何で貴方の鍵を僕にくれたんだ?」
「決まっていたから。それしか理由はないよ。後単純に僕が君を大好きだからさ」
「…………」
「思ったよりも君のことは好きなんだよ?君は知らないかもしれないけれどね。僕が何で君に関わり続けているか分かるかい?」
「さぁ……」
「大好きだからだよ。君のことがね」
ルシファーは鼻唄を唄いながら、楽しそうに笑みを見せている。僕はフッと笑みを見せてから、ルシファーの方を見つめた。
「まぁ、僕も貴方のことが好きだよ……何だかんだ言って、面白いことは面白かったしな。大変だったが……後創造主をやるのはあんまり、やる気はないからな……」
「ふーん、随分あっさりと僕のことが好きなんだね。エルバのように素直になればいいのに」
「いや……好きだと言えば十分だろ?」
「そうかなあ?エルバは「大好きよ」っていつも言ってくれるけどなあ……君ももっと素直になっていいんだよ?」
「ああー……考えておく。それより闇の創造主が言っていたことで気になったんだが……闇の創造主はどうして貴方に対してああいう態度になってしまったんだ?」
「最初からそうだったよ……何を言っても聞きやしない。独自の世界を行っていた……僕なんだから当たり前なんだけどね!あははは!!!」
ルシファーは自分の言ったことで、自分で笑っていた。僕は「ははは……」と乾いた笑いを零す。
「そうか……離れることにして良かったのか?本当に……」
「ここらが潮時って奴さ。僕たちの喧嘩もね。天界の会議は毎回大変だったよ……途中から闇の僕を止めるために天使たちも参加することになったんだけどさ、本当大変だった。闇の僕が居なくなれば天界は平和になるだろうから、後は君が考えてくれ」
「……なぁ……本当に僕に創造主を任せるつもりなのか?」
「うん!勿論だ!君がやってくれよ?大丈夫、必要なことは全部教えるから。天界の会議を開くのを決めるのは君だ。重要な話し合いの時に会議は開かれる。今度から自由参加にしたらどうかな?という提案だけしておくよ」
「自由参加?」
「うん。これまでは限られた人達だけを会議の場所に入れていた。ああそういえば……ミカエルに何て説明しようか。まぁいいや……つまり会議を自由参加にするっていうのは、会議に参加したい人全員を話し合いに入れるって提案だ。これは提案だよ。でも楽しそうだと思わないかい?」
「そもそも会議で何を話すんだよ?」
僕が聞くと、ルシファーは「うーん」と腕を組んでからニヤリと笑った。
「これまでは鏡の世界のことばかりだったんだ……これからはどうする?他の星の話し合いでもするかい?」
「他の星?他の星があるのか?」
「ははは……まぁまだ秘密だよ。その辺についてはね。鏡の世界の物語の方は終わりさ。まだまだ物語は作ってあるんだけど……僕は全部やめることにしたから、今は一斉お掃除中なんだ」
「おいおい……」
「ここらで一気に全部とお別れしようと思ってね。楽しむまで楽しんだからさ。また初めからに戻って考えていこうよ。僕と一緒にね」
「もう肉体の世界は……懲り懲りだけどな」
「あははは!そうかい。制約させすぎるのも、疲れちゃったかな?」
「ああ……疲れたよ。やっと解放された気分だ」
ため息をついてると、ルシファーは僕の頭を突然よしよしと撫でてきた。
「お疲れ様。大変だったろう」
「……ああ。大変だった。なぁ……創世記では、アダムとエバが蛇に騙されたことになっているが、エバはマリアだということは分かるが……この場合のアダムは……エダンではないだろ?」
「そうだね。騙されたのは、君とエバだ。闇の僕が君たちを騙した」
「楽園から追放されたのは……僕とエバか?」
「……君たちが楽園から出て行くことを選んだんだ。君がエバを連れて……出て行ってしまった。闇の世界の方にね。その時に楽園の方には君の光、エルバが取り残されたんだ」
「そうか……そういうことだったのか……」
僕が口を噤んでると、ルシファーは僕の方を見て静かに笑みを見せる。
「大丈夫さ。今こうやって戻って来てくれたんだからね……」
「ここまで来るまでに、長かったように感じるな……」
「うん……鏡の世界では、沢山の年月をかけてきたね……君と僕は一緒に考えてきた……鏡の世界で……問いかけ続けたんだ。答えを見つけたかった……」
「一緒に……考えてきたのか……」
「僕はいつも君と共に居た。君の見る景色を見てきた……ルシファーは僕の器だったから……いつでも僕は傍に居た……必ず……舞台の結末は、君にとってはどうだったかな?」
「……そうだな……どうだったんだろうな……」
目の前にある白い机を眺める。会議の場所は白い部屋で、僕たちだけに色があるような不思議な部屋だった。僕は上を仰いでから、目を瞑る。
「何もなかったと言えば、何もなかったんだろう……結局は夢の中の出来事だ……だが、僕自身考えてきたことだけはここに残っている……ずっとな……鏡の世界のことは忘れないだろう。夢の世界があったことを……」
