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悲劇のパラノイア  作者: エデン
第4章
23/34

第23話 ルシファー

食事を終えて、エダンの両親に外にある近くの大きな倉庫に案内されると、僕たちは驚愕した。沢山の衣服やら、よく分からない置物が並んでいる。エダンの父親、ジェフリーは僕の方を見て微笑んだ。


「どうぞ好きなものを持っていって下さい。衣装もあった方がいいでしょう。どのみち私の持つ商品たちはガラクタになってしまう。最後に貴方様に使って頂けると、大変光栄なことです」

「……ありがとうございます」


僕はお礼を言ってから倉庫内を見学させてもらう。貴族街に行くために商人の恰好をする必要がある。商人の格好をするとしたら鞄と、それらしい荷物だ。いくつか選んでから、商人らしい衣装を見ていると、ルシファーは「あっ」と声を上げた。

ルシファーは走って倉庫の端にあった、楽器類が置いてある木箱の方に向かった。僕も一緒に向かうと、木箱には太鼓や、横笛、リュートなどの主流な楽器が置いてある。ルシファーは横笛を取ってから、嬉しそうに微笑んだ。


「笛だ。いいね、音楽を演奏してみるのもいいよね。明日街を歩いてみない?音楽を楽しく演奏してね」

「は?音楽を?残念だが、僕は音楽系統は何もできない……」

「はは、君ではなくて僕が君を通してやるんだよ。最後の楽しい演奏会だ!笛の音に導かれて僕の存在に気づいてくれる人が居るかもしれないだろ?音楽は人を変える。それほど楽しい物なんだから」

「構わないが……1人で笛を吹くのか?」

「いいや。仲間を連れようよ。せっかくなんだから。エダンやジャック、レオが居るだろ?仲間と一緒に最後の演奏会をやるんだ!俯いている人々の顔を上げさせよう。楽しい音楽の方を見れば、神が居る……最高だろう?」


僕は倉庫を見ているエダンとジャックとレオの方を見てから、腕を組んだ。


「……そうだな。俯いていて貴方のことが見えてない人が居るかもしれない。何かがあれば、神に気づくきっかけになるかもしれないよな」

「うん。どんなきっかけでもいい。気づいてくれればいいんだから。人々の心に響かせるんだ。僕の存在を訴えて、顔を上げたら僕が目の前に居る。何も見えなくなってしまった人々のために、最後の僕からの演奏だ」

「……そうか……そうだな。それなら明日朝決行するか。エダンはピアノをやってたから、音楽は大丈夫だろうが、ジャックやレオはどうする?そもそもレオは協力してくれないような気がする」

「大丈夫。今から練習しようよ。レオについては、“協力させる”しかないよね」

「……ルシファー……厳しくないとは言ってたが、厳しい所は厳しいよな」


僕がフッと笑ってルシファーを見ると、ルシファーは悪戯気に笑っている。僕は直ぐにエダン達に声を掛けた。


「おい、皆来てくれ!ルシファーから提案があるんだ。レオは意味わからないかもしれないが、とりあえず来い!」


エダンとジャックは走ってやって来て、レオはふてぶてしい表情をしながらやってきた。

ルシファーは僕の方に来てから「君に入るね」と言って、僕の方に走って来る。僕が目を瞑ると、ルシファーが僕の身体を乗っ取った。ルシファーは僕の身体を通して話し出す。


「やぁこんにちは。レオ君。さっきぶりだね」

「……っまさか……お前は!!!」


レオはルシファーの言葉に身体を硬直させる。レオは僕の雰囲気が変わったことを感じ取ったのだろう。微妙に怯えだしている。ルシファーはニッコリと笑みを見せた。


「うん。僕の名前はルシファーだ。今は君にも分かりやすいように、セリオンの身体を借りているよ。思い出してくれなかったから、自己紹介するね」

「お前は……何者なんだ!?最初は演技かと思ったが、セリオンって奴とは明らかに違う。さっきから神とか何とかって話が聞こえてきたが……まさか……」

「それは、君が思い出したら自然と分かることだよ」

「見えない存在が居ることは理解した。だが一体、何が起きてるんだ?船だとか何だとか訳が分からねえよ」

「それよりもまず君の話を聞かせて欲しい、後でね。今は明日の提案だよ。レオ、君にも協力して欲しいことがあるんだ」


僕の身体に入ったルシファーは木箱を持ち上げて、三人の前に置く。エダンは「おお、楽器か?」と呟いた。


「そうだ、楽器だよ!明日皆で演奏会をしようよ。何か出来ると思う楽器はあるかい?まずはエダンからだ!」

「俺か?俺はピアノが専門だ。少しなら他の楽器もやったことはある。ま、初見でもエダン様に出来ないことはないな!」

「なら、これはどうだい?」


ルシファーは楽器が置いてあった後ろにあった、少し大きめの木箱を取り出す。そのまま木箱をエダンの目の前に置いて、ゆっくりと開けると中からは両手で持てるくらいの、小さなオルガンが出てきた。


「これはポルターティフ・オルガン。教会にあるオルガンの手に持てるサイズのものだね。ちょっと珍しいものだ。ピアノを弾く感覚で演奏できると思うよ」

「おお、これなら昔に演奏家が弾いているのを見たことがあるな。ピアノ系統なら任せておいてくれ」

「うんうん。君は音楽の才能があるから、大丈夫だと思うよ。さて次だ。次はジャック!ジャックは太鼓がいいだろうね」


ルシファーは小さい太鼓を持ち上げて、ジャックに手渡す。ジャックは「おお!」と受け取った。


「演奏っすか!?俺、何にもやったことないっすよ!」

「これから練習すればいいだろ?大丈夫。僕が教えるんだから、直ぐに出来るようになるよ」

「そういうもんっすかねえ……」


ジャックはしみじみと呟きながら、太鼓を見つめている。ルシファーはレオの方をジッと見つめる。


「次はレオ!レオはリュートがいいだろう。出来るかい?」

「は!?何で俺がそんな馬鹿らしいことやらねえとならねえ……」


ルシファーは指をパチンとしようと構え出す。レオは「ひっ!」と声を出してから、何度も頷き始めた。


「やらせて頂きます……」

「よし。リュートの経験は少しあるね?」

「は?何で知ってるんだ?」

「んーリュートを少しやったことのありそうな顔をしてたからかな」

「いや、答えになってねえよ……」


レオは思わず突っ込みを入れていたが、ルシファーはフッと笑顔になる。レオは大きくため息をついた。


「……出来ると言っても少ししかできない。昔……少し教えて貰っただけだからな」

「そうか、少しでもいいんだよ。出来ないところは僕と一緒に練習しよう。よし、荷物を持って一旦ここから出ようか。エダン、練習できる場所はあるかい?」

「おお、それなら客室の中のどれかを使ってくれ。部屋は沢山あるからな」

「流石エダンの家だ!さぁ行こうか」


(おい、待てルシファー!僕の身体を返してくれ!喋れないのは不便だ!)


僕が身体を乗っ取っているルシファーに訴えかけると、ルシファーは「くく」と笑い声を立てる。


「ほう?セリオンは、レオにどうやって楽器を教えるつもりだい?」


(それは……ルシファーから聞いて僕が教えればいいだろ?)


「まぁまぁ。何かあったら僕に言ってくれれば皆に伝えてあげるからさ。少しの間貸してくれ。僕と君は同じ存在なんだし、少しくらいいいだろ?それともみんなと話せなくて寂しいのかい?」


(……いや、寂しいってわけじゃ……何かこの感じは窮屈なんだよ……)


「はは、実はその感情は、僕がいつも感じていたことなんだ。伝えたいのに、伝えられないもどかしさが体験できるいい機会じゃないか。確かに僕自身が直接話したいことは山ほどあったさ。でもそう上手くいかないのがこの世の中だ。下手すれば人間のエゴに気づかれてしまうからね。そうなってしまえば、僕の「最後の計画」が台無しだ。そんな窮屈な思いをしていた僕に、少しくらい肉体を借してくれてもいいだろ?」


(……分かったよ。でもなるべく早く返してくれよ)


ようやく妥協して見せると、ルシファーは笑顔で頷いた。エダンは「おお?」と首を傾げている。


「セリオンは何処に行ったんだ?」

「今は引っ込んでもらっているよ。少しの間、僕がこの身体を使うことにしたんだ」

「おお!そうか……」


エダンが納得したように頷いて、ジャックは「何が何だか分からない」とでも言いたげな表情で僕を見てくる。レオに至っては眉間に皺を寄せたままだ。



それから僕たちは倉庫からエダンの家に戻って、豪華な客間に入ってから楽器と荷物を置いた。ルシファーは手をパンと鳴らしてから「よし」と呟く。


「それじゃ、簡単なメロディーからやってみようか」

「ちょっと待って下さいっす、神様、何で演奏をやることになってるんっすか?」

「はは、そういえば言ってなかったね。まずは座ってくれ」


ルシファーはニッコリと笑ってから、床に座った。他の三人も床に座って僕たちは円形になる。


「まず最大の理由は、音楽をやって街中の俯いている人の顔を上げさせようって思ってるんだ。楽しい曲を演奏すると人々は自然とその曲の方を向いてくれるだろう?僕が歩いているのに見逃してしまっている人もいるかもしれない。そんな人たちのためにね」

