第21話 ルシファー
僕は深い暗闇の中で、倒れていた。目を覚ますと、直ぐ傍には天使の姿をした僕がジッと僕のことを覗き込んでいる。咄嗟に起き上がると、天使の僕は僕の手に手を合わせてきた。
「セリオン。客人がここにやってきたようだ」
「……どういうことだ?」
「客人だよ……招かれざる客だ……まさか彼がやってくるとは」
天使の僕は真顔のまま、前を見据える。僕も前を見ると、遠くの方に強い光の玉が見えた。僕は立ちあがって、周りを見渡す。
「そもそも、ここは何処なんだ?」
「ここは僕の世界だろう?忘れてしまったのか?」
「僕の世界だって?」
「……それよりも、客人の方に集中した方が良い。何をしてくるか分からない相手だからね」
天使の僕は前に向かって歩き出す。僕も横に並んで歩いて、光の玉の直ぐ傍にまで近づいた。光の玉は何の形になるわけでもなく、宙に浮かんでいる。
僕は光の玉に向かって、問いかけた。
「……貴方は誰だ?」
「お前が、そのような姿になり、この世界にやってくるとは……主のお導きに私は従うが、いささかお前の行動は行き過ぎている」
「……何だって?」
「私の名も思い出せないのか?お前を天から追放した……その名すらも忘れたのか?」
光の玉から幻想的な男の声が聞こえる。僕が何も返事できずにいると、横に居た天使の僕は代わりに答え始めた。
「……ミカエル……何故僕の世界にやって来た?」
「ほう?そちらの意識としては、まだお前が残っているのか。強い波動がこの世界で大きく揺らいだ。この世界で力を使ったな?迂闊に力を使うことは許されない。そう決められている」
「相変わらず君はお堅い奴だね……少しはアダムを見習ったらどう?まぁ君は聞かないと思うけどね」
天使の僕が軽く笑うと、ミカエルと名乗った光の玉は大きく光輝き始め、天使の僕の目の前で浮遊した。
「……そもそも貴様が、天界の秩序を崩したことは分かっているな?貴様さえ居なければ、天は主のお導きの元、豊かになっていたというのに」
「それについては散々話し合っただろう?それに主は僕のことを面白いと思ってくれた。認めて下さったんだよ。君はいつまでも納得できないようだけど」
「そのような戯言を認めはしない。貴様は本当に主と話したのか?主のお言葉に、貴様は耳を貸そうとはしていなかっただろう」
「そりゃ、君の居ないところで主と話していたからね!はは、君には聞かせていない部分もあるんだよ?」
天使の僕がけらけらと笑うと、光の玉は大きく揺らいだ。人の形などしていないのに、何故か苛立ったような気配を感じ取った。
「貴様はいつも話が通じない。このような計画、私はまだ納得していない!貴様は天使の中では最も異端だ!だからこそ、この私が身を持って追放してやったというのに……主は……主はそれすらも……」
「……ああ、やっと気付いたの?主にとっては、それすらも計画の内だった……君は知らない間に利用されていたんだね。はは、主は君のことが扱いやすかったに違いない。君は本当に“強い”からな!」
「……主のご意向ならば、納得するしかないのだろう。だが、貴様が光の役目を持つことは、納得していない」
「はは、何さ?僕が一度堕ちてしまったから?君は本当にお堅い奴だな!」
天使の僕は軽くあしらうように、可笑しそうに笑い出す。光の玉は浮遊したままであったが、更にイラついているのが目に見えた。
「この世界は貴様のせいで可笑しくなった。一度世界ごとやり直す予定だったはずだが。何故このタイミングで光の役目を持ってきた?」
「どう思う?僕が主と君に話せない秘密の話をしていたとすれば?主に名を授かり、僕が自ら志願してこの世界にやってきた。だからまぁ、そこで見ていなよ。僕の活躍をね」
「……っやはりこんなことは可笑しい……そもそも貴様が!!!」
「なぁ、さっきから僕とばかり話しているけれど、セリオンとも話してよ。セリオンも僕なんだからさ。新しい僕なんだぞ?」
天使の僕はそう言ってから僕の背中を押してきたが、こんな得体の知れないものと話す気はしない。まだ僕としては記憶が思い出せていないのに。
光の玉は僕の方に浮遊してきた。僕は大きくたじろいでしまった。
「……セリオンか……主は何故獣の名を授けたというのか……セリオンよ、一体どういうつもりで、この世界に直接干渉したのだ……」
「……まずこの姿になったのは、この世界にとってこの姿こそが、最も適していたからだ。今この世界を覆う闇が、僕のような者によって形成されている……真の光を、全ての人間が忘れているからだ」
「ほう?お前の方は、まだ話が通じそうだな。ならば、お前がルシファーに言っておけ。少しはまともになれとな」
「あー……それは無理だと思う。天使の方の僕も僕であることには変わりない。ただ僕が今……新しい光になろうとしているだけだ。これは僕の意志で決めたことだ。前の僕である、ルシファーも一緒にな」
僕が天使の僕である、ルシファーに顔を見合わせると、ルシファーは嬉しそうに笑ってから頷いた。僕たちが離れられるはずがない。ルシファーであった僕も、今のセリオンである僕も同じ光だからだ。
僕は光の玉に向かって、話し続ける。
「まだ僕の方は、記憶が完全ではない。貴方のことは思い出せないが、何故かずっと前から知っているような気がするな……」
「それほどまでにお前が、己を制約させるとは……ただお前は醜い心で、世界を見て楽しんでいただけだったはずだ。一体何故心変わりをした?」
光が僕に向かって問うと、僕の前に天使の僕が躍り出た。楽しそうにくるくると回り出す。
「はは!それは簡単だ!飽きたからだ!この世界にとっては丁度いいタイミングだろ?この世界は今、大きく変わろうとしている。一度はこの世界ごと滅ぼす意見もあったことは僕も理解しているが、その後僕は主ともう一度話し合ったんだ」
「……何?一体いつだ?」
「そりゃ、ミカエルは居なかったから知らないか。君は世界を滅ぼす方の計画に同意したんだから。僕はこの世界を見てただ楽しんでいただけじゃない。きちんと観察してたんだ。どうするべきか、見定めるためにね。君にはできないことを、僕はきちんとやっていたよ?たまにこの世界にちょっかいを出すことはあったけどね」
天使の僕は光の球体の周りをくるくると楽しそうに踊りながら、回っている。光の玉は大きく揺らぎながら、天使の僕を避けようとする。
「主は僕に問われた。この世界を君の目で観察してみてどうだったかと。なぁ、ミカエル。僕は何て答えたと思う?「とっても面白かった!」って答えたんだ。そしたら主は笑っておられたよ」
「貴様は天界上で異端だ!!!全ては貴様が起こしたというのに、全く反省の色が見えないな!」
「反省はしたよ?人間たちは殺し合いをし始めてしまったし、愛に狂ってしまったからね。だからこそ僕は「セリオン」の姿となって、この世界に強い光を持ってきたんじゃないか。それに僕の後継者たちが、僕の代わりに勝手な行動までし始めてしまって……率直に言えば、その行為に飽きてきたのが本音かな」
「その本音こそが、貴様の全てだろう。貴様が天の秩序を壊したんだ。大多数の我ら同胞がこの世界ごとやり直すことに決定を下したというのに……何故、事の発端であるお前はそのことに同意しない!」
ミカエルと呼ばれた光の球体はよっぽど天使の僕に怒っている様だった。天使の僕は一切動じずに、笑いながら踊り続けている。
「たまには「天界の悪役」がこの世界を守ったっていいじゃないか。そんな気分になったんだ。それに主は……そんな僕のことを面白いと言ってくれたよ」
「……やはり、貴様には話が通じない。もう一度私は主の元に戻り、御言葉を伺うとしよう。いいか。最後に言うが、力を使うのは程々にしろ」
「おお?程々になら、許してくれたんだね。それは嬉しいな」
「許したわけではない。だが、貴様が「光の男」と共に世界にやって来るなど、相当の覚悟であることは理解している。貴様にとって最も敵である者と組むなど……」
「アダムか?はは。彼は彼で面白いと思うよ。まぁ、天界の方で色々と彼とも話し合ったからね。最終的にお互い合意してこの世界にやって来たのさ」
天使の僕が「アダム」と話した瞬間、突然創世記を思い出した。神によって最初に作られた人物の名は「アダム」ではなかったか?