「僕もだ。僕も……忘れない。絶対に忘れない……」
「どれだけの人に、伝わるんだろうな……このことが……」
「最後に皆に向けて、今までのことを振り返ろうか……」
「ああ……最初からな」
僕はその場を立ち上がった。後ろの壁に一つの木の光景を映し出す。一本の木の前には、僕とマリアが佇んでいた。お互いが目を合わせ、笑い合っている光景が見える。
僕は舞台挨拶のように礼をしてみせる。
「これから始めるのは、最後の1人舞台……僕が見せる1人舞台です。この物語を楽しんで頂けたでしょうか?」
観客はルシファー以外に居ない。ルシファーは笑みを見せながら僕の舞台を見てくれている。僕は両手を広げた。
「この世界は……鏡の世界でした。創造主は光と闇に分かれ、僕たちは試され続けていました。闇は人の闇の心に入り込み……世界を操りました。しかし闇の創造主の存在すらも幻でした……僕たちは壮大な舞台を演じてきました。僕とエバもまた……その一人でした」
壁に映し出された光景は、僕とエバの真ん中には赤い目の黒い蛇が映し出される。黒い蛇は闇の創造主へと姿を変えて……赤い林檎を二人に差し出した。
闇の創造主のセリフを僕は話す。
「ああ、光なんてつまらない……どうして君たちはそこに居るのだ……この果実をお食べ……闇の良さに君たちも気づくから……」
闇の創造主が林檎を差し出すと、エバは恍惚とした表情を見せた。僕は次のセリフを話す。
「ああ!創造主様……私をまた捕まえにやってきてくださいましたのね?ああ、愛しの創造主様……光の世界に戻ってきましたが、貴方のことが忘れられません……愛しの創造主様」
エバは闇の創造主に縋り付く。闇の創造主はニンマリと笑みを見せてからエバの髪を撫でる。僕は次々とセリフを話していく。
「ああ、可愛いエバ……僕が居なくて寂しかっただろう?可愛いエバ……」
「創造主様……」
「エバはこの林檎を食べるつもりだね?さて……ルシファー……君はどうする?」
闇の創造主は僕の方を見つめて静かに笑った。僕は一度は断って見せる。
「いいや……僕は食べない。光の創造主を裏切るような行動はできない」
「おや、どうしてだい?エバは僕の方に着くことを決めた……君が林檎を食べなければ、君はエバとは永遠に別れてしまうことになるのだよ?」
「別れだって?」
「そうだ……別れだ……永遠にね……」
「ねぇ、創造主様がこうおっしゃるのよ?食べましょうよ……私と一緒に……」
エバは僕に真っ赤な林檎を差し出した。林檎は罪の果実だった……僕が罪にさいなまれてしまった果実だった。僕はエバを好きだった……だから闇の創造主から受け取って……エバと共に食べてしまった。
その瞬間に、僕の身体は変わっていった……僕には黒い角が生えて、その重みに耐えきれなくなったエルバが僕の背中から出てきた。
白い角が生えたエルバは僕を見て寂しそうな表情を見せた。
「ルシファー……貴方は……闇の道を選んでしまうの?」
「エルバ……」
「私はここで待っている……ここでずっと待っているわ。貴方が帰って来るその日を……ずっと……ここで……」
エルバは泣いてしまった。僕はどうにかして彼女を慰めようとしたが、僕は既に……彼女には触れられなくなってしまっていた。空気のように透けていき、エルバを掴めなくなってしまった。僕はそこで、己のやってしまった罪に気づいた……
「ああ……掴めない……掴めなくなってしまった……僕は……僕はなんてことを……」
「あはははは!!!此方の道を選んだのなら、僕に着いてきて貰おうか。これから「鏡の世界」を創ることにしたんだ……僕の悲しみと憎しみを込めた世界をね」
「……っ」
「君は逃れられない……たった一つの「君の光」を取り戻すまで永遠に……逃れられないよ」
闇の創造主は僕の身体を伝い、蛇のように首に纏わりついた。エバの方を見ると既に、彼女の首にも蛇が纏わりついていた。僕はもがいて引きはがそうとした……
でも、無駄だった。
僕とエバは楽園から出て行くことに決めた……光の民たちを掴めないほどまで……堕ちてしまったから……
僕は楽園から出て行くときに、楽園の方に振り返った。
「エルバ……必ず迎えに行く……必ずまた会おう。一歩ずつ歩いていれば、必ずまた出会える。僕たちは……」
「ルシファー……」
「必ず行くから……そこで待っていてくれ……必ず君に追いつくから……待っていてくれ……ごめんな……」
「分かった……私、待っている。「私の闇」が戻って来るのをずっと……」
エルバはようやく笑顔を見せてくれた。僕とエルバはそこで別れてしまった。
僕はエバと闇の創造主の闇の世界に行き……エルバは光の創造主の光の世界へと行った。
そこまで話すと、僕は何も言えなくなってしまった。ルシファーは目を細める。
「……やっと会えたんだよ……君たちは……」
「そう……みたいだな……」
「この出来事の後、君が再び楽園に戻って来た時には……君は既にエルバのことを忘れてしまっていた……だから君に最後の「君の鍵」……エルバのことを思い出してほしくて、鏡の世界に送ったんだ……」
