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悲劇のパラノイア  作者: エデン
第3章
17/34

第17話 獣の夢

「もしもセリオンが、アーデルにもエダンにも出会わなかったら」


平民街にしては高価な値段の宿の一室で、僕は裸のままベッドの上で足を組んで座る。横には豊満な身体つきの裸の美しい女が何処かけだるそうに眠っている。床に散らばっているのは、僕が脱がした高級ドレスだ。眠る女を見ながら、思わず僕は笑みを見せていた。


(今回も簡単だったな)


こちらの貴婦人は僕の演劇にお越しいただいた、美しい貴婦人だ。当然の如く夫も貴族なので愛し合った結婚ではなかったようだ。貴婦人は僕の不幸演劇を観るために毎回訪れるようになり、僕へとずっと熱い視線を送っていた。僕は貴婦人の気持ちが分かっていながら、敢えて笑みを見せる程度にしていた。

何かを言ったわけでもない。僕が貴族向けへの舞台公演を終えて裏口から出ると、貴婦人が佇んでいた。

美しいドレスで僕を待っている姿がマリアと重なり、僕は貴婦人に自然な笑みを見せた。


「おや、こんにちは。僕のようなしがない平民が使っている汚い裏口を、貴方のような美しいご婦人がご利用頂くべきではないでしょう。ほら、身体が冷えてしまいますよ。ここには日の光も届かないのですから」

「あら、そんなこと言わないで下さい……もう分かっておられるのでしょう?私は敢えて日の光を避けたのです。貴方に会うために」

「僕のような平民にそのようなお言葉、大変光栄でございます。しかし貴方は元の美しい場所に戻った方がいいでしょう。ここは舞台裏でございますので」


僕が丁寧に礼をしてから、貴婦人に笑みを見せたまま後ろを向いて去ろうとすると、貴婦人は慌てて僕の手を掴んだ。


「ああ、行かないで!貴方の演劇に惹かれたのが発端ではありますが、気づいた時には貴方自身に惹かれていたのです。もう夫など捨ててもいいくらいに……貴族の地位すら捨てられますわ!それほど貴方のことを……」


後ろを向いたまま、プッと笑い出しそうになったが寸での所で抑える。僕は役者だ。ここで嘲笑うような感情を表に出すことはない。僕の演劇が貴族中で有名になってから、貴婦人共は僕に魅了されるようになった。さて、こんなことは今となってはもう何人目だろうか。僕はそのまま貴婦人の方にもう一度振り向いた。笑顔のままで優しい笑みを見せてやる。


「どうか、そのようなことおっしゃらないで下さい。貴方は貴族のご婦人で、私は汚い平民でございます。身分差の戯れは、この国では夢の話でございます……夢から醒めた方が、貴方にとっても宜しいでしょう。それでは失礼いたします……貴方のお越しを、僕はいつでも舞台でお待ちしておりますよ」


跪いてから、僕の手を掴んだ貴婦人の手の甲に軽くキスしてみせる。そのまま上目遣いで貴婦人を見てやると、貴婦人の目が変わった。本当に人は分かりやすい。これで貴婦人は既に僕のものだ。

ああ、ちなみに好みの女だからやってやったが、相手がブスな女だったら僕はやらなかった。

僕の基準にこちらの貴婦人は見事合格したということだ。おめでとうと拍手でもしてやりたい気分になったが、僕は立ちあがってわざと去ろうとする。


「行かないで!!!お願いでございます!貴方がそう望むなら、これが夢の中でもいいですわ!!!」


貴婦人の言葉を聞いて僕はゆっくりと振り返った。これが夢の中でいいと言うのなら、馬鹿な貴婦人のご要望に従ってもいいだろう。“戯れ”を本気の恋愛の真似事にはしたくない。貴族と関わるなど、面倒そのものでしかないのだから。

僕は貴婦人に目線を合わせたまま、笑みを見せて静かに近づく。貴婦人は僕にすっかり魅了されて固まっている。


「貴方がそうお望みならば、僕はただ従いましょう。さぁ着いてきてください。ここからは貴方が望む夢の中ですよ……」


僕は貴婦人の手を取って、優しく舞台裏へとご招待をした。簡単に言えばベッドの中に入ったわけだが、結論から言えばこの女はまぁまぁだった。前の貴婦人の女の方が胸はでかかったし、身体つきとしても前の方が、僕の基準として合格していたように思える。