僕は思わず天使の僕に聞いてしまっていた。
「アダムって創世記に出てくる最初の男だよな?アダムとこの世界にやって来たって?」
「もう君も分かっているだろう?良く君の隣に居るじゃないか」
「……まさか、エダンのことか!?」
僕が唖然と口を開けると、天使の僕はそんな僕の反応が面白かったのか、可笑しそうに笑い出す。
「はは、君は僕なのに面白いね。僕にとって彼は宿敵さ……何故なら僕が唯一叶わない相手だったからね。でも組むことにしたんだ。彼は凄く面白がってくれたよ?今もなんじゃないかな。今となっては、彼は人間の僕の方が気に入ったようだけど」
「エダンがそこまで重要人物だったのか!?あの馬鹿が!?」
「君も彼が「真の光」だと言ったじゃないか。彼は僕よりも強い光だ……悔しいことにね。僕は馬鹿ではない。勝てない戦いと分かれば、戦う気はないのさ。そこまで戦いに飢えているわけでもないしね」
「……その割に、さっき貴方は人を殺そうとしてたよな」
僕が冷静に言うと、天使の僕は「くくっ……」と笑い出した。天使の僕はそのまま、腹を抱えて笑い出す。
「あはははは!そりゃ、あれが僕の本質だからな!狂気の僕が本体だと言っただろう?実は狂気であることにも飽きてきたんだ。だから僕は君を作った。いや、今は君として新しい光になろうとしている過程だな。まるで人間が本来歩むべき過程のようにね」
「そういうことなのか……やっと分かってきたような、そんな気がする」
「今はこうして意識として分かれているが、いずれ僕たちは完全に統合される時が来るだろう。その日までに、君がどれだけ成長できるかが重要だ。君は僕に取り込まれるほど弱くはならないでくれよ?僕の狂気は強いからね」
ルシファーが自分だということは分かっているのに、何故か彼の笑顔が心の底から冷えるほどに、恐ろしい物に思えてしまった。僕が曖昧に笑っておくと、天使の僕はやっぱり笑っている。
「そんな怖い物を見る目にならないでくれよ!結局はどちらも僕なんだからさ。いいか、この成長の過程で重要なことは、自分に嘘はつかないことだ。君が本当に望む物を見つけていくんだ……天使のままの僕では見つけられなかったことを、君は見つけられるだろうさ」
「……貴方では、見つけられなかったこと?」
「僕が……見失ってしまったものかな。ミカエルには良くそのことでお叱りを受けたけど、君にならそれが出来るだろう。頼んだよ、セリオン」
天使の僕が微笑むと同時に、僕は突然光に包まれて行く。そういえば天使の僕に突然現れた「アベル」という謎の男のことを聞けていない!僕は何とか天使の僕に話そうとしたが、光は強くなっていく。
そのまま天使の僕も、光の玉も見えなくなり、僕の意識は現実へと戻されて行った……
***
意識が少しずつ浮上していき、僕は目を覚ました。ベッドに寝ていたようで、ゆっくりと身体を起こしてから辺りを見渡す。ここは何処だろうか?医院のようにも見えるが、人の姿は見えない。
「……身体が痛いな……そういえば、アーデルは何処だ!?」
僕は無理やり立ち上がって部屋の扉を開けようとすると、僕が扉を開ける前に扉は開き、アーデルの姿が直ぐに見えた。
「……っセリオン!目を覚ましたのね!!!」
「アーデル!良かった、無事だったのか……」
「ええ、私は無事だったわ。セリオン、体調は大丈夫?」
「僕は大丈夫だ。何故僕たちはここに居るんだ?」
僕がアーデルに顔を合わせると、アーデルは心配そうに僕を見つめてから、眉を寄せた。
「塔での恐ろしい出来事から、一日が経ったわ……傷を手当てしてくれたお医者様が居たでしょう?お医者様だけは無事で、私たちを塔の外に運び出してくれたようなの……話を聞いてみたら、可笑しな仮面の男はご令嬢を連れ去った後、他の仮面の人と撤退していったって。でも塔の中は死体で溢れていて……とても見ていられない状況だったから、無事だった私たちだけは安全な所に連れて行ってくれたのよ。ちなみに公爵様は早めに目を覚まして、塔でのことを調査しに行ってるわ」
「……そうだったのか……アーデル、怪我はなかったのか?守れなくてすまなかった……」
「私は、大丈夫よ。でもエダンが……」
「エダンがどうしたって?」
「……目を覚まさないわ……セリオンのことを聞いたら、眠っているだけだってお医者様は言っていたけれど、エダンだけは何かが可笑しいって……呼吸はあるのに、身体が異様に冷たいのよ……」
アーデルは眉を寄せたまま、身体を震わせている。エダンに限って何かがあるはずがないだろう。僕はアーデルを落ち着かせるために、アーデルの手に触れた。
「エダンなら、きっと大丈夫だ」
「いえ、確かにエダンはいつも平気そうで強そうだけど、何かが可笑しいのよ……貴方も来てみたら分かるわ」
アーデルは神妙そうな顔している。これは本当に何かがあったのだろう。僕は頷いて、アーデルに連れられて別の部屋の前まで行くと、直ぐに扉を開けた。
部屋の中にはベッドに寝かされた意識がないエダンと、傍には塔で僕の傷を手当てしてくれた医者の男が着いている。医者は何かをぶつぶつと呟いており、エダンの様子を見ているようだ。
アーデルは医者に声を掛けた。
「お医者様……セリオンは、目を覚ましてくれました……エダンの様子は……変わりないですか?」
「……はい。貴方様のご友人は、大変危険な状態にあります」
(まさかエダンが!?僕と約束して、やって来たって言ってたじゃないか!あいつがこんな所でやられるはずはない!!!)
僕が急いでエダンのベッドに近づくと、エダンは眠っているようだった。恐る恐るエダンの手に触れてみると、手は死人のように冷たい。
「……これは……アーデル、エダンに何があったんだ!?」
「分からないわ……お医者様も身体に傷があるわけでもないのに、目を覚まさない理由が分からないって……ねぇどうしたらいいの……」
アーデルは肩を震わせて辛そうにエダンを見ている。僕もまたエダンを呆然と見ると、急いで天使の僕に話しかけた。
(ルシファー、貴方なら分かるんだろう?お願いだ……出てきてくれ!)