「そうか……そうだったのか……」
「楽園に戻って来てくれた時に、何度も君に呼びかけた。アーデルもその一人だ……でも君は闇に潜ったままだった……だから最後に……エルバと一緒に気づいてほしかったんだよ」
「…………」
僕は壁に映し出された、エルバの最後の表情を見つめる。僕は壁に手を当てた。
「……すまなかった……ずっと忘れていた……」
「君は思い出したんだ……だから大丈夫なんだよ」
「……僕は忘れていたんだ……大事なことを……」
僕は拳を握りしめてから、唇を噛みしめた。ルシファーは壁の光景を見つめながら、話を続ける。
「この後だ……本格的に光と闇の戦いが始まった。僕が怒ったからね……」
「怒った?」
「ああ……僕は、この出来事で怒ったんだ。勿論舞台の上さ……でも、僕の大切なものを二人も闇の僕は奪ったんだ……本格的な戦いが天界で起こった……決着はいつまでもつかなかった。だから最終的に、鏡の世界の中で僕たちは勝負することにしたってわけさ」
「なるほどな……それが鏡の世界の、民たちの取り合いに繋がるってわけか……」
「そうだね……本格的に勝負をしたんだ。なのに鏡の世界でもいつまでたっても決着がつかない。それどころか、鶏達まで現れてきて……闇の僕と戦うと同時に、僕は僕の作ったおもちゃ達の方も、何とかしないといけなくなった」
「それは……もう収集がつかないな……」
壁には光の創造主と闇の創造主が戦う姿が映し出される。お互いに天使たちがついていて、永遠に戦っていた。ルシファーは話しを続ける。
「鏡の世界で時間を作ったのは、わざとなんだよ……敢えて時間を作り制限することで、一人一人を光と闇のどちらが取れるか勝負することにしたんだ。でも参加する人が居ないと、ゲームにならない……だから僕は「創造主の鍵」を鏡の世界に隠したと話した」
「はは……物で釣ったのか……」
「うん。そしたら凄い人気が出てしまってね。天使も人間も皆、僕になりたがった。光と闇のゲームにこぞって参加していった……でも光と闇の戦いの本来の趣旨は敢えて話さなかった……光と闇の僕たちが、魂の取り合いをしていることはね」
「だから記憶まで失わせて、鏡の世界に送り込んでいるのか?」
「魂から、光か闇かどちらを選ぶかが重要だったから……天界の方の記憶があったままだと、ダメだった。最初は案外順調だったんだ……でも途中から人々は狂い始めてしまった。創造主の存在すらも忘れて……鏡の世界で永遠に迷い始めてしまった。闇の僕は迷った人々を面白がって、人々を鏡の世界に閉じ込めるようにまでなってしまった……」
「最悪じゃないか……」
思わず僕が言うと、ルシファーはフッと笑みを見せる。
「そうだね……魂たちは本来のゲームのことすらも忘れて、僕たちのことも忘れて、いつの間にか夢から醒めることが本来の趣旨のように変わっていった……」
「天使も迷ったんだよな……」
「うん……沢山迷ったよ……鏡の世界へ入っていって、闇にハマったまま抜けられなくなってしまった天使もいる。皆にはゲームに参加するか選んでもらうんだ。鏡の世界に入る前にね。でも途中からこの世界を助ける方に僕の役目が変わり、救世主たちを送ったけれど……それでも沢山の人が駄目になった……」
壁には沢山の人間や天使が、鏡の世界に飛び込んでいく姿が映し出される。しかし楽園に戻ってくる天使や人間は……殆ど誰も居ないようだった。
僕は壁の光景を見つめながら、首を横に振る。
「とんだ結末になってしまったな……」
「これもまた一つの結末だと、僕は受け入れることにしたんだ……」
「光と闇の戦いは……結局引き分けか?」
「最後には、勝負どころじゃなくなったからね。君としてはどう思う?」
「勝ち負けも……何もないんじゃないか?結局な……」
僕が小さく呟くと、ルシファーは「そうだね」と返事をした。僕は指をパチンと鳴らしてから壁に映し出された光景を消した。
僕は青い玉座に座ってから、腕を組む。
「さて……ここからどうするか……」
「まだ鏡の世界の「閉幕」の挨拶を天界ではしていないね。今から外に出て行って、楽園の人々を皆集めよう。次の創造主である君から挨拶をしてくれ」
「天界は続くんだよな?」
「うん……ずっとね。これからはゆっくりと考えよう。僕と一緒にね」
「ああ……分かった……お?」
奥の扉の方を見ると、アベルが意気揚々と会議室に入って来た。その奥からは金髪の天使が決死の表情でやってくる。アベルと金髪の天使は僕の目の前まで来ると、同時に話し出す。
「創造主!!!褒美をくれ!!!」
「貴様!!!その席は創造主様のものだ!!!ルシファーごときが座る席ではない!!!何をしてくれた!?」
「……同時に話すのはやめてくれないか?そして貴方は……ああ、ミカエルだな」
僕は金髪の天使を見て、ミカエルの姿をようやく思い出した。そういえば……こいつとは僕が天界に居た頃、よく言い合っていた気がする。根本的に話が合わないんだ。