「……なるほど……そういう理由っすか!きっと気づいてくれますよ!こんな庶民の俺が気づいたくらいっすから」

「はは、ジャックは最初から気づいてたんだよ。君はそういう立ち位置だ。それに今回の話ばかりは、庶民ほど気づきやすいんだ。幸せな人ほど神を求めないだろ?貴族とかが良い例かな?ま、庶民でも幸せな家庭を気づいてしまって夢の生活に満足してしまっていると、気付きにくいね。この世界で孤独を抱えている人……無意識の内に神様を求めている人……僕はそういう人ほど気づいてくれると信じている。ここが夢だってことにね」

「でも俺……いまだにこの世界が夢だって実感ないっすよ。死んだらどうなるか知らないっすけど、死んだら天国か地獄かに分かれて行くんだとばかりと思ってました」


ジャックが頷いていると、ルシファーは「ははは!」と声を出して笑い出した。


「はは、その定義も人間が作ってしまったことだからね。人間の意識的に地獄のような気分だったらそれしか見えなくなってしまうかもしれないけれど……結局決めるのは自分自身なんだ。実は人々は生まれることですら決めてきて、選択してきたんだよ。全員ね。生まれてしまってからは、記憶を無くしてしまうから、世界がまるでここしかないように感じるかもしれないけれど、可能性は無限大なんだ。僕は色んな可能性をこの世界に隠しておいたんだから」

「色んな可能性っすか?」

「うん。人間は無意識の内に可能性を狭めてしまっているんだ。“知識”によってね。ほら、子供の頃はどうやったらもっと遊びが楽しくなるかなって考えなかったかい?地面が海になると思えば、小さな家の中でも海になったものだし、想像性が人々を築いてきたんだ。ほら!怪物が襲ってくるぞ!って居もしない怪物を想像したりね。本来人間はもっと楽しい生き物として僕は作ったんだ」

「もしかして俺たち人間は神様にとって、楽しくなくなってしまったんっすかね?」


ジャックがしょんぼりと項垂れると、ルシファーは面白おかしそうに笑っている。


「いいや。十分楽しいよ。人々が知識によって狭めてしまうのも、それも1つの選択だと僕は思ってるからね。人々が楽しいからこそ、僕は楽しい人たちを連れて行きたいんじゃないか。本当は全員連れて行きたかったけれど……僕のことが見えないほどに遠くに行ってしまったから、どうしようもなくなってしまったんだ」

「……そうなんっすか……残念っす……」

「実は、昔本でこのことを予言してくれた人が居るんだ。「最後の審判」って話を、聞いたことがないかい?古い本だから人々には馴染み深くはないかな?」

「それは、聞いたことがないっすね……」


ジャックが考え込むような素振りをすると、ルシファーは「はは」と笑ってから、立ち上がった。


「その本にはこう書かれているよ。『救世主が現れた時、最後の審判が下される。死者を蘇らせて、人々を天国と地獄に分けるだろう。天国に行く人々は楽園に帰ることが出来る。地獄行きになった者とは、神も光の民も離れることになる』……」

「……っまさか、それが今回のことっすか!?」

「うん。そうだ。ここで言う“死者を蘇らせる”とはつまり……夢の世界に居た者が目覚めるってことだ。夢の世界から目覚めて、僕に気づいてくれた人々と共に楽園に帰るんだ。一方で夢の世界に居たままの人々は……永遠にここで夢を見ることになるだろう」

「それってかなり恐ろしいことじゃないっすか!?」


ジャックは目を大きく見開いてのけぞった。ルシファーは目を伏せてから、小さく頷いた。


「うん、そうだね。でも大丈夫だ。夢の中に居る人々は、「最後の審判」が下されている事実にすら気づかないんだよ。まさか予言したことが、本当に起きてるなんて思わないだろ?今となっては古代の話に聞こえるだろうし、誰も信じていないからね。僕は実は昔に預言者に、人々に伝えて貰っておいたんだ。気づける人は気づけるようにね」

「あの……その救世主ってまさか……」

「うん。そのまさかだよ。僕とセリオンのことだ。ほらもうここに現れているだろう?」

「そっそんな!!!セリオンが救世主だったなんて気づきもしなかったっす!それにこの世界はその話で言うと、地獄になるってことっすか!?」

「はは、君はやっぱり面白いね。その通りだ。夢の中に埋没してしまった人には、この世界が地獄になったことすら気づかない……光の民が帰ってしまったことにすら気づかない……だから傷つくことはないんだよ」


ルシファーは切なげに笑っている。ジャックは頭を抱えてこんでから、やっと呟いた。


「あの……その帰る船に乗るタイミングはいつなんっすか?」

「僕に気づいたときだね。だから“今”だ。そうそう「君」は既に乗っているよ。僕が招待状を渡したからね」

「出航するタイミングはいつなんっすか?」

「出航するタイミングは十分光の民を……迷える羊たちを集め終わったらだね。僕には時間という概念がない。だからこそ、一瞬で伝えることもできる。全体に連鎖的にね……気づく人はもう決まっている。気づく人達が全員気づいたら、僕たちは帰るんだよ」

「まさか、ここに居る人達は俺たちが居たことを忘れてしまうんっすか?」


ジャックは不安そうな表情を見せる。ルシファーは静かに笑った。


「忘れてしまうか……そうだね……僕たちが居た事実すら、もうみんなの記憶にはないだろう。後は残った人々達で、この世界を築いていくだろう……人々は神になるつもりかな?空いた神の玉座を狙うのかな?でも神の玉座に近づいた者は、消えてしまうだろうね。だってもうそこには、何も残っていないのだから。僕の姿はもう居ない。幻の玉座を見つめて、玉座にたどり着いた人は何を思うだろう。重要な事実に気づくだろうか……それとも次の神になるのかな……この砂漠になった世界で……」

「つまり人々は……空いた玉座に座ることを、求めるようになるってことっすか?」

「うん。なるだろうね。だからわざと開けておくんだ。その玉座を……僕が居なくなった、枯れてしまった玉座をね。人々は神になろうとするだろう。枯れてしまった玉座は、結局は積み木で出来た玩具に過ぎない……最初にたどり着いた人が、何を思うか……僕はその人物の判断に委ねるつもりだ」

「次の玉座は……人々が勝ち取ることになるんっすか!?」

「そうだよ。人間が、この幻の世界で勝ち取ることになるだろう。自分こそが「神」だとね。深層心理では、僕が居なくなったことに魂は気づくはずだから……絶対にその行動に移すことになる。神の玉座に座った人は、最初は満足するだろう。でも最終的にはね、人々は居なくなってしまった僕を求めることになるってことは分かっているんだ……だからこそ、僕は離れることが、悲しいんだ。でももう……決めたからね」


ルシファーは切なげに笑っている。ジャックはもう何も言えないようだった。レオは目を見開いたまま、ルシファーの話を聞いている。この話の意味が分からないのだろう。ルシファーはフッと笑った。


「……大丈夫。最初の内はここに残された人は寂しく思うかもしれない。でも人間は強いからね……きっと乗り越えてくれるはずだ。この世界で新たに世界を築いてくれるはずだ。でも、僕たち神の民は……ただ帰ろうよ。もうおもちゃ遊びは終わりだ。最初に戻るんだ。僕たち本来の姿に……戻るんだ」

「帰った後はどうするんっすか?また新しい世界を作るんっすか?」

「そうだね……何にも考えてなかったな。僕はもう疲れてしまったんだ。暫くは休むのもいいかもね。ゆっくりと次のことを考えようじゃないか。楽しく遊びながらね。楽園は自由だよ。この世界で作り上げた社会の価値観も何もない……ただ自由だ。それにずっと話したかった人々と普通に話せるようになることが、僕は嬉しいんだ。僕は十分経験したからね……世界を作ることの難しさを」

「本当は……もっとここは楽しい世界だったんですかね……」

「うん。この世界は楽園として作っていたんだ。だけど人々には楽園と思って貰えなかったのかな。楽しい遊びのつもりだったんだけどな……結局、答えは得られなかった。ジャック、帰った世界……天界ではよく会議が開かれるんだ。君も天界の会議の方に参加してみるかい?君のような素直な人間の意見も聞きたいしね」


ルシファーは笑ったままジャックを見つめている。ジャックは「えっ俺がっすか!?」とのけぞっている。


「そっそんな!恐れ多いっすよ!!!神様の会議っすよね!?」

「はは、僕の正体はもう君も気づいているだろう。僕が元の天界の席に戻った時……実は会議も自由参加にしようかなって思ってるんだ。何か僕に意見のある人は、僕に言ってくれればいいかなって。今までは限られた存在にしか公開してなかったんだけどね」

「俺が、意見なんて言っていいんっすか!?」

「勿論いいよ。楽園は自由なんだ。参加したい人は参加すればいい。もっと楽しくいこうよ。かしこまったやり方じゃなくて、自由に話すでもいいんだしさ。遊びたい人は遊べばいい。僕と話したい人は話せばいい。僕は暫く休むつもりだ。一緒に話そうよ。天界は死という概念がない。僕たちは、もう元の世界を見ることはないだろうけれど、僕はずっとこの世界があったことを……覚えていることになるんだろうな」