しかしまぁどんな女であれ、一度戯れをしてしまえば、突然興味を失ってしまうのは男の性だろうか。

もうこの女に魅力は感じない。既に味わった身体ではあるし、見飽きてきた。

退屈な気分になり欠伸が出そうになったが、幕が下りるまでは演技を続けてやろう。


僕は自分の服を着てから、女の肩に手を置いて身体を軽く揺さぶった。


「美しいレディ、そろそろお時間ですよ。貴方の家の者が心配するかもしれません」

「ん……ああ、もうそんな時間ですか?まだ貴方と一緒に居たいですわ……」

「私も同じ気持ちですが、これ以上遅くなってしまえば、帰り道が危険になります。貴方を危険な目に合わせたくはありません……さぁ外までお送り致しましょう」

「ああ……貴方は終わった後は、とても冷たいのでございますのね……しかしそれすらも美しいですわ……またお会いしても宜しくて?」

「ええ、舞台でお待ちしておりますよ」


優しく微笑んでやると、貴婦人は魅了されたように僕を見つめた。貴婦人もドレスを着直し、外までお送りして貴婦人と別れたわけだが、ああ何とも簡単すぎてつまらない日常だ。


僕は演劇を続けて、最終的にはエキストラ劇団から脱却し、僕自身の名前だけで独立して見せた。僕の名前が貴族の間で強まり、僕の名前を出すだけで貴族共は群がるようになった。

さて、明日で20歳になるが19歳は女と寝てばかりの年だったように思える。


やりたいものはやりたいものだし、それを発散する術として貴族の女を使ったとしても誰も文句は言わないだろう。

こんな僕にも悩みはあった。最初の頃やって来る女はブスな女が多かったんだ。仕方なしに抱いてやったが、今となっては僕の価値が更に上がり上物の女が群がるようになってきた。

僕の価値は金と名声で、彼女たちは金と名声目当てで僕に群がっているに過ぎない。


はは、それすらも面白いよな。女というのはこれほどまでに単純で馬鹿な生き物なのだから。

今となっては僕に抱いてもらいたいと望む女はどれだけいるだろうか。そんな女の心情を考えるだけでも、観察癖がある僕にとっては面白く映る。

いつかこのことを舞台のネタにしてやってもいいだろう。彼女たちにそれを見せてやった所で、自分のことだとは気づかないだろうが。


僕は外を歩きながら、いつもの酒場に向かう。最近では演劇仲間も出来て、男友達と酒を飲むようになった。僕に憧れて僕のようになりたいと望む男は増えたようだ。

所詮僕の真似事に過ぎないとしても、同じように名声を望む演劇仲間のことは大切にしてやりたい。

僕のように、底辺から成功したい男は山ほどいるのだから。だからこそ有名にはなっても、底辺の男共の味方ではあってやりたいのだ。

生きていることを全力で楽しむような男には分からない世界がここにある。底辺で苦しんで這い上がってきた者にしか分からない世界がここにある。

僕は底辺から成功してみせて、傷ついた心すらも力と魅力に変えたのだから……


いつもの酒場に着いて中に入ると、同じような志を持つ複数人の演劇仲間の男達が、僕を見るなり笑顔になる。演劇仲間の男レオが僕に声を掛けてくる。


「セリオン!よく来たな。今夜もやったのか?」

「まぁ、その結果にはなったな。強いて言えば今回の女は、最中の声がくそほどうるさかった。少しもないのもつまらないが、うるさすぎるのも問題だな。途中で萎えるかと思った」