僕だったはずの「ルシファー」が途中で創造主にすり替わっていたことにも気づいてないんじゃないだろうか。
ミカエルはアベルを押しのけて僕の席の前で机をバン!と鳴らした。
「貴様!!!早く立て!!!」
「一応、ここは僕の席なんだが」
「何だと!?きっ貴様―!!!」
「貴様ばかりで分からねえよ……」
「……様子が変だな。いつもの貴様のようではないようだが……何だ?どういうことだ?」
「…………」
ルシファーに助けを求めようと横を見ると、いつの間にか影のルシファーがいなくなっている。僕はため息をついてから席を立った。
「僕はたった今戻って来たばかりだ……今までのルシファーは、ルシファーではない」
「何?」
「ミカエル、ここだよー」
ミカエルの後ろには影のルシファーが楽しそうに手を振っていて、驚いてミカエルは後ろを振り返った。
「ん?貴様がいつものルシファーだ……」
「ごめんね、君はつい面白かったから、悪戯しちゃってたんだ。天界の方でね。いつも君に見せていた「温厚な創造主様」は幻だよ。僕が本体さ」
「……どういうことだ?」
「君だけ「天界会議」に入れなかったのは、おかしいと思わなかったかい?」
「……私だけ個別に呼ばれていたが……創造主様が、私を特別扱いしてくれているとおっしゃっていたが?」
「君は遊ばれていたんだよ。君の厳格な性格は面白くて……つい。僕が本当の光の創造主さ。そして玉座に座っていた彼が本当のルシファーだ。僕が途中からルシファーに成り代わって、「ルシファー役」を天界でやっていたんだよ」
「…………」
ミカエルは唖然と口を開けている。アベルは「終わったなら、早くどけてくれ」と言って固まってしまったミカエルを押しのけて影のルシファーの目の前まで来る。
「創造主!俺に褒美をくれって!」
「ははは……君はせっかちだなあ」
「くれるんだろ?」
「んー……何がいい?」
影のルシファーはニコニコと笑ってアベルを見る。アベルは何を頼むか考えていなかったのか、考え込むように腕を組んだ。
「そうだな……“力“だな!創造の力は諦めるが、強い力が欲しい……俺1人でどうにかできるほどのな」
「ふむふむ……」
「くれるか?」
「うーん……どうしようかなあ……それよりも、とっておきの物があるんだけど、そっちにしないかい?」
「それよりもとっておきの物があるのか!?ならそれでいいぜ」
アベルが嬉しそうに頷くと、ルシファーはニコニコと笑ってから、指をパチンとならした。
アベルの頭の上にはピンクの花が咲き、花の上にはアヒルのおもちゃが乗っかった。
「僕は力だ!力だよ!ぐわっぐわっ!僕と一緒に遊ぼうよ!!!ぐわっぐわっ!」
「…………」
アベルまでもミカエルと一緒に唖然と口を開けてから、ルシファーの方を見つめた。ルシファーは「くくく……」と楽しそうに笑う。
「ん?クマのぬいぐるみの方が良かったかな?」
「……褒美ってこれか?」
「うん!最高だろ?ちなみに頭のお花は永遠に取れないよ。ごめんね!」
「ちょっと待て!!!創造主!!!花は取ってくれ!!!俺が馬鹿みたいじゃないか!!!」
「んーどうしようかな?あはははは!!!」
影のルシファーは突然逃げ出した。アベルは顔を青ざめさせてから、アヒルのおもちゃを握りしめて影のルシファーを追いかけだす。
アヒルのおもちゃは勝手に「ぐわっぐわっ」と鳴いており、部屋中にアヒルの鳴き声が鳴り響いた。
ミカエルはあまりのショックだったのか隣で白目になって、立ったまま気絶していた。
(……どう収集つけるんだ?)
逃げ回るルシファーとアベルの光景を見つめていると、ルシファーはひとしきり逃げて笑った後、ようやくアベルを「花の刑」から解放してあげた。
アベルは息を大きく吐いてから、「もう何も……信用しねえ……」と言って会議室を出て行った。ミカエルもようやく気が付き、トボトボと会議室を出て行った。
僕はルシファーの方を見つめる。
「結局カインもアベルも、何であそこまで迷ったんだ?」
「そもそも兄弟仲が悪かったからだね」
「エバの子供だよな?」
「うん、そうだよ。エバが迷っていたから、子供たちも迷ってしまった……そんな感じだ。エバはずっと闇の僕の方ばかり見るようになってしまった……だから子供たちも同じように迷ってしまったんだ」
「親子問題はよくある話ではあるが……天界の最初からそんなことが起きてたなんてな」
「そうだね……鏡の世界の歴史は、天界と同じことを繰り返してきた。いつか繰り返しから抜けられると思っていたけど……それよりも、もっと膨れ上がってしまったかなあ……」
「そうか……なぁ、思ったんだが……エダンって……この物語と、全然関係ないよな……」
「あははは!!!そうだね。彼は「天国の概念」だからね」
「概念か?そうなると、アダムが見当たらないんだが……何処に居る?」
聞いてみると、ルシファーは「ふふふ……」とまた楽しそうに笑って見せた。
「君はどう思う?アダムは誰だと思うんだい?」