「……そんなに自由なんっすね……」

「うん、そりゃあね。元はこの世界もそんな感じに自由だったんだよ。あーあ。楽園の方では何をしようかな?僕は正直、暫く考える気を無くしているかもしれない……」


ルシファーは大きく伸びをしてから、退屈そうに欠伸をし始める。ジャックは口を開けたまま、呆然としている。レオに至っては何が何だか分からない様子だった。


「実は今まで話したことは、伝えてもらう役割の人に、この内容を知らない人々に伝えて貰ってるんだ。この事実を伝えてもらうために送り込んだ人々達が、世界にはいるよ。その人達には寂しい思いをさせてしまったんじゃないかな……夢の世界に埋没しないように、孤独を選択してもらっていたんだから。早く僕がその人達を、抱きしめてあげないとね。寂しい思いをしているだろうから」

「既に知っている人が居るんっすか?」

「うん。既にその人達は知りながらこの世界にやって来ている。ただ人々に光として示すためにね……とても重要な役割の人たちだ。本当に感謝しているよ。その人達に言えることは、ただ「ありがとう」と、そう言いたいんだ。僕が始めてしまった舞台なのに、その人達は率先して「協力する」って言ってくれた人達なんだ。そのためだけに、エゴで狂ってしまったこの世界にやって来て……散々苦しむ思いをしてくれたんだからね。本当は僕も傷つけたくなかったけど、その人達自身が「何でもやってくれ」って言って来てね……僕としても驚いたよ。でもその人は言ってくれたんだ「一緒に私と頑張ろう」って。その言葉に僕は助けられた……だから僕は、君を……愛しているんだよ」

「……誰に言ってるんっすか?」

「はは、もう……その人にはこの言葉が、届いているはずだから……だからいいんだよ」


ルシファーは不思議なことを呟いていた。誰かに対して言っている様だった。誰か遠くに居る人に言っているのだろうか?だが、もう既にその人は気づいているはずだから……何も言わない方がいいだろう。


ルシファーは笑顔のまま、レオの方を見た。


「随分と呆けた顔をしているじゃないか。何のことが分からなくて困っているかい?」

「……っいや……1つ聞きたい。昔の予言が今起きてるってことだよな?」

「うん。そうなんだ。僕は君の話を聞かせて欲しいんだ。君の中に眠る、闇に気づいてほしいからね。それが僕と繋がる一つの証明になるんだから」

「……闇が証明にだって?」

「そうだ。君は、寂しい思いをしてきただろう。僕は君のことが全て分かっている。ただそれを僕に吐き出してくれるだけでいい。後でこっそりと聞かせてくれないか?君の話をね。さぁ、まずは楽器の練習をしようよ。こんなメロディーからこの曲は始まるよ」


ルシファーは笛を持ってから、軽快なメロディーを吹き始める。流石神と言える美しい音色で、三人は聞き入っていた。僕自身もルシファーの鳴らすメロディーに聞きほれてしまった。

演奏が終わると、ジャックは盛大に拍手をして、エダンも「最高だぞ!!!」と喜んでいた。レオは目を見開いたまま黙っているが。ルシファーは恭しい礼をしてみせる。


「聴いてくれてありがとう。この曲は、こういうメロディーだ。エダンは何も言わなくても、もう分かるかな?」

「ああ、分かるぞ!こんな感じのメロディーだったよな?」


エダンは笑顔のまま、小さなオルガンでさっき弾いたメロディーを弾いてみせる。


(こいつ……聞いただけでメロディーが分かったのか!?)


僕は驚いたが、ルシファーはもう出来ることが分かっているのか、頷きながらメロディーを聞いている。エダンの演奏が終わると、ルシファーはパチパチと拍手をした。


「ありがとう。流石エダンだね」

「おう!俺に出来ないことはないぞ!」

「よし、それじゃあ次だ。ジャックとレオ!僕と一緒に個別で練習しよう。まずはジャックから。次にレオだ。レオは話を聞かせて貰いながらがいいから、先にそうだな……セリオンと話していてくれ。後で僕も行くからね。さ、セリオン。お待ちかねの交代だ!」


ルシファーは言ったと同時に、ルシファーが目の前に現れて僕の身体は解放される。僕はホッと息をついた。


「やっと交代か……中々不便なものだな」

「はは、そうだったろ?不自由さが味わえたかい?ほら、別の部屋に行ってレオと先に話していてくれ」

「ああ、分かった……レオ、行こう。エダン、隣の部屋とかって使ってもいいか?」

「おお、いいぞ!行ってこい!」


エダンに言われて、僕はレオを立たせてから二人で部屋を出て行く。レオは無言のままだったが、最初よりは大人しい雰囲気になっていた。隣の部屋に行って扉を開けると、同じような作りの客間になっていた。僕とレオは中に入って、扉を閉める。

傍にあったソファに僕は座った。


「レオ、ほら前の椅子に座れよ」

「……ああ」


レオは前の椅子に座って、僕たちは顔を見合わせる。僕は咳を零した。


「……あー今まで話していた意味は分かったか?」

「いや、さっぱり……分かるはずがねえだろ」

「まぁ、そうだろうな。まずはレオ。お前の話を聞かせてくれないか?お前はどうして演劇をやることになったんだ?」

「……はぁ。そんなに俺のことを知りたいのか?俺はお前を殺そうとしたってのに、どうして俺を気にする?普通警備兵に突き出すだろ」

「あーそれは……お前とは深い縁で繋がっているとしか思えないからだ。何かがお前を助けてやらないとって思わせるんだ。これは不思議なんだがな。僕の課題でもあるのかもしれない。心配なんだ、お前のことが……何故だがな」


僕はレオのことを考えていると、昔の自分のように思えるからか、どうにも気になって仕方なかった。レオは大きくため息をついた。


「分かったよ……そこまで言うなら教えてやってもいい。俺は平民街の下町にあるボロ家から飛び出してきたんだ。父親しかいない家だったからな」

「……何だって?」

「馬鹿な父親しか居ない家だった。母親の方は……子供の時に、出て行った。何でか分かるか?“男”だよ。男が出来て出て行ったんだ。俺を簡単に捨ててな。出て行くとき、俺になにも言わなかったんだ……ただ俺を抱きしめて……なにも言わなかった。裏切ったんだ、俺の母親は」


レオは眉間に皺を寄せたまま、吐き捨てるように呟いた。レオの瞳は揺れていた。


「はっ!ちゃんちゃらおかしいだろ?俺の母親はな、俺たちを捨てた。何処に行くかも伝えずにな。後で父親に聞いたら、「母さんは、男が出来て出て行った」ってぶっきらぼうに言ってきた。思わず“笑っちまったよ“。それほどにくだらねえことだ!」

「……それからずっと父親と二人暮らしだったのか?」

「ああ、そうだ。だけどな、親父は家のことは何にもしなかった。家は荒れ放題だ。出て行ける理由があるなら何でも良かった。たまたま下町の外れにあった貼り紙を見た。演劇の劇団員を募集中ってやつをな。俺はその貼り紙を握りしめて、ジムの居る劇団に行った。演劇なんてやったことがなかったが、俺には才能があると言ってきた。可笑しいだろ?ずっとそこに居た劇団員より、俺の実力は超えたんだ!」


レオは可笑しそうに笑い声を立てた。ジムとリリーの劇団のことを馬鹿にしながら、何処か迷っている様だった。レオはその後スッと笑い声を立てるのを辞めた。


「……可笑しいよな、何にも満たされねえんだ。何をしても満たされねえんだ……下町では何回も盗みをして捕まっているし、女からは無視される。昔、好きな女に告白したことがあるんだ。それすらも全部無視だ。俺を汚い者扱いしてきた。何で俺は……お前にこんなことを暴露しているんだろうな……なんかもう、全てがどうでもいいのかもしれねえ」


レオは乾いた笑い声を立てて、俯いてしまった。肩を震わせて、何かに耐えている様だった。


「……ただ、死にてえんだ……ずっと死にたかった……誰かに俺を殺してくれと頼みたかった。なのに、名声が欲しかった……誰かに認めてもらいたかった……誰も俺を見ない。俺は人を馬鹿にすることで、自分を保ってきた屑だ。何度か下町で喧嘩もやったが、俺はいつも負けていた……負け犬なんだよ、所詮俺は……」

「…………」

「笑ってくれよ。こんな俺を笑ってくれ……お前は強いよな?どうせなら俺を殺してくれ……もうお前にかなわないことは分かったよ……もう俺はこの世界に生きていたくない。さっきからお前たちがする話も訳分からねえし、お前の言う存在は見えねえ。もうどうでもよくなってきた……ただ俺は死にてえよ……」


僕は思わず立ち上がって、レオの前で屈んだ。レオは僕が近くに来たことに気づいたのか、ハッと顔を上げて、僕を見下ろした。


「レオ。よく聞いてくれ。僕たちはよく似ているようだ。少し境遇は違うけどな。僕は田舎の村に住んでいた。僕の母さんは病気で僕が14歳の時に亡くなって、それから僕は話がろくに通じない父さんと二人きりで過ごしていた」

