第27話 ルシファー
それからはあっという間だった。昼頃にクロードが部屋に戻って来て、外に出ると部隊が綺麗に整列していた。僕はエダンとレオ、ジャックとカーティスと共に用意された馬車に乗りこむ。クロードは先頭の方に居て、白馬に乗っている。大きめの声で兵士達に声を掛けた。
「ついにこの日がきた!!!我々は奴らの本拠地に向かうだろう!今まで様々な調査をしてきたな。やっと我々が報われる時が来るのだ!!!」
「おー!!!公爵様!!!」
クロードの部下たちは、盛大に盛り上がる。クロードはずっと兵士達と共に奴隷商売人を追ってきたのだろうか。兵士達の目にはクロードに対する強い信頼が宿っていた。僕が窓からその様子を見ていると、カーティスは話始める。
「ほっほ!私の孫は凄いだろう?兵士たちは皆、クロードを信頼しているのだよ」
「ええ……クロードは強い信頼を得ているようですね」
「その通りだ。あの統率力を違う形として使ってほしかったとは思うがね。孫は凝り固まっているからの」
「はは……まぁそれもいずれ……分かるのではないですかね」
「そうだといいのがね……私は孫たちが心配でたまらない。最初はちょっとした興味本位で彼らの祖父になってみたのだが、非常に大変だったよ……可愛い孫たちは、いかんせん喧嘩ばかりだったからの。クロードは一切気づいていないのだが」
「喧嘩?」
僕が聞き返すと、カーティスは何処か楽しそうに目を細めた。
「そうだ、喧嘩だよ。ルーベン……いやアベルはクロードの社会における強い正義感に反発していたのだ。何かあるたびにクロードに突っかかっていったものだよ……クロードは気づかなかったがね。どのようにして奴隷商売の組織と連絡を取ったのかは分からないが、間違いなく彼は計画をして屋敷から出て行ったのだろう」
「そうですか……僕を助けてくれた時には既にアベルのことを探していたのですよね?その時は、アベルをどうするつもりだったのですか?」
「私はアベルに会えたら話すつもりだった。一向に気づかない相手に対してのアピール方法を間違えていると。クロードには逆効果なのだよ、あのやり方は。お互いに話し合う必要があったのだ。あまりにも二人は会話が少なかったからの……」
カーティスは何処か気落ちしたように話す。クロードとアベルが一体どんな風に過ごしてきたのかは分からないが、大体は想像つく。アベルにとっては苛立たせる結果となっただろう。
カーティスは僕の方を見てから、フッと笑う。
「すまないね。ちょっとした愚痴って奴だよ。君はアーデル嬢のことが心配だろうに」
「いえ大体クロードとアベルの関係は、想像つくような気がします……アーデル……無事だといいのですが……」
「私の孫が巻き込んですまなかったね……おや?そろそろ出発するようだ」
カーティスが外を見ると、クロードが此方に向かって合図を送って来ていた。それと同時にクロードが先頭に立ち、馬車と周りの兵達は出発する。僕は外を見ながら呟く。
「どれくらいで本拠地には着くんですか?早めに行けますよね?」
「そうだね……かなりの道のりだ。途中で一晩は野営することになるだろう。山奥に奴隷商売の本拠地はあるようだ。鷹にとっては山奥だろうがどんな所でも関係ないがね!ほっほ!」
「はは……鷹の姿を気に入ってるのですね」
「本当は人間の姿は落ち着かないのだよ!今すぐにでも鷹になりたいくらいだ。まぁ孫がびっくりしてしまうから、この姿で居るがね!」
カーティスは可笑しそうに笑っている。今もしカーティスが鷹になったら、外のクロードがひっくり返って驚くだろう。
その後馬車は道なりに進み、途中で何か邪魔が入るかと思ったが獣も賊も出なかったため、順調に進んでいった。暫くして時刻は夜に差し掛かり道が見えなく進めなくなったため、野営をするために馬車は止まる。
馬車から降りると、松明を持った兵達数十人がクロードを取り囲み野営の準備をしていた。
素早い動きで兵達は動き回りテントを設営していく。
クロードは険しい顔つきで兵達に指示をしていたため、僕たちは兵達のところに行ってテントの設置の手伝いをした。
故郷の村か平民街でしか生活してなかったため、テントなどろくに設置したことがない。案外難しいことが分かり苦労した。
その後料理班からスープとパンを貰い、焚火の前で食べながら僕たちは座ってくつろぎ始めた。
ルシファーはアヒルのおもちゃを持って「ピヨピヨピヨ」と言いながら遊んでいる。ルシファーの姿を兵達の誰にも気づかれていないことから、兵達で見えるのは誰一人としていないのだろうか。
僕はスープを食べつつルシファーの方を見て、話しかける。
「ルシファー、誰も貴方に気づいてないみたいだな」
「はは、皆クロードに夢中なんだろうね」
「ああ、なるほど……兵達は、クロード崇拝者しか居なさそうだもんな」
兵達の方を見ると、クロードを崇拝しきった目で見ている。クロードは兵達に細かく指示をして、さぞ「良い統率者」なのだろう。だが誰も肝心の創造主を見ていない。皆の理想の統率者にばかり目を向けているようだ。
ルシファーは僕の方に寄って来て、僕の隣に座った。
「ま、仕方ないよ。僕が創造主って知ったら皆驚いちゃうだろうからさ。気づいてくれる人にだけ気づいてくれればいいのさ」
「……そうか……どうして人は、理想像ばかり作るようになったんだろうな」
「理想像を作った方が、人にとって理解しやすい形になるだろうからね。神の狂気は理解されにくいのさ。だからこそ僕を忘れる原因にもなったんだろうね」
「難しい所だな。最初はそうでもなかったんだろ?僕もかなりこの世界に介入していたんだよな?」
「はは、そりゃあね。君も楽しく世界に介入していたよ。最後となる今もだけどね。この世界が本来は楽しい遊びだったなんて、誰も気づかないから……幻の統率者を見たまま永遠に夢の中に入ってしまう」
ルシファーは目を細めながら兵達を見つめる。僕はクロードのことが気になって質問してみる。
「なぁ……クロードは最後に貴方の存在に気づくことが出来るのか?もう決まっているんだろ?」
「はは!それは内緒だよ。結末を今言ったら面白くないじゃないか。まぁ1つ言えることは、クロードの結果次第で、クロードに着いて行ってる兵達の運命も変わるってことだね。知らないうちにクロードは集めてしまったのさ。クロードの仲間たちをね。兵達もこの世界で迷っていた……だからあの兵達はクロードに最後の決断を委ねた魂たちなんだ。後はクロード次第さ。彼はその責任をよく分かっている。さてさてどうするのかな」