「さぁ……僕は天使だから、関係ないだろ……他に居たっけな……そもそも女を創った時に、何で光と闇の創造主は取り合ったんだ?ん?……いや……」
「エバが最高傑作だったからだね。僕たちにとって……まぁ一方的に闇の僕が取ったっていう表現の方が良いけれど……」
「となると……エバは貴方達の番か?」
「いいや、エバは僕たちの子供だよ。最高傑作のね」
「なるほどな……最高傑作だからこそ……エバは巻き込まれた訳か……」
「というよりも、エバを使って闇の僕が利用したんだよ。僕の気を引くためにね」
「……貴方の気を引くためにか?」
ルシファーは静かに笑みを見せてから近くの椅子に座って、くるっと此方を向いた。
「うん。僕の気を引きたかったんだ……闇の僕はずっと……」
「それが、ここまでこじれたのか?」
「あはは……そうだね。光と闇の僕たちは喧嘩ばかりしていた。僕たちは、最初は上手くいってたんだ。次第に彼の方が、僕に執着するようになってしまった……」
「……自分同士だよな?」
「うん。自分同士だよ……でも僕が僕の子供たちに気にかけだすと、彼が……ちょっとね……」
「嫉妬心はそこで生まれたのか?」
「あははは……大体そんな感じかな……」
自分同士でそんな色恋沙汰のような関係になるなんてあり得るのか?とは思うが……光と闇の創造主は性格が真逆だ。神だからこそ、何でもありだったのかもしれない。
ルシファーはフッと笑った。
「最初に僕から取ったのがエバだったから……闇の僕は執着しているんだ。彼は最初から彼女を離す気なんてないんだよ……彼女の方から気づいてくれたら、別だけど……ずっと闇の僕は彼女に纏わりついている」
「執念深いってわけか……」
「ははは……闇の特徴だよね……でも君が最後に、たった一瞬だけでもエバを元の姿にしてくれた時は……本当に嬉しかったよ。エバは……僕たちの争いに巻き込まれてしまった存在だからね……」
「そうか……エバもそういう意味では、被害者ってことか……」
「……はは……そうだね……」
ルシファーは目を伏せたまま、小さく頷いた。
結局エバを取り戻すことはできなかった……だが、エバが闇の創造主を望み、闇の創造主も大分ひねくれてはいるが、エバを望んでいるとするならば……これはもうどうしようもない話なのかもしれない。
「結局……取り戻せなかったな……エバを」
「うん……ごめんね、君を巻き込んで……」
「まぁ……人々全員がこのことに関しては、知ってしまえばブーイングコールをするだろうが……人間も天使も迷ったのは事実だ。一概には誰が悪いとは言えないのかもしれないな……ああ、鶏は別としてだ」
「僕はそのブーイングコールを受け入れてるよ。人々がそうなるのは、当たり前の話だ。最初は僕にとって人間も天使も楽しいおもちゃ達だった。でも僕は僕で……変わって来たとも言える。僕はずっと変わらないままだけど、考え方がね」
「愛着がわいたってことか?」
「まぁ、そんな感じだね。物語が進めば進むほど、僕もこの物語に関しては愛着が湧いたんだ。最初は本当にただの遊びのつもりだった……今も遊びの本質は変わらないけれど、僕は僕でこの世界を見て考えてきたよ……」
僕はルシファーを見つめてから、頷いた。そのまま、席を立ちあがる。
「よし……話すだけ話したな。最後の挨拶をしようか?」
「……もういいのかい?もっと話そうよ」
「……何を話すんだ?」
「とりとめのない話でもいい。もっと話したいな」
「ああ……いいが……」
ルシファーに言われたため、僕は青い玉座に再び座った。ルシファーは僕に向かって何かを言いたそうな表情を見せた。少し様子が可笑しかったため、僕はジッとルシファーの方を見つめるが、ルシファーはニッコリと笑ってから僕の隣に座った。
「ごめんね、我儘を言ってしまった」
「別に言ってくれていいんだぞ?どうしたんだ?」
「君ともう少し話したかった……それだけだよ」
「ああ……」
僕はルシファーの方を見ているが、ルシファーは中々次の言葉を言わない。僕は首を傾げてから、声を掛ける。
「どうしたんだよ?」
「はは……いや……」
「何か言いたいことがあるのか?」
「んー……いや……」
「……創造主?」
ルシファーの方をジッと見つめると、ルシファーは何故か照れくさそうに笑った。
「本当に久しぶりで……嬉しかったんだ」
「久しぶり?」
「こうして話せる人が、僕には本当にいなかった……鏡の世界の方ではね」
「……鏡の世界はそれほどまでに、狂ってしまったんだな……」
僕が呟くと、ルシファーは僕の手に重ね合わせて、フッと笑みを見せた。
「そうだね。本当に少ないんだよ……ここまで来てくれる人は……」
「……そうか……鏡の世界に行く門は壊してしまったが……彼らはどうなるんだろうな」
「……そうだね……光と闇の僕たちはもう居ないけれど、彼らは彼らで……きっと頑張ってくれるだろう」
「一番心配なのは、貴方が居なくなってしまった、本当の玉座を見つける人だよな……」