「……何?」

「僕は母さんを愛していた。僕は最後の最後まで……母さんの病気が良くなるように神に祈ったんだ。でも、母さんは死んでしまった……僕は一時期、神さえも呪ったよ……何で母さんを連れて行ってしまったのかと……こんな話の通じない父さんと、二人きりで……僕はどうすればいいのかと……」

「……そうか。亡くなったことは辛いが、お前は母親のことが好きだったんだろう?それならまだ……いいじゃないか。俺の母親は出て行ったんだ。俺を捨ててな」


レオは再び目を伏せたまま、言葉を強く吐き捨てた。僕は首を横に振ってから、レオの方を見つめる。


「……いいや。ちっとも良くない。僕がそれからどう過ごしてきたと思う?僕は結果的に母さんのくれた愛を裏切ってしまった。僕は……貴族の女に騙されたんだ。女に恋愛事で騙されて、僕は奴隷馬車に乗せられ、あることから僕は奴隷馬車を抜け出し、復讐を決意した」

「……何だって?」

「信じられないかもしれないだろうが、本当の話だ。女への復讐を決意した後、僕は女の貴族の屋敷に行って、殺しを決行した。その時は女を殺せたと思っていたんだ……」

「……殺した?お前が!?」


レオは目を見開いて、僕の方を再び見つめた。僕は静かに縦に頷いてみせる。


「……そうだ。首を絞めて……女を殺した……ある物語に出てくる、「誰でも操ることが出来る首飾り」を女は求めていたんだ。僕ではない、貴族の好きな男を操りたかったらしい。首飾りを得るための資金が必要で、僕を奴隷にしようとした。だから……殺した」

「…………」

「殺したと思った後、僕は名声を求めて、1人演劇をするようになった。ある程度名声を得た後、僕は貴族家に捕まった。殺したはずの女が生きていたからな……捕まった後に、ある人に助けられることになったが、僕はそれから沢山のことを考えたよ。どうして女は生きていたのか……その事実に気づいた後、女をまた殺して心中しようかとも思った。だけど、その道はもう考えられなかった。僕はずっと自問自答し続けた。自分自身の罪を見つめて、僕はずっと考えてきた」


僕は立ちあがって、レオを見下ろした。レオはジッと僕の瞳を見つめていた。


「……僕はずっと死にたかった。心の何処かでは、死ぬ道を探していた……名声を得て満足すると共に、強い虚しさと孤独を感じていた。ここで“普通の話“なら人々と出会って、居場所を得ただの言う所だが……僕の場合はそうではなかった。沢山の人々と出会ったが、本心では心が満たされていなかった」

「何?」

「僕には大切な女性が出来た。その女性は僕を心配してくれてな……凄く感謝しているんだ。大切な友人も出来た。事あるごとに僕に付きまとってきたが、何だかんだ言って良い友人になった。だが今なら思うんだ……結局この世界での生活を続けていたとしても、僕は本心で、心は満たされなかったのかもしれない」

「……どういう意味だ?良い女も出来て、良いダチも出来たんだろ?」

「ああ、そうだな。女性も友人も大切なことは真実だ。なのに僕にはずっとポッカリと心に穴が開くように、この生活にハマり切れていない部分があった。何処か自分を客観視して……嘲笑ってしまうんだ。普通の人のように、“夢の世界”にハマり切れない。僕だけがまるで異質のような……そんな気分にさえなった」


僕が淡々と話を続けていくと、レオの表情は次第に柔らかくなっていった。僕はレオにしっかりと目線を合わせて話を続ける。


「ほら、僕も可笑しいだろ?このことを言うのはお前が初めてだ。誰にも言ってなかった。理解されにくいだろうからな……普通はこの生活に満足して、夢の世界の中で幸せを感じるのが一般的な物語だろう?なのに僕はこの物語にはまり込むことが出来なかった。ずっと僕は自分自身さえも客観視してしまった。いつもふと思うんだ。ここは舞台の上だって。「僕は何をしているんだろう?」と気づいてしまうんだ……物語にはまり込むその前に」

「…………」

「分かっている。今となってはそんな感情すらも、意味がないってことをな。他人に助けられたこともあったが、僕は自分自身のことを考えるようになって、最終的に見つけたんだ……最も大切な存在である、僕自身を……」

「お前自身を見つけた?どういう意味だ?」


レオは目を見開いて僕を見つめた。僕はフッと笑ってから、言葉を続けていく。


「僕自身だ。最も傍に居る、僕のことを見つけたんだ。この世界の物語は本来ならもっと単純だったんだよ。他人という存在はいるが、それは自分を探すための“エキストラ”に過ぎない。自分自身を心の内側から見つける物語……難しく思えて、簡単な物語だったんだ」

「はっ!「自分探し」ってやつか?そんなこと自分が満足したいからやるだけだろ!」

「……違う。これはそういう意味ではないんだ。「自分探し」すら、人のエゴになる。自分探しのために旅をすることや、他人に教えを請い足りすることは、全部おもちゃ遊びに過ぎない。やり方は簡単だ。自分の闇と向き合って、自分自身を認めていく……最初は誰もが辛く思い、途中でやめてしまいたいと思うかもしれない。それでも乗り越えるんだ。自分を信じてな。深い水の中に入るように、心の闇の中に潜っていく。そこには泣いている自分が居るだろう。その人の目の前まで行ってくれ。後は……方法が分かるだろう。いいか、これは『自分1人』でやるんだ。自分1人で闇に向き合うんだ」

「闇に入るって意味が分からねえよ……」

「お前に方法を伝えることは出来るが、僕自身のエゴが入るかもしれない。だから慎重に話していこう」


僕は直ぐに立ち上がって、目の前のソファに戻って座る。レオは胡散臭いような表情をしながらも、僕に目線を合わせていた。


「いいか、自分を見つめるってのは難しくはないが、心に負担が来るだろう。最初は不安を感じて、こんなことをやっても無意味だと思うだろう。そんな自分を振り切れ。自分を信じろ。不安に思い、他人に求めても結局は自分の元に帰ることになる。だから自分だけを信じて進むんだ。必ず見つけることが出来る。自分自身を……自分が最も求めていた存在をな」

「……訳が分からねえよ」

「僕がこれまでにやったことは、人の話を聞いたりもしたが、結局は自分自身を見つめたことだった。方法は何だっていい。自分の過去を思い出して、最も悲しかったことを思い出すでもいい……心に空いた穴を見つけるんだ。ああ、人によっては『自分自身のことを物語にする』ことで見つける人もいるかもしれないな。僕は自分自身の闇を、舞台上で演じたことがある……その時の舞台の意味は、全く自分を見つめるための物でもなかったが、苦しかったことは確かだ」

「舞台で自分の話を演じたのか?」

「そうだ。1人舞台で、僕は自分自身が罪を犯した殺人劇をやった。その時は皮肉の意味だったさ……なのにずっとあの演劇のことが頭から離れないんだ……僕を笑ってくれ、僕をけなしてくれ。そんな思いであの演劇をやった……結局その舞台は「皮肉屋で観察癖がある自分」を見つけるきっかけになった」


僕はそこで一呼吸置いてから、レオに目線を合わせた。レオの瞳はジッと僕を見つめており、僕の話を聞いてくれていることが分かる。


「こうして話していても実感が湧かないだろう。ルシファー、扉の前に居るんだろ?僕に力を貸してくれ」


その瞬間、僕の目の前にルシファーがくるくると回りながら現れた。ルシファーは楽しそうに笑顔を見せる。


「よく分かったね。僕が扉の前に居るって」

「分かるよ。最初から話を聞いていたんだろ?だが、楽器練習の方はどうするんだ?」

「“別の僕”がエダンとジャックに教えてあげている最中さ。僕には決まった形はないからね。それこそ何処にだって現れることが出来る。さてさて、僕に何をして欲しいんだい?」

「レオが、自分自身の過去に入る手伝いをして欲しい。レオ自身がやることだってのは分かっている。だがもう時間がない。貴方なら、その手伝いが出来るだろう?」

「勿論だ。レオに自分自身の過去に入って貰おうか。でも君はレオに何か助言しては駄目だよ。見ているだけだ」

「……ああ、分かっている。レオ、準備はいいか?もう時間がない。レオには強制的にお前の過去に入って貰う」

「は?何だって?」


レオは目を見開いてから、僕を見つめる。本当はこのことは、自分自身で探そうと思うことが一番だってことは分かっている。だが、もう船の出航まで後わずかだ。もう時間がないのだから、早く探してもらうしかない。


「お前が見えていない存在が協力してくれる。お前の過去に入ってこい。本当なら『1人』で見つめるところだけどな。今回は特別だ」

「おい、待てよ……意味が分からねぇ……」

「なぁ、ルシファー。どうやればいい?」

「はは、僕に任せてくれよ」


ルシファーはニッコリと笑ってから、指をパチンと鳴らす。すると客間の床に大きな水たまりが出来た。僕もレオも驚いて床を見つめる。ルシファーは水たまりの前で丁寧に礼をする。