僕が天使の僕を強く望むと、ルシファーは横に突然現れた。僕が驚いたままルシファーを見つめると、ルシファーはニッコリと笑った。
「やあ、セリオン。僕を呼んだか?」
「……っ何でそんなに呑気なんだよ!エダンはどうしてこうなったんだ!?」
「アダムか?ああ……アベルにやられたんだな……なぁ、僕とそんなに堂々と話していいのか?アーデルが見ているぞ」
僕はハッとしてアーデルの方を見ると、アーデルと医者までもが僕を不審げに見ている。二人にはルシファーである僕の姿は見えないのだろう。これでは完全に僕は不審人物だ。
僕は二人に向かって曖昧に笑った。
「はは……いや、これは……ああ、僕も疲れているのかもしれないな」
「ねぇ、セリオン大丈夫?それに塔で見せた貴方の……その……」
「塔でのことは後で説明する。二人共、僕をエダンと二人きりにしてくれないか?」
「……どうして?セリオン。何か分かったの?」
「ああ。分かるかもしれない。だが、こう……誰かに見られていると喋りづら……ではなくて分かりづらいというか……だからエダンと二人きりにして欲しいんだ」
アーデルと医者は顔を見合わせてから、医者は頷いたため、アーデルも僕の方を見て頷く。
「貴方の不思議な力のこともあるし、貴方はきっと全て分かっているのね……後で絶対に説明してね?」
「ああ、必ず説明するよ」
「……分かったわ。お医者様、一旦部屋を出ましょう」
「はい。分かりました」
アーデルと医者は二人で部屋を出て行った。僕はエダンの方を見てから、もう一度ルシファーに顔を向ける。
「これで話せるな。エダンはどうしてこうなったんだ?」
「アベルか……己の父親である者を攻撃するなんてな……中々やるじゃないか」
「おい!早く教えてくれ!」
「はは。相変わらず君は、結論を急ぐな?」
ルシファーは僕を見て笑ってから、エダンをジッと見つめる。そのままエダンの手に触れると、目を瞑ったまま口を開いた。
「これは……アベルは光である父親を殺そうとしたな?いや、僕たちの計画を台無しにしようとしたようだ。心の何処かでは、あいつも気づいているらしい。アベル自身がこの世界の物語を終わらせたくないと望んでいるようだ」
「……何だって?どういう意味だ?」
「僕の世界で話しただろう?僕は今、僕が作ったこの世界……この狂気な舞台から、退くことにしたんだ。天界では会議が行われた。僕の天敵と噂されているミカエルは、この世界を滅ぼすことにした。僕は否定し守ることにした。この世界は僕のおもちゃ箱だったからな」
「はぁ!?おもちゃ箱だって!?」
僕は唖然と口を開けてルシファーを見ると、ルシファーは面白そうに笑った。
「はは。本当に君は何もかも忘れているんだな。僕が設定したことだったが、人間の僕も面白いもんだな。君は知らないかもしれないが、神話には堕天した強い天使がいるんだ。主のご意向に背いて、ルシファーである僕が悪者になったのだと」
「……ああ、蛇の話か……」
「そうだ。蛇は嫉妬に狂い、主を裏切った。己が神であると思い込み、暴挙に至った……そして僕はサタン……つまり悪魔になったと言われている」
「……その話が今の事と何の関係があるんだ?」
ルシファーは笑顔のまま、僕をジッと見つめてくる。僕は思わずその視線にたじろいでしまった。
「はは、君は本当に結論を急ぐよな……いいか、僕は「覚めることのない永遠の夢」を作ることにした。主はそんな僕を面白いと思った。僕は主との計画の上で天使ミカエルに排除され、堕天使となった。最初は嫉妬が発端ではあったが、僕は自分の答えを見つける場所が欲しかったんだ」
「自分の答えを見つける場所?」
「ああ……僕はある答えが欲しかった。この夢の舞台は答えを見つけるための場所だった。天使や人間、そんなしがらみもなく……言葉を喋り、知能が高い者は人間のみにした。敢えて他の種族は作らなかった。最初人間のことは平等にしたつもりだったが、国が出来て言葉は分かれていき、人々は勝手に分断していった」
ルシファーは室内をゆっくりと歩き出す。その瞬間、僕の目の前には世界の光景が映し出されて行った。時には自然豊かな森が映り、時には鳥の鳴き声が聞こえ出す。人間が働く姿や、争う姿……殺し合う姿が映し出されて行った。人が争うと同時に街は発展していき、武器は飛ぶように売れていく……兵器を作り狂気の世界が生まれる。一方で人々は愛を抱き、抱きしめ合う姿が映し出されて行く。
ルシファーである僕はその光景を冷静に見つめるように室内を歩いた。
そのまま足を止めると、パチンと軽く指を鳴らす。その瞬間、今まで映し出された光景は跡形もなく消えていった。ルシファーは僕の方を見て、ニッコリと笑う。
「パチン。たったこれだけで僕の世界は消せるんだ。だが、消そうとはしてこなかった。僕は最後の最後まで……答えを見つけられると何処かでは期待していたんだ」
「……その答えは、見つけられたのか?」
「いや。今僕は最後の賭けをしようとしている。実はもう船の出航は決めたんだ。僕が座っていた玉座は開けることにした。その後は誰が座るでもいいが……僕はこの夢の世界の玉座を降りることにしたことは確かだ」
ルシファーは僕を見つめてくる。僕の手に触れてきて、そのまま包み込んだ。
「この世界は変わることになるだろう。僕は最後に、連れて行くことにしたんだ。光に気づくことが出来た人々を……船に乗せて……」
「何処に連れて行くんだ?」
「……君たちが楽園と呼んでいるところだ。僕たちは帰る時が来た。元の場所に……僕も含めて帰るんだ。僕たちは狂気すらも捨てて、光に戻らなければならない」
ルシファーは目を伏せたまま、何処か寂しそうな表情を見せた。だが、強く決意したような表情でもあった。
「これは僕すらも変わることになる。だから僕も覚悟は必要だったよ。でもこの舞台は終わらせなければならない、そう決めた。僕の世界はここで終わるだろう。どれだけの人々が、僕が出した船の存在に気づけるかは分からない。だけどこれは……最後の賭けなんだ」
「……船には、全員は乗れないのか?この世界が変わるならば、全員連れて行けばいいだろう」
「いや、人々には既に僕のことは見えなくなってしまったようだ。僕がどれだけ存在を表しても、気づかなくなってしまった。人々は家庭を作り地位や名声を得て、仮初めの幸せを築いてしまった……実は、その幻想に浸りたかった自分もいるんだ。だが、そこにあるのは虚しさばかりだ……挙句の果てに人々には僕の姿すら、見えなくなってしまった」
ルシファーは自分を自嘲したように笑っていた。僕の方を見てから、ただ笑っていた。
「可笑しいだろう?自分で作ったはずなのに、虚しさばかりが起こるんだ……僕は笑いながらこの世界を見ていた。時にはこの世界にやって来た「光の存在」を消したり、闇を操作して遊んだり……そんな僕も居た。だが、何処かでは気づいていた。僕の存在は永遠に変わらないことを……永遠に同じままだということを」
「…………」
「僕は、そういう意味では、ずっと子供のままなんだ。ただこの世界を見て楽しんだ。様々な姿に変えて、この世界に入ったりもしたよ。「夢の舞台」はとても美しかった。僕の作った世界なんだからな。だからこそ守りたかった。だけど……終わりが来たんだ」
「必ずしも、終わらせる必要はないんじゃないか?ここが夢だというならば……それもいいんじゃないか?」
僕はルシファーに伝えたが、ルシファーは静かに首を横に振るだけだった。
「……そうだな。この夢の世界はこのまま続くだろう。ただ僕は、この世界から去ることにしたんだ。僕の存在に気づくことが出来た人々を連れて……船は出航する」
「……船?その船は何処にあるんだ?」
「船は目に見えるわけではない。僕の世界にあって、もう既に作ってある。何人かは気づいたが、まだ沢山の人々が気づけていない。これこそが「天国」だと思い、この世界に奇跡を作り上げてしまった者もいるくらいにな……築き上げた価値観全てを壊さなければならない。それには人間となった僕、つまり君の協力が必要なんだ。お願いだ。君が光となって、光を届けて欲しい」
