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悲劇のパラノイア  作者: エデン
第4章
24/34

第24話 ルシファー

その日の夜になりエダンの家でご飯をご馳走になった後、僕は1人でエダンの家の二階からバルコニーに出ていた。月夜を眺めながら、何となく過ごす。ルシファーも隣に居て一緒に月を眺めていた。僕はルシファーにポツリと話しかける。


「ルシファー……これまでに色んなことがあったな。この世界の結末は、神である貴方にとってはどう思うんだ?」

「ん?僕の意見が気になるかい?」

「ああ。今となっては色々と考えてしまってな。僕たち人間は無意味な争いや、恋愛事、仮初めの幸せを「夢」見てきていた。この世界は……どうしてこうなってしまったんだろうと思ったんだ。結局何もなかったのか……何も生まれなかったのか……酷く虚しいような、そんな気分にさえなる……僕たち人間は、どうしてここまで迷ってしまったんだろう」

「……そうだね。色んな事があった。僕は全てを見てきた。沢山の人々がこの世界で迷ってしまった。この世界に「幻想の幸せ」を見せられて、満足したかもしれないね。でも、心のどこかでは……何も満たされていないような、そんな気持ちになっただろう。人々は僕のことを忘れてしまった。でもこの世界は僕の舞台だからね……それもまた一つの舞台の結末なんだろうと、僕は受け入れたんだ」


ルシファーは何処か寂しそうに月を見上げていた。風が吹き、僕の髪を揺らした。世界でルシファーとたった二人きりのような気分に思えた。この世界にはもう何もない……何も残っていないような、そんな気分にさえなる。

僕が何も言えないで居ると、ルシファーは笑みを見せながら僕の方を見た。


「僕の気持ちが君に伝わってしまったのかな?」

「貴方は僕でもあるんだからな……沢山の貴方の民たちがここに送られてきたんだろう?それを、ことごとくエゴ側に潰されてきたはずだ」

「はは、僕は「堕天使ルシファー」だよ?」

「貴方がそんなに隠したいなら、それでもいいだろう。でも僕にはもう……貴方が仮面を被っていることは気づいている」

「……仮面か。良い表現をしてくれたね、セリオン。君は僕にとってとても大切な存在だ……勿論全ての民を愛しているけどね。そうそう。確かに仮面を外すときが来るけれど、驚かないでくれよ?」

「……驚かないさ。今更な……なぁ、僕は……僕が「ルシファー」なのか?」


僕はルシファーの方を見た。ルシファーは悪戯気に笑ってから、首を傾げる。


「ん?最初から君は僕と同じ、「ルシファー」だと伝えただろう」

「そうじゃない……貴方は神だろう。天使ではない。仮面を被った神様だ。天使ルシファーは何処に消えた?貴方が堕天使側に仮面を被って隠れることは出来ただろうが、結局本当のルシファーが何処にも見当たらないだろう。何処に居る?必ず居るはずだ……」

「そうか……君はどう思うんだい?」

「僕か?僕は……僕こそが「堕天してしまったルシファー」だと思う……僕の罪は、ルシファーが背負ってしまった罪だろう。だからこれほどまでに罪感を抱えてやって来た。僕は貴方に……懺悔したいようなそんな気分にさえなるんだ」

「……君はとっくのとうに許されているんだ。何があっても、君が戻って来てくれたなら、僕は受け入れる。僕は全てを愛している。君の持ってきたその罪感は、この世界の最後に解放するものだ。その罪が解放され……全てを君が許したとき、この世界には光が差すだろう」

「僕が?僕が許すのか?」


ルシファーの方に目線を向けると、ルシファーは微笑んで頷いた。


「そうだ。君が君のことを許すんだよ……僕は最初から許しているんだから。後は君だけだ。大丈夫。君はこれまでに色々なことを思ってきたね……必ずやり遂げられるよ」

「……そうか、僕が僕を許すのか……」

「うん。これまでに、君はとても真面目に、現実的に世界を見てきたね。この舞台にハマり切れずに、強い罪感を抱えたまま生きてきた。アーデルやエダンに救われながらも、君は君自身を見つめ直してきた。そして僕を見つけてくれた……後はもう最後だ……最後がやってくる。最後に僕と一緒に光の道しるべを示そう。ただ僕たちは帰るんだよ……この世界から離れる時に、僕たちは何を思うだろうね?」

「……どうだろうな……これまでにこの世界では色々なことがあったが……全てが無駄だったのか、何も得なかったのか……結末は分からない」

「結末は僕と一緒に決めようか?それもいいだろう?離れる最後に船の前で、僕はこの目で世界を見ることになる。別れの言葉を死者たちに手向けるだろう……その言葉は、僕の愛だ。死者たちには、その言葉すら届かないのかもしれないね。でもいつの日か気づいた、僕が居なくなった玉座を見つけた人へ……花を贈るんだ」

「貴方の居なくなった玉座を見つける人は決まっているのか?」


ルシファーに疑問を投げかけてみると、ルシファーは寂しそうな顔をしたまま笑った。


「……うん。もう決まっている。僕は人にわざと争わせるつもりだ。本当の玉座だったおもちゃを見つける人すらも、もう決まっている……その人は泣き崩れてしまうかもしれないね……だってずっと求めていた僕に会えないことに気づくのだから……」

「……そうか……それほどに悲しい結末が待っていることすらも、貴方は分かっているんだな」

「そうだね……その人の悲しみすらも、僕にはもう分かるんだ。僕は全てを知っている。その人は、この世界にはもう何も残っていないことに気づくだろう。でも悲しまないで欲しいと、この場所から伝えているんだ……僕が君たちを愛していたことは確かだから……だから大丈夫だよと……でも……さようならと……」

「…………」


僕は何も言えずに、ルシファーを見つめた。ルシファーの表情からは笑みが消えており、ただ目を伏せていた。僕は月を眺めてから、手を繋ぐ。ルシファーは驚いたように僕を見た。


「……最後に言葉を贈ろう。こんなことしか思いつけないがな……」

「……そうだね。僕も同じだよ。こんなことしか思いつけなかった……最後にどれだけ僕の言葉を残せるか、ずっと考えてきたんだ。必ず残されてしまう人が居るから……その人に僕の愛をどれだけ伝えられるだろうかと……そう考えながら人間として生きる君を見てきた。せめて、最後に音楽で……楽しんで貰えたらいいんだけどな……」

「ああ。明日の演奏は絶対に成功させよう。といっても僕は何もやれないんだけどな」

「大丈夫だよ。君は十分やって来てくれた。ありがとう。僕と手を繋いでくれて……」

「ずっと一緒だ……今日はあんまり眠れそうな気分じゃないんだ。もう少し月夜でも見ていないか?」

「はは、そうだね。それなら笛で演奏でもしてあげようか?」


ルシファーは横笛を構える。僕が笑って頷くと、ルシファーは綺麗な音色で笛を演奏し始めた。すると突然周りに鳩が数羽現れて、ルシファーの周りを飛び回る。僕が驚いて鳩を見つめていると、一羽の鳩が僕の肩にとまった。鳩は僕の頬にすり寄ってから、嬉しそうに頭の上を飛び回り、ルシファーの元に戻っていく。数羽の鳩がルシファーの周りを取り囲み、空に上がっていく。笛の演奏が終わると同時に鳩は月の方に向かっていき、飛び去って行ってしまった。

僕が呆然と鳩の飛び去った方を見つめていると、ルシファーは微笑んだまま、月を見上げる。


「……大丈夫。僕が居なくなっても大丈夫だよ……僕の想いはここに残しておくから……何かあったら、僕を見つけてくれ……」

「……ルシファー……」

「……大丈夫……大丈夫なんだ」


ルシファーは自分自身に言い聞かせるように、小さく呟いた。僕はもう何も言えなかった。ルシファーの悲しみと愛が伝わって来る。

僕が本当の「天使ルシファー」だったとすれば、僕は天使からセリオン……「黒い狼」になってしまったのだろうか。

この世界の原罪すらも、全ては僕から始めてしまったことかもしれない。そうであれば、僕にはかなりの責任が生じる。全ての創造主が「僕の代わり」を行うほどの、何かが起こってしまったということなのだ。