「ははは!お前って案外気にするもんな、細かいこと。やれればいいだろ、やれればな。ほら座れよ。皆今日の舞台の話を聞きたいってさ」

「レオ。僕はそう単純じゃないんだ。そこらの女では満足できない。レオの方はどうだったんだよ、狙ってた女はいけたのか?」


僕は席に座りながら、レオに目線を合わせる。レオは何故かニヤニヤし始めて、僕に耳打ちしてくる。


「実はな、明日やれそうなんだ。応援しててくれよ?」

「はは、それはおめでたいことだな。影ながら応援していよう。僕の方は明日もまた公演があるからな……今度は平民向けだが」

「そういえばお前、もうすぐ20歳になるんだろ?俺より1つ上だもんな。ほら今日はパーティでもしようぜ。些細なパーティだがな」

「ああ、そりゃ嬉しいな。さてまぁ、飲むか」


僕が傍にあった酒に手を付けようとすると、レオの他の演劇仲間が僕に向かって憧れの目で見てくる。


「セリオンさん!舞台の秘訣をもっと教えてくださいよ!」

「まぁ待てよ。酒を飲んでからでもいいだろ?」

「俺たちは成功したいんです!セリオンさんや、レオさんのように!ご教授お願いします!」


酒を飲みながら彼らを見ると、随分とお間抜けな顔をしている。僕の後に同じように1人舞台で成功したレオとは良く語るが、こいつたちは僕にとってはおまけ程度に過ぎない。

まぁ僕を慕ってくれるのは事実だろうし、同じような底辺男を無下にすることはしない。


「そこまで言うのなら、教えてやろう。ほら、よく聞けよ……」


僕が演劇と商売方法について念入りに語り始めると、彼らは熱心に僕の話に耳を傾け始めた。彼らのギラついた視線の意味は僕にはよく分かる。地位と金、そして名声。僕は全てを手に入れた。それに彼らは憧れている。“女”は僕にとっておまけ程度に過ぎない。


不幸話の舞台なんてものをやっているからか、たまに批判めいた声が届くことはあるが、全て無視している。そいつらの話を聞いたところで、時間の無駄だからだ。

僕の仕事はわざと人々の精神を刺激させて、闇の舞台へと誘い込む。民衆どもは闇に陶酔して、僕自身に惚れこんでいく……

僕は民衆を誘い込み、ただ「こちらへおいでなさい」と笑みを見せているだけだ。たったそれだけで、民衆共はよだれを垂らしながら、金をたんまりと落としてくれる。


人ってものはこれほどまでに単純だ。あれほどまでに過去に馬鹿にしてきた女共も、僕の魅力に惹かれていく。金と名声で出来上がった僕の目の前に、裸の身体を献上する。


「どうか抱いてください!」「お願いします!貴方に一目会うだけでいいのです!」「貴方の全てを私のものにしたい!」


地面に這いつくばって、僕にすがってくる。僕は上から見下ろして、ただ笑うだけだ。

その笑みを嘲笑う意味ではなく好意から出たものだと彼女たちは勝手に勘違いして、「ああっ!」と感嘆の声を上げる。さて次はベッドの上にご招待?

はは、それは僕の基準に“合格”してからだ。


僕は女共を上から見下ろす。女共はよだれを垂らす。恍惚とした表情で僕を見る。僕は成功者の権利として、より美しい女を選び抜く。選ばれた女は「ありがとうございます!!!」と僕に土下座までしてくる。


面白い!!!これほどまでに単純だとは!!!女はくそ馬鹿だ!!!僕は大笑いしそうになる気持ちをこらえて、ベッドの上で女を抱いてやる。

彼女たちは興奮して、僕を見つめる。あの憧れの人に抱いてもらえたと、時には浮ついた声すらも聞こえてくる。彼女たちは簡単に僕の前で股を開く。

僕が殺してあげたマリアのことを思い出すことが幾度もあった。気付いた時には彼女たちの顔がマリアになっている時すらもあったが、僕はそれすらも利用した。


―――お恥ずかしい話ですが、それが恐ろしく興奮したのです……愛しいマリアよ。


マリアを抱いている!!!僕はマリアをこんなにも暴いてやった!!!殺したマリアの身体を味わうことはもう二度とできない。だが、こうして生きているマリアの身体に出会うことはできる。彼女の身体は豊満で肉付きが良かった……僕はベッドの上で彼女を思い出す。

ああ、それが最高に興奮する………はは、まぁまぁ落ち着いてくれ。首なんて絞めないさ。それが最高に興奮することだとは分かっているが、そんなことをすれば、大事になってしまうだろう?