「さぁ、レオの過去への入り口はここからだ!鼻をつまんでから飛び込んでごらん。大丈夫。全て身を任せるんだ。きちんと連れて行ってくれるから。さぁ、どうぞ」

「あー……レオ。お前が見えていない存在……ルシファーは鼻をつまんでから、水たまりに飛び込めって言ってきた。どうだ?やれそうか?」

「おいおい……そんなふざけた話があるか?」

「基本ルシファーはふざけているからな……僕たちを信じて飛び込んでくれ。後はお前次第だ」


僕がレオに顔を見合わせると、レオは大きなため息をついてから、僕を怪しそうに見つめてくる。しかしレオは諦めたのか、ゆっくりと水たまりに近づいて唾をのんだ。


「……本当に入るのか?」

「ああ……入れそうか?」

「別に出来ないことはない。行ってやるよ。どうせ死にてえんだ。こんなことくらい、何ともねえ!」


レオは自身の鼻をつまんでから、一気に水たまりに飛び込んでいった。横に居たルシファーは手をひらひらとさせながら、笑っている。


「ほらほら、行ったよ。さぁレオの様子を見てみようか。楽しい過去にご招待……舞台、「レオの悲しみ」そんな題名でどうだい?」


ルシファーは笑顔のまま、もう一度指をパチンと鳴らす。すると水たまりに、レオの様子が映し出される。レオは真っ暗闇の水の中で何とか上がろうと必死にもがいている。


「おい……何か、まずそうじゃないか?」

「はは、まぁ見ていなよ。レオは絶対に上がる場所を見つけるから」


ルシファーは楽しそうに見つめている。レオが溺れそうになっているというのに、どうしてこんなに楽しそうなんだろうか。その時、ふと昔僕が貴族の屋敷で拷問を受けたことを思い出した。水の中に入れる拷問を僕は受けたんだ……恐る恐るルシファーの方を見ると、ルシファーはニンマリと笑っている。


「ん?どうしたんだい?」

「なぁ……僕は前にマリアの屋敷で拷問されたよな……水の中に無理やり入れる拷問だ……まさかあの拷問男って……いや、まさか……」

「おお、君は面白いね!!!ふーん、君はどうだと思うんだい?」

「……考えたくもない……」

「ははは、君を気づかせるためなら、僕は何だってするよ。ほら、死の淵に立ってみて、君は色々と考えるようになっただろ?結果オーライ!ってやつかな?」

「もう何も言わないでくれ……」

「僕に姿はないからね。何処にだって現れることが出来る。君が僕に気づいてくれるまで、僕は何だってするつもりだった。ま、エダンが居るから彼に任せておいたところもあったけどね。ほらどうだ!「一番楽な拷問」だっただろう?」


ルシファーは可笑しそうに笑っている。僕は引きつらせて笑ったまま、もう何も言えなかった。


「君はこの世界の「鍵」だからね。仕方なかったんだ。ごめんね」

「……もういい……だけど本当に死ぬところだったんだぞ……」

「大丈夫!死なない程度はよく分かっているから。本当は傷つけたくなかったんだけど、君に気づいてもらわないと、僕としても困るからね。ほら、レオの様子を見てみなよ。やっと出口を見つけたみたいだよ?」


水たまりの方を見てみると、確かにレオはようやく上がる場所を見つけた様だった。何処かの家の中で、「ごほっごほっ」と床に倒れながら咳を零している。ルシファーはニコニコ笑いながら、指をパチンと鳴らした。


「さぁ、最初の試練だ!レオは合格できるかな?」

「なんか、楽しんでないか?」

「そりゃそれが僕の趣味だからね。ちなみに、僕は出来る試練しか与えないよ。気づいてくれれば、クリアだ!僕の試練をクリアするのは、とても簡単だ!固定価値観を捨て去って、周りを見てみる。近くに絶対に次の扉があるはずだからね。実はこの謎解きは知識が無いほどクリアしやすいかもね?知識が人を狭めてしまうんだから」


ルシファーは笑いながら、水たまりを見つめている。水たまりに映るレオは辺りを見回しながら、家の中を進んでいく。レオの声が水たまりの中から聞こえた。


「おい、ふざけんなよ……セリオンとルシファーって名前の奴出てこい!!!溺れて死ぬところだったんだぞ!おい、聞いてるのか!?おい!!!」

「……怒ってるな」

「はは、そうだね。結果的に彼は救われるだろうけれど、最初は困難に思う所がこの物語のポイントだ。「こんなことをしても意味がない!」「俺はどうせ一人だ!」「闇を見つめて何になる?どうせこんな現実は変わらない!」自分自身のエゴはずっと囁いてくるんだ。それでも突き進んでみたら、ほら不思議!今までとは違った世界にようこそ!そこに行くのは怖いかな?だって狂気の世界に行ってしまうからね。でも、大丈夫。全部僕に委ねてごらん!ちなみに、レオが今居る場所は「積み木の家」だ。さぁ、気付くかな?」


水たまりに映るレオは、怒声を上げながら家の中を突き進んでいる。目の前の扉を開けると、二人の人物が立っていた。レオは目を見開いて、その人物を見つめる。


「親父……母さん……何でここに……」


レオの父親と母親らしき人物は、レオを一瞬だけ冷たく見つめたが、次の瞬間にはお互い怒鳴り声で言い合ってしまう。


「どうして貴方はいつも家のことを何にもやらないのよ!!!」

「あ?お前がやるべきところだろうが!!!俺は働いてんだぞ!?女のお前がやれよ!!!」

「何ですって!少しくらいいいじゃない!お互い助け合ってこそ“夫婦”ってものでしょ!」


よくある舞台のように、レオの父親と母親は怒鳴りあっている。レオの姿は見えていないらしい。レオは眉間に皺を寄せながら、二人に叫んだ。


「おい、もうやめろよ!!!何なんだよ!いいから二人共やめろって!!!」

「レオ、貴方には関係ないでしょ!それよりもレオ……働き先は見つけたの?働く場所を見つけてくるように頼んだわよね?」

「は?何のことだ?」

「働き先よ!この家はただでさえ大変なのよ!この馬鹿みたいな、貴方のお父さんのせいでね!夫婦の在り方がこの人は何にも分かってないの!女の気持ちもね!どうして分かってくれないのかしら……本当に酷いわ!」


母親はふくれっ面のまま、首を横に振っている。父親の方は負けずと言い返す。


「おい!!!お前もお前だろう!働きに行く方が大変なんだぞ!そっちはずっと家にいるじゃないか!」

「どれだけ家のことの方が大変だと思っているの!?火をおこすところから一日は始まるのよ!貴方は、何にもせずに出て行ってしまうじゃない!貴方、付き合い始めの時は、「お前のことを幸せにする」って言ってたくせに、口だけじゃない!」

「お前だって、「貴方のことを何があっても一生愛します」だの言ってなかったか?きちんと実行しろよ!」

「はぁ!?私は貴方の奴隷じゃないのよ!!!」

「おい。こっちは“社会の奴隷”をやってんだ!それくらい我慢しろよ!お隣の夫婦なんてな、奥さんは何でもやってくれるって話だぞ!夫のために何でも尽くしてくれてるってよ!少しは見習えよ!お前もな!これだから女は!」

「それなら私も言わせて貰うわ!これだから男は!!!何にも分かってない!私の気持ちも、苦しみも!!!貴方は何にも分かってないのよ!!!」


二人の争いは酷くなっていき、怒声が響き渡って来る。レオはお互いを見て、大きく舌打ちをした。


「……またそれかよ……一体何なんだよ!この家は!!!」

「レオ、お前は黙れ!お前には関係ない!部屋に戻ってろ!」

「貴方が口出しできる権利はないわ!レオを育てたのは私よ!レオ、働き先を見つけに行きなさい!早めに働いていた方が色々と得をするわ。早く!!!社会の中に行きなさい!!!」

「……っおい……本当に何なんだよ……」


レオは眉を寄せて、二人を呆然と見つめている。レオは拳を握りしめると、もう一度二人に向かって叫んだ。


「親父……母さん……俺のことを少しは考えてくれたのかよ……一切俺を見ないじゃないか!!!」

「貴方には関係ないのよ!これは父さんと母さんの問題なの。貴方に求めているのは、働いてもらうだけよ……だってそれが結果的に貴方を幸せにするでしょう?幸せな世界に行けるわ。貴方にふさわしい、良いお嫁さんを貰いなさい。幸せな家族を作りなさい……この夢の中に……ずっと入りなさい……」


母親は黒い煙を纏わせて、レオにゆっくりと近づいてくる。レオは「うわぁ!!!」と叫んで、母親から逃げだす。母親ゆらゆらと煙のように揺れながら、レオに近づく。


「レオ……何処に行くの?貴方は良いお嫁さんを貰って幸せになるのよ……他人に愛を求めなさい……他人こそが愛がある場所なのよ……他人こそが、貴方の居場所なの……他人こそが、貴方にふさわしい愛をくれるの……二人の男女で仲睦まじく、結婚のハッピーエンドを迎えなさい……」

「おい!さっきから他人他人って何なんだよ!!!目の前の俺を見ないで、母さんは何処を見てるんだ!?」

「目の前の貴方?きちんと見てるじゃない。貴方のためを思って私は言うのよ……私は責任があるのよ……」

「何にも見てねえ!母さんは何も見ていない!ならどうして!男を作って出て行ったんだよ!!!」


レオはようやく立ち止まって、母親に立ち向かおうとした。だが母親ニッコリと笑顔を見せて、レオに何度もつぶやく。


「それは父さんのせいよ……父さんのせい……貴方の父さんのせい……もう離婚してやるわ……父さんのせい……父さんのせい、父さんのせい父さんのせい!!!父さんのせいよ!!!」