ルシファーは夢の中で見た者とは違い、真剣な表情をして見せた。僕はその視線にただ頷いた。
「……分かった。僕が光になればいいんだな?貴方が造った、その船に人々を乗せていく必要があるんだな?」
「ああ。ここは僕の愛した世界だ。ミカエルには気持ちは分からないだろうが、僕はこの世界を「神」として愛した。君は船への道しるべとなるだろう。ただ船まで人々を率いて行って欲しい。後は僕が人々を連れて行くから……そして……ルシファーである僕と、セリオンである君は1つになるだろう」
僕はルシファーを見つめた。ルシファーも僕をただ見つめる。僕はルシファーの手を取った。
「そうか。僕たちは1つになることが決まっているんだな……」
「ああ、そうだ……君は最後の僕の希望でもある。君は心に純粋心を抱き、世界を見つめることが出来るからな。最後に僕たちは、君がエルバに灯した蝋燭の光のように、1つの光となるんだ」
「エルバって、リリーが気にしていた親子……僕が行った家の、孤独を抱えた女の子だったよな?そうか……あの子すらも僕の出した試練だったのか……」
「はは、そうだな。ルシファーである僕が君に試験をした。彼女をどうするか、ただ見たかったからな……君は見事に合格してみせたな。実はエルバは既に僕の造った船に乗っていて、君の帰りを待っている。僕たちもまた、光に気づいた人々と共に帰るんだ」
ルシファーは僕から離れて、エダンをジッと見つめる。そのままフッと笑った。
「そうか。アベルは物語を続けたいのか……だが、僕はもうそうではない……さて、アダム……いやこの世界ではエダンのことを救おうか」
「っ救えるのか!?」
「ああ。この世界は僕の世界だから、そういう意味では、自由だ。自由にしすぎてもつまらないから、僕は敢えて制限したりして世界を楽しんだがな……そして今は、僕は光の役目として、ここにやってきた。これが最後だ……これで終わるんだ……」
ルシファーは僕の手に重ね合わせてから、僕の手をエダンの手の方に持って行った。そのまま目を瞑る。
「さぁ、目を瞑って集中してみるんだ。君の中にある光を思い出してくれ。君の光は全てを超えることが出来る。エダンが負った、深い霊的な傷すらも癒せるだろう」
「……分かった」
僕もまた目を瞑った。僕は自分の中の光を思い出した……強く光が沸き上がる感覚が襲い、僕の手は光に包まれる。それと同時にエダンの身体を少しの間包み込み、光は身体の中に浸透していく。少し経ってから、エダンはようやく目を覚ました。
「……おお?」
「……っエダン……目を覚ましたのか!!!」
僕が声を掛けると、エダンは寝ぼけた顔のままゆっくりと起き上がる。僕を見るなり、首を傾げた。
「俺は戻って来たのか?今俺は……元の場所に帰っていたな……」
「は?何処にだ?」
「俺たちが元居た場所だ。お前も帰る時が来るだろう。今ではないけどな。さてと……お前が俺を戻してくれたんだな?助かったぞ。戻るにも、戻れない状況だったからな」
エダンは元気に起き上がってから、軽く腕を回し始める。何故か床で腹筋し始めて、心配していた僕があほらしくなってきた。
「……随分と元気じゃないか……一体、さっきまでのは何だったんだ……」
「はは、俺としたことが油断していた。強制的に帰らされそうになっていたんだ。ま、お前が助けてくれたから、何とかなったけどな!」
エダンは飛び上がって僕の肩に向かって強くバンバン叩いてから、何度も「助かったぞ!」と言ってくる。僕は大きくため息をついてから、僕の横に居たルシファーの方を見たが、ルシファーは既に居なくなっていた。
僕は心の中で「ありがとう」と呟いてから、エダンの方を見る。
「はぁ。心配させるなよ……お前が目を覚まさないから、大変なことになっていた。アーデルも心配していたぞ。今は部屋の外で待ってくれている」
「おお!アーデルは、俺のご立派を恋しがってくれていたんだな。そうかそうか!」
「……その言葉をアーデルに言ってみろ。お前は一瞬で終わるぞ」
僕は冷静に呟いてから、首を傾げるエダンを置いて部屋の扉を開ける。辺りを見回すと少し先の方にアーデルと医者が話し込んでいる姿が見える。僕はアーデルに大きく声を掛けた。
「アーデル!エダンが目を覚ました!」
「……っ本当!?」
アーデルは急いで駆け寄ってくる。医者もそれに続いて部屋に入ってくる。エダンが元気に腹筋している姿を見て、アーデルは呆然と口を開ける。
「何でこんなに元気なのよ……」
「ああ!美しいアーデル!セリオンが言うには、俺のご立派を恋しがってくれていたと聞きました!さぁ!いつでもお見せしますよ!」
「エダン、おい!そんなことは一言も言ってねえ!馬鹿!脱ぐな!!!」
エダンは起き上がってせっせとズボンを脱ぎだし、僕は慌ててエダンを止める。アーデルの方を見ると、先ほどのエダンよりも死んだ目になっていた。一方で医者はエダンの方を見て目を見開いている。
「……かなり危険な状態だったはずだ……一体何故なんだ……」
「あー……まぁ、ちょっと色々とあったんです」
僕が曖昧に医者に言うと、医者は信じられない物を見るかのようにエダンを見つめている。
これ以上この話題に突っ込まれたら大変まずいため、僕は話題を切り替えるために大きく咳を零す。
「ごほっ……それで、アーデル。詳しく何があったか聞かせてくれないか?エダンもこの通り元気になったようだしな」
「……そうね。私の方からも貴方に聞きたいことが沢山あるわ。でもまず私から話すわね。塔の出来事から一日経ったわ。クロード公爵は早めに目を覚まして、まだ体調も万全じゃないのに、塔の調査に行ってしまったの。結局あの恐ろしい犯人が誰なのか、心当たりがないそうなのよ……」
「僕が最後に仮面の男を見た時、奴は「アベル」と名乗っていたんだ。それで何かが分かるかもしれない」
「あら、アベル?その名前は何処かで聞いたことが……ああ、そうね……昨日貴方が話してくれた神話に出てくるわ!」
アーデルは驚いて僕を見る。僕もたった今その事実を思い出した。確かにアベルは神話に出てくる。人類最初の男女の子供の名前として……
「そうだな……人類最初の男女の子供として、兄カインと弟アベルが兄弟として生まれた。エデンの園を追放された後にな。アベルは羊を飼う者になり、カインは土を耕す者となった。ある日、カインは地の産物を持って主に供え物をした。アベルは主に肥えた羊を供え物したが、主はカインの供え物は取らず、アベルの供え物だけを取った」
僕はそこで立ち止まる。塔を襲ってきた仮面の男は、本当に神話の「アベル」なのではないか?どうして同じタイミングで、神話の者達がこの世界にやって来ているかは分からないが、何らかの関係があることだけは確かだ。
「カインは当然怒ったが、主は言われた。「何故貴方は怒るのか。正しいことをしているのなら、顔を上げたら良い。もし正しいことをしていないのなら、罪が待っていることになるだろう。それは貴方を慕い求めるが、貴方はそれを治めなければならない」と。だが、カインは弟アベルを野原に誘い、アベルを殺してしまった。これが人類最初の殺人だ。結局主はカインを追放してしまった……」
人類最初の殺人は兄弟であるカインとアベルによって行われたとされている。仮面の男が「アベル」と名乗ったのは絶対に訳があるはずだ。最初にアベルはクロードを狙った。つまりこれは……
「なぁ、アーデル。クロードには弟がいるんじゃないか!?」
「……え?……そういえば、居るわ。でも……」
「でも、何だ?」
「公爵様のご兄弟、私が貴族家を出る前から、ずっと行方不明らしいのよ……突然跡形もなく消えてしまったって……誘拐を疑われて凄い人数の警備兵が雇われて調査されたの。でも見つからなかった……今も公爵様は必死に探されているらしいわ」
「やっぱりそうか!あの仮面の男は、恐らくクロードの弟だ!」
ようやく分かった。今起きていること全ては「神話の世界」で出来ているんだ!