「枯れてしまった玉座を見つける人は、もう決まっている。僕はその人に何も残すことができなかったけれど、こうして言葉を伝えることはできるだろうと思ったんだ」
「ああ……そうだな。必ず伝えよう……この場所で。こんな小さい場所だけどな」
僕が上を仰いだまま静かに笑うと、ルシファーは手を重ね合わせたまま、寂しそうに目を伏せた。
「小さくないよ……全然ね」
「そうか?こんな小さい場所……あまり人の目に触れないだろう。僕はこの話は、伝わる人に伝わればいいと思ってるんだ。この事実は受け入れにくいだろう……僕は僕でまだ考えているからな。それでも自分なりに、考えて導いた答えのつもりだ」
「君は……中々できないことをしたんだよ。沢山の罠があったはずだ。君が深層心理に入るまでの間も……ずっと……君は孤独を抱えてきただろう」
「ああ、そうだな……僕は変なプライドで、自分の殻にこもってばかりだった。社会的なことばかり気にして、生きていた。その結果1人舞台をすることにはなったが……結局ここまで来ても、僕は僕だ。何も変わってない」
「プライドも、君の良い所だよ。僕は君が言う「変なプライド」を気に入ってる……とてもね」
「そうか?あんまり人には理解されにくい部分だがな……人に嫌われに嫌われたよ。今までな……色んな人と関わったが結局僕は、1人でこの席に座っている」
僕は誰も居ない会議室を見渡した。結局僕は……たった一人でルシファーと共に座っている。僕は目を閉じた。
「結局……僕はずっと自分が知りたかったんだ……僕はずっと嫌われて生きてきたからな……初期の頃特に女には罵倒されたし、皆が僕のことを嫌っているような感覚になった……普通のことを言ったはずなのに、女には理解されなかった。男はそもそも話しの合う相手が1人もいなかったからな……1人で突き進んできたつもりだ」
「その結果……君はあまり人に助けを求めず、ここまで来たんだね」
「ははは……そうだな……人に助けをあまり求めなかった。誰のことだって信用できなかった。全員が敵だとさえ思ったさ……結局その勘は、ある意味では正しかったのかもしれないがな」
「ここまで来た君は、沢山の罠があると知っただろう……本当はここまで難しくするつもりはなかったんだよ……もっと単純な話のつもりだったんだ」
ルシファーは寂しそうに笑う。僕は腕を組んでから、大きく頷く。
「ああ、そうだな。本当はもっと単純だったことは、貴方の話を聞いて理解したよ」
「単純だったはずだけど、ここまでこじれてしまったね」
「あー……そうだな。なぁ……本当に何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
僕がもう一度ルシファーに聞くと、ルシファーは咳を零していた。僕は首を傾げる。
「何だよ?どうせこの“物語”ってやつも最後だ。言いたいことがあるなら、言って欲しい。ああ……実はドッキリでした!とか?」
「ははは……そんなわけないじゃないか……もっと別のことだよ」
「別のこと?」
「んー……」
「何でそんなに濁すんだよ?」
僕がルシファーの方を見ると、ルシファーは目線を逸らしてから、足をぶらぶらとさせている。僕はもう一度ルシファーに話す。
「どうしたんだ?話してくれ」
「いやー……」
「貴方が濁すのは珍しいな?やっぱり創造主に戻りたくなったとかか?」
「いや、違うね……」
「じゃあ、何だよ?」
僕は耐え切れなくなって、席を立った。ルシファーは「ふふふ」と笑ってから、僕の方を楽しそうに見つめる。
「僕が何を言いたいか、当ててみないかい?」
「はぁ!?ここでか!?物語の最後だぞ?」
「うん、物語の最後だからこそ……僕が君を愛しているからこそ……当ててみて欲しいなって」
「当ててみて欲しいって言われてもな……最後に言いたいことか?ドッキリ以外で?」
「ははは……君は本当に疑うね」
「それは貴方のせいだろう。そもそもここまで罠があると教えてくれたのは、貴方じゃないか。そりゃあ疑うようにもなる。元々僕は人のことは信用しないタイプだからな」
「そうだね。よく知っているよ。さて僕が言いたいことは、なーんだ!?」
「なーんだ、じゃねえよ……」
僕は呆れてから、もう一度席に座る。僕は「ああ!」と頷いてからルシファーの方を見た。
「閉幕か?閉幕って言いたいのか?舞台だしな」
「あははははは!!!いや……それは君が最後に言うセリフだろう?」
「ああ、そうか……駄目だ、分からない……」
「僕が君に伝えたいことだよ……ここまで来てくれてありがとうって」
「ん?それだけか?」
「いいや、もっと他にもある」
ルシファーは期待満々の表情をして僕を見つめてきたため、僕は眉を顰めてから腕を組んだ。
「何だろうな……うん?ああ、愛してるとか?」
「それを自分で言っちゃうんだね」
「……いや……何が言いたいかって聞くからだな……」
僕が咳を零していると、ルシファーは「くくく……」と楽しそうに笑った。