ルシファーは楽しそうにクロードを見つめる。つまり兵達はクロードに全ての結果を委ねてしまったのか。どういう過程でそうなったかは知らないが、あの魂たちは選択をしたのだろう。彼なら最後に「最良の決断」をしてくれると信じて……
「つまり、この世界は1人で生きるには難しいと思う魂もいるってことか……」
「大半はそうだろうね。だからこそ、この世界は人間にとっては難しく思うのさ。でも君の場合は大丈夫だっただろう?1人で必死に生きてきただろう。半分いや八割くらいは他人を拒絶していたけどね」
「まぁ、そうだったな。他人と言えば信用ならんし、別に今も根本の考えは変わっていない。それが僕だ。結局舞台にハマり切れなかった。別にアーデルやエダン達が嫌いってわけじゃないんだけどな……」
「ははは!君らしいよ、本当に。普通に考えれば、君の意見は理解されにくいかもしれないね。君は君自身のことが、本当に大好きなんだから……まぁそこは昔からだけどね」
ルシファーは何のけなしに言ってきたが、それは僕が「ナルシスト」だと言いたいのだろうか。僕が少し眉を寄せると、ルシファーは「くくく」と面白そうに笑う。
「別にいいじゃないか!君が君自身のことしか見えなくても、本来は皆そうなんだからさ。だってそうだろ?他人のことは、自分がわかる範囲でしか見ないじゃないか。それが自分の中に、全てがある証拠さ」
「確かにそうだな。皆は結局自分の都合の良いようにしか、他人を見ない。自分の中にある材料で他人を判断してるんだろう」
僕は目の前にある焚火を見つめる。焚火からはパチパチと音がなっており、ゆらゆらと炎が揺らいでいた。森の奥にある奴隷商売の本拠地が一体どのようになっているかは分からないが、こうして落ち着いた時間は今日で最後かもしれない。
息を吐くと、夜になって冷えてきたからか白い息が吐かれた。
「寒いな、今日は」
「そうだね、こんな日はスープが美味しく感じるね」
「はは、そうだな……それにしても寒い。毛布かなんかあるといいんだが……」
僕が辺りを探そうとしていると、近くで温かい飲み物を配っていた兵士の男が僕の様子に気が付いた。
「寒いですか?温かい飲み物でもどうぞ」
「ああ、ありがとうございます」
僕が礼を言って飲み物を受け取ると、僕を最後に飲み物は配り終わったのか兵士は「さみぃな本当」と小さく呟いてから、僕の横に来て焚火で暖まり始めた。
ふと遠くを見るとエダンがこの寒いのに上半身が裸になって、変なダンスをしている。それが兵達には大うけしているようで、皆が拍手を送っていた。一方クロードは遠めの場所でエダンを見ながら、怪訝そうな表情になっていた。
エダンの近くでは、ジャックが興奮したように「エダンさん!最高っす!!!」と呑気に拍手を送っている。今起こっていることが、あいつらには分かっているんだろうか。アーデルが誘拐されたというのに、危機感を全く持っていない。
僕が何となく見ていると、横に居た兵の男が座り込んで僕の方を見て言ってきた。
「あの……気になったのですが、何故貴方は公爵様に着いてきてるのでしょうか?一体どのような接点が……今回の遠征は大変危険です。貴方が戦えるようには見えなかったもので……」
「ああ、それはその……ちょっとした縁ですかね……戦いについては大丈夫ですよ」
「そうなんですか?何か剣術でも学んでいらしてるのですか?」
「いや……剣術というか、何と言うか……僕独自の方法ですね、はは……」
僕が適当に誤魔化すと兵士の男は首を傾げたが、「ほう、なるほど」と頷く。この兵士達は屋敷での騒動を見ていない兵士達だ。だから僕の力を知らない。
兵士はふぅと息をついてから、話し始める。
「しかしクロード公爵様は凄いですよね。貴方も彼に憧れて着いてきたんでしょう?」
「え、いや……」
「はは、隠さなくてもいいのですよ。俺も彼に憧れて着いてきてるのですから。ずっと彼と共に民のために戦ってきました……民の笑顔を見ることこそが、俺にとってのやりがいなんです。彼は民の代表になるべきです。俺たちのような平民の兵にも優しくして下さるのですから……公爵様は、民を考えて行動してくださる素晴らしいお方です」
「あー……なるほど」
兵士の男が楽しそうに語っている間にも、兵士の周りにはルシファーが楽しそうに踊っている。アヒルを持って「ピヨピヨピヨ、僕はここだよ」と話しているが、兵士は全く気付いていない。兵士は照れくさそうに僕を見てくる。
「ちょっと語りすぎましたかね?あ、呼ばれたみたいです。ここで失礼致しますね」
兵士の男は遠くの方かで別の兵士に呼ばれて去って行ってしまった。兵士の男が去って行ったのを見送っていると、前からレオがだるそうに歩いてくる。レオは腕を回しながら、僕の隣に座った。
「セリオン、案外野営ってのは大変だな。やることが山積みじゃないか」
「そうだな……レオはもうスープは食べたのか?」
「ああ。まぁまぁの味だったな。明日は本拠地に着くんだよな?」
「そうらしい……って……げっ」
僕が前を見ると、エダンが上半身裸のまま僕の方にやってくる。何故かジャックまでも上半身裸になっており、楽しそうにやって来る。
「よう、セリオン!!!元気か!!!ずっと俺と話していなくて寂しかっただろ?」
「全く寂しくねえよ……静かで快適だったところだ」
「ほう?エダン様がやって来てくれて、最高に嬉しいって?そりゃあ嬉しいぞ!!!」
エダンは僕を無理やり立たせて、肩を組んでくる。僕は離れようとしたが、エダンの馬鹿力によってそれは叶わない。
「おい、くっつくなよ!!!」
「いいだろ?今日は寒いからな!!!踊ればあったまるぞー!」
「寒いなら服を着ろよ!!!」
僕がいつものように突っ込みを入れてると、レオが僕たちの方を見て呆れたように呟く。
「そういや……何でセリオンとそいつみたいなタイプが一緒につるんでるんだ?タイプが全然違うだろ」
「ああ、気付いたらその質問ばかりされるな……」
「エダン様と、セリオンは相棒だからな!!!最高の相棒としてこの世界にやって来たんだぞ!!!最高だ―!!!」
エダンは勝手に盛り上がり始める。僕は何とか無理やりエダンから離れて、大きくため息をついた。
「今はそういう気分じゃねえって……アーデルのことが心配なんだ」