こう思考している間にも、僕は同じような仲間に語っている最中だ。彼らは何度も大きく頷き、時にはメモまで取り始めて勉強熱心な若者である。

一通り戦略を語り終えると、彼らは何度もお礼を言ってきた。「別にいい。僕の話を役立ててくれ」と言うと、憧れるような目線がより一層強くなる。

その後は、女共の話で騒ぎ立ててパーティ騒ぎをしようか。

僕の親友、レオは仲間の大人しめの男に酒を飲んだ勢いでからかいだす。


「お前、まだ経験ないんだろ?俺が適当な女見繕ってやるって!」

「あの、僕は……本当に好きな人としたいんです……それが夢なんです」

「今時好きな人と?はは!馬鹿だな。最初なんて適当でいいんだよ。ほーら、ああいう女なんてどうだ?」


レオはニヤニヤしながら、酒場の奥の方を指差した。今日は酒場で何か催し物でもやるのか、綺麗なドレスを着た美しい女が見える。酒場の店主に女は声を掛けられているようだ。


「アーデルちゃん!今日の歌もよろしく頼むよ」

「ええ、店主さん。任せておいて下さい!」

「ははは、今日も元気いいね。こんなに来て貰っているのに、少ないお金しか払えなくて申し訳ないね……」

「店主さん……私とても店主さんにお世話になりました。これくらい当然です!」


アーデルと呼ばれた女は笑顔で店主に声を掛けている。ほう?ここらではかなり美しい部類だ……あの女を味わうのは中々楽しそうに思える。上から下までじっくりと眺めていると、レオは僕の方にまで耳打ちしてきた。