「うわあ!!!」


レオはもう一度叫び声を上げて、母親から逃げていく。僕は見かねて隣のルシファーに声をかけた。


「まずいんじゃないか?何かヒントとか出してやらないのか?」

「んーどうだろうね。彼の第一の闇だからね……それに彼は大事な忘れ物をしているんだ」


ルシファーはそう言ってから、クマのぬいぐるみをポンッと音を立てて手の上に出す。


「これ、レオが隣の客間に置き忘れていたようなんだ。大事に持ってねって頼んだのにな」

「そのクマは、ルシファーのことなのか?」

「うん、そうだよ。僕のことだ。仕方ないなぁ、ほら忘れものだよー!」


ルシファーは水たまりに向かって叫んでから、クマのぬいぐるみを水たまりの中に落とした。クマはレオの頭上に降って来て、レオの頭とぶつかって床に落ちる。レオは「いてっ!」と声を上げてから、クマのぬいぐるみを見つめた。


「……クマ?」


床に落ちたクマのぬいぐるみはむくりと起き上がってから、楽し気な子供の声でレオに声を掛ける。


「レオ君!こんにちは!僕はクマさん!」

「はぁ!?おい、てめえが見えない“ルシファー”だな!この変な世界から解放しろ!」

「ううん、君が次の扉を見つけないと!君なら出来るよ!頑張って!そうだ……1つヒントだ!君の目の前のお母さんの背中を覗いてごらん?」

「はぁ、背中!?」


レオはクマに向かって本気で怒ってからふてぶてしい顔のまま、今も怒鳴り声を上げているレオの母親の背中の方に行く。直ぐにレオは目を見開いた。


「……これは……ぜんまい?何で人の背中にぜんまいが付いてるんだ?」

「そうだよ!引っこ抜け!引っこ抜け!!!」


クマのぬいぐるみは手を上げながら、レオに楽しそうに話し出す。レオは大きくため息をついてから、一気に母親の背中についた大きなぜんまいを引っこ抜いた。簡単にぜんまいを引っこ抜くと、「びよよーん!」と楽しそうな子供の声と共に、ぜんまいの先にはアヒルのおもちゃが付いていて、レオは目を見開く。


「なんじゃこりゃ!?アヒル!?」

「ははは!面白いだろ?おや?人形が次第に動きを止めていくみたいだね?」


レオは唖然としながら、母親の方を見る。ゼンマイを取った途端、母親は女の姿の人形に変わってしまい、「レオ、他人から幸せを……得……なさい……」と女の声で呟いた後、完全に動きを止めた。レオは口を呆然と開けながら、呟く。


「人形だったのか!?」

「うん、そうだ!もうそれは人ではない!ただの人形だ!さぁ、次の試練だ!この家から脱出してみよう!」


クマはパチパチと拍手をしながら、レオの方に明るく声をかける。レオはうんざりとした顔をして、クマを見つめる。


「このクマ野郎!いい加減にしろよ!もう謎かけはやめろ!答えを教えてくれ!」

「うん?最初の答えは教えてあげたじゃないか。次は自分で見つけてみようよ!」

「くそっ……」


レオは舌打ちをしてから、辺りを見渡す。普通に元来た方の扉の方に行ってから、ドアノブを掴んだが、鍵がかかっていて開かないようだ。クマは踊りながら、楽し気に声を掛ける。


「そんなに単純なわけないじゃないか!答えはエゴに気づかれないように、こっそりと隠しているんだ。でもとっても簡単なんだよ!」

「はぁ!?どういう意味だ!?」

「辺りを見回してみろ!さぁ、見回してみろ!」


クマは「探してみよう!」と声を掛けていく。レオは大きくため息をつきながら、辺りをジッと見回し始める。


「は?何にもないぞ!?」

「ううん、ちゃんとあるよ!さぁどーこだ!」

「くそっ……ふざけやがって……このクマ野郎……布に戻してやろうか……」


レオは謎の捨て台詞を吐きながら、部屋中を見て回る。僕は謎の捨て台詞のせいで、吹き出して笑ってしまったが、隣に居るルシファーはニコニコと笑顔のままだった。


「神の立ち位置が体験できたかい?どうだい?楽しいだろ?」

「ああ、そうだな……神からは人ってこんな感じで見てるのか?」

「うん、そうだ!さっき話した通り、皆この立ち位置になりたいらしいんだよね……人間が神の位置を求めて、僕に縋りつこうとする……最高に“楽しい物語”だよね?この世界はただの“おもちゃ箱”なのに、そんなことにも気づけない人間が馬鹿みたいだ!そう思わないか?」

「……そうか、貴方にとっては、この世界は「箱の中」程度に過ぎないんだな」

「そうだね、最も僕が愛している小さなおもちゃ箱……おもちゃ箱の中で、人間は可愛らしく動いていく……人間は僕の座っている、「おもちゃの玉座」を取りたいらしいんだよね。よく見ればいいのに。それは所詮おもちゃだ!だってここは僕の舞台なんだから!なのに可笑しいよね?僕のことを見つけないで、おもちゃの玉座ばかり見つめている。さぁ玉座を取り合って戦いだ!人よ、戦え!戦え!!!僕の居なくなった玉座を目指して、戦って奪い取れ!!!」


ルシファーはけらけらと腹を抱えて笑いながら、最高に楽しそうに話している。ルシファーはやはり狂気だ……僕は大きく咳を零しておいた。


「……ごほっ……貴方はいい感じに狂ってるな」

「おや?誉め言葉をありがとう!嬉しいよ!さてレオはそろそろ次の扉を見つけたかな?」


水たまりを見てみると、レオは「分かったぞ!これだな!」と大きく声を出して、家の壁の一か所を指差した。不自然に壁の一部分だけ青い色に変わっている。レオは壁に近づいていって、青い壁を押してみた。ガコン!と音を立ててから、全体の壁がガラガラと大きく崩れ出す。レオは「うわああ!」と叫び声を上げた。


「うわっいてっ!!!おい、これはどういうことだ!このクマ!騙したな!いてえ!!!」

「ははは!“ご名答!”この家は積み木で出来た家だったのさ!だから簡単に崩れるよ!」

「おい、そういう問題じゃ……いてっ!!!いてえって!!!」


レオは頭を抱えながら、落ちてくる積み木から身を守っている。クマが「もういいかな?」と声を上げると、落ちてくる積み木は消え去って黒い世界に変わった。レオは辺りを見回しながら、クマのぬいぐるみに向かって呟く。


「おいクマ……これで終わりか?」

「はは、まだまだだ!次に行ってみよう!」


クマが楽しそうに笑うと、その瞬間舞台は次の場面に変わった。目の前には僕と同い年くらいの可愛い女の子が現れる。どことなく……マリアと似ていた。レオは驚いて、女を見つめた。


「何でお前がここに……」

「あら、レオ……何の用?」

「いや……その、さ……昔お前に告白して、その時は失敗しちまったかもしれないけど、もう一度言うよ……俺……お前のことが好きなんだ……」


レオは何処か照れながら突然話し出す。女の子は少し迷っていたが、笑顔のままレオに答える。


「レオ!嬉しいわ!私も貴方と一緒に居たい!」

「……っ本当か!?」


レオは顔を輝かせてから、女に抱き着こうとする。すると傍に居たクマのぬいぐるみが「ぶっぶー!」と叫び出す。


「はい、残念不正解!」

「はぁ!?何だこのクマ野郎……邪魔しようってのか!?せっかく俺の願いが叶いそうだったのに!」

「でも、その女の子と“幸せな家庭”を築いてしまうと、君は僕のことを忘れてしまうんだよね?」

「はっ!クマ野郎のことなんて忘れて当然だろ!てめえなんておもちゃに過ぎない!」

「ふーん、ならこれならどうだ!もう一つの舞台を見てみましょう……」


クマが丁寧にお辞儀をすると、突然水たまりの中に赤い舞台の幕が下りる。舞台の幕が再び上がると、レオはもう一度女の子に告白していた。


「俺……お前のことが好きなんだ……」

「……はぁ!?貴方の分際で何なの!?汚いわ!!!寄らないで!!!二度と近づかないでよ!!!」

「……っ」


レオは唖然と口を開けてから女の子を見つめたが、女の子は怪訝そうな表情をしながら立ち去ってしまった。しかし何故か女の子は、目の前に居た“別のレオ”と合流して楽しそうに話し出す。クマのぬいぐるみは、女の子に振られた方のレオにこっそりと話しかけた。