「おっ?そうだな……心配だからこそ、盛り上がろうぜ!」
「もういい!今は僕を巻き込むな!ほら、ジャックと踊ってろ!」
僕がエダンの背中を無理やり押すと、エダンは首を傾げながらジャックと一緒に去っていた。僕は首を横に振りながら再び座り直す。
「レオ、それで何を話していたんだっけ?」
「……お前も大変だな」
レオに同情の目で見られたため、僕は半笑いで頷いてからレオと語り出す。別に大したことは話していない。どういう風に生きてきたか、ザっとお互いに話していった。
もうお互いにこうして語り合える時間は残されてはいない。だがこうして何気ないことを友人と語れることが、僕にとっては安らぎの時間のように思えた。
ただお互いの好きなように話した。もうここからは何があっても悔いがないように、僕たちはルシファーも交えながら、夜の間中語り合った。
***
次の日、僕たちは早朝出発した。テントで寝たからか首が微妙に痛いが、そのまま馬車に乗りこむ。馬車は道なりを進み昼になる頃にはようやく奴隷商売の本拠地の近くの森までやって来た。そこで僕たちは馬車を降りて、目の前の生い茂る深い森を見つめる。
「ルシファー、こんな場所に本拠地はあるのか?」
「うん、この森を超えたらあるよ。さぁ行こうよ!」
クロードは周りを警戒していたが、ルシファーの合図で僕たちが森を進もうとすると、クロードに大声で止められた。
「待て!勝手に入らないで貰いたい!今は周りを確認中だ!罠があるかもしれない!」
クロードは近くに来て怒って来たが、傍に居たカーティスが笑顔でクロードをたしなめる。
「クロード、この森は大丈夫だと視察から聞いたのだよ。早く進まなければ、アーデル嬢が危ないだろう」
「……っそうでございましたが……分かりました、進みましょう」
カーティスの言葉でようやくクロードは許可を出してくる。気を取り直して僕たちと、クロードとその部下で森に入って行く。暫く歩いていると、どういう訳か舗装された綺麗な道が出てきて、僕はその場所で立ち止まった。
「……ルシファー、この道は何だ?」
「はは、奴隷商売の本拠地の入り口が近いようだね。さぁさぁこっちだよ」
僕たちはルシファーの後を続く。綺麗な道を進んでいくと、突然軽快な音楽が何処からか流れ始めた。ラッパの音色が何処からか聞こえてくる。そのまま森を抜けると目の前の光景に驚愕した。
「……何だこれは!?」
目の前にある大きなアーチに看板が取り付けられている。看板には「どりぃみぃワンダーランド」とカラフルな色で書かれており、看板の前には白い服を着た女と男が二人立っていた。二人共ラッパを楽しそうに吹いている。道の奥からはガヤガヤと楽しそうな声が聞こえてきており、沢山の人がこの先に居ることが分かる。
隣に居たレオは「げっ!!!」と大きく声を出した。
「おい、まさかここは……サーカスご……」
レオが言おうとした瞬間、ルシファーはレオの目の前で「シーっ」と呟く。
「内緒だよ。さぁ、潜入してみよう!」
「……本当にあったのか?夢じゃなかったのか……あれは……」
レオは絶望したような表情をしていたが、エダンは「おおっ?」と嬉しそうに白い服を着た女に向かって一直線に走っていく。
「お嬢さん!!!美しい音色ですね!!!貴方もそのラッパのように美しい!!!」
「……はい?」
女はラッパを口から離すと笑顔のまま首を傾げる。クロードは大きく咳を零してから、カーティスに話す。
「どういうことですか?ここは……例の場所ではないのでは?」
「ほっほ!まぁ挨拶してきたらどうかね?」
「……はぁ」
クロードは怪訝そうな表情をしながら、騒ぐエダンを無視して白い服を着た男に話しかける。
「……ごほん。ここはどういった場所なのですか?一見何かの施設に見えますが……」
「貴方達は運が良いですね!この場所を見つけるとは!ついに貴方達は救われる時が来たのです!この「どりぃみぃワンダーランド」では、様々なことを体験できます!まさに「神」を体験できるのです!これからは、愛によって救われる日々です!まさに愛……神の愛を貴方達は得たのです!どうです?貴方達は選ばれたのですよ!まさに新人類になるのですから!!!」
「……すまない、何を言ってるのか分からな……」
「大丈夫です!全ての罪は許される時が来ました!天使が貴方達を導くでしょう!ようこそ、次のステージへ!さぁ選ばれし皆さん、私に着いてきてください!大丈夫!絶対に幸せになれますよ!貴方達は神なのですから!!!」
白い服を着た男はニコニコと笑顔のままクロードを無理やり引っ張り出す。僕はその光景を見つめながら、半笑いで呟く。
「天使ならここに居るんだがな……」
「はは、まぁいいじゃないか。ほら入ってみようよ。僕を体験できるなんて凄いよねぇ!きっと楽しいことになってるんじゃないかな?」
ルシファーはニコニコと笑顔だが、その笑顔が逆に怖い。仕方なく全員で白い服を着た男女に連れられて道を進むと、白い服を着た女性たちが道に立っており、ビラを配っていた。
「皆さん!ここでは、慈善活動を行っております!まさに貴方達は輝くでしょう!素晴らしい力を手に入れるでしょう!ほらどうぞどうぞ!」
女性に無理やりビラを押し付けられたため、ビラを見ると、そのビラには「ここでは神を体験できます」「貴方は選ばれし者です」「これからの時代は変わります!まさに愛の世界の実現です!」「命を持つことの尊さを知りなさい!」など、明らかに不味い言葉が書かれている。ルシファーはそのビラを見つめると、フッと笑った。
「随分と楽しそうなことをやってるよね!最高に面白そうじゃないか!」
「……ルシファー、逆に笑顔が怖い」
「これで今どうなっているか君も分かっただろう?さぁこの奥だよ……」
奥を見ると、僕はその光景に驚愕した。奥には美しい花畑が広がっており、数百人以上は居るのでないだろうか。だだっ広い所で沢山の大人と子供たちが楽しそうに遊んでいる。
僕の傍にあった看板には「ゴミ捨て場」と最初は書かれていたのが、上から雑にバッテンして「命」とでかでかと書かれていた。よくよく貰ったビラを見ると、「ゴミを尊き物にしましょう!」とも書かれている。僕は思わず呟く。
「何だこれは?おい、まさか……」
「シーっ。ここからは僕には、心の中で語り掛けてね」
(……つまりこの施設は、人々をこのくそみたいな「ワンダーランド」に閉じ込めようとしていて、人々をゴミ扱いしてるのか?)