僕自身はこの世界で裏切りの蛇とされている、「天使ルシファー」の、この世界での人間の姿だ。
エダンは人類最初の男「アダム」とルシファーが話していた。
そして、人類最初の男女から生まれた兄弟である、弟「アベル」は仮面の男であり……クロードは恐らく兄「カイン」自身だ。
「これで分かったぞ。アーデル、今起きていることは全て神話が関係しているようだ。僕含めてだがな」
「貴方含めて?もしかして神話が、貴方の不思議な力と関係しているの?」
「そうだ。君は勘が鋭いな。順を追って話そう。神話はこの世界全ての象徴だ。この世界は、男女関係の不倫……はたまた恋愛関係、世の中はいつもそればかりだよな。僕は逆にそれを利用して客を集めていた」
「え、ええ……そうよね。恋愛関係の話は特に好まれるわね」
「そうだ。それは人類最初の男女の裏切りの原罪に繋がると思わないか?人類最初の女エバは、蛇の誘惑に乗り、禁断の果実を食べた。全てはそこから始まったんだ……それと君に話してはいなかったが……僕は……あー……」
アーデルは言葉を続けない僕を不思議そうに見つめている。「僕は天使ルシファーだ」こんなことを言えば、頭の可笑しい奴だと思われるだろう。だが僕の力も見せたし、彼女ならきっと信じてくれるはずだ。僕はようやく覚悟を決めた。
「僕は……僕は天使なんだ。神話に出てくる「ルシファー」という名前だ。聞いたことがあるか?」
「………え?」
アーデルはポカンと口を開けている。それはそうだろう。天使がこの世界にやって来るはずはないと思うのが普通だ。現に僕は人間として彼女の前に存在している。だが、ルシファーが話してくれた通り、この世界がルシファーの作った「夢の舞台」ならばそれすらも可能なのだろうか。
アーデルは目を暫くパチパチと瞬きさせてから、ようやく呟いた。
「それは、どういうこと?貴方が天使?でもどう見ても、貴方の姿は人間よね?天使って神話にはよく羽が生えて出てくるじゃない。ああでも……確かに貴方は不思議な力を使ったわ……」
「混乱するのも無理はない。この世界では天使ではなく、人間としての僕が居るがな。本来ならば実現することがなかったことが、この世界では実現可能なんだ。だから僕は不思議な力を使えた。実は僕も全てを思い出したわけではないんだが……」
「……1つ聞いても良い?天使ルシファーって聞いたことがあるわ。確か、国に留まらず全体を司る神様に楽園から追放されたって」
「そうだ。その話は神話の蛇の話に繋がる。天使ルシファーは、人類最初の女を騙す罪を犯した蛇だ。だから僕が蛇であることは確信した。君が嫌いになるならなっても大丈夫だ。僕はただそれを受け入れるから……」
「でも待って。貴方が前に話してくれたのは、蛇もわざと悪者になったって言っていたわよね?蛇こそが愛の象徴だったのにって。この神話には別の真実が隠されているんじゃない?」
アーデルは真剣な眼差しで僕を見つめる。アーデルの真剣な態度に僕は驚いてしまった。
「君は……信じるのか?こんな突拍子もない話を!?」
「それは、貴方が言ったからよ。どれだけ突拍子がないとしても、私は貴方の話なら全て信じるわ。最初の演劇の話は実話だと信じられなかったけれど……あの時に全て分かったのよ。私は全て貴方のことなら、信じるわ。だから本当のことを話してほしいの」
アーデルは僕に一歩近づいて、僕の手を静かに取る。アーデルと視線が合い、その視線は強く信じてくれているのだと直ぐに分かった。僕はフッと笑ってアーデルを見つめる。
「……ありがとう。まさかこんな話を信じてくれるとは……君は本当に凄いな」
「私は貴方のことなら絶対信じるって決めたの。あの日、貴方が警備兵に捕まってしまった時に……私は最初に貴方の演劇の話を信じなかったことを、とても後悔したのよ」
「そうか……君には僕も全てを話すよ。このことは、君以外の誰にも信じて貰えないだろう。誰にも聞いてもらえないだろう。でも僕は君にだから、話すんだ」
僕はアーデルに目線を合わせた。アーデルは優しく笑って頷いてくれた。僕もまた笑い返してから、全ての真実を話し出す。
「僕は最近になってだが、天使ルシファーと話せるようになった。真相は、天使ルシファーは僕自身でもあったと気づいたからな……彼は僕に話してくれた。この世界は天使ルシファーが作った、夢の世界なのだと」
「……夢の世界!?」
「ああ、そうだ。彼が言うには……この世界を作った理由は「答え」を見つけたかったと話してくれた。一体何の答えなのかは教えてくれなかったがな。ルシファーはこの世界を作った神であったが、この世界の玉座から自分は降りると話したんだ。今彼は行動に移している。見えない船を作って、彼の世界で人々が自分の存在に気づいてくれることを、ずっと待っているんだ」
「ちょっと待って……駄目、整理が出来ないわ……つまりここは貴方が作った世界だということ?」
アーデルは混乱したのか、僕から離れるとそこらを歩き始める。エダンは珍しく僕の話を聞いているのか、ただ僕の方をジッと見つめている。
医者は「頭の医者として貴方を診ましょうか?」とでも言いたげな表情で僕をポカンと見つめていた。
僕は彼らの反応全てを受け入れてから、ただ笑った。
「整理が出来なくて当たり前だ……こんな事実、それこそ僕がルシファーでなければ信じなかっただろう。確かに君の言うとおり、ここは僕が作った世界だ。僕は最後に、この世界にやって来た。人々を船に乗せるためにな……ルシファーが玉座から降りるのは、今すぐではない。少しの間、この世界での夢の生活は続けるが、僕は最終的には人々を船に乗せてここから去ることにした。まずは気付いた人から船に乗って行かなければならない」
「……船って何処にあるの?」
「ルシファーが言うには、船はルシファーの世界に作ってあるようだ。今もルシファーは悩んでいる。誰もルシファーの声が聞こえなくなってしまったのだと……どれだけ声を上げても人々はこの世界での幻想の幸せに溺れて、気付かなくなってしまったのだと……彼の姿は、僕としてでしか今は表現できないんだ……」
僕が強くアーデルを見つめると、アーデルは混乱しているようではあったが、信じてくれたのか大きく頷いた。
「分かったわ。貴方の話なら信じるわ……質問してもいい?船には誰が乗ることが出来るの?そしてルシファーが居なくなってしまったら、この世界はどうなるの?」
「一つ目は、僕の存在に気が付いた人々だ。既に船に乗っている者もいるが、まずは「君」だ。そうだ……「君」は必ず乗って欲しい。二つ目の質問は、世界の玉座が空いてしまうのだから、今後この世界がどうなるかが分からない。ルシファーが言うには「後は誰が座ってもいい」と話していた。ルシファーが造った夢の世界は、ずっと続いていくと。だが……船に乗れた者と乗れなかった者たちで、分かれ道になってしまう」
「……っそれは大変じゃない!早く皆に伝えないといけないわ!!!」
「そうだな……だが、そう簡単にはいかないんだ。僕の話を素直に信じる者は少ないだろう。僕を信じてくれなければ、船には乗れないんだ……僕の世界に導くことができない……特にこの世界で幸せな家庭を作った者達や、深い闇の中に居る者達……社会の価値観に溺れてしまった貴族社会の者達は難しいだろう」
アーデルは呆然と僕を見つめる。これだけははっきりと分かっている。この世界の人類すべては二つに分かれてしまう。「このまま夢を見続ける者達」と、「船に乗って新たな場所に行く者達」だ。
そうか……僕は本当に重要な役目を背負ってやって来ていたんだ。光として……
「ねぇ、どうにかして伝えることは出来ないの?そうよ!貴方の演劇なら伝えることができるかもしれないわ!」
「物語にすれば、間接的には伝わるかもしれないが、“誰もこの話が実話だと信じてくれないだろう”こればかりはどうしようもないんだ……伝えたくても、伝わらない者達が居る。どれだけ声を上げようとも……人類は二つに分かれてしまうんだ」