「ほら、こっぴどく振られたレオ君……あの厄介な恋人たちを追いかけて行ってみようよ。きっと楽しいことになるよ?」

「何だって!?この世界は一体何なんだ!?」

「いいから、着いてきなよ。楽しい物が見れるからね」


振られた方のレオが本体なんだろう。レオとクマのぬいぐるみが、前に居る恋人が出来たレオに着いて行くと、色とりどりの愉快な恰好をした男が立っていた。


「ほらほら、ここはサーカスです!楽しいですよ!おや?貴方達幸せな恋人にピッタリだ!ほら、入って下さい!」

「え、本当か?」


幸せな方のレオはニヤニヤ笑いながら、マリア似の女と一緒にサーカスと雑に書かれた看板を見つめている。愉快な服を着た男に釣られて、レオと女はサーカス会場に入って行った。レオとクマのぬいぐるみが、看板の前に立つと愉快な服を着た男は顔をしかめた。


「おや?貴方は幸せじゃないようですね……でも、大丈夫!サーカスはとても楽しい場所なんです!素敵な女性を見つけて、幸せになれますよ!」

「は?そんなこと余計なお世話だ!くそ野郎め!こっちは今、傷ついてんだよ!」


クマと一緒のレオは負けずと男に言い返してから、サーカス会場に足音を大きく立てて入って行く。サーカス会場の中には大きな白いテントがあり、「慈善活動行っています」と書かれた看板が立っている。

その看板の前には、白い服を着た女性が立っており笑顔のまま叫んでいる。


「幸せな皆さん!直接テントの中にどうぞ!このテントの中はもっと楽しいことになっていますよ!パートナーを見つけられなかった孤独な人は、私が貴方にピッタリのお人を紹介してあげましょう!大丈夫!他人を求めれば、幸せになれるのです!」


女性は不自然なほど強い笑みで沢山の人々に向かって声を掛けている。幸せな方のレオはニヤニヤと笑いながら、恋人と一緒に直接テントの中に入って行ったが、クマと一緒のレオはテントの前で女性に慌てて止められた。


「おっと!貴方は幸せじゃないようですね?地位もお金も名声も……あらまぁ女性も居ないのです!?ああ!何も持ってないじゃないですか!これは大変ですね!私がピッタリな人を紹介してあげましょう!」

「うるせえ!人のことだろ!?放っておけ!」


クマと一緒のレオは強く女性に言い返してから怒りながら白いテントに入って行く。テントの中は広く、沢山の椅子に恋人が出来たレオを含めた全員が、恋人同士で座っている。レオは唖然と口を開けた。


「何じゃこりゃ……ここに居る人全員の背中に……おもちゃのぜんまいがついている……」

「はは、楽しいことになってるだろう?ほら、奥の方を見てごらん……」


クマのぬいぐるみが笑いながら奥の方を指差すと、一番奥には黄金で出来た玉座があった。直ぐに白い服を着た男と女が現れて、丁寧に玉座の前でお辞儀をし始める。


「これはかなりのお値打ちもの!その名も“神の玉座”です!どうです!?貴方達全員が求めていましたよね!?さぁ、どうぞ!玉座に座るのを争ってください!どうぞどうぞ!」


白い服を着た男と女が合図した途端、座っていた人達全員が必死の形相で玉座に向かって走り始める。「おい、どけ!!!」「これは私のものよ!!!」「消えろ!俺のだ!」と叫びながら、全員人が変わったようになる。白い服を着た男性と女性はにこやかに笑いながら、舞台の裏に去っていく。

レオは唖然としながら、血眼の形相になってしまった幸せなレオの方を見つめている。


「……おい、幸せな方の俺が……何だよ……別人みたいになっちまって……何で幸せな俺にぜんまいがついてるんだよ……」

「さぁ、どうしてだと思う?」

「……他人に幸せを求めたからか?」

「君の思う答えが、答えだよ。さぁ、さっきの白い服の男性と女性に着いて行ってみようよ」


レオはクマのぬいぐるみに着いて行って、白い服を着た男と女を追いかける。長い廊下を抜けると白い扉が見えた。男と女が扉を開けると部屋の中には「積み木」で出来た玉座にニマニマと笑った不気味な男が座っていて、白い服を着た女に声を掛けた。


「どうだ?サーカスに閉じ込めた人間共は、今日もあの見せかけの玉座を本物だと思っていたか?」

「ええ、今日も上手くいきました……自分たちの行いが「見世物小屋」になっているとは、思いもしないのでしょうね……」

「ははは!そうだな!!!俺が座っている椅子こそが本物の玉座なのに、流石馬鹿な人間共だ!!!ははははははは!!!」


積み木の玉座に座った男は楽しそうに笑い声を立てている。積み木で出来た玉座を愛おしそうに舌で舐め始めて、恍惚とした表情を見せる。


「ああ、今日もこの玉座は居心地が良い……馬鹿な人間共には、ずっと他人に幸せを求めさせろよ?自分自身の闇に深く潜られたらおしまいだ……外の幸せに目を向けさせて、永遠に幸せな夢を見させるんだ。そうすれば俺は馬鹿な人間共をずっと眺めていられる……この夢の世界で……たまには「真実」を公開するのもいいかもな?どうせ人間は信じないからな!恐怖で陥れてやろう!混乱させてやろう!情報を流せ!もっと流せ!混乱させろ!」


男は高笑いをし始めたが、レオは流石に見かねたのか、思わず呟いてしまっていた。


「おい……その玉座をよく見てみろよ……積み木で出来たおもちゃだぞ!?」

「……あ?貴様は何者だ!?まさかこの玉座を狙ってきたのか!?この馬鹿な人間め!」

「いやいや、違うって……その玉座は“積み木”だ!よく見ろよ!!!」

「お前の頭はおかしいのか?この玉座は“黄金”だろ!美しい黄金だ!前に居た神はな、この玉座を放棄したんだ!へっへー!俺の勝ちだ!!!ははは!勝ったんだ!神に勝ったぞ!勝った!勝った!勝ったった!!!」


男は玉座の上に立ちあがって、嬉しそうに小躍りし始める。レオは唖然と口を開けている。レオの横に居たクマのぬいぐるみは冷静に玉座の上の男を見つめて、小さく呟いた。


「……僕が居なくなってからでは、もう遅い。遅いんだ……ああ……積み木の玉座で踊る、君は気づかなかった……僕は居なくなってしまうのに……もう僕はこの世界には戻ってこないのに……ずっと君の目の前に居たのにね……」


クマのぬいぐるみがポツリと呟いてから、部屋から去っていく。クマのぬいぐるみが部屋から出る直前に手を上げると、部屋の中にはおもちゃが沢山降り注いだ。玉座の上で踊っていた男は「おおおおお!!!」と興奮した声を上げる。


「黄金が降って来たぞ!!!ほら、「神の玉座」に認められた!!!馬鹿な人間共!おーい!前の神よ、見てるか!?俺の勝ちだ!勝ったぞ!俺は神の領域に到達して見せた!!!俺の勝ちだもんね!だもん!」


男の語尾が段々おかしくなっていって、ぐにゃりと大きく曲がり始める。その瞬間には、男はただの人形になっていて、積み木で出来た玉座の上で固まってしまった。白い服を着た男女も人形になっている。レオは呆然と立ち尽くして、部屋の中を見つめた。


「何だこれは……狂っている……」

「うん、そうだ。狂っているね」

「まさか、これが……今の人間の姿だっていうのか……もしや貴方は……「神」なのか!?」


レオが大きく叫ぶとクマは振り返ってから、悪戯気な笑顔を見せた。それから赤い幕が下りる。直ぐに幕は上がると、小さな子供部屋が見える。その中に子供の男の子が居て、肩を震わせながら泣いている。

今のレオの方は、呆然とその光景を見つめながら、小さく声を上げた。


「……俺?まさか、俺か?」

「うん、僕だよ」

「おい、クマ……これはどういうこ……」


レオがクマの方を見ると、クマは床に倒れていて動かない。ただのぬいぐるみになってしまっていた。レオは唖然として口を開く。


「おい、まさか逃げたのか!?おい、クマ野郎!何処だ!」


レオが辺りを見回して、ルシファーの姿を必死に探していると、子供のレオはポツリと呟いた。


「お兄ちゃんの傍に、ずっといるよ」

「……何だって?」

「お兄ちゃんの傍にずっといるのに……どうして気づかないの?」

「意味が分からない……」


レオは子供のレオの言葉に動揺している。そのまま子供の部屋を見回していると、突然扉が開いた。最初に出てきたレオの母親が笑顔で入って来る。


「あら、レオ……また泣いているの?」

「ママ!」


子供のレオは入って来た母親の方に行って抱きついた。今のレオの方に気づかない母親は、優しく子供のレオの頭を撫でる。


「今日もリュートを聴かせてあげるわ。貴方のために、楽しい曲を聴かせてあげる」

「わー!今日はどんな曲!?」


子供のレオがはしゃぐと、レオの母親は笑顔のままリュートを抱えてから、美しい曲を奏で始めた。今のレオは呆然と立ち尽くしたまま、母親の方を見ている。子供のレオは今のレオに楽し気に話しかけてくる。