ルシファーの方をジッと見つめると、ルシファーは「くくく」と楽しそうに笑い出す。
「さぁ、一部の人にとっては、ここが本当に「ワンダーランド」に見えてるんだろうから、閉じ込められている実感はないんじゃないかな?むしろ最高の場所にたどり着いたと、人間達は思っているだろう。だから象徴的に花畑なんだ。ここに来た人間の心を表してるんだよ」
ルシファーはニコニコと笑顔で話しているが、この光景で今まさに酷いことが行われている事実に気づいてしまった。
隣に居たレオも唖然と口を開いて目の前の光景を見つめている。クロードや兵達は何が起こっているのか理解していないのか、辺りをキョロキョロと見回したままだった。
花畑に居る人物達を観察してみると、うっとりと花畑の一番奥にある、やけに目立つばかでかい積み木のお城を見つめているようだ。
「ほら見てみろ!黄金の城だ!あの場所に、神様がいらっしゃるらしい!」
「ああ……何て素敵なの……美しいわ……神様はいつも私たちを見守ってくださっているのね……ここは選ばれし者達だけが来ることができる場所ですもの……これからは愛なのよ……愛の時代が訪れるわ……」
男女二人は積み木のお城を黄金の城と勘違いしたまま見つめている。ルシファーは積み木のお城を指差してけらけらと笑い始めた。
「ははは、あのお城が奴隷商売の本拠地だよ!どうだい?凄いだろ!」
(この現状は……一体何なんだ!?)
「レオの時に見せたじゃないか。まさにこれは起こっていることさ。さぁもっと周りを見てごらん……」
ルシファーに言われて周りを見てみると、周りはもっと“楽しい”ことになっていた。皆楽しそうに踊っていたり、木の滑り台のような遊具で大人も子供も遊んでいる。必ず白い服を着た男と女が遊具の傍に立ち、ニコニコと笑顔で見守っている様だった。
白い服を着た男が大声で話し出す。
「皆さん!遊具の調子はどうですか?楽しいですよね?最高ですよね!ここは選ばれし者だけが体験できる、最新の設備が揃っております!思う存分遊んでください!誰一人として私たちは見放しませんよ!この世界は愛で出来ているのですから!パートナーが居なくても大丈夫!私たちが用意してあげますよ!どれだけ孤独でも大丈夫!私たちが幸せを提供します!」
男が話すと、周りの人々は「ああ、何と嬉しいお言葉……」と深々と礼をし始める。隣に居るレオは思い切り青ざめており、エダンだけが呑気に周りの女性に声を掛けているが、クロードも流石にこの場所には驚いたのか固まっていた。
すると今度は白い服を着た女が声を上げる。
「これからは平等の時代です!私たちと“永遠に”この世界で楽しみましょうね!愛がいつでも貴方を守ってくれます……愛に感謝して生きていきましょう!お互いを感謝し、貴方達が主体の世界を作っていきましょうね!この「どりぃみぃワンダーランド」で!永遠に!!!私たちと共に愛を育みましょう!!!」
白い服を着た女の言葉に、周りの人々は「おー!」と歓声を上げる。その女の近くに居たクロードは流石にこの光景には怪訝そうな表情になって声を出す。
「一体何なんだ?この場所は……狂っているのか?」
クロードの声を聞いた女はくるっと鳥のようにクロードに振り向くと、口を開けた。女の口には小さな牙が見える。
「おや?狂っているですって?貴方はどうやら楽しめていないようですね……ほら周りを見てごらんなさい!沢山の命があるでしょう?貴方が守るべき命があります!ここで永遠に守っていきましょうよ!貴方の正義感で!」
「待て、私たちはこんなことをしに来たわけではない」
「ここに来た時点で貴方は選ばれているのですよ?一体何の不満を持っているのですか?」
「いや、不満というわけではなく、私たちは別の目的で……」
クロードが何度言っても、女はずっと「幸せはここにあります!」と呟き続けている。
すると遠くの方から別の白い服を着た女が僕に向かって走って来た。僕の目の前まで来ると、ニッコリと笑いかけてくる。
「貴方にピッタリの施設がありますよ!どうです、体験してみませんか?」
「いや……僕は全く興味がない」
「ええっ!どうしてです?神の玉座をお見せしようと思いましたのに!実は特別に奥のテントで神の玉座を公開中なのです!今、恋人はいらっしゃいますか?いらっしゃらないのでしたら用意してあげますよ!」
「だから全く興味がない。帰ってくれ」
「ええっ!!!どうしてです!?ここに来る人は皆興味をお持ちなのに……まさか貴方は……」
女は僕の瞳を見て覗き込んでくる。ジッと覗き込んできた後に、表情を獣のように豹変させた。その顔は突然狐の顔に変化して、持っていた角笛を吹いた後に叫び始めた。
「ケイコク!!!ケイコク!!!神側が紛れ込んだぞ!!!この男はウラギリモノダ!!!我々のウラギリモノダ!!!ケイコク!!!ケイコク!!!」
女の合図によって、周りの白い服を着た男と女たちは突然それぞれ狐の姿になっていく。僕たちが唖然としてその光景を見ていると、数十人の狐達は周りの人々に大きく叫んだ。
「この男は神側だ!!!ケイコク!!!ケイコク!!!我々のウラギリモノダ!!!今こそ愛によってホロボセ!!!ホロボセ!!!ケイコク!!!ケイコク!!!今こそ選ばれし者の力を使え!!!ケイコク!!!ケイコク!!!」
周りの人々は全員、狐の合図によって僕たちを睨みだして、じりじりと寄って来る。僕たちは思わず後ずさった。
「……っおい、ルシファー!何で気づかれたんだ!?」
「はは、僕がわざとあの狐達に気づかせてあげたんだよ。どうなるかなぁって」
「はぁ!?馬鹿か!?そんなことをすれば……」
「うーん、こうなるよね」
ルシファーが肩を竦めたと同時に、周りに居た人々は子供大人関係なく僕たちに向かって突進してきた。僕たちは直ぐに全速力で人々から逃げ始める。クロードの兵達も「うわあああ!」と叫び声を上げた。
「ルシファー!!!こっそりと道を抜けるんじゃなかったのか!?」
「ははは!たまにはスリルもいいだろう?大丈夫!僕に任せておいて!」
ルシファーは襲い来る人々の方に振り向いた。そのまま指をパチンと鳴らすと、空から巨大なクマのぬいぐるみが降って来て、僕たちを守るように立ちふさがった。
クマのぬいぐるみは子供の声で謎のポーズを決める。民衆たちはクマのぬいぐるみに大きくひるんだ。
「皆のヒーロー!クマさんの登場ダ!ここから先は通さないぞ!!!」
「うわあああ!化け物だ!!!消せ!消せ!!!」
人々は騒ぎ始めたが、巨大クマのぬいぐるみが人々に向かって突進し始めると、今度は人々の方が逃げ始めた。狐達もクマから逃げ始めてサーカス会場は大混乱だ。ルシファーは、けらけらと笑いながら人々を見つめる。