「……っそんなの……悲しいわ……」
「ああ、そうだな……ルシファーの言葉を皆に伝えるためには、自分自身が光になるしかないんだ。それから伝えていくんだ。相手の心に訴えかけるように、魂に呼びかける。そうすればその人の心に光が灯るだろう。人間としての僕の役目はできるだけ多くの人に光として、メッセージを届けることだ。僕は、僕の船に導いていく役目がある」
アーデルは僕を見てから、静かに頷いた。彼女は本当に凄い。僕の話を全て信じてくれたのだろう。僕は彼女に向かって笑みを見せた。
「ありがとう。信じてくれたんだな……僕には僕自身のことがまだ残っている。僕自身の犯してしまった、罪だ……それを浄化しなければ、僕は光としての役目を果たすことができない」
「貴方の罪……演劇の話ね……」
「……そうだ。僕はマリアの首飾りの呪いを解かなくてはならない。そうしなければ人々全体にルシファーからの言葉を伝えられない。これで全て話したよ。今まさに神話の出来事が起きている……クロードは恐らく弟のことに気づかないとならない。クロードは何処に行ったんだ?」
「公爵様は今、塔の調査に行っているわ。そろそろ帰ってくるはずだわ」
「そうか。分かった。まずはアーデル、信じてくれてありがとう……おい、エダン!」
僕はエダンに顔を向けた。エダンはずっとこちらの話を聞いていたのだろう。直ぐに笑顔で此方を見てくる。僕はフッと笑みを見せた。
「……お前もだ。ありがとう。僕の目を覚まさせてくれて。僕に光の役目を伝えてくれて、ありがとう」
「ああ、分かっているぞ。お前は最高の男だ。アーデルも最高の女だ。そしてエダン様は、スペシャルなハンサムな男だな!」
エダンは謎のポーズを取り出してから、何故か踊り出している。「エダンにはかなわない」とルシファーが話していた理由が、よく分かったような気がする。
僕はとりあえず近くの椅子に座ってから、腕を組む。
「さて……ここからどうするかだな」
「そうね。貴方の船に乗せないといけないのでしょう?ここは夢の世界だから……そんなこと本当に思いつきもしなかったわ。当たり前のように生活していたもの」
「そうだな。普通は気づくことは難しいだろう。まず君は普通の生活をしていてくれ。僕がこれからのことを慎重に考えてみる。これはもう結婚どころの話で話ではなくなってしまったな……」
「ええ、でもこれで良かったのよ。私は貴方と一緒に居られるのなら、どんな形でもいいわ。ねぇ、その船に乗って何処に行くの?」
「……僕たちが元居た場所だ。帰るんだ。ただ、帰ることになるだろう」
「そうなのね……私たちが元居た場所……そこに帰るのね。ねぇ、私たちずっと一緒よね?」
アーデルは僕をジッと見つめてきた。彼女は何処か不安そうに僕を見つめてくる。僕は微笑んだ。
「……ああ。僕たちはずっと一緒だ。これからも一緒に居よう」
「……良かった。何だか貴方がとても儚く見えてしまったの……天使って聞いたからかしら……」
「はは、天使のイメージと言えば、そういうイメージを持たれても仕方ないか。僕は僕としてここに居る。だから大丈夫だ」
僕はアーデルに目を合わせると、アーデルはホッとしたように息をついた。ルシファーは最後に僕たちが1つの光になると言っていたが、それはどういう意味なのだろう。ルシファーは狂気に負けない僕になってくれとも頼んでいた。後で彼に聞いてみるのもいいだろう。
突然扉が開き、難しい表情をしたクロードが室内に入って来る。クロードは僕たちに顔を見合わせるなり、目を見開いた。
「君たちは……目を覚ましたのか!」
僕たちの方に近づき、僕とエダンを交互に見つめている。クロードの表情は酷く疲れたような表情で、まだ傷が治っていないことが分かった。アーデルは心配そうにクロードを見つめる。
「公爵様……傷の方は大丈夫なのですか?顔色が優れないようですわ」
「アーデル嬢、心配には及びません。私の方は問題ありません。塔の調査をしましたが、犠牲者があまりに多く、此方は暫く時間がかかるでしょう。君たちはまずそれぞれの家に……」
クロードが話し始めたため、急いで僕はクロードの話の間に割って入る。
「公爵様。突然ですが貴方にはご兄弟がおりますね?」
「……ああ、そうだが?」
「アーデルに貴方には行方不明の弟が居ると聞きました。「アベル」という名前に聞き覚えがありませんか?」
「アベルだと?全く聞き覚えがないな。私の弟の名は「ルーベン」だ」
「ルーベンはこの世界での名前です……貴方は天界のことを覚えていないのですか?」
「……何だと?」
クロードは訝し気に僕を見てくる。ああ、そうか……やはり彼は全く天界のことは覚えていないのだろう。僕もルシファーであった時の記憶が曖昧なのだから、仕方ないのかもしれない。僕はクロードに目線を合わせた。
「……そうか。いや、何でもありません。もしかしたら最後に現われた仮面の男が、貴方のご兄弟かと思っただけです」
「何?そんなはずがないだろう。私の弟は、あのような狂暴な男であるはずがないからな」
クロードは早口で言うと、よっぽど急いでいるのか、僕たちを横目に見てから呟く。
「すまないが、まだ塔の調査が残っている。君たちだけで、各自家に帰って貰うことはできるだろうか。馬車は手配しておこう」
「……分かりました」
僕が頷いた途端に、クロードは再び足早に出て行く。
横に居た医者もクロードに着いて部屋から出て行った。出て行った方向を見つめていると、突然エダンは僕に向かって話しかけてくる。
「セリオン。真実を伝えるのは良いが、時に真実は己の「光の気づき」すらも破壊してしまうぞ。誰かを「気づかせよう」と思わないことだ。例え全てを知ったとしてもな」
「……何だって?」
「お前が純粋な気持ちで伝える分には構わない。さっきの船の話のようにな。だが、お前が真実の話を「誰かに気づかせよう」として言葉にするな。それは光の力にはならない。いいか。人には気づくときが既に決まっている。お前の言葉が例え真実だとしても、お前視点の言葉では何も伝わらないんだ。闇にまたハマりたくないだろう?折角お前はお前自身に繋がったんだ。初心の気持ちを忘れるな。己の光の役目を思い出せ」
「………なるほど。全ての真相が分かっていても、言わない方が良い時があるんだな」
「ああ、そうだ。人に光を受け渡す。ただそれだけでいいんだ。神……いやお前自身の光は、お前が受け渡した光に降りるだろう。「真実」を自慢げに見せびらかしても、全く意味がない。ま、俺のご立派を見せびらかす分にはいいがな!」
「何で最後はいつもその話になるんだよ……」
僕が呑気に踊り出したエダンを見つめていると、突然隣にまた天使の僕であるルシファーが現れ出した。僕は驚いて彼を見つめる。彼はニッコリと笑ってきた。
「はは、エダンの言う通りだな。君は全ての真相を知った気になっているかもしれないが、僕には全てお見通しだよ。これは「人間」がハマりやすい罠だからな。ま、全て想定済みだけどね!君は君で大丈夫なんだ。そのことを忘れないでくれ」
「…………」
「ああ、「返事はしなくてもいい」よ。今は周りに人がいるから、僕に伝えづらいだろう?「真実」はこっそりと君の胸に。君の中で光に変えてくれ。誰にもこのことは内緒だよ。君は最初から光なんだから、慌てて誰かに伝えなくても大丈夫なんだ。セリオン。分かっているだろう?ずっと僕が君と一緒に居るんだ。僕のことを少しは頼りに思ってくれてもいいんじゃないか?」
僕が返事はせずにただ頷くと、ルシファーは嬉しそうに笑った。僕の肩に手を置くと、耳元で小さな声で呟いた。
「君が思っているよりも、僕は君のことが大好きなんだよ?勿論人類全てを愛しているけれど、僕は君のことが大好きだ。ただ僕の言葉に返事はしなくていい。言葉で伝えなくても、僕は君のことなら全て分かっているから。君は僕の言葉を「光」に変えてくれるだけでいいんだ。そのことだけは胸に留めておいてくれ。頼んだよ、セリオン」