「おい、よく見たらあの女、最高じゃないか?こいつらへ本当の口説き方を教えるために、口説いてみたらどうだ?いけるんじゃね?どうせビッチだろ」

「ああ、そうだな……酒場に来る女なんてどうせ底辺だろうが、顔は素晴らしい……よし、たまには僕からも行ってみるか。見ていろ」

「はは!頑張れよ、お前が無理なら俺が行くぞ?」


レオはニヤニヤした顔のまま僕を見る。僕は役者の気分に戻し、アーデルと呼ばれた美しい女に少しずつ近づく。傍まで行くと、ようやく女は僕の方に気づいた。


「あら、何かご用ですか?」


女は笑顔で僕の方を見てくる。僕は丁寧に礼をして、営業用の笑顔を女に見せた。


「初めまして。僕は役者をやっている者ですが……貴方の美しいお姿に似合うと思いまして、この一輪の花を貴方にお渡ししても宜しいですか?」


演技の小道具に使っていた精巧に作られた造花ではあるが、鞄から取り出して彼女に差し出す。彼女は驚いた表情のまま僕を見ているが、何故か花を受け取ろうとはしない。

その間にも、僕たちのやり取りに注目したのか、わいわいと周りの人々が浮ついて騒ぎ出す。


「おおっ!あれはあの有名役者セリオンじゃないか!?」

「きゃー!!!セリオン様じゃない!!!こんな酒場にいらっしゃったなんて!!!」

「あら、セリオン様!?まさかあの女に口説いているの!?私の方に来てくれたら、いつでも受け入れるのに!!!」


僕のファンなのか、女達は色めいた表情を僕に向けてくる。僕はアーデルと呼ばれた女の返事を待ったが、女は怪訝そうな表情をして、何故か花を受け取らず首を横に振った。


「ごめんなさい。今は仕事中なのよ。関係ない物は受け取れないわ。お引き取り頂いて宜しいかしら?」

「……それは失礼しました。それではお仕事が終わりましたら、この花を手渡しても宜しいですか?」


どうやら強情な女らしい。まぁこういうタイプの女もいるだろう。僕は直ぐに切り替えて返事をしたが、女は怪訝そうな表情をより一層強めるだけだ。


「……はぁ。遠巻きに無理って言っているのが分かりませんか?今私には彼がいますし、それに貴方……とても汚く見える……心がですが」

「……は?」


僕が思わず聞き返すと、女は深々とため息をついた。女は僕に向かってはっきりと言った。


「貴方の心がとても汚く見えます。申し訳ないけれど……私、こういう勘は良い方なの。絶対に無理なので、これ以上言ってこないで下さい」

「……何?」


笑顔を思わず崩してしまい、女を睨みつけると女は冷たい目線を僕に送った。何かを言おうとする前に、周りに居た僕の舞台のファンであろう女達が次々と立ち上がった。


「今何とセリオン様に言ったの!?取り消しなさい!!!」

「セリオン様に声を掛けられておきながら、どういう態度よ!?思い上がりもいい所だわ!!!」

「取り消せ!!!今すぐに取り消せ!!!」


女達は立ち上がって、頼んでも居ないのに僕の味方になる。僕が冷静にそれを見つめていると、アーデルは静かに首を横に振った。


「……取り消さないわ。この男は醜い。私には分かります。貴方達の方が可笑しいわ。一度目を覚ました方がいいでしょうね」

「……っ!!!何てことを!!!」


女は唖然としてアーデルを見つめてから、突然怒ったように前に出てきて、アーデルに掴みかかり始めた。見かねた店主が女達を止めようとすると、後ろから突然バン!とけたたましく音を立てて扉が開いた。


「さーて、アーデル!!!やってるかー!?エダン様の登場だー!!!ふー!!!」


赤毛の派手な服を着た男が大声を出しながら、酒場に入ってくる。何故か拳を上に突き上げながら上機嫌で入ってくる。周りの女たちは唖然として赤毛の男を見ているが、男は全く気にしていないのか、アーデルの横に立った。


「おっ?まだ歌を披露していないのか?ハニー」

「……エダン。ちょっと問題ごとになっちゃったのよ。貴方が来るとまた面倒なことになるわ」

「なんだって!?愛しい恋人の為ならば、俺はいつでも解決するぞー!さて、何をすればいいんだ?」

「何もしないで。貴方が関わると、余計面倒なことになるから」


アーデルは、エダンと呼ばれた男に冷静に声を掛ける。僕が怪訝な表情で派手な男に目線を向けてると、男は僕に気が付いたのかニヤリと笑った。


「おっ!まさかお前、アーデルを口説いたな?アーデルはこのハンサムな俺、エダン様の恋人だから諦めた方がいいぞ?な、アーデル!」

「……いちいちアピールしなくていいわ、エダン」


女が否定しないと言うことは、この生きることを全力で楽しむタイプの男がこの女の恋人ということになる。なるほど。こんなタイプの恋人が居たのか。だからこの女は僕を嫌ったんだろう。


僕が納得して離れようとすると、エダンと呼ばれた派手男は僕の手を突然掴んだ。


「おい、待て!!!お前……お前は……」

「あ?何だよ?事情は分かった。もう口説くつもりは……」

「……あー……忘れてた。お前ともっと前に出会う予定で来ていたのに、俺は……まずい!!!こりゃ、やっちまったぞ!!!」


エダンと呼ばれた男が、頭を抱えて僕を見つめた途端、突然「うっ!!!」と自身の胸を抑えたかと思えば、そのまま床に倒れてしまった。アーデルは直ぐに男に駆け寄る。


「きゃー!!!エダン!?どうしたの!?」

「うう……アーデルすまない……俺はやっちまった……セリオンはもう遅かった……」

「遅い!?遅いって何よ!?しっかりしてよ!!!」

「俺はもう駄目だ……一足先にさよならだな……また……会おうぜ……」


エダンという男は僕の名前を教えてもいないのに、謎な言葉を言い残したかと思うとパタリと意識を失った。アーデルはエダンを仰向けにして、必死に心臓音を聞いている。


「……っ!?そんな……死んでいる……」


アーデルはハッとしたような表情を浮かべて、安らかな顔をしたエダンを呆然と見下ろす。突然目の前で人が突然死されれば、流石の僕も何も言えない。アーデルは呆然とした後に、エダンにもたれかかってわっと泣き出した。


「そんな!!!エダン!こんなに急に死ぬなんて!昨日も、エダンが夜の店ではしゃいでた所に突入して、怒ってごめんね!冬の時なんて、寒いのに家から閉め出しちゃってごめんね!私が悪いのよー!」