カインとアベルが迷っているように、僕とマリアは今もこの地で彷徨い続けている。幾年もずっと、彷徨い続けてきたのだろう。

主を見つけることが出来ずに、ずっと……だからこそ、主はわざわざ僕の代わりになったのだろうか。己の罪の責任が肩にずっしりと降りかかって来た。黒い煙が僕に纏わりつくような、そんな気分にさえなる。

ルシファーはジッと僕を見つめてきた。


「いいかい。その黒い煙は、もう幻でしかないんだよ。君が力を持たせてしまっている」

「……どういう意味だ?」

「もう黒い煙に力はない。首飾りすらも、物質でしかない。君が黒い煙を存在すると思えば、首飾りは力を持ってしまう。何もないんだ……最初から、何も……僕は全てを許しているんだから。その煙は幻だ。マリアの死ですらも幻だ……だから大丈夫。僕に全てを委ねてごらん。たったそれだけでいいんだから」

「マリアの死ですら幻だったのか?」

「……ああ。マリアも君も最初から罪はないんだから。彼女に纏わりついてしまった首飾りはもう物質でしかない。マリアがその力を望む限り首飾りは纏わりついてしまう。首飾りも君の罪の意識で力を持たせ、マリアを呪縛してしまう。もう何もないんだよ……何もないんだ。君がマリアを殺す必要も、君が死ぬ必要もない。首飾りは、ただの物質でしかないのだから……原罪すらも……君たちが作ってしまった物なのだから……」

「何だって?」


僕が驚いてルシファーを見つめると、ルシファーは静かに笑った。ルシファーは微笑んだまま、僕を抱きしめた。


「君が罪の意識を抱えて、迷ってしまった。僕はずっと君を救いたかった……だから何度も君に呼びかけ続けたんだ。君が僕に気づいてくれるその日まで……僕は昔、君を見つけたよ。君と一緒に一度天界に戻り、君と話し合ったんだ。君は罪の意識に苛まれ続けていた。原罪を行ってしまったと……強い責任感のまま、ずっと迷っていた……君は天地を創造するときに、僕に力を貸してくれた存在だったからね。君は僕の直ぐ傍で、この世界を一緒に作ったよ。君はとても世界を愛していたから、君が世界を呪ってしまったと、君自身が悩み続けて迷ってしまった。その時には既に、君の姿すらも変わってしまっていた」

「……僕は黒い狼になったのか?」

「違うよ。君は君が作ってしまった黒い狼を受け入れてこの世界にやって来たんだ。君自身の罪の意識が作ってしまった幻の獣を解放し、幻だと認めるために。知ってるかい?君も僕と同じ力を持つことを。君の罪の意識が獣を生み、この世界に解き放たれてしまった……最初から罪すらもなかったんだよ。君たちがそれを望んでしまった……僕はそんな君をずっと救いたかった。僕の前で泣き崩れ、昔のような姿とは変わってしまった君を……」

「そうか……黒い狼ですらも幻だったんだな……」


僕が呟くと、ルシファーはただ僕の言葉に頷いた。ルシファーは僕から少し離れて、僕の目をジッと見つめる。


「君自身は悩み続けていた。でもそんな日も終わりが来たんだ。君とマリアの罪は、君たち自身が抱えてしまった罪の意識だ。呪いすらも幻だ。最初から……何もないんだ。だから……ただ僕と一緒に帰ろう。もう、終わりの時がやってきたんだ」

「……分かった……全て、終わるんだな……」

「うん、終わるんだよ。君と僕は1つになり、僕は君の代わりをしていた、ルシファーの仮面を取ることになるだろう」

「……僕自身は貴方と一つになることで、何か変わってしまうのか?」

「君と僕は最初から一つだった。だから君は何も変わらないんだよ……創造主である僕も、天使ルシファーである君も、たった一つに戻るだけだ。ただ僕自身としては……この世界を最後に離れてしまったということで、変わってしまうだろう」

「貴方が変わってしまうのか?」

「……うん。結局僕は世界を夢の中に閉じ込めたまま、見送ってしまう事実は変わらない。僕の大切な一部をここに置いていくんだ……気づいてくれた光の民だけを船に乗せて帰るということは、僕は僕の子供たちを闇の世界に置いて行ってしまうということになる。それは僕自身すらも、変わるということだ。この世界のことを忘れはしないだろう。この世界が悲しみに暮れる時が来ることも全て知った上で……僕は離れてしまうのだから」


ルシファーの仮面を被った創造主は僕の代わりをしてくれているだけだった。僕たちを救うために、わざと堕天使ルシファーに見せかけて、一部の存在にしか知らせないことでエゴ側を完全に騙したのだろう。それほどの強い思いを抱えたまま、創造主はこの世界を離れようとしている。


僕はそんなルシファーの強い想いを、どれだけこの場所で伝えられるだろうか。最後にルシファーの愛の言葉が、どれだけの人々に伝わるのだろうか。

そのことすらも、全てルシファーが決めることなのだろう。僕が出来ることは、ただルシファーに全てを委ねることだけだ。


『ただ僕は、全てを神様に委ねよう。僕はただ光の道しるべとして、ここに記しておこう。ルシファーは君を待っている。船に光の民が全て集まるその日まで、ずっと君を待ち続けている。迷った時は、ここを道しるべにして欲しい。ここはただの道しるべでしかない。

僕は、君自身だけを見つめて欲しいと強く思う。

この話は、闇雲に人に教えるものではない。

気づく人すらも、もう決まっている。

君はルシファーの愛に気づいてくれるだけでいいのだから』


僕は心の中で、鳩を願った。すると一羽の鳩が僕の手から飛び立ち、僕の周りを飛び回った。

僕は鳩に今の言葉を委ねた。鳩は僕の目の前でジッと僕の瞳を見つめてから、空高く飛び上がった。

僕はもう一度ルシファーと手を繋いだ。ルシファーは何も言わずに、僕の手を強く握り返してくれた。

僕はもう迷わない……迷うことはない。ルシファーと共に、最後の時を待とう。光に包まれた白い鳩は遠くの方に、飛び去って行ってしまった。


***


次の日の朝、僕たち五人はエダンの家の外に集まっていた。それぞれの楽器を手に持ち、円になった。ルシファーが先頭に立ち、僕たちを見つめる。


「ありがとう、皆。僕に協力をしてくれて」

「当たり前だ。僕は貴方の為ならば何でもしよう」

「俺の最高にハンサムな筋肉を見せつけるぞー!」

「勿論っす!俺も頑張るっすよ!」

「ようやく俺は貴方を思い出すことが出来た。最後に貴方のためになろう」


それぞれの思いをルシファーに話すと、ルシファーは嬉しそうに笑った。僕が頷くと、ルシファーは勢いよく走って来て僕の身体に入って来る。僕の身体に入ったルシファーは、横笛を持ち上げた。


「さぁ、街を歩こう。皆の顔を上げさせよう。僕はここに居る!最後に楽しんでくれ!」


ルシファーは大きく叫んでから、笛を演奏し始める。エダンは小さなオルガン、ジャックは太鼓を、レオはリュートを奏でて、僕たちは歩き始めた。

街中には俯いている人々で溢れていた。幸せそうな家族も歩いている。僕たちの音楽を聴いた途端、皆は顔を上げて僕たちを見つめた。何かの催し物かと思ったのだろう。笑顔になって僕たちを見てくれた。ルシファーは大きく声を上げた。