ルシファーは笑いながら、再び光に包まれて消えていった。
ああ、そうか。僕はまた見失っていた。全ての真実を思い出した気にはなっていたが、クロードのことのように、むやみに真実を伝えるべきではなかったんだ。
無理やり相手を思い出させようとしては駄目だ。相手に真実を伝えて、気づくわけでもない。気づいていない人々をやみくもに助けようとしても駄目だ。また僕が闇にハマってしまう。
僕は僕だ。ただそれしか居ないんだ。
僕は大きく深呼吸して目を瞑る、瞑想するように自分自身の中の光に問いかけた。
(僕は僕だ。僕は光だ。誰かのためになろうとするな。僕は自分自身を思い出したんだ。目を覚ましたんだ。やっと僕の役目を思い出したんだから、僕が僕であることだけは忘れるな)
僕が何度も深呼吸をすると、僕の中の光が動いたような気がした。僕の中にルシファーの姿が見える。彼は笑っていた。僕は彼に向かって、何も言わずに心で頷き返した。
僕はエダンの方をジッと見つめる。
「……すまない。また僕は闇にハマる所だったな」
「ははは!ま、大丈夫だろう。お前はこうして戻って来たんだからな。「真実」は伝わるべき時に、人に伝わる。焦らなくても全て「お前の中の神」は分かっている。そいつに合わせて待っていてくれるさ。ほら、お前の中の光がそう言っているだろう?困ったときは、目を瞑って自分自身に問いかけるんだ。俺は俺だってな」
「ああ、そうだな。僕は僕だ。それしか居ない」
「そうだ。ま、凝り固まった時は踊りがいいぞ!気分の発散にもなるからな!」
再びエダンは踊り出していて、僕は冷静に見つめておく。アーデルは僕とエダンを交互に見つめてから、呟いた。
「ねぇセリオン。「真実は言わない方が良い」ってどういうこと?貴方の言う通り、この世界の真実が夢ならば、早く人に伝えた方が良いと思うわ」
「そうだな。人に伝える分には構わないが、何事も動機が重要だ。誰かを助けようと思えば、また自分自身にハマり、闇へと戻ってしまう。「誰かを助けよう」と思うのは、「真実の愛ではない」。言葉は「自分自身の愛」によって、光の力になる。本当はこの世界に言葉なんてものは必要なかったんだ。これは全て人間が作ったものだ。何もしなくても、目に見えない力が働いて相手に伝わっていく。その時の自分自身の「動機」が重要なんだ」
「……っそうなのね……その視点は考えなかったわ。貴方は何でも知っていて、凄いわね!」
「これは教えられたことだよ。ルシファーである僕から直接な。人は真相を知った時に、闇にハマりやすい。「ほら、この話は誰も知らないことだろう?」と自慢しやすいんだ。人間たちは本来なら平等な姿だった。「真実をやみくもに自慢する考え」こそが、人々が分かれていった原因でもあるからな」
「確かにこの世界の真実をもし知ったとしたなら、普通は誰かに言おうって思うわよね。でも自慢をする考えこそが、闇にハマってしまう。そして人は神から遠ざかることになるのね……」
アーデルは頷きながら、僕の言葉の解釈を話す。「自慢することで、人は神から遠ざかってしまう」まさにアーデルの言う通りだ。闇雲に真実を話したところで、人には届かない。
更に人間の愚かな部分は、真相を話すことが良いこととして、薄っぺらい正義感が働いて「誰かを助けるために」やってしまう所だ。
「神がおっしゃったのだから」と自分に酔いしれて、最終的には己と神を見失ってしまう。
まさに「バベルの塔」の実現化である。バベルの塔は神話の「創世記」にも登場するが、「実現不可能な天にも届く塔を建設しようとして、崩れてしまった」存在だ。
己こそが一番上に立とうとして、何もない所を目指して人間は登り続けている。
そこに「光」などないのに、まるであるかのように錯覚し続けて。
ルシファーから見れば、「バベルの塔」はただの「おもちゃの塔」だ。幼児は木の積み木を一生懸命積み上げる。それを傍で見ていた母親は「あら、凄いわね!」と幼児を褒め称える。
所詮、人間達が行っている行為はその程度の物に過ぎない。
神から見れば「あら、凄いわね!」で片づけられてしまう物なのだ。
「さぁ、散らかしてしまったら、御片付けしましょうね!」と母親は木の積み木をおもちゃ箱の中に戻していく。幼児は駄々をこねるだろう。「まだ遊びたいよ、ママ!」と。
だが、母親は幼児の我儘を理解している。「そうね。でも遊びはこれでおしまいよ」と言って幼児を優しく撫でてなだめてあげる。
これが世界で人間達が行っている真相であった。己の世界観をおもちゃの積み木で積み上げて作り上げていく。ただの玩具で出来ているのに、人間達にはそれが黄金の塊のように思えている。
お遊びをやめて、立ち上がって家から外に出ることもしない。
永遠に人間は家の中でおもちゃの積み木を積み上げている。母親に褒めて欲しい可愛いらしい幼児のように、笑顔のまんま。
僕はアーデルの言葉に、静かに頷いた。
「そうだな。自慢と言えば、人は何も価値がない物を自慢しやすいんだと思う。僕もかつてそうだったが、神から見れば何も価値の無い物を積み上げていた。僕が努力して積み上げていた物はずっと「おもちゃの積み木」に過ぎなかったんだ……僕は何も見えていなかった」
「あら……何も価値のない物って、どういう物?」
「それは金貨や、地位と名声、誰よりも凄いと思う心……最早恋人同士の愛すらも。幸せな家庭を作っている者達は、愛情を人同士で得られるものだと勘違いしている。愛に必要な物は自分だけで十分なのに、それこそが「愛」であると幸せなキスを交わすんだ。神から見れば、この世界はつまらない舞台を見ているようなものだ。お菓子を片手にな。おもちゃ遊びをしている内に、人は神の存在すらも忘れてしまったのだろう……」
アーデルは僕を呆然と見つめたまま、大きく頷いている。しかしエダンは「おおっ!?」と何故か大きく声を上げてから、軽快に踊り出した。
「おお!?この世界は、そんなにつまらない舞台なのか!?それなら俺がもっと面白くしてやるよ!どうだー!行くぞー!ご立派―!ご立派ダンスー!そりゃ!どうだ!?ほっ!!!」
エダンは片足を上げたり、腕を大きくぶん回したりして、上機嫌に踊り続けている。アーデルはカッと目を見開いた。
「シッ!黙って!!!セリオンが話しているでしょう!」
「おおっ!?セリオンに、この世界の魅力がまだ十分に伝わっていなかったからな!ほら見てみろ!踊りは楽しいぞ!女の尻を叩くのも楽しいぞ!酒を飲むのも楽しいぞー!見てみろ!世界は最高に楽しいぞー!!!」
……もう何を言うのも疲れてきた。僕が呆然とエダンを見つめていると、横にルシファーが現れる。一体ルシファーである僕は何回現れて、何回消えるつもりなのか。ルシファーは面白そうに笑っていた。
「ははは!セリオン、してやられたね!エダンには叶わないから、何を言うのもやめた方がいいよ!」
「一体何なんだ……」
「これこそがエダンの概念だからね!ははははは!!!もう駄目だ!!!」
ルシファーは面白そうに笑いながら、再び消えていった。一々現れたり消えたりするのは何なんだ?ルシファーも居るならば、ずっと居ればいいだろうに。
僕は大きくため息をついてから、首を横に振る。
「……もう何だかどうでも良くなってきた」
「おおおっ!?お前にもこの世界の楽しさが分かったか!?ほら、踊ってみろ!拳を突き上げてな!最高だぞ!楽しいぞ!笑って最高に楽しむんだ!この世界は楽しいぞ!!!」
「分かった!分かったから、もう黙れ!!!」
「お前が楽しいと言うまで俺は黙らんぞ!ほいっ!!!そりゃ!!!どうだー!?」
「ああ、分かったよ!この世界は最高に楽しい!これでいいんだろ!?どうせ僕は今、玩具の積み木を積み上げていたさ!」
僕が大きくエダンの声を遮ると、エダンは「最高だー!!!」とすっかり1人の世界に入って踊り続けている。本当にさっきまでこいつは死にそうになっていたのか?