「ははは!逃げろ逃げろ!もっと逃げろ!!!果ての果てまで逃げちゃえ!!!お花畑はゴミの塊!お花畑はどりぃみぃ!お花畑は全部幻想さ!でも、僕のこの「忠告」すらも人々には届かない……だから最後に僕から逃げろ!ワンダーランドの人々は何処まで逃げられるかな?クマはどんどんお花畑を踏み荒らしていくぞ!!!逃げろ!!!遠くまで!!!逃げていけ!!!ははははは!!!」
……これではどっちが悪役なのかさっぱりだ。ルシファーは腹を抱えて笑いながら人々が逃げ惑う光景を見つめている。クロードと兵士達はクマのぬいぐるみを見上げてポカンと口を開けている。レオはポツリと呟いた。
「セリオン……またやったのかよ、ルシファーは。今度は俺たちにクマが来なくて良かったが」
「そうだな……僕たちに来なくて良かったな……ルシファーならやりかねない」
ルシファーの方を見ると、今度は指をパチンと鳴らしてアヒルのおもちゃを沢山空から降らせている。その瞬間、何処から飛ばされてきたのか入り口にあった看板が空から降って来て、僕たちの目の前の地面に突き刺さるように落ちた。地面に落ちた看板を見ると「どりぃみぃワンダーランド」と書かれていたのが、上からバッテンで消されて「終わりだヨ!」と書かれている。僕はその看板を見つめて、ルシファーに目を合わせる。
「……これはどういう意味だ?」
「ん?文字通りの意味だよ。「どりぃみぃワンダーランド」に入っていった人々は、降って来たアヒルのおもちゃで遊んでくれればいいと思うよ。最高に楽しめるからさ」
「ここの不気味な狐達は、まさに「奴隷たち」を集めているんだよな?しかも奴隷になっていると人々には気づかせない方法でな……」
「ははは!そうだね。ここに居る人々は、これから奴隷たちになる奴隷待機組みたいだよ?面白いよね、狐がお花畑で人々を囲っちゃってさ。さぁ積み木のお城に行こうよ!あそこが奴隷商売の本拠地さ!」
ルシファーが手招きしてきたため、僕たちは急いでルシファーの元に着いて行く。クロードと兵達はあり得ない光景に呆然としていたが、カーティスの一声で僕たちに着いてきた。
クマに追いかけまわされる人々を後ろに、一直線に積み木のお城へと向かうと、どういう訳かお城の入り口は飴細工の扉で出来ていた。ルシファーは扉を見て楽しそうに笑う。
「ほら見てみろ!扉があまーいキャンディで出来ているね!さぁ入ってみよう!」
ルシファーが指をパチンと鳴らすと、勝手に飴の扉は開いた。クロードは呆然と扉を見つめて、僕に話しかけてきた。
「君に会ってから、現実ではあり得ないことばかり起きている……一体君は何者なんだ?」
「……一応言っておくと、さっきのクマもアヒルも僕がやったんじゃないからな。まぁ今はいいか。先を進みましょう」
僕たちがさっさと扉の中に入ると、クロードは渋々頷いてから兵達を連れて中に入って行く。城の中に入ると地図を見せられたように、二つに道は分かれていた。
目の前には青の道と赤の道が見える。青の道は右で、赤の道が左にあった。
クロードは左右をみてから、眉を顰めてからカーティスを見る。
「ここが奴隷商売の本拠地で間違いないのですか?」
「ほっほ!私が向かわせた視察はそう言っておったよ」
「ですが、あのふざけた入り口は何だったのですか?花畑に居た人々も訳が分からない。全員狂気に満ちていた!それにこの城は外観から、人も住んでいないような廃墟ですよ?人が居るとは思えません」
クロードは周りを見渡しながら、辺りを見回している。城は人によって見え方が変わるのだろうか。花畑に居た人々はこの城が黄金の城に見えていた。一方で僕には積み木で出来ていた城に見えたが、クロードには廃墟に見えるようだ。クロードは自己世界の正義感に浸ったおかげで、花畑には入らずに済んだということなのだろうか。
カーティスは目を細めて、クロードに話す。
「いいかい。入り口は本当の目的を隠すためだ。奴隷商売人のやりそうなことじゃないか」
「……それは……そうですが……」
「さて、ここからは道が二つに分かれているようじゃの……私はクロードと兵士達と共に右の青い道に行こうじゃないか。セリオン君。左の道は任せても大丈夫だね?」
カーティスはニコニコと笑顔で僕に問いかけてくる。僕が頷くとクロードは眉を顰めた。
「何故分かれる必要があるのですか?ここは固まって動いた方が宜しいでしょう」
「ほっほ!もしどちらかの道しかアーデル嬢にたどり着かない道だったとしたら、困るじゃないか。どちらがたどり着くか「運」にかけてみるべきだと思わないかね?」
「その意見は分かりますが……兵全てが右の道ではなく、ここは均等に……」
「クロード。セリオン君たちはとても強い。少人数で十分なのだよ。弱いのは我々の方だ……大人数で右の道は挑んだ方が良いのだ。この先には何が待っているか分からないからの!」
カーティスは軽く笑い声を立てているが、クロードは納得いかないのか少し考え込んでいる。祖父の言葉は流石に背くことはできないのだろう。クロードはようやく頷いた。
「分かりました。セリオン君、君はそれでいいのか?この先は兵の力が必要になるだろう」
「あー……兵は必要ありません。根拠はないですが、公爵様の道の方が危険な道のような予感がしています。ですので、兵は全てそちらに」
「……分かった。ならば致し方ないな。ここで一旦別れよう。アーデル嬢を助け出したらまたこの場所で落ち合おう」
クロードは頷いてカーティスと兵全員を連れて右の青い道の奥へと入って行った。左の道には入らず少しの間今の場所で待っていると、右の奥の方からクロードの声が聞こえる。
「何だこれは!アヒル!?アヒルのおもちゃがまた降って来たぞ!?おい、待て!!!元来た道に戻れなくなっているだと!?どういうことだ!?でかいアヒルが道を塞いで……今度はまたクマのぬいぐるみか!何なんだこのふざけた道は!」
「公爵様!!!さっきから一体どういうことなんですか!?」
「分からない!私もこんな事例は初めてだ!そうだ、今こそ我々は団結して……何!?うわあああああ!!!」
奥から叫び声が聞こえたためルシファーの方を見ると、ルシファーは悪戯気にくすくすと笑っている。僕は頷いてからエダン達の方に振り向く。
「よし、僕たちも行くぞ。左の道はアベルの道だ。どんな罠が待っているか分からない。気を引き締めていこう」
「おう!その前にセリオン!さっきの花畑に居た女たち、最高だったな!帰りに誘っていかないか?」
「……よし、行くぞ」
ここで怒らずに堪えた僕を誰か褒めて欲しい。ジャックは「エダンさん!流石に無理っすよ!」と突っ込みを入れている。僕たちが歩き出そうとする前にルシファーは、クロードが入っていた道に向かってぶんぶんと両手を大きく振った。
「みんな頑張れ!!!僕の道は最高に楽しいよーーー!!!」
(最高に「厳しい」の間違いじゃないか?)