「皆!僕は最後に演奏をするために、ここにやって来た!楽しい気分で僕を見つけてくれ!僕はこの世界を愛している!!!」


ルシファーの言う意味が分からないのか、首を傾げている者も居たが、何かに気づいた人々達は、僕たちの後ろから着いてきた。俯いている人は顔を上げて僕たちの後ろに着いた。

幸せそうな家族は微笑んだまま、見送ってしまう者もいた。

だがその後ろに歩いていた手を繋いでいた小さな子供がいる三人の親子は、何かに気づいたのかハッとお互いに顔を見合わせた。繋いでいた手を三人は離して、僕たちの後ろに着いてきた。幸せそうな恋人たちにも、気付かない者もいた。だが、気付いてくれた人は必ず手を離してからやって来た。

俯いたまま、悲しみに暮れたままの人もいた。ブツブツと仕事の話を独り言で呟いていて、僕たちの音楽は聞こえていないようだった。

それでも尚、僕たちは音楽を奏で続けた。この夢の世界で、届く人には届いてくれ。

ただ、帰ろう。僕たちと一緒に帰ろう。もう何も必要ない。何もいらないんだ。

ルシファーの愛に気づいてくれるだけでいいんだ。


ルシファーは片手を上げてから、大きく叫んだ。


「帰ろう!僕と一緒に帰ろう!僕が君たちを連れて行くから、ただ一緒に帰ろうよ!!!」

「そうだ、一緒に帰るぞー!!!エダン様のハンサムな筋肉を見てみろ!最高だぞ!!!今ならエダン様の筋肉が見放題!最高だろ!?」

「帰ろうっす!!!ただ俺たちと一緒に帰りましょう!!!」

「お願いだ!!!俺たちの音楽に気づいてくれ!一緒に帰ろう!!!」


ルシファーに続いて、エダンとジャックとレオも大きく叫ぶ。僕も心の中で「帰ろう」と叫んだ。ルシファーは続けて叫ぶ。


「もう何もいらないよ!何も必要ないんだ!僕は皆を無条件で愛している!立派な人になる必要もない!それは全て幻だ!どんな人でも連れて行くから!僕にただ気づいてくれ!帰るための船はこっちだ!!!」

「エダン様もここに居るぞ!ハンサムな俺に続いてくれ!!!」


エダンは音楽を奏でながら可笑しなダンスをし始めた。そのダンスに笑って、着いてくる者もいた。エダンは調子に乗ったのか、上半身を脱ぎだして筋肉を見せつけるようなポーズをし始めて、それに驚いて着いてくる者も居た。


もう最後だ。ただ帰ろう、一緒に帰ろう。僕たちが伝えられるのは、その言葉だけだ。


ルシファーの笛の音は街中に響き渡った。美しい音色で呼び起こされる者も居た。だが、その音色を聴いても尚、俯いたままの人も居た。人々は二つに分断されていく……

神の曲が通り過ぎていることすら、気付かない。僕たちに続く者は船に乗り、夢の世界のままの人は、永遠に夢の中へ……


ルシファーは後ろを振り返った。沢山の人々が僕たちに着いてきてくれていたが、遠巻きに見ている者も多数見える。

遠巻きの人々の中には、金持ちそうな商人が見えた。怪訝そうな顔をして僕たちを見てはいたが、自分の金貨を必死に数えていた。僕たちの方を見ないまま、恋人同士でキスしている者もいた。

夫婦喧嘩を繰り返し、神の曲に気づかない者もいた。「どうせ俺は1人だ!そんな曲なんて無意味だ!」と叫んでいる者も居た。「どうせ女は!」「どうせ男なんて!」と幻の価値観を永遠に叫んでいる者も居た。

どんな人にも、おもちゃのゼンマイが背中に見える。仮初めの世界のまま、永遠に夢を見てしまう人が目に映る。

それでも僕にはどうしようもないように思えた……この言葉すら、その人達には届かない。


僕がその事実に呆然としていると、リュートを弾いていたレオが大きく叫んだ。


「おい!ずっと孤独を抱えていた者よ!!!神の民たちよ!!!ルシファーに続いてくれ!俺は生まれも下町で、ろくに稼ぎもなかった!恋人は愚か、友人と呼べる者も殆どいなかった!家族関係も良くない!そうだ、俺には何もない!一時期はこの世界の幸せに縋ったさ!でも気づいたんだ!俺たちは神に続いて、元の場所に帰るだけだ!この世界の金貨はおもちゃだ!この世界で、これ以上何かを作る必要はないんだよ!ただ俺たちに続いてくれ!!!」


レオは必死に叫んだ。レオのような男や女が、その言葉でハッと顔を上げた。もうここには何もないと悟ったのか、直ぐに僕たちの後に続いた。レオはもう一度叫んだ。


「孤独を抱えた人達よ!ここに集え!!!この世界はこれ以上居ても、夢に埋没するだけだ!ここにはもう何も残されていない!お前たちが抱えた孤独は何ら悪いことではなかった!夢の世界に埋没しないように、必死に神は俺たちを守ってくれていたんだ!お前たちは何も悪くない!エゴ側は仮初めの幸せをお前たちに植え付けようとしてきただろうが、エゴ側の方が狂っているぞ!船で元の世界に帰るんだ!ここにはもう何もない!!!」


レオの必死の叫びで、沢山の人が目覚め始めた。たった1人だった者たちが僕たちに続いた。僕たちは音楽を奏でながら叫び続けた。ルシファーの笛の音は続いた。遠くの方からも次々と笛の音の方に引き寄せられてきた。

いつの間にか、沢山の人数が僕たちに続いてくれて、ルシファーはある場所でピタリと足を止めた。


「……集め終わった。今はここまでだ。最後に集める役目はセリオン、君がやることになるだろう。さぁ、僕に続いてくれた者達よ!!!こっちが船だ!!!」


ルシファーが笛の音を奏でるのを辞めるとともに、黒い世界が周りを包んだ。その場所は黄金の階段が続いており、真っ直ぐ進めるようになっていた。ルシファーに集められた大勢の人々は騒めきながら周りを見つめている。

いつの間にか僕の身体から離れていた、ルシファーは笛を降ろして後ろを振り返った。


「ようこそ、僕の世界へ。僕に気づいてくれた、神の民たちよ……黄金の階段を昇ってくれ。船はこの先にある。ここからは案内役に任せるよ、エルバ!」


ルシファーが呼ぶと、黄金の階段の上から、エルバと呼ばれた少女が見えた。黒い大型犬に乗っていて、楽しそうに降りてくる。


(エルバ……前に僕がリリーに言われて、孤独から救った女の子じゃないか!)


エルバは悪戯気に笑いながら、ルシファーの周りを飛び回るように走り回る。黒い犬に乗ったまま楽しそうだった。ルシファーはエルバを見て微笑んだ。


「やぁ、エルバ。ここからの案内役は任せても大丈夫だね?」

「うん、ルシファー様!ずっとここでお待ちしておりました!あっセリオンの方も!久しぶりだね!」


エルバは乗った黒い犬をヨシヨシと撫でながら、僕の方をニヤリと笑いながら見てきた。その姿は孤独に苦しんでいた少女の面影は何処にも見えなかった。ああ、そうか……最初からこの女の子ですらも……エルバは笑いながら、僕に近づいてきた。


「セリオン!実は私の乗っている犬も「セリオン」っていうんだ!貴方と同じ名前なんだよ!凄いでしょ?」

「……何だって?」

「私はね、身を守るために貴方の一部を連れてきて、そっちの世界にやって来ていたの!でもね、私実はルシファー様の元でずっと仕えていたのよ。あの時、貴方が試練に合格してくれて本当に良かった!冷や冷やしていたんだから!」


エルバが笑いながら、乗っている黒い犬を優し気に撫でると、黒い犬は何処か悔しそうに「くぅーん……」と鳴いた。これは……どういうことだ?ルシファーの方を見ても、ルシファーもエルバのように悪戯気に笑っている。