わんわんとアーデルは泣きだして、酒場の店主がそれを必死に慰める。周りの女達は男の突然の死に驚いたのか、逃げるように酒場から去って行った。

一騒動があったため、僕は動揺しつつも親友のレオや演劇仲間たちと酒場の外に出る。

もうすっかり深夜になってしまった。レオは僕を見てから、首を傾げる。


「何で突然あの男は、お前を見るなり死んだんだ?」

「……分からんな」

「不思議なことがあるんだな……おい。それよりさっきのアーデルっていう女……お前に対して失礼な態度だったよな。なぁ、あの女が酒場から出てきたときに路地にでも連れ込んでやっちまわないか?」


レオは僕の傍に来てから小さく耳打ちしてくる。僕はレオを見てから、大きくため息をついた。


「警備兵に捕まりたいのか?僕はそんな危険な行為はしない」

「女に腹立たなかったのか?俺は腹立ったがな……別にいいだろ?あの女なんてどうせビッチだろうし、一回や二回くらい……なぁ?」

「……はぁ。お前がやりたいだけじゃないか?」

「ははは!バレたか!!!ご名答!」


レオはにやついた表情で僕を見てくる。僕は首を横に振ってから、レオを無視して酒場から離れようとする。


「知らん。お前が勝手にやって捕まる分には構わん」

「おいおい!冷たいな!!!なら俺だけで行っちゃうぞ!?いいんだな!?」

「あーいいよ。勝手にやってろ」


僕は手をひらひらさせてから、他の劇団仲間たちと去っていく。何もかも面倒になって欠伸をしながら歩く。レオは本当に路地に連れ込むことを実行するつもりだろうか。そこまでしてあの女にこだわらなくてもいいだろうに。

少し歩いてから、劇団仲間たちと別れて僕は夜道をゆっくりと歩く。冷たい風が吹いてくる。さて、明日は忙しくなるな。平民向けの舞台を演じなくてはならない。そろそろ金も溜まってきたし休みたい気持ちもあるが、もしも休めば民衆共に忘れられてしまうだろう。

はぁ。まだまだ働かないといけないな。


僕はふいに横の店を見る。ショーケースには鏡が沢山並んでいる。鏡の専門店だろうか?その内の1つに僕の姿が映りこむ。


―――何だ?何かが違う。


僕は鏡の方に近づく。僕自身をジッと見つめる。姿は紛れもなく僕だ。だが……これは……

僕ではない!!!


ハッと気づいたときには、僕は僕自身から離れていた。鏡を見つめた僕自身の姿が目の前に見える。僕自身は離れた僕のことには気づかずに、鏡の前で首を傾げてから再び道を歩いて行く。


「……どうなってる?ここは何処だ?僕は今まで何をしていた?」


一体僕は何をやっていたのか。周りを見回すといつもの平民街だ。アーデルが現れて嫌われて……エダンが突然死んで……こんな突拍子もないことが起こるなんて「夢の中」としか考えられない。

しかし夢の中だったとしても妙にリアルな光景が目に映る。肌に感じる冷たい風は現実そのものだ。

そうだ。さっきまで会っていた僕が親友だと思い込んでいたレオという男は……あいつは!!!アーデルを!!!


「……っ!!!まずい!!!」


僕は目の前を歩く僕とは反対方向に直ぐに走り出した。早く戻らないと!レオが誰かは知らないが、アーデルを襲おうとしている!!!

僕は走った。とにかく走った。夢の中だろうが、何だろうがアーデルは助けないとならない。彼女を襲おうとするなんてあの野郎、ぶっ殺してやる!!!


酒場の前まで走ってくると、僕は急いで辺りを見回した。


「アーデル!!!何処だ!!!おい、何処だよ!!!」


僕が叫ぶと同時に、何処からか女の高い悲鳴が聞こえる。あの声は……アーデルだ!!!