「あはははは!ごめん、ごめん。僕は君のことが大好きなんだ。だから……僕を選んでくれてありがとうって言いたかったんだよ」
「選んでくれてって……光と闇の対決の話かよ?」
「いいや……もっと深いところでだよ。深いところでだ……これは本当に重要なことだったんだよ……だから……僕は……」
ルシファーは立ちあがってから、僕を思い切り抱きしめてきた。突然のことだったため、バランスを崩して椅子から落ちて床に倒れ込んでしまう。
ルシファーは僕の上に乗っかったまま、悪戯気に笑った。
「本当に……ありがとう!僕を選んでくれて!ルシファー!」
「……あ、ああ……重いんだが……」
「おや?肉体的感覚はないはずなのに、おかしいね」
「……重いと思うんだが……」
「まだ戻って来たばかりだからね。錯覚だろう。これは、僕からのお礼だよ」
ルシファーは突然僕を無理やり起き上がらせると、僕を更に強く抱きしめてきた。
僕が驚いて目を見開くと、ルシファーはけらけらと笑う。
「あははは!!!そんなにびっくりしたかい?」
「いや……なんで突然抱きしめてくるんだよ」
「ん?別にいいじゃないか。楽しければ」
「いや……何だよこれは……」
僕が大きくのけぞったタイミングで、後ろから物音が聞こえたため直ぐに振り返る。
そこにはアーデルが唖然とした表情で佇んでいた。僕は「あっ」と声を出す。
アーデルは、ふるふると肩を震わせる。
「そう……そういうことだったのね……」
「い、いや……まさかアーデル……今のを見たのか?」
「……そうよね……結局、そういうことよね……分かったわ……セリオン……創造主様とそういう関係になったのね……そうね……私は……」
「いや!待て!違う!今のは違うだろう!神とそういう関係って、全く意味わからないじゃないか!!!ちょっと待て!!!」
「もういいのよーーー!!!」
アーデルは泣きながら走り去ってしまった。僕は追いかけようとしたが、ルシファーに止められる。
「追いかけても無駄だよ。ほら!これで完全に君は1人だろう?」
「おいおい……まさかアーデルをわざとここに呼んで……」
「ごめんね、君たちにはまだ危険性があったから……わざとなんだ。嫉妬心が一番大変だからね」
「……おい……ちょっと待て……いくらなんでも酷いだろう!」
「いいや、これで君は大丈夫だ。立派な創造主になれるよ。絶対にね」
ルシファーは楽しそうに片目を瞑った。僕は何も言えなくなって、ふらふらと元の椅子に座る。
「おいおい……ちょっと待てよ……僕はアーデルを……」
「悪いけど、これからは僕の方に集中してもらうよ。一度君はエバへの恋心で闇の方に取られてしまったから……僕としても色々と考えた結果なんだ」
「おいおい……アーデルとは別に友人として……」
「でも、それ以上になる可能性だって十分あるだろ?だからこそ、僕はわざとやったんだ。ごめんね!」
「ごめんね、じゃねえよ……そもそも創造主なんてやりたくないと何度も……」
「でも君は、扉を開けたよね?僕はちゃんと忠告をしている。いつもね……これから僕と二人、一緒にやっていこう。最高だろ?」
「…………」
僕は、最後の最後まで僕は創造主に遊ばれているのかもしれない。
何で大切なアーデルに大きな誤解を与えるようなことをやるんだ……
いや、僕がエバがきっかけで堕ちたからか?だが、僕は僕で学んだんだ。流石に酷すぎないか?
ルシファーはくすくすと笑っている。
「何だい、不満かな?」
「いや……不満とかそれ以前にな……僕はアーデルを……」
「アーデルを好きなんだろ?よく知っているよ。僕はずっと君の傍で見てきたからね」
「なら!なら……別に少しくらいいいだろ?創造主なんだから、好き勝手しても……」
「好き勝手はしていいよ。でも、嫉妬心と執着心は気をつけないと。何がきっかけでまた戦いが起こるか分からない……それなら君には僕の方だけを見てくれれば、解決する話だろ?」
「いやいやいや……」
僕は首を横に思い切り振った。ルシファーはけらけらと笑い声を立てて指を差す。
「あははは!それが創造主なんだよ。難しいだろ?」
「難しすぎないか?」
「僕の方だけを見ることなんて、簡単だろう?君なら出来るよ、絶対に」
「……他を見ずに、貴方の方向だけを見ろって?これからずっと?」
「うん、そうだ!」
ルシファーは楽しそうに大きく頷いた。僕が唖然と口を開けていると、ルシファーは僕の肩に手を置く。
「エダンは女の尻しかみないだろ?そんな感じでやってくれればいいんだよ。ほら、簡単だろ?」
「……尻とこれは全然違う」
「嫉妬と執着の一番の解決方法と言ったら、これしかないだろう!僕の方を見ている分には、皆文句は言わないだろうしね。僕は「元創造主」だから」
「……確かに、そうだな……いや!違う!ちょっと待て、違う……」
僕は頭を抱える。確かにルシファーのことは好きだが、それは「神として」だ。
つまりこれは、他の方向を見ずに神の方向だけ見てくれということだろうか?