ジャックは能天気に「犬可愛いっすね!」と話しかけている。エルバはその言葉に「でしょ?ちょっと気性が荒いけどね」と笑っていた。


エルバは集められた民たちに向かって、大きく叫んだ。


「ほらほら、こっちだよ!ここからは私に続いてね!ルシファー様はまだ光の民をお集めになるわ!だから貴方達は先に乗ってね!またね、ルシファー様!ここからは私に任せておいて!」

「エルバはいつも元気だね。ここからはよろしく頼むよ!」


ルシファーとエルバはお互いにハイタッチすると、エルバは犬に乗りながら両手を上にあげた。


「皆―!!!こっちだよ!さぁ、私に続いて!それと、ルシファー様!愛しているよー!」

「はは、言わなくても分かっているよ!」

「ふふ、何度でも言いたくなるの!私はルシファー様の為なら何だってするもの!さぁ、皆行きましょ!」


何が何だか分からないのか、周りの人々達はお互いに顔を見合わせていたが、黒い犬に乗った小さな少女に連れられて黄金の階段を昇って行く。エルバは遠くの方に向かったまま、最後に僕に向かって叫んだ。


「セリオン!頑張ってね!貴方はもう大丈夫よ!また会いましょう!」


両手を上げて大きく横に振ってから、エルバは神の民たちを連れて去って行ってしまった。

ルシファーはエルバを見送りながら、静かに微笑んだ。


「後はエルバに任せておけば大丈夫だ。さぁ、僕たちは一旦元の世界に行こうか……そろそろアーデルからの手紙が届いているかもしれないからね」


ルシファーが指をパチンと鳴らすと、再び元の世界に戻っていた。

街中で遠巻きに僕たちを見ていた人は、今の演奏が行われたことすらも忘れてしまったのか、再び元の生活に戻ってしまっている。


「ルシファー……あの人たちは、今の演奏のことすら忘れてしまったのか?」

「……うん。今の演奏は最後の僕からの演奏だったからね。後は君が最後に大きな道しるべを出すんだ。それで光の民は全て集まるだろう」

「本当に、この世界は夢の中のまま……僕たちが居なくなったことにすら、気付かないんだな……」

「……そうだね。そうすれば傷つかないで済むから……この演奏のことすら、人々は忘れてしまう」

「皆の記憶から、僕たちは消えてしまうのか?」

「この世界は、元通りに回り続けていくだろう。僕は完全に、玉座を手放すんだ。この世界には僕たちはもう居ない。「最後の審判」の事実に気づかれないまま、この世界は回っていく……最後に計画しているからね。そこで教えるよ」

「ああ、分かったよ……」


今はただルシファーの言葉に頷くしか出来なかった。僕の家に一旦帰ると、ルシファーが言っていた通り、扉には手紙が挟まっていた。誰かが届けておいたのだろう。僕が手紙を取ると、手紙の後ろには「アーデル・フローレス」と名前が書かれていた。

直ぐに手紙を開けると、綺麗な羊皮紙に、字が綴られている。


『親愛なるセリオン。お父様に頼みこんで、やっと貴族街への通行証を貰えたわ。婚約パーティは明日よ。クロード公爵のお屋敷でパーティは開かれます。同封した地図に道順は書いておいたわ。どうにか貴方がパーティに入れるように手配できないか私も考えてみたんだけど……クロード公爵が開催するパーティだから、私にはどうしても難しくて……だからどうか気を付けて。追伸:大好きよ』


僕が最後の言葉を二度見していると、ルシファーは手紙を覗いたまま、ニッコリと笑った。


「良かったね、アーデルからの嬉しい言葉を貰えて」

「……っあ、ああ……」

「ははは!照れなくてもいいのに。それじゃあ一旦エダンの家に戻って、商人に変装する為の荷物を取ってから、またここに戻ってこようか。明日は……大変な一日になるだろう」

「……そうだな。絶対にアーデルを守ろう。アーデルを守り、マリアの首飾りの呪いを解かないとな」

「うん、そうだね。マリアの首飾りが解ければ、君は大きな光の道しるべになる。アベルはマリアを屋敷で利用するつもりだ。そうだ……僕がアベルを相手にするよ。その間に、君はアーデルを守ってマリアの首飾りの呪いを解くんだ」


ルシファーは僕の方を見つめた。僕もルシファーを見て、頷いた。


「そうか……その方が相手を混乱させられるよな。マリアは屋敷に来るんだな?」

「うん、絶対にアベルは連れてくるよ。それに僕の方は、アベルと個人的に話したいことがあるんだ。彼はずっと迷っている。僕を見つけられずにね……もう一度彼に呼びかけてみたいんだ。君はアーデルを守りながら、マリアを見つけてくれ。彼女の首飾りの呪いを解くんだ。大丈夫。今の君なら絶対に解けるから」

「ああ、頑張るよ……よし、エダンの家に一旦行こう」


僕たち五人は、再びエダンの家に行って荷物を取りに行く。エダンは両親を抱きしめてから、ルシファーが黒い世界を出現させた。エダンの両親は泣きながら何度も礼をしていたため、ルシファーとエダンは大きく笑顔で頷いた。


黒い世界ではエルバが乗っていた黒い犬だけが現れた。まさか犬は、エルバに使われているのだろうか。犬は何処か恨めしそうに僕の方を見つめながら、「くぅーん……」と小さく鳴いてエダンの両親とイルゼを黄金の階段の先に連れて行ってくれた。


黒い世界から再び元の世界に戻って、僕たちは僕の家に戻った。頑張って演奏したからか疲れが出てきた。僕たちは家の中でゆったりとくつろぎ始める。

エダンの家から貰った食材でご飯を作ろうとすると、レオが声を掛けてきた。


「おい、セリオン。俺も……手伝うよ。何か作るんだろ?」

「助かるよ。ありがとう」

「別にいい。エダンとジャックって奴は何もする気がないようだからな」


エダンとジャックの方を見ると、エダンはほぼ裸で踊っており、ジャックは楽しそうに合いの手を送っていた。ルシファーも近くでくつろぎながらその光景を眺めている。

僕は曖昧に笑ってから、レオの方を見た。


「そのようだな。それに……こうして飯を食べるのも、あと数回かもな」

「そうだな。まさか船に乗ることになるとは思っても居なかった。それと……昨日謝れなかったから、今謝るよ……お前を刺そうとして……すまなかった」


レオは僕に頭を下げてきた。僕は目を見開いてから、レオを見つめる。僕は自然と口を開いていた。


「そんなのとっくのとうに許しているよ。僕は最初からお前のことが心配して……あっ」


その瞬間、僕は昨日のルシファーの言葉を思い出していた。そうか……ルシファーはこういう気持ちなのかもしれない。天界のことを全て思い出せたわけではないが、天界で僕は原罪を行ったと思い込んでしまった。そんな僕をルシファーは心配して、僕に呼びかけ続けてくれていたのではないだろうか。