心の中で突っ込みを入れて、そのまま僕たちは左の道へと進んでいった。
***
左の赤い道を進むと、蝋燭の燭台がまだらに置かれているが薄暗い。人1人見当たらず、異様に静かすぎる。誰もいないのだろうか?
真っ直ぐ進むと、一際明るい場所に着いた。上にはシャンデリアがかかっており、前は大きな石の壁になっていた。近づいてみると石板の上には、でかでかと大きな文字が書かれている。
「……奴隷リスト!?」
僕が思わず声に出して読むと、ルシファーは冷静に石板を見つめている。石板には様々な人の名前がびっしりと刻まれている。石板の横には、上から鎖でアヒルのおもちゃが逆さに紐で吊り下げられていた。
アヒルのおもちゃの目の前には看板が置いてあり、
『こいつを許すな!神側をもっと奪い取れ!アヒル野郎!見ているなら、お前が次はこうなる番だ!馬鹿な神め!』
と長々と文章が綴られている。
僕が恐る恐るルシファーの方を見ると、逆さ吊りにされたアヒルのおもちゃを見て、ルシファーはニコニコと笑顔になっている。この現状に耐え切れず、僕は大きくため息をついた。
「ルシファー……これは……酷いな……」
「はは、ただの子供の遊びじゃないか。ちょっと行き過ぎちゃったけどね」
「……貴方をどれだけ馬鹿にすれば済むんだ……さっきの入り口の狐といい、一体このサーカス小屋は何なんだ!?何故この集団は人々を奴隷にして、更に貴方を否定する?」
「……さぁ、反抗期なんじゃない?永遠に反抗期なんだよ、あの子たちはね……きっと最後まで……気づかないのさ……」
「これは……どうしようもないな……もういい。先に進もう」
僕たちは看板から離れて、進みだす。一度振り返ってから吊るされたアヒルのおもちゃを見つめる。僕はポツリと呟いておいた。
「こんなの全部……子供遊びだ。いや、何を言っても無駄か。もうこいつらは人ではない。ただの黒い煙なのだから」
そのまま僕たちは突き進む。今までは異様に静かに過ぎたが、何故かこの先は危険なような気がしてならない。
暫く赤い道を進むと、突然景色は蜃気楼のように揺らめき始めた。僕は直ぐに皆に声を掛ける。
「おい!何か様子が可笑しい!皆!離れるなよ!」
「おう!!!」
エダンのでかい返事が聞こえたが、突然地面が揺らめき始めると、突然地面が全て崩れ始めた。僕たちは大声を上げる。
「……っ崩れっ……まずい!」
「うおおお!?」
「うわあああ!?エダンさーん!」
「一体何が起きてんだよ!?」
地面と一緒に落ちる中、僕は心の中で光の縄を念じて落ちていく皆を掴んだ。ルシファーは直ぐに僕たちの方に飛んできて、大きな白い風船で僕たちを包み込む。僕はルシファーと目を合わせる。
「ルシファー!助かった……」
「さぁゆっくりと落ちて行こう。深層部まで……奴隷商売の深層部まで一緒に行こう……」
僕たちはそのままゆっくりと下へと落ちていく。風船の中から下を見ると沢山の人達の姿が見えた。どの人もボロ布を着せられて、無理やり働かされているようだ。奴隷数人が上を見上げて風船に入った僕たちを見つけると、口を呆然と開けている。
「ルシファー……あの人達は捕らえられた人達なのか!?」
「うん。あの人たちはまだ軽い方だよ。他の部屋はもっと酷いことになっている。さぁここからは気を引き締めて行こう。風船が下に降りた瞬間、監察官に気づかれるだろう。そこからは攻撃の嵐だよ。ジャック、レオ。君たちは僕の力に居てくれ。監察官達の相手はセリオンとエダンがやってくれるから、君たちはただ僕の傍に……いいかい?」
「あっああ……分かった」
「分かりましたっす!」
「よし。セリオン、エダン。仮面を被った人達が監察官だ。ひっきりなしに君たちを攻撃してくるよ。敵を攻撃するときは、気絶程度に留めておいてくれ。いいね?それじゃあセリオン、全ての力を解放するときが来たよ」
ルシファーは風船の中に入って来て、僕の手を取る。強い光に包まれた瞬間、光輝いた美しい羽の装飾が施された剣が僕の手に渡された。ルシファーはニッコリと笑顔になる。
「はは、勇者には丁度いいだろう?その剣は僕からのプレゼント。聖剣さ。大丈夫、剣は君の思い通りに動いてくれるよ。敵を気絶程度に留めておいてくれるだろう。全員気絶させたらお得意の光の縄で縛りあげておいてくれ。後は僕がどうにかする」
「分かった。ありがとう」
「おおっ!?かっけぇな!!!ルシファー!俺にもないのか!?」
「はは。この剣はセリオン向けなんだ。エダン、君は武力を発揮してくれ!」
「そうか……分かったぞ!ついに俺の魅力がスペシャル発揮される時が来たな!よしセリオン!やるぞー!!!」
「ああ、エダン。気を抜くなよ!!!」
エダンは僕に向かって拳を突き出してきたため、僕も頷いてエダンと拳を合わせる。
その瞬間、風船は下に降りて割れた。沢山の疲弊しきった奴隷たちは僕たちを驚いたように見ていたが、同時に辺りに角笛の音が鳴り響く。大勢の黒い服を着た仮面の男達が弓矢を持ち僕たちを円状に取り囲んでくる。
仮面の男達の中だけで、1人だけ違った特殊なデザインをした仮面をつけた男が、大声を出した。
「侵入者め!!!この場所を見つけた時点で、お前らは終わりだ!!!死ね!!!」
一斉に弓矢を向けられて、僕たちに沢山の矢が飛んでくる。僕は光の壁をイメージして、エダンと僕の前に壁を作った。矢は壁に突き刺さり、特殊な仮面の男は意外そうな表情をした。
「ほう?今までここに来た奴らとは違うようだな……いいだろう!全員かかれ!!!」