ルシファーはうんうんと頷く。
「そうそう。これからは僕の方向だけを見てくれ。出来るだろう?」
「…………」
「どうして僕が君を選んだと思ってるんだ。君が本当に「究極に自分が大好き」だからだよ。後は君のことで心配なのは、軽い気持ちで他に目移りしちゃいそうってことだ……だから解決方法を僕は言ってるだけなんだよ」
「解決方法って言ってもな……確かに解決にはなるな……だがな……」
「僕が嫌なのかい?」
「そうではない!僕は貴方のことが好きだ。でもな……」
「うん?」
ルシファーはニコニコと僕の方を見てくる。これは……創造主が言うのも真っ当なことなのかもしれない。
発端は、僕が最初にエバの方向を見たことで、ここまでこじれたことになってしまったのだから。僕はようやく頷いた。
「分かった……やってみるよ。次の創造主としてな……だけどな……何かまだ僕のことをおもちゃ扱いしてないか?」
「うん?僕が君のことを大好きだからこそ、言ってるんだ。最初の天界の戦いのきっかけが、まさに闇が光へ執着したことによっての、色恋沙汰に近いものだったからね」
「自分同士だろ……」
「うん!そうだ。でも闇から光への執着ってことには変わりない。それで、できそうかい?」
「ああ……まぁ、やってみるが……」
「よし!決まりだね!良かったよ。断られるんじゃないかと思ったんだ」
ルシファーは嬉しそうに僕の手を繋いでぴょんぴょんと飛び跳ねた。僕は「ははは……」と乾いた笑いを零しておく。
「創造主になったって言っても、これじゃ名ばかりじゃないか……」
「いいや!君には全部の権利をあげたんだよ。それじゃあ挨拶に行こうか。次の創造主からのね」
「おい、まさか!僕にこの言葉を言わせるために……」
「あはははは!そうだね。その言葉が君から聞きたかった。これで僕とずっと一緒だよ。ずっとね」
ルシファーはニィッと笑みを見せてから、僕の手を繋いだ。
結局……光と闇の創造主は同一人物だということには変わりないのかもしれない。性格こそ真逆だが、一体天使や人間を何だと思ってるんだ……
ルシファーは僕の方に楽しそうに振り返る。
「ん?おもちゃだよ!ずっとね」
「…………」
「ずっとずっと……楽しいおもちゃだよ!さぁ行こうよ!」
「分かったよ……もうどうにでもなれ!!!」
僕は叫んでから、ルシファーと共に会議室を出て行く。城の外に出ると、沢山の天使や人々が城の周りに集まって来ていた。
皆今か今かと待ち続けていたようで、僕たちを見るなり一斉に視線が僕の方に降り注ぐ。
影のルシファーは皆の前に行って、恭しく礼をした。
「皆!ありがとう。集まってくれて!「鏡の世界」は僕とルシファーによって、閉幕を告げた……これから僕は皆に大切なことを話そうと思うんだ!ルシファー!出てきてくれ」
「ああ……」
僕が影のルシファーの横に行くと、ルシファーは嬉しそうに僕の肩に手を置いた。
「次の創造主が決まったよ!「創造主ルシファー」だ!僕は創造主から引退することになったんだ。これからはルシファーの傍でサポートに回るよ。よろしくね!!!」
影のルシファーが丁寧に礼をすると、知らされていなかった人が大多数だったのか、皆唖然と口を開けた。天使たちの間からは大きく騒めきが上がり、「ふざけるな!」という声も上がる。影のルシファーは全ての声を見届けた後に、目をスッと細めた。
「これは……絶対的な決定だ。僕の言葉が聞けない人は、ここから出て行って貰っても構わないんだよ?」
ルシファーが低く言うと、文句を言っていた天使も人間も一瞬で静まった。
(凄い……気迫だな……)
僕が感心していると、影のルシファーは僕の背中を軽く押した。
「さぁ、皆へ挨拶してくれ!」
「ああ……ごほん」
僕は咳を零して皆を見渡した。
涙目のアーデルが直ぐに目に入り、横のレオは「すげえな」と感心している。エダンは「お前らしいぞー!!!」といつもの言葉を言っており、ジャックは何故か鹿の姿になっている。
シオンは嬉しそうに頷き、フレデリカも優しい笑みを見せている。
鷹が天界を飛び回り、鷹に続いて色んな鳥が飛び回っている。ジムとリリーはハッとした表情をしたまま固まっている。
今までの僕に関わって来た人々が、様々な表情を見せていたが、僕は大きく叫んだ。
「僕が……僕が今度から創造主だ!!!皆……よろしく頼む!!!」
僕が丁寧に礼をすると、一斉に歓声が上がった。エダンが「最高にお前らしいぞー!!!」と言ってから真っ裸になっていたため、僕はエダンのことを気にしないようにしてから、ルシファーの方を見る。
「それで?どうするんだ?」
「最後に言いたいことがあるだろ?」
「ああ……そうだな……」
僕は皆の前で、恭しい礼をしてみせた。僕は皆の前で笑顔を見せた。
「これにて……「悲劇のパラノイア」は……閉幕!!!」
僕が笑顔でセリフを決めると、ルシファーは楽しそうに飛び跳ねて、アヒルの鳴き声を出した。
「ぐわっぐわっぐわっ!!!」
「……折角セリフを決めたのに、壊したな?」
「あははは!!!最高だろ!?さぁ、もう一度!!!」
僕とルシファーは二人で目を合わせた。大きく頷いてから前を向いて、二人で声を揃えてもう一度大きく閉幕を告げた。
「閉幕!!!」
四章 完