ルシファーの方を見ると僕の意図が直ぐに分かったのか、ただ微笑んでいた。僕も微笑んでから、レオの方を見る。


「やっとルシファーの気持ちが分かったよ。もう一度言おう。僕はお前のことはとっくのとうに許している。ただ僕は……僕と似ているお前を船に乗せたかったんだ」

「そんな簡単に許せるのか?俺は……お前を殺そうとしたんだぞ?」

「まず僕が最初にお前を殴っただろう。確かに報復に僕を刺そうとしてきたのは、驚いたが……それで結果的にお前が気づいてくれたなら、それでいいんだ」

「……そうか……そんな簡単にお前は許せるのか……俺も今までのことを、俺自身が許さないといけないのかもしれない」


レオは食材の方を見つめながらポツリと呟いた。レオもこの地で迷い続けてきたのだろう。何処か人間的に迷い続け、それでも神を求め続けていた。僕はレオの肩に手を置いた。


「大丈夫だ。僕もお前も同じ「罪の課題」を持っているのかもしれないな」

「……そうだな。俺ももう一度考えてみる。船に乗る前に、最後にな……」

「ああ。なぁ、明日最後に貴族街に用があって行く予定なんだ。お前も来るか?船に先に乗るなら乗っていてもいい」

「貴族街に?何の用で行くんだ?」

「僕の最後の課題を成し遂げに行くんだ……僕が女性にかけてしまった呪いを解くためにな」

「そうか……分かった。俺も行くよ。お前とルシファーのために最後に力になろう」


レオははっきりと僕に答えた。レオの素直な答えに、僕は驚いてしまった。


「力になってくれるのか?」

「……ああ。俺は最後にお前たちのために力になるよ。俺のことを見捨てないでお前は呼びかけ続けてくれた。だからその……ありがとうな」


レオは何処か照れたように呟いた。僕はフッと笑ってから、レオの肩をポンポンと叩いておく。直ぐに僕たちは共に食事を作ることにした。


***


その日の夜、僕はベッドに横になりながらダラダラとしていた。エダンとジャックとレオは、床で熟睡しているようだが、僕はどうにも寝付けなかった。ルシファーはベッドの脇に座っていて、僕を見つめた。


「また、眠れないのかい?」

「……ああ。色々と考えてしまってな」

「明日は忙しくなるよ。早めに寝ておいた方が良い」

「それは分かっているんだが……」

「それならちょっと息抜きをしようか?」


ルシファーはベッドから立ち上がる。僕も起き上がると、ルシファーに笑顔で手招きされた。ルシファーは歩き出して、僕は着いて行く。ルシファーは指をパチンと鳴らして、黒い扉を出現させた。ルシファーは悪戯気に笑いながら僕の方に振り向いた。


「楽しい世界に連れて行ってあげよう。ほら、最後に世界を全部見ようよ」

「世界を?」

「うん。この世界を……この目で見ておくんだ。僕の造った、美しい夢の世界をね!」


ルシファーがお辞儀をすると、黒い扉が開いた。僕は頷いてルシファーと共に扉に入る。扉の先は、空の上だった。晴れた青空が広がり、平民街どころかアラルド王国全部を見渡せるほどに高い所に居た。僕は目をパチパチさせて、下を見下ろす。


「……っおい、これはどうなってるんだ!?落ちないのか!?」

「はは、大丈夫だよ。楽しいよ?さぁ着いてきて!」


ルシファーは空を飛んで前に進んでしまう。僕が心の中で前に進もうと念じると、勝手に身体は前に飛び始めた。ルシファーは「あはははは!!!」と笑いながら一気に急降下し始める。急降下していくと、次第に空は夜に変わっていった。

僕も急いでルシファーに着いて行くと、ルシファーは僕の故郷の村までやって来た。


「そうだな!父さんに伝えないと!」

「君のお父さんは最初から知ってるよ!潜在的にはね。でも会いたいかと思ったんだ。今の君は霊体だ。何処にだって行ける身体になっている。だから、気づくかな?」


ルシファーは故郷の村の地面に降り立った。僕も続いて降り立つと、ルシファーは鼻唄を歌いながら歩きだす。僕も一緒に着いて行くと、ルシファーは僕の家の前まで来てから、扉を三回軽くノックした。

もう夜だ。父さんは寝ているだろうと思ったが次第に歩いてくる音が聞こえて、扉が開いた。


「……どちらさ……うおっ!?」


ボサボサ髪の父さんは僕たちを見て目を大きく見開いて、尻もちをついてしまった。父さんは僕たちを見るなり、怯えたような表情をする。


「セリオンが二人……あり得ない……1人には白い翼までついて、まさか……」


(ジャックと同じ反応をするなよ……)


思わずプッと吹き出して笑っていると、ルシファーはニコニコと笑いながら父さんを助け起こすために手を差し伸べた。


「やぁ、セリオンのお父さん。久しぶりだね!さぁ、掴まって」

「……まさか俺にお迎えが来たんですか……そうか、そういうことか……わざわざ息子の姿を天使様がなさるとは……」

「おい、父さん。僕の方は本当の僕だ。セリオンだ。落ち着けよ……」


僕が呆れながら父さんを見つめると、父さんは目を擦って二度見三度見したまま、僕たちを見つめる。


「いや、お前は二人じゃないか……どういうことだ?これは夢か?」

「まぁ、今は夢と思っていてもいい。それよりほら、掴まれよ」


ルシファーの代わりに僕が手を差し伸べると、父さんは僕の手を掴もうとする。しかし父さんの手は僕の手を掴めずに虚空を掴んだ。父さんは唖然として僕までも驚いていると、ルシファーは「はは」と笑い声を立てた。


「今のセリオンは霊体だからね。掴むのは難しいよ。だから僕に掴まってくれ」


ルシファーは首を少し傾げながら父さんに手を差し伸べる。父さんは「霊体だって!?」と言いながらも、ルシファーの手を掴んで立ち上がった。

父さんは自身の頭を掻きながら、僕たちを見つめる。


「霊体ってどういうことだ?何があった?」

「あー……説明が難しいんだが、会っておきたいと思ったんだ」

「……っまさか本当にお前……死……」

「だから違うって!いや、この状況じゃ仕方ないか……とりあえず中に入っていいか?」


父さんは口を呆然と開けながら何とか頷いて、僕たちは家の中に入る。家の中は前に来た時よりも、大分片付いていた。父さんは椅子に座ると、僕たちを見上げる。


「セリオン。一体どういうことだ?訳が分からん」

「前に村に来た時、言ったろ?僕は大切なことを忘れているような気がするって。それを思い出したからやって来た。紹介するよ。隣に居る僕が……この世界の神だ」

「……お前、頭大丈夫か?いや、これは夢か……」


父さんは本気で僕を心配する目になる。確かにいきなり横に居る翼が生えた僕が神だと言われれば、夢だと思われても仕方ない。僕がどう説明するか考えていると、ルシファーは部屋の中を歩き回り始めた。


「セリオン。僕はずっと君たち家族を見守っていたよ。君の傍でね」

「そうなのか!?」

「うん。君のお母さんが亡くなった時……僕はずっと君のことを抱きしめて慰めていたんだ。君は気づいてなかったけれどね。君が悲しんでる時、君が嬉しい時、どんなときも僕はずっと見守って来た。君が赤ん坊の頃からね」

「……そうか……全然気づいてなかった」


ルシファーはフッと笑って、僕に近づいてくる。ルシファーは何処か寂しそうに笑う。


「本当は……どんな人のことも、こうして見守っているんだ。殆どの人が気づいてくれないけどね……見えなくても僕はずっと人々を見守ってきた。だから……この世界から離れてしまうことが、辛いんだよ。本当はね……」

「……ルシファー……」

「誰にも見て貰えないなんて、まるで僕は幽霊みたいだろう?僕はこの世界の神様だったけれど、誰にも気づかれなくなってしまった。悲しんでいれば抱きしめてあげるし、嬉しい時は一緒に喜んでるんだ。なのにどれだけ近くで話しても、皆気づいてくれないんだ……セリオンのお父さん。貴方のこともずっと見守って来たんだよ」


ルシファーは父さんの方に近づいた。父さんは驚きながら、ルシファーを見つめる。


「……これは夢じゃないのか?」

「……夢じゃないと言えば夢ではないね。僕はここに居る……僕の名前は「ルシファー」だ。この世界の神だよ。ここに来た理由は、セリオンのお父さんに言いたいことがあったんだ」