男は手を前に上げて全員に合図した。その瞬間に特殊な仮面以外の男達は剣を抜き、僕たちに向かって一直線に走って来る。その過程で奴隷たちは逃げていき、僕は光の剣を強く持ってエダンに合図した。
「エダン、来るぞ!!!」
「よーし!!!セリオン!俺たちでやっつけるぞ!!!」
仮面の男達が僕たちに近づき、一斉に剣を振り上げてきた。僕はそれを何とか交わして光の剣を男に突き刺す。その瞬間に襲い掛かって来た男の仮面は粉々に砕け散り、正体が露わになる。男はごく普通の一般人だったが、瞳は闇に満ちていた。その瞬間にどさりと地面に崩れ落ちて気を失う。他の男達は一斉に光の縄でぎりぎりまで強く縛りあげて、気を失わせておいた。
一方エダンは、最高に嬉しそうな声を上げながらやって来る男達をぶん投げまくっていた。エダンは次々と襲い掛かって来る仮面の男達を空中にぶん投げながら、大声を上げる。
「ふー!!!俺は最高にかっこいいぞ!!!最高だ―!!!」
「このイカレ野郎め!!!うわっうわあああああ!?」
「おっもう降参か!?いいぞー!最高の勝負だったな!!!」
エダンは「がはははは!」と笑いながら、最高に楽しそうだった。僕が直ぐに前を向くと、仮面の男達が再び僕に向かってやって来た。あちらこちらから弓矢が僕を襲い、僕はそれを何とか防ぎながら、次々と男達に剣を突き刺していく。剣はどういう仕組みになっているのか、男達の仮面は剥がれ落ちて倒れさせていった。
沢山の男達が僕たちを襲ってきたが、男達に大した実力はない。僕とエダンだけで余裕に倒せていった。
特殊な仮面の男1人だけを残して全ての仮面の男達を倒し終わると、特殊な仮面の男は剣を地面に落として呆然と僕たちを見つめた。
「……そんな……我々がやられるなど、あり得ない!!!認めん!認めんぞ!!!」
仮面の男の周りにははっきりと黒い煙が見えた。僕は光の縄をイメージして仮面の男を強く縛り上げる。仮面は縛り上げられたと同時に外れて、ごく普通の男の顔が露わになる。
男は苦しそうに縄を掴みながら呻き、僕は静かに男の傍に近づく。
「おい。アベルは何処にいる?居場所は何処だ!?」
「知らねえな……」
「ああ、そうか。どうせお前は吐かねえだろうな……僕は拷問は趣味じゃないんだ。だけどな……この奴隷にされた人達の気持ちが、報われねえからな」
「はっ!こいつらはただの奴隷だ。馬鹿な話に騙されてやってきたな……何が「どりぃみぃワンダーランド」だ……ここまで分かりやすい罠にしてやったのに、こいつらはどんどんやって来るんだ!幸せを求めてな!面白くて仕方ねえよ……人間共は、自分でろくに考えもしねえ能無ししか居ねえ!神の玉座をちらつかせて特別な人間扱いさせておけば、こいつらは自動的に俺たちの奴隷になるからな!お前のその力普通じゃねえ。お前も天使なんだろ?」
「何?」
男はニヤリと笑って僕を見てくる。男はそのまま嬉しそうに続けた。
「どうせお前は天界の方からやってきたんだろう。いいか、俺はアヒル野郎のせいでこの世界に落とされた堕天使だ!俺たち堕天使はずっとアヒル野郎を恨んできた……俺たちはわざわざ低能な人間の皮を被って、人間を騙すことが生きがいだ。どうだ!?お前も、散々アヒル野郎のせいで嫌な目にあっただろう?お前も俺たちの仲間に……」
「……くだらねえ。お前たちはずっと子供遊びをしているってことに気づかないのか?それに僕は……僕は天使ルシファーだ!」
「……何?はっ!あの“惨めな”ルシファーがこの世界に居るわけねえだろ!なぁ、あいつのその後を知っているか?半べそかいて、この世界から天界に逃げ帰った臆病者なんだぞ?ははは!笑えるよな!!!あのルシファーが今じゃ俺たちの笑いのネタだよ。今頃ルシファーは、アヒル野郎の膝の上でよしよしされているんだろうよ!あの馬鹿天使はな!!!」
男は高らかに笑ったが、エダンが僕たちの方に近づいてきて、「おおおっ!?」と叫ぶ。
「エダン様がハンサムで、天界一に最高だと!?ははは!!!そりゃ嬉しいぞ!!!」
「……っ何だこいつは……何を言っている?俺は今ルシファーのことを話して……」
「お前の言葉はエダン様に染み渡ったぞ……最高だー!!!」
エダンは話を聞かずに、嬉しそうに踊り出した。僕はフッと笑って男にとびっきりの笑顔を向けてやった。
「もうお前と話すことはないな」
僕は剣を男に突き刺した。その瞬間男は目を見開いたまま白目になったかと思うと、泡を吹いて気絶する。僕は派手に気絶した男を見下ろしてから、剣を見つめた。
「僕の感情に応じて、剣の威力も変わるのか?まぁ、こいつには丁度良かっただろう」
「おおっセリオン!最高にお前らしいな!!!」
「……ああ。そうだ、皆は無事か!?」
後ろを振り返ってみると、どうやら戦闘中はルシファーが、ジャックとレオを庇うように光で包んで守ってくれていたようだ。ルシファーはニッコリと笑ってから僕に近づいた。
「セリオン、よくやったね!天界の力の感覚も思い出してきただろう?」
「ああ、何か……自分じゃないみたいだった。勝手に身体が動くんだ。剣の使い方も知らないのにな……」
「君は、本来はとても強いからね。エダンは最初から力を持っていて大丈夫だったけど、君は危険な賭けをしてきたんだ。神に繋がることに気づくために、余計な力は君にとって邪魔な物にすぎなかった……力をひけらかせば、己の力に溺れてしまう……今堕天使と呼ばれる存在がやっているようにね」