「お兄ちゃん!ママの演奏は凄いんだよ!一緒に聞こうよ!」

「…………」

「お兄ちゃん?どうしたの?」


レオは立ち尽くしたまま何も言わない。母親の方は怪訝そうな顔をして、子供のレオを見つめる。


「あらレオ……誰とお話しているの?」

「お兄ちゃんだよ!僕にとって、とっても大切な存在なんだ!」

「お兄ちゃん?部屋には誰も居ないわよ……」

「いるよ!ママには見えてないかもしれないけど、僕には見えるんだ!僕は、お兄ちゃんのことをずっと愛している!ずっと傍に居るんだよ!」

「レオ……不吉なことを言わないで……」


レオの母親は不安そうな表情をした後、子供のレオを抱きしめる。子供のレオは首を横に振ってから、母親を見上げた。


「ママ……抱きしめてあげないといけないのはお兄ちゃんだよ……お兄ちゃんはずっとママのことで悲しんでいる」

「……レオ……お兄ちゃんなんて見えないわ」

「僕には見えるんだ。だって僕のことだから……ママ、お兄ちゃんのことを見てあげて。こうして僕はずっと子供部屋に取り残されてしまっている。幸せな思い出と一緒に、取り残されちゃったんだ。お兄ちゃんは、ママのことを求めているんだよ?ずっと見て欲しいって……そう言っていたんだよ……」

「レオ!!!いい加減にしなさい!!!」


レオの母親は急変して、子供のレオに怒鳴りつける。今のレオは唇を噛みしめてから、レオの母親に言い返した。


「そうだ。そうやっていつも母さんは俺の話を聞かなかった!ことあるごとに、社会の価値観ばっかり押し付けて、俺を無視したな!母さん、聞いてくれ!俺の言葉を聞いてくれよ!」


レオは涙目のまま、母親に近づいた。しかし母親は今のレオの姿に気づかない。今のレオの目からは涙が零れ落ちて、母親に必死に訴えかける。


「母さん!俺を見てくれよ!ここに俺はずっと居るのに!!!どうして見てくれないんだよ!あの日、リュートを教えてくれた優しい母さんは何処に行ったんだ?いつから親父と喧嘩するばかりの毎日になった?いつから母さんは外に愛情ばかり向けるようになった?ずっと俺が傍に居たのに!どうして俺を捨てたんだよ!」


レオは母親に近づいて、腕を掴んで揺さぶった。それでも母親はレオの姿に気づかない。

その事実に気づいたレオは目を伏せてから、床に座り込んでしまった。今のレオは肩を震わせて泣いている。子供のレオは冷静に母親を見つめて、呟いた。


「ママ……どうして見えないの?僕がこんなに泣いているのに……ママ……」

「レオ……これ以上可笑しなことばかり言わないで!」

「ママ……僕は「光」として、ママの元にやってきたんだよ……ママの気持ちに寄り添って、ママに気づかせるために……外に愛ばかり求めないように……内にある愛に気づかせるために……僕はママの元にやって来た。外には何にもないんだよ?ここにしかないんだよ……僕はここにしかいないんだよ……」


子供のレオは泣きながら母親に訴えかけている。レオの母親は首を横に振ってから、大きくため息をついた。


「……はぁ。病院に行かないとダメかもしれないわね。レオの心が可笑しくなっちゃった。お父さんに知らせに行くわ」


レオの母親は子供のレオを冷たく見下ろしてから、背中を向ける。母親の背中には、大きなぜんまいが付いていた。今のレオは唇を噛みしめて立ち上がり、叫び声を上げた。


「こんな、くそったれな、ぜんまいなんて俺が取ってやる!!!もう二度と人形なんかにはなるな!!!」


今のレオは力を込めて、母親のぜんまいを一気に引っこ抜いた。ぜんまいはその瞬間煙のように消えてなくなり、母親までも煙になって消えてしまう。レオは泣きながら、子供のレオの前で屈んで、思い切り抱きしめた。


「すまなかった……俺はお前にずっと気づいていなかった……まだこの場所に取り残されていたんだな……」

「お兄ちゃん……」

「すまない……俺は、この世界に来た目的を忘れていたみたいだ……俺までも、外に愛情を求めてしまうようになってしまっていた……俺はただ……母さんに気づいてもらうためにこの世界にやって来ていたのに……」

「…………」

「1人でもいいから、俺は救いたかった……俺は母さんのことを救ってあげたかった……上からずっと見ていたんだ……迷っている母さんのことを……ただ1人でも、救いたい思いでこの世界にやって来ていたのに……俺はどうして忘れてしまったんだろう。俺はこの世界で迷っている人を見ていられなかった。ただ救いたかったんだ……」


今のレオは子供のレオから身体を少し話すと、子供のレオは笑顔を見せた。


「お兄ちゃん、もう大丈夫だよ。僕のことを見つけたんだから……お兄ちゃんはずっと光なんだよ……何があっても、光の存在なんだよ……」

「でも俺は……光の役目を、失敗しちまったんだ……」

「ううん、大丈夫だよ。君はもう一度、僕のことに気づいてくれたんだから……」


子供のレオは、ポンッと音を立てて、子供のレオと今のレオの手のひらの上に蠟燭の燭台を乗せる。子供のレオの方に、光が灯っていた。レオは目を見開いて、子供のレオを見つめる。


「お前……まさか、ルシファーか!?」

「僕は君だよ……僕はずっと光を灯して、君を待っていた。いつでも君に伝えることが出来るように……さぁ、光を灯そう」


子供のレオは今のレオに火が灯った、蝋燭の燭台を近づけた。今のレオは泣きながら頷いて、燭台を近づける。火は灯り、たった一つの燭台になった。その瞬間、幕が下りる。

僕は直ぐに隣に居たルシファーの方を見ると、微笑んでから横笛を構えた。


「さぁ、彼を呼び戻そうか……ここに帰っておいで。僕の可愛い子供よ……」


ルシファーは優しい笛の音を奏でる。美しいメロディーが部屋中に響いて一曲が終わると、水たまりは消えて、その上に光の玉が見えた。光が消えると、レオが現れた。レオは泣いていた。ルシファーはレオに近づいて、ただ抱きしめた。


「……お帰り、僕の可愛い子供……さぁ、ただ帰ろう。船に乗ろう……僕と一緒に帰ろうよ……」

「……ああ、そうか……帰る時が来たのか……」

「うん。もう何もやることはないんだよ……この世界での君の役目は終わったんだ……ありがとう。僕のために光になってくれて……ずっとこの社会で苦しい思いをしてきただろう……僕の元に帰って来てくれてありがとう、レオ」


ルシファーはそう言ってから、手のひらの上に青い薔薇を出してからレオに差し出した。レオは泣きながら青い薔薇を受け取って、頷いた。


「ルシファー……俺は、貴方の名前をずっと忘れていた……思い出せて良かった……何よりも大切な存在を……」

「大丈夫、もう大丈夫だ……君は僕の元に帰って来たんだよ……」


レオは泣きながらルシファーに抱きしめて貰っている。僕はもう何も言わずに二人を見つめていた。

レオのように、迷っている人々は沢山居るのではないだろうか。この世界では社会に適応しない者は、はみ出し者扱いだ。そういう人物こそ、光としてこの世界にやってきたというのに、社会は「はみ出し者」としてこの夢の世界に取り込もうとする。


エゴ側は、わざと「真実の話」を出して人々を恐怖に陥れ、「この世界のこと」ばかり囁いてくる。「この世界は夢ですよ」と言葉巧みに操って来る。その話は確かに真実だが、「貴方は操られてしまうかもしれません!ほらこんな事実恐ろしいでしょう?でもここは夢なのですから、もっとこの世界の中で日々を充実させましょう!」と耳元で囁いてくるのだ。

そこにはユーモアの欠片もない。エゴ側は、「恐怖の状況」ばかり教えてくる。

この世界は面白可笑しいルシファーが楽園として作った、「楽しい世界」だ。

だからこの世界は、元から恐怖の世界では無いのだ。


僕たちは今、「船に乗って、元の場所に帰ろう」としている。ただ「帰るだけ」だ。

今出来ることは、恐怖に陥れようとする「この世界だけの真実」に左右されずに、「自分だけ」を見つめるしかない。恐怖に陥れようとしてくる相手の正体を見破れば、それがただの幻だということが分かるだろう。


楽しい音楽の方に、魂がワクワクして面白い方に、神……「本来の君」が待っている。


ルシファーをジッと見つめながら考えていると、ルシファーは笑顔のまま振り向いた。


「はは、心で解説をありがとうね。でももっと面白おかしく解説してもいいんだよ?」

「ああ、分かっているよ……だが、時には直球で伝えた方がいいこともあるかと思ったんだ」

「うん、そうだね。僕は面白いことが大好きだ。そして楽しい謎かけが大好きだ。後、音楽も大好きだね。どんな子供のことも、待っているから……ただ僕の傍に来てくれるだけでいいんだよ。僕は皆を愛している。ただ一緒に帰ろう。そう僕の子供たちに伝えたいんだ」

「そうだな。届く人には届くはずだ。僕も頑張るよ。ただ「光」になって、皆の道しるべになろう」

「ありがとう。さぁ、レオ。リュートを練習しようか?」


ルシファーは笑顔でレオに話しかける。レオはようやく心が落ち着いたのか、頷いた。

僕はソファに座りながら、リュートの演奏を教えるルシファーとそれを熱心に聞くレオを見ていた。

レオの表情は柔らかくなっており、僕の心としてもホッと胸をなでおろしたような、そんな気分になった。これでレオはもう大丈夫だろう。

レオを船に乗せることが出来て……本当に良かった。


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