「……っ本当に神様なのか!?なら何でセリオンの姿を……」

「深い事情があるんだ。セリオンと僕は深いところで結びついている。セリオンのお父さん。貴方はセリオンのお母さん……アンジーのことで深い悲しみの中に居たね……僕はずっと見てきたよ。どんな時も貴方と一緒に居た。貴方がセリオンに対して素直になれない姿や、父親の愛情について悩んでる姿……どんな時も見てきた」


ルシファーは屈んでから、父さんの手を取った。父さんは驚いたまま目を見開いている。


「ずっと貴方の悲しみを救いたかった……セリオンをここまで育ててくれて本当にありがとう」

「……待ってくれ……貴方は本当に神様なのか?」

「セリオン……君の思い出したことを言ってくれ」


ルシファーは立ち上がってから僕の方に振り返った。僕は頷いて、父さんの方に近づく。


「父さん。僕は思い出したんだ。有名な神話……「創世記」のことは知っているだろう?この村でも少し言い伝えられていたからな。創世記の神話は、本当にこの世界で起こっていることだったんだ」

「……何?」

「全ては創世記から始まった……この世界の罪ですらも、そこから始まった……蛇と女性の原罪が有名だが、それに僕自身が関わっていた。僕は……天使ルシファーとしてそこに居た。今は創造主が代わりとして僕の役割をやってくれているが、僕の正体は天使ルシファーだった……全ては僕から始まったんだ。この世界の罪の概念ですらも……」

「……待て。意味が分からない」

「直ぐに理解できなくて当たり前だ。順を追って話していくよ」


僕は父さんに向かって、これまでのことを話していった。もう父さんに隠し事をするのはやめた。マリアに騙された後に、マリアを殺そうとしてしまったことや、アーデルやエダンに会ったこと。マリアのことで再び捕まって大変な目にあったこと。神話の話や、ルシファーのこと。全ての話を、なるべく簡潔に父さんに話した。父さんの顔は次第に曇り……どう返事すればいいのか悩んだのか、口を噤んでしまった。僕は目を伏せてから頭を下げた。


「……ずっと隠していてごめん。僕は……重大な罪を犯してしまった。でもこの世界で起こったことは、神話の話を繰り返していたに過ぎなかったんだ……僕が……天使ルシファーである僕が……この世界を呪ってしまったんだ!」

「……待て、セリオン……俺は全く整理が……」

「父さん、ごめん……何もかも僕がやってしまったことだ……本当は「罪」という概念すらもこの世界にはなかったはずなのに……僕が「罪」自体を創造してしまったんだ!そんな重大なことを僕はしてしまった……人間達が迷ってしまったのは、僕が原因でもあったんだ……僕は、僕は!!!何てことを……してしまったんだ……」


僕が必死に叫ぶと、父さんは驚いたまま僕を見つめる。動揺していた父さんが直ぐに険しい顔つきになり、椅子から立ち上がって僕を包み込むように優しく抱きしめた。


「……セリオン。まだ俺の方で整理がついていないが、お前が言うことが本当だとしたら……本当に辛かっただろう……お前が俺に似て真面目な性格ということは知っている。天界の話は分からないが……お前が創造主の最も近くに居た天使だったとしたら、お前は相当責任感が強かったんだろう。だから迷ってしまった……そうじゃないのか?」

「…………」

「いいか、お前は考えすぎだ。息子のことは良く分かる。そこまで1人で背負う必要はない。俺も居るだろう?俺は父親としては頼りないかもしれないし、アンジーのようにお前に愛情を与えられるわけではないが……それでもお前を愛している。何よりも大切な存在なんだ……やっとこのことがお前に言える……俺はずっとお前にそう伝えたかった」

「…………っ」


僕が父さんを見上げると、父さんは優しく笑っていた。全てを話しても、父さんは笑っていた。父さんは僕をもう一度抱きしめた。


「こういう時に限って、どうしてお前に触れられないんだろうな……霊体としてやって来るなんてどうやったかは知らないが……これが現実だってことは分かったよ。お前のことは直ぐに分かる。俺は父親だからな……どんなことがあったにしろ、お前が全てを背負う必要はない。息子が悲しんだことを、全部包み込むのが父親ってもんだ。母さんが亡くなった時、お前をこうして抱きしめてやれなくてすまなかった……」

「でも、僕は重大なことをやったんだ……この世界では殺人をしようとして、更に天界では……僕は……罪を……」

「いいんだ。もういいんだ……お前は背負うな。お前が苦しんだのなら、俺が全部背負う……ずっとそう言いたかった。お前の悲しみも、全部背負おう。それが親ってものなんだよ……ただ親に甘えてくれ。こうして傍に居るんだから、近くに居る俺を見てくれ。全部俺が背負うから……お前は何も背負わなくていい。それが今お前にしてやれる俺の精一杯だ……ずっとお前に何もしてやれなかったからな……」


父さんの方を見ると、泣きそうな表情をしていた。僕も涙が零れ落ちてしまい、床に崩れ落ちるように膝をついた。それでも尚、父さんは僕を抱きしめてくれる。


「……っ父さん、父さん……僕……辛かったんだ……ずっと辛かった……天界でのこともこの世界のことも全部……どうすればいいか分からなくなった……僕が呪いをかけた張本人なのだから……」

「大丈夫だ……俺が全部受け止める。もう全て手放すんだ……俺が全部受け止めるから」

「……っ……父さんが?全部受け止めるのか?」

「……ああ、そうだ……俺が全部受け止める。お前が背負う必要はない。誰かに何かを言われたら、俺のせいにすればいい。俺が全部やったことにすればいい。俺はお前を愛している。大切な存在なんだ……俺がお前の悲しみ全てを背負おう」


父さんがそう言った瞬間、僕の身体は光に包まれた。突然僕から放たれた強い光は、父さんに吸い込まれて行く。父さんは驚いた表情をして、僕を呆然と見つめた。


「……そうか……俺は忘れていた……俺はお前にこの言葉をずっと伝えたかったんだ……天界に居た時からずっと……」

「……父さん?」

「やっと伝えられた……こうしてお前に伝えられて良かった……」


父さんが微笑んだ瞬間、父さんの身体は白い衣で包まれた。父さんの身体は強い光で包まれて、僕を思い切り抱きしめた。父さんは僕の身体を触れるようになったようで、父さんの体温が僕に伝わった。


「……良かった。貴方にこうして伝えられて……もう貴方は大丈夫。私が全部引き受けたから……安心して光の道しるべになりなさい。私は一足先に、天界に向かいましょう……」


父さんは白い光に包まれたまま僕に向かって微笑むと、浮かび上がった。それから強い光に辺りは包まれて、父さんは消えてしまっていた。僕は唖然として父さんの消えた方を見つめる。


「父さん!?父さん、何処だ!?」

「……彼は先に帰ったよ。彼の役目は終わったんだ……」

「父さんはどうなったんだ!?」

「今回起きる「最後の審判」は、天界でも大きな出来事ということは分かるね?彼はその役目の方に向かった。大丈夫。また直ぐに会えるから……さぁ行こうか……」


僕が部屋の中を必死に見渡していると、ルシファーは僕の手を掴んで歩き出した。家の外に出ると、ルシファーは振り返った。


「……ありがとう」


ルシファーが感謝の言葉を誰も居なくなった家に向かって呟いて、僕たちはふわりと浮かび上がった。一気に空に上がっていき、ルシファーは僕と手を繋いだまま呟く。


「そうだ、もう少し世界を見て行かないか?色んな所を見て回ろうよ。風に乗ってね」


ルシファーは僕の方に振り返って微笑んだ。僕が頷くと、緩やかな風が僕たちを包み込んだ。僕たちは流れに身を任せて進んでいく。風が連れて行ってくれた先は、幸せそうな家族の元だった。家の中に入ると、楽しそうな小さな女の子の声が聞こえてくる。