「アーデル!!!アーデル!!!何処だ!?」

「いや!!!やめて!!!来ないで!!!」


彼女の声だけが僕の耳に入ってくる。僕は必死に辺りを探した。裏路地を進んでいくと、ようやくアーデルの姿を見つける。レオという男はアーデルに馬乗りになって、彼女の服を脱がそうとしている。


「大人しくしろ!!!声を聞かれたらまず……おっセリオン!はは!何だ!?やっぱり参加しに来たんだろ?お前もちゃっかりして……」


レオという男がニヤニヤしながら僕の方を見た途端、僕はレオに思い切り飛びかかって殴りかかっていた。レオは声にならない声を上げて、地面に転がる。何が起きたのか分からないのか、レオは震えながら僕を見つめる。僕は大きく息を荒げた。


「……っお前……誰だか知らんが、やっていいことと悪いことがあるだろ!ふざけんじゃねえ!!!」

「……セリオン……どうしたんだよ?俺たち友人じゃないか……」

「お前なんて最初から知らねえ!これは夢の中だ!それは分かっているさ!そうだったとしても、アーデルに手を出すなんて僕が許さない!!!」

「夢の中だって!?お前……気が狂ったのか!?」


レオは僕に飛びかかってきた。僕たちは取っ組み合いになり、殴り合う。何度も殴りながら、僕はレオに声を荒げる。


「このくそ野郎が!てめえなんて知らねえんだよ!!!」

「セリオン!!!ついに気が狂ったな!?この野郎!」

「知らねえって言ってんだろ!!!この屑野郎!!!」

「あ?死にてえのか!?ぐあっ!!!」


レオという男に何度も殴りかかると、やっと男は地面にもう一度倒れこんだ。ここは夢の中だ。だからこそ、僕の方が力は強いはずだ。僕はレオに馬乗りになってから何度も顔を殴る。何度も何度も殴ると、ようやくレオは気絶した。

僕は立ちあがって、倒れたままのアーデルの傍に駆け寄る。


「アーデル!!!大丈夫か!?遅くなってすまない……さっきの酒場で……僕は失礼なことを君に思ってしまった。何故僕がこんな醜い考え方になっていたのか分からないんだ……本当にすまなかった」

「……っ……貴方は……さっき酒場で会った人の姿はしているけれど、さっきの人とは別人ね……」


涙目になっていたアーデルは驚いたように僕を見つめる。アーデルは泣きそうな顔で僕にそっと寄り添う。彼女の身体は震えていた。


「貴方の目は美しいもの……酒場で会った、醜いあの人ではない……貴方はとても綺麗だわ」

「……綺麗だって?」


アーデルは僕から少し離れて、儚げに笑みを見せた。怖かったのだろうか、涙が一筋頬に落ちる。


「……ありがとう。助けてくれて……貴方に出会えて良かったわ。セリオン」

「アーデル……」

「嬉しいわ。貴方と出会えて嬉しいの……また会いましょう?」


アーデルは微笑んだまま、光に包まれて消えていく。僕は彼女が消えていく光景を呆然としながら見つめる。瞬きした途端、僕はまた平民街の先程の鏡の道に戻っていた。

僕自身が目の前をのんびりと歩いている。

僕自身に追いついて顔を覗き込んでみると、その顔は僕ではあったが、表情は“獣”のように歪んでいた。

この男は獣になってしまった。僕だった物は既に変わってしまっていた。顔は歪み、いびつな笑顔を浮かべている。

突然僕自身は蜃気楼のように揺らめきだし、背中に何の動物なのかも分からない、大きな黒い狼のような獣が現れた。

黒い獣は僕自身についていたものだったが、獣が僕の方を振り向いた途端、怪しい視線で僕を見つめてくる。それからいびつな笑顔を浮かべた。


「獣の名を持つ者よ……お前は、私から逃れようというのか……」

「……っ何だ、お前は?」

「私の名は“セリオン”だ……お前と同じ名を持つ獣だ……お前ほどの大きな力を持つ者は、この私が取り込んでやろう。その方が幸せになれる。お前もたった今見ただろう?名声と金をお前は手に入れた……沢山の女すらもお前の物にした。さて、後は何を望む?私はどんな物すらも、お前に提供できる。この世界から目覚めないように、お前を永遠にこの世界に閉じ込めておいてやろう」


獣が怪しく微笑むと、突然マリアの姿に変わった。マリアが僕の目の前に立っており、僕に向かって怪しく微笑んでいる。


「ねぇ、セリオン……私、貴方をお慕いしておりますのよ……永遠にこの世界に居ましょう?」


マリアは僕に向かって静かに近づいてくる……本能的に、この獣は危険だと感じた。この獣は僕を取り込もうとしている。既に夢の世界の僕はやられてしまった。今度は現実側の僕すらも取り込もうとしている。