「……この仮面の男は、元は普通の天使だったんだろう?」
「うん。仮面の男達は基本、天使以外の一般庶民ばかりだけどね。今この監獄の部屋それぞれには、天使がトップに立っているんだ……彼らは僕のことが見えなくなった、悲しい存在となってしまった。力すらも幻に過ぎないと気づいてくれるだけで良かったのに……彼らはそのことに、気付けなくなってしまったんだ……」
ルシファーは気絶した天使と名乗った男を見下ろす。
ルシファーは前に言っていた。「天使よりも人間の方が立場が上だと伝えたのは、天使に愛に気づいてほしかっただけだ」と。
だが、この奴隷商売をしている天使は気づくどころか闇に落ちて行った……何処までも深いところまで……最終的には創造主が見えなくなってしまうほどの場所にまで。
ルシファーは首を横に振ったまま、僕の方を見てフッと笑った。
「こうなることすらも、全て分かっていた……だけど本当はここまで迷わせるつもりはなかったんだ。エバと同じように天使たちもね……墜とされた天使は僕を憎み、エバも僕を憎んでいる……今この世界で僕のことに気づいてくれる人は、極少数だ……僕は神の立場でありながら、この事実を受け入れるしかなかった……」
「ルシファー……」
「さぁ、この部屋の奴隷たちを解放しよう。彼らはこの場所で散々苦しめられた存在だ……早く船に乗せないとね」
ルシファーは遠くで怯えて僕の方を見てくる奴隷たちを見つめる。ルシファーが近づいても、奴隷たちはルシファーの存在に気づいていない。ルシファーはその瞬間指をパチンと鳴らして、沢山のアヒルのおもちゃを部屋中に降らした、奴隷たちは口を開けてアヒルを見つめると、突然全員が泣きだした。奴隷の中の1人の男が呟く。
「ああ……そうか……俺たちは……俺たちはずっと見失っていたんだ……ああ、主よ……俺は大罪を犯しました……」
男が膝を地面についた途端、一斉に周りの人々は地面に膝をついて項垂れ始める。それぞれが後悔の言葉を口にし始める。1人の女性が地面に向かって顔を突っ伏して泣き崩れた。
「私はなんてことをしてしまっていたの……私はただ幸せを求めてここにやって来た……気づけば私は奴隷になってしまっていた……どうしてこんな簡単な嘘に気づかなかったの?私は愚かだわ!愚かだった……ここに神の玉座があると思ったのよ……ただ白い服の人の言う通り、他人に愛を与えていれば幸せになれると思っていた……愛の世界が実現すると思っていた……そんなの……そんなの全部嘘よ!!!どうして私は大切な創造主様を忘れてしまっていたの?こんな場所、創造主様と何も関係がないじゃない!何が「これからは、愛溢れる世界になる」よ!何が「新しい世界」よ!!!何が……神の玉座よ……」
女性は力強く泣き始めてしまい、ルシファーは静かに女性に近づく。ハッと女性が顔を上げると、ルシファーは女性に手を差し伸べた。
「大丈夫。罪すらも幻だから……君は何も悪くはない。さぁ僕と一緒に帰ろう。ただ一緒に帰ろうよ……」
「創造主様……こんな私でも……いいのですか?」
「何もいらないよ。僕は君を愛している……君が僕に気づいていない時もずっと」
ルシファーは女性に笑いかけると、女性は泣きながらルシファーの手を掴んだ。その瞬間に女性は光に包まれて消えていった。
次にルシファーは膝をついたまま泣いている男に向けて手を差し伸べた。男はルシファーに向けて話す。
「創造主様……俺はこんな馬鹿な嘘に騙されてしまった愚か者です……俺は創造主様の手を取る資格なんてございません……」
「……いいんだよ。何もいらない。ただ僕の手を取ってくれるだけでいいんだ。僕は君を無条件に愛している。さぁ、一緒に帰ろう」
男はポロポロと泣いたまま、ようやくルシファーの手を取った。男も白い光に包まれて消えていく。ルシファーは全員に対して同じように手を差し伸べて行った。
それぞれが懺悔の言葉を話したが、ルシファーはどの人に対しても「一緒に帰ろう」と笑顔を向けた。
ルシファーの手を取ると、どの人も安らいだような笑顔を向けて光に包まれて消えていった。全ての人の手を取り終わった時、ルシファーは仮面の男以外誰も居なくなった部屋を見つめる。
「セリオン。この部屋は終わりだ。次の部屋に行こうか」
「……仮面の男達はどうするんだ?」
「……こうしようか」
ルシファーは気絶した仮面の男達の傍に近づいてから、倒れた男達を見つめる。ルシファーは静かに首を横に振ってから、「ごめんね」と小さく呟いた。
「……さよなら。もう僕とは二度と会えないけれど、これは最後の僕からの“プレゼント”だ」
ルシファーが指をパチンと鳴らすと、仮面の男達は全員宙に浮いた。突然男達は全員目を覚ますと、自分たちの身体が浮遊している事態に気づく。全員苦しんだようにもがき始めたが、ルシファーは冷静に仮面の男達を見つめながら、もう一度指を鳴らした。
その瞬間男達は黒い光に包まれて消えてしまった。
僕は唖然と口を開けてルシファーを見つめる。
「仮面の男達を、一体何処にやったんだ?」
「……もうこのサーカス小屋には戻って来れないだろう。彼らにふさわしい世界に送ってあげたよ。彼らは闇の中でもがくだろう。最後には忘れてしまった僕を求めて……永遠にもがき続けるだろう。さぁ、行こう」
ルシファーは静かに歩き始めた。もう振り向くことはしなかった。
ルシファーの寂しそうな背中を見ると、僕はもう何も言えなくなってしまった。僕はただエダンとレオとジャックと共にルシファーの後に続いた。