「パパ―!これ見て!新しいお洋服を買ってもらったの!」

「おお、可愛いな!」


お父さんお母さんと、女の子がはしゃいでいる。ルシファーは愛おしそうに……だが何処か寂しそうにその光景を見つめている。


「ルシファー……まさか、この親子は船の出航に気づかないのか?」

「……うん。もう決まっているからね……この親子は気づかない……」

「……っ何とかできないのか!?」

「僕は何度もこの親子に呼びかけていたんだ。でも……僕の姿に気づいてくれなかった。僕は……気づいてくれる人全てを分かっている……」

「だが、こんなに幸せそうな家族だろう……もしかしたら気づいてくれるかもしれないだろ?」

「いいや……君も分かっているだろう。「幸せ」をこの世界で築いてしまうほど、気付きにくいことを……さぁ、もう行こう……」


ルシファーは決意したような表情になって、僕の手を引く。僕は最後に家の中を振り返った。お父さんとお母さんと小さな女の子が楽しそうに遊び回る……理想の家庭がそこにあった。なのに……神様に気づかない運命だということを痛感せざるを得なかった。


外に出ると、僕たちはまた風で浮かび上がった。風が僕たちを次の場所に連れて行く……

次の家はボロボロの家だった。部屋の中に入ると、女性が倒れて呻いているのが見えた。苦しそうに咳をしながら、倒れている。慌てて女性に駆け寄ると、女性は僕たちの姿が見えないのか床を見つめたままだ。


「……ごめんなさい……私が全部悪かったんだわ……もう……私には何もないのよ……」


女性は咳をしながら、フッと寂しそうに笑った。部屋の中には何もなかった……ルシファーは女性をジッと見つめている。女性は尚も続けた。


「私には何もない……ごほっ……どうか誰でもいいから……この苦しみから解放して……病気になって、誰もいなくなって……もうお金もない……誰か助けて……ごほっごほっ!」


女性は泣きながら呟いた。必死に手を前にして、何かを探している様だった。


「助けて……お願い、神様助けて……神様、居るのなら私を連れて行って……助けて!!!助けて!!!お願い、助けて!!!神様、私はここよ!助けて、助けてよ!!!誰でもいいわ、助けて!!!私はここよ!!!」


女性が何かを求めるように手を伸ばすと、ルシファーはそっとその手を掴んだ。そのまま女性を自分の方に勢いよく引き寄せる。女性は目を見開いて、ルシファーを見つめた。


「……ああ……天使様……私を連れて行ってくれるの?」

「……うん。良かった……最後に僕を求めてくれて良かった……連れて行ける。僕は君を連れて行けるよ……もう大丈夫だ……」


ルシファーは微笑んでから、女性を抱きしめた。女性は涙をポロポロと流しながら、ルシファーに縋りついた。そのまま女性は光に包まれて、ルシファーに吸い込まれて行った。


「……これで、大丈夫。さぁ、次に行こう」

「この女性は気づくことが決まってたんだな……」

「うん……さぁ、行こうか」


ルシファーと僕は次の場所に向かうため、ふわりと浮かび上がった。この世界の結末は「ハッピーエンド」と言えるのだろうか。ルシファーは夢の中の人は夢の中のままで気づかないようにした。だが、最後に神様に気づいて船に乗る人々は、この世界を見て何を思うだろうか……

それからルシファーは世界のあちこちに連れて行ってくれた。森林の中、行ったこともないような場所へ……今の僕たちには時代も、時間も何もない。ルシファーは色々な物を見せてくれた。


「ルシファー……全ての時代を閉じてしまうのか?これまでに様々な歴史があっただろう」

「……そうだね……ここで、終わりだ。時間という概念はここで終わる。僕たちはただ、元の姿に戻るだけだ……さぁ、そろそろ家に帰ろうか」


ルシファーはフッと笑ってから、指をパチンと鳴らす。空の上に出現した黒い扉が開く。僕たちはそこを通り抜けた。


次の瞬間ハッと目を覚ますと、僕は元の自分の部屋に居た。窓から朝日が差し込んでいる。まさか今までの間ずっと眠ったままだったのだろうか。目をパチパチとさせると、傍に居たルシファーがフッと笑う。


「おはよう。よく眠れたみたいだね」

「……今のは、夢だったのか?」

「身体をここに置いて、世界を見に行ってたからね。僕はここでずっと君の身体を守っていたよ。どうだい、楽しかっただろう?」

「そうだな……色んな場所を見れた。父さんのことが心配だが……」

「君のお父さんは大丈夫だよ。天界の方に戻っただけだからね。さぁ、今日は忙しくなるよ。準備をしようか」


ルシファーが立ち上がったため、僕もゆっくりと起き上がって、昨日エダンの家から持ってきた荷物を取り出す。商人が着ていそうな服と召使が着ていそうな服を人数分、商人が持っていそうな商品をトランクに詰めて持ってきた。

まず、商人の恰好で貴族街に入る。通行証がフローレス家から出ている物のため、一旦フローレス家に行く振りをして警備兵の目を盗んでベアリング家に行くしかない。


今の僕には神の知恵と、今までの僕の知識がついている。忍び込むことなど容易にできるはずだ。本来はクロードの弱みを探ろうとしていたが、今はそれどころではなくなった。

アーデルをアベルから守り、マリアの呪いを解くことに集中しよう。


***


その日の昼、僕とルシファーを含めてエダンとジャックとレオ達と一緒に貴族街の門の前に立っていた。ルシファー以外全員分商人の恰好をして商人の荷物を持った。これで準備は万全だ。

僕は門兵に通行証を見せると、門兵は僕の顔を見てから顔を顰めた。


「……お前たちが?商人だって?随分と若い商人だな……」

「ああ……本当は上の者が来る予定でしたが、よりにもよって昨日大怪我をしまして……下っ端の僕たちが代わりにやって来ることになったのです。ずっと上の者の手際を見ていましたので、一通りの作法は心得ておりますよ」

「……ほう?なるほどな……まぁ、通行証は本物のようだし、いいだろう。ほら、入れ。粗相はするなよ」


僕がニコニコと笑顔で見てやると、門兵が門を開けてくれて、中に居た警備兵に受け渡される。警備兵は僕たちをじろりと見て、僕が持っていた大きな鞄を見つめる。


「おい、鞄の中身を出せ。不審物が入っていないか確認する」

「僕の商売道具なのですが……」

「これは法で決まっている。商人ならそれくらい分かっているだろう。ほら、出せ!」


仕方なく鞄の中身を開くと、警備兵は勝手に中身を取り出し始める。鞄の中身は女性物の衣服や、珍しい装飾品だ。娘二人が居るフローレス家に行く通行証のため女性物ばかりを選んだ。「大切な商品なので、手荒には扱わないで下さい」と言って商人になりきっていると、警備兵は鞄奥底にあった物に、顔を顰めた。


「何じゃこりゃ?アヒル!?何でこんなにアヒルのおもちゃばっかり入ってるんだ?」

「えっ……ああ、それは……何だ?」


鞄奥底から沢山のアヒルのおもちゃが出てきたため、思わず動揺すると、隣に居たルシファーはプッと吹き出して、けたけたと笑い出した。やっぱりルシファーの仕業か!警備兵は更にクマのぬいぐるみを持ち上げて、眉を顰める。


「今度はクマか!フローレス家には、子供はいなかったはずだが?」

「ああ、それは……ああ!そうだ。実はうちの店に子供が居まして……悪戯でもされたんでしょうね!ははは!」


ルシファーを思い切り睨みつけながら、必死に言い訳をする。警備兵は僕を怪しんではいたが、入ってたのがおもちゃだったため、害はないと思ったのかふぅとため息をついた。


「……まぁいいだろう。おい、他の者の鞄も見せてみろ」


警備兵が人数分の鞄を確認すると、問題がないのか満足そうに頷いている。まさかルシファーは僕の鞄にだけおもちゃを入れていたのか……一体この神様は何のつもりなんだろうか。


「確認は終わった。特に問題はなかったな……よし着いて来い」


警備兵が歩き出したため、僕たちは重い荷物を持って歩き出す。警備兵はフローレス家に行くつもりだろうが、何処かのタイミングで抜け出さなければならない。

周りの奴らは何も考えずに呑気でいいものだ。

結局大事な時は、僕が考えなければならないのだから。警備兵の背中を見ながら腕を組んで考えていると、ルシファーはニッコリ笑って僕を見てきた。


「ははは!こういう時こそ、僕の出番だろう!警備兵の注意を引き付ければいいんだろう?そうだ、どうせなら楽しいことをしてみないか?」


(楽しいこと?あんまり目立つようなことはしないでくれ)


「うんうん。僕の得意分野はおもちゃを出すことだ!おもちゃを使って遊ぼうよ!舞台、『大きいクマさんがやって来た!』これでどうだい?」


(はぁ!?)