僕は話を切り替えるために、大きく咳を零した。
「ごほっ。それで話を戻すが、これからの予定だ。アーデルはとりあえず貴族の屋敷に戻ってくれ。今回の騒動で開催は伸びるのかもしれないが、婚約パーティにはどっちみち行くよ」
「でも用意してくれている船に乗るんでしょう?これから旅立ちのために何か荷物とか準備した方がいいわよね?それと家族にも伝えないといけないわ」
「あー……君は本当の船に乗ると思っているかもしれないが、船は見えない船なんだ。「霊的な船」と言えば正しいかもしれないな。それに荷物は何も持っていけない。鞄も何も必要ないんだ。ただ乗ってくれるだけでいい。家族についてだが、伝わる人には伝わるだろう。君の家族は導くことが出来るだろうが、そうではない周りの人に闇雲に言っても駄目だと言うことだけは覚えておいてくれ」
「そうなのね!覚えておくわ。でもパーティにはどうして来てくれるの?この場所から旅立つというのなら、もう私は貴族社会のことはどうでもいいわ」
「そうだな……だが、僕はどうにもクロードのことが引っかかるんだ。塔で見た「アベル」という仮面の男だが、婚約パーティで何か行動を起こしてくるかもしれない。奴は君を狙っていた」
アーデルはハッと目を見開いた。僕はアーデルに目線を合わせて、言葉を続ける。
「ルシファーから聞いた話だが、アベルという男は、この世界での物語を続けようとしているようだと言っていた。僕の見解ではクロードは神話の世界での「カイン」だ。クロードは己のことに気づかずに、この世界で「正義感」を貫き通している。アベルはクロードが己自身のことに気が付くまで、行動を辞めようとはしないだろう。奴が何故マリアを攫ったかは分からない。だが、最初は君を狙っていたんだ。何か行動を起こすなら人の出入りが多いパーティ会場だろう?」
「……っそうね……もしかしたら私が狙われているかもしれないってこと?」
「そうだ。君は今非常に危険なんだ。アベルはクロードが気が付くまで、どんな行動でも起こすかもしれない。だから絶対にパーティには行くよ。貴族街への通行証は予定通りで大丈夫か?」
「ええ!貴族街の通行証は任せておいて。お父様に必死に頼み込んでみるから。パーティはクロード公爵の屋敷で行われるわ。ああでも、パーティの招待状はどうしましょう……」
「パーティの招待状か……どのみち普通の経路の侵入は厳しいだろう。召使の姿にでも変装してこっそり屋敷に入るしかないな。最初は商人の姿で貴族街に入り、次は召使の姿に着替えるよ。後は僕の演技力にかかっているな」
僕が頷きながら話すと、エダンは何故か踊りを辞めて、僕の方を笑顔で見てくる。
「よし!こっそりだな!俺が筋肉を見せびらかした隙に、お前が屋敷に入るってのはどうだ?」
「もうお前は黙ってろ!まさかまた僕と一緒に来るつもりなのか?」
「行くに決まっているぞ!お前が言うには、敵が来るかもしれないんだろ?俺の最高な筋肉と力で敵と決闘しないとな!ふー!最高だな!」
「おい。パーティに遊びに行くと勘違いしてないか?いいか、今は僕の力もある程度は使えるようになった。だからあまり目立つ行動はするなよ。誰かにバレたら一発で終わりだ。いいな?」
「大丈夫だ!万が一の時には俺の筋肉を見せびらかしている隙に、お前が行けばいいだろ?」
「いい加減、筋肉から離れろ!!!」
僕が思い切り大声を出すと、ようやくエダンはシュンと大人しくなった。アーデルはため息をつきながら、首を横に振っている。
「……エダンは、もう駄目ね」
「同感だ」
僕とアーデルがお互いに頷き合っていると、扉のノック音が聞こえる。扉が開いた先に居たのは見知らぬ男と、何とその後ろには、捕まったはずのアーデルの家に住んでいた召使ベルと、暴力的な父親から救い出したフィオナが居た。
アーデルは目を大きく見開いて、彼女たちに駆け寄る。
「……っベル!フィオナちゃん!!!」
アーデルは二人を抱きしめた。ベルとフィオナは笑顔のままアーデルを抱きしめ返している。傍に居た男は話し出す。
「公爵様から許可が出ました。お二人は直ぐに貴方様にお会いしたいと言っていましたよ」
「ああ、やっと公爵の気が済んだのね!ベル、フィオナちゃん大丈夫だった?」
「アーデル様!私は大丈夫でした。事情徴収と言われて最初は怖かったですが、公爵様は気を遣ってくれましたよ」
「私も大丈夫でした!」
ベルとフィオナは笑顔で頷いている。アーデルはホッと胸をなでおろしてから、二人をもう一度強く抱きしめている。傍に居た男は「ごほん」と大きく咳を零した。
「公爵様は馬車を用意してくれています。さぁ、皆さんを家にお送りしましょう」
「ええ、分かったわ。ベル、フィオナちゃん。とりあえず私の家に来てくれる?頼んでみて、何とか私の屋敷に居させてもらえるようにするわ」
「ありがとうございます!」
ベルとフィオナは大きく返事をする。僕たちは男の後ろに着いて行って、外に用意されていた馬車に乗った。馬車の中ではパーティの計画について話し合われた。
アーデルが言うには、今回塔で酷い騒動はあったが、恐らくクロードはパーティを必ず開催するだろうとの見解であった。
暫く計画を話し合っていると、アーデルの屋敷に着いた。馬の鳴き声と共に、馬車はゆっくりと止まった。一旦僕たちはアーデルとフィオナとベルと別れなくてはならない。女性陣三人は馬車から降りて行き、僕とエダンにジッと目線を合わせた。
僕が何かを言おうとすると、傍にある森の奥から「エダンさーん!!!」とジャックの声が聞こえてくる。
「酷いっすよ!ずっと俺はここで一晩置いてけぼりだったんです!全員酷いっす!!!」
ジャックは泣きながら僕たちの方に走って来る。馬車の御者はギョッとしてジャックを見ていたが、アーデルは「ごめんなさい……」とジャックに謝る。
「ごめんなさい。あの時は急いでいたから……」
「こんなのってないっすよ!!!森で一晩過ごすなんて、子供の時以来っすよ!」
「ええ、そうよね……ごめんなさい……」
アーデルは必死に謝っているが、エダンは笑顔のままで「おおジャック!」と片手を上げている。僕は泣いているジャックの方を見てから、話しかけた。
「ジャック。お前に合ったことも悲しいだろうが、お前は来なくて正解だ。実は一騒動があって、僕たちは死ぬところだったんだ」
「どういうことだ、セリオン?」
「それは、帰り道で話す。アーデル!じゃあまた……必ず会おう」
僕がアーデルに目線を合わせると、アーデルも目線を合わせて強く頷いた。
「ええ。必ず会いましょう。例の物が入った手紙は、必ず貴方の家に送るわ」
「ああ、頼んだ。待ってるよ」
「おお!美しいアーデル!また会いましょうね!俺のご立派は、いつでも戦う準備が出来ていることを覚えてお……」
「エダン?黙ってって言ってるでしょ!!!」
アーデルはカッと目を見開いて、エダンに一喝を入れるとエダンはシュンと大人しくなる。僕は曖昧に笑っておいてから、ジャックを乗せた馬車はアーデルの屋敷から離れて行った。アーデルは寂しそうな表情のまま、僕に手を振っている。
僕たちはアーデルが離れていく姿を見つめながら、平民街へと馬車は進んでいった。