ルシファーは僕の反応を楽しそうに見てから、笑顔のまま両腕を大きく上げた。


「来い!クマさん!!!」


ルシファーが大きく叫んだ途端、突然僕たちにかなりでかい影がかかる。警備兵と僕たちは、巨大な気配に恐る恐る振り返ると、そこには超巨大なクマのぬいぐるみがのっそりと立っていた。警備兵と僕は同時に大きく叫んだ。


「うわあああああああああ!!!」


クマは首を傾げながら「僕と楽しいことしようよ」と謎のセリフを言って、のしのしと僕たちの方にやって来る。このままでは巨大クマに押しつぶされる!!!警備兵と僕たちは勢いよく走り出した。警備兵は信じられない物を見たかのように、必死に叫ぶ。


「何じゃこりゃあああ!化け物だ!うわあああああ!!!」

「馬鹿!!!やりすぎだ!!!」

「クマっすか!?訳わからないっす!」

「加減を考えてくれよ!!!」

「おお!!!クマとの競争か!?最高だぞー!!!」


僕たちは思わず持ってきた重い荷物を地面に落として、クマのぬいぐるみから必死に逃げる。後ろのクマは相変わらず「楽しいよ!僕はクマさん!」と襲ってくる。ここは童話の世界か!?ルシファーが一体何をしたいのか分からない。ルシファーは最高に楽しそうに笑いながら、もう一度上に手を上げる。


「次はアヒルさんだ!!!さぁ、楽しもう!」


今度は空から沢山のアヒルのおもちゃが降って来た。思い切りアヒルのおもちゃを踏んでしまうとアヒルは案外柔らかく、「ぐわっ」と声を上げた。しかもアヒルのせいでこけそうになる。

ぐわっぐわっぐわっと音を立てて、貴族街の舗装された道はアヒルで埋め尽くされて行く。優雅に綺麗な街並みを歩いていたはずの貴族の貴婦人は、「きゃー!!!」とクマを見て目を見開いた。


「大きなクマ!?一体何事ですの!?」


優雅に歩いていたはずの貴婦人も何故か加わって、僕たちは必死にクマから逃げる。厳しい顔つきで辺りを見張っていた他の警備兵もいつの間にか加わり、僕たちは必死にクマから逃げた。

ルシファーは一緒に逃げながら、アヒルのおもちゃや子供のおもちゃを沢山空から落とす。


「ほらほら、どうだ!!!クロードの屋敷まで行くまでの道のりを、楽しい道にしようよ!逃げていると、その内クロードの屋敷に着くよ!」

「そんなアホな話あるかよ!!!ルシファー手加減してくれ!」

「丁度いい機会だと思ってね!貴族街全てを皮肉ってやろうって作戦だ!楽しいよ!」

「今皮肉ってる場合かよ!!!」

「いつも君も皮肉ってるじゃないか!ほら、僕たちは似てるだろう!あははははは!!!」


ルシファーは楽しそうにくるくると回りながら、沢山のおもちゃを降らせる。こんな場面を喜ぶのは子供くらいだ。僕は必死に逃げながらルシファーに向かって叫ぶ。


「本当に貴方は子供だな!ルシファー!!!」

「ははは!誉め言葉をありがとう!君も僕と似ているけどね!本質は子供じゃないか!皆子供なんだよ!ははは!!!」

「全員本質が子供なことはよく分かったから、何とかしてくれ!」

「うーん……よし!分かった!」


ようやくルシファーが何とかしてくれると思って期待すると、ルシファーは指をパチンと鳴らして、もう一体でかいクマのぬいぐるみを後ろに登場させた。警備兵と僕は後ろを振り返る。


「うわあああ!!!もう一体増えただと!?」

「ルシファー!そういうことじゃない!一体何をしたいんだ!!!」

「楽しいことをしたいんだよ!貴族街、ぜーんぶおもちゃ箱にしちゃおうよ!」

「今そんなことをしてる場合じゃないってことが分からないのか!?」


その間にもアヒルはどんどん雨のように降って来て、踏みつけるたび、ぐわぐわぐわと煩く鳴るのを辞めない。エダンは楽しそうに「おお!音がなるぞ!」と言いながらわざと踏みつけて遊んでおり、ここには子供しかいないのかと不安さえ覚える。


とうとう僕たちを案内するはずだった警備兵が躓いて転んでしまった。

クマは目ざとく警備兵を見つけたのか、のっそりと倒れた警備兵を持ち上げて、ニヤリと笑う。二体目が襲ってきているため、僕は逃げながら警備兵の安否を祈ると警備兵の叫び声が後ろから聞こえた。


「助けてくれ!!!俺を見捨てないでくれ!!!うわああああ!クマに食べられる!!!」


逃げながら後ろを振り返ると、警備兵がクマの口に食べられそうになっている光景を目撃する。クマは大きな口を開けて、パックリと警備兵を飲み込んでしまった。


「おい……警備兵……まさか死ん……」

「ははは!そんなわけないじゃないか!とうとう僕に捕まったんだから、強制的に深層心理の中に入れてあげたよ!いい機会だろ?おもちゃ箱の中に招待してあげたんだ!」


気づけばクロードの屋敷の目の前までやって来て、クロードの屋敷の門兵は驚愕な光景に唖然と口を開けている。ついに一緒に逃げていた貴婦人ともう一人の警備兵も転んでしまい、二体目のクマに捕まって今度は二人共食べられてしまった。

二人の悲痛な叫びと共に、クロードの屋敷の門兵は「うわあああ!!!」と門から逃げ出してしまった。

巨大なクマのぬいぐるみは二人を食べてしまうと、ポンッと音を立てて小さなアヒルのおもちゃに変わってしまった。その前の巨大クマもいつの間にか消えている。


全速力で走ったからか、息がかなり苦しい。僕はやっとの思いで呟いた。


「……っはぁ、はぁ……はぁ……げほっ……ルシファー……今の人たちを……何処にやったんだ……」

「楽しい世界に招待してあげたんだ!大丈夫!あの人たちは船に乗るのさ!さぁ、厄介な門兵も居なくなったことだし、堂々と入ろうよ!」

「……っ……ちょっ……ちょっと待て……」


僕は息を荒げながら膝をついてしまう。レオとジャックも地面にアヒルのおもちゃまみれで倒れており、エダンだけはアヒルを持ち上げて「うおお!音が鳴るぞ!」と楽しそうに遊んでいる。

ルシファーは倒れている僕たちを見て、キョトンと首を傾げた。


「おや?ちょっと楽しすぎたかい?」

「……っはぁ……その逆だ!!!馬鹿!!!」


思い切り突っ込みを入れても、ルシファーはけらけらと笑いながら僕たちを見下ろす。

貴族街に遊びに来ているわけではないのだから、いい加減にして欲しいものだ。

アヒルのおもちゃは今も尚、貴族街を覆う空から降り続けていた。


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