僕はマリアから後ずさった。マリアは笑顔のまま近づいてくる。どうすればこの獣に対処できる?この獣は恐らく神に近いほど危険な性質だ。本能で僕は判断した。

この獣は、抵抗しても無駄だ。かといってこの獣を受け入れるわけではない。僕はこの獣の正体を見破らなければならない。

神経を研ぎ澄ませて彼女を見つめた。僕の罪の証である、マリアをただ見つめた。

僕は自然と彼女の手を取っていた。彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「あら?手を取って下さるなんて……私、とても嬉しいですわ」

「マリア……いや、マリアの姿をした獣よ……君の正体は……」


僕はマリアに目線をしっかりと合わせた。彼女もまた僕を見つめ返す。僕は彼女に言葉を呟いた。


「……僕の作り出した夢だ。これは全て夢なんだ。人々は夢を望んでいた。そうであることを求めていた。夢こそが光だと信じて、僕たちは生きてきた……だが、そうではなかった……エダン、居るんだろ?」


僕は空に向かって、呼びかけた。その瞬間、エダンは僕の隣に現われる。マリアは驚いた表情をすると、直ぐに憎々し気にエダンを睨みつける。


「っ何故だ!?……お前は!!!光側は失敗したはずだろう!」

「ははは!俺には失敗するって発想はなかったな。確かに俺は光だが、俺のダチのセリオンも最初から光側だぞ?お前は幻だが、俺のダチのセリオンは本質側だ。もう負けを認めろよ」


エダンが笑顔を見せると、マリアは憎々し気に僕たちを見つめたまま、煙のように消えていった。気づけば、僕の姿をした者も居なくなっていた。僕はエダンを見上げる。


「なぁ……ここは何処だ?夢の中なんだろう?」

「ああ、そうだ。ここは夢の中だ。そして今は俺すらもお前が作り出した存在だ。この夢はお前に見せたいものだった……お前の敵は強敵だ。今は、ただ夢の世界でしか表現することができなかった。なぁ、お前はこの夢を見てどう思った?」


エダンは僕を見ながら聞いてくる。僕は、直ぐに答えを出した。


「……最悪だ。最悪そのものだ、こんな悪夢は。不快な気持ちにしかならなかった。金や名声や女を与えて、僕自身の持つ闇すらも増大させて、あの獣は僕に夢を見せていたんだろう?」

「そうだ。よく分かったな。お前は鏡に映る自分とは違うと、本当の自分に気づいたからこの夢から離れられたんだ。もうお前は大丈夫だ。後はただ、お前自身が光に気づいてくれ」

「ああ、分かった。エダン……いや今は、僕自身か」


僕がそうエダンに声を掛けると、エダンは驚いた顔をしたかと思えば、直ぐに僕自身へと姿を変えた。僕自身は僕の手を取ってから優しく微笑んだ。


「……セリオン、君は強いな。さぁ、この夢から覚めようか。君を待っている人が居る。僕に可能性を見せてくれ!君の可能性を!」


僕自身は僕の背中を軽く押してきた。思わず「うわっ!」と声を出した途端、僕の身体は光に包まれていく。

直ぐに僕は宙に浮かんだ。空に浮かび上がり、夢の全貌を見渡せる場所にまでやって来た。上から見下ろすと、平民街は箱庭のようだった。見える部分だけ作って後は張りぼてで出来た街だった。

光はより一層強くなっていき、現実世界へと引き戻されて行った……


***


「……っは!!!」


僕は飛び上がって起き上がった。咄嗟に僕の部屋を見渡すと、ジャックが気絶したように眠っており、エダンもいびきをかきながら眠っている。ああ、そうだ。ラモーナの店に行って占いを聞いて酒を飲んで散々騒いだ後、どうやって僕は自分の家に帰ったのか。立ち上がろうとすると、強烈な吐き気が襲ってくる。


(……っこれは……まずい!!!)


強烈な吐き気を受け止めるために、慌てて棚に置いてある木の桶を探しに行った。羽目を外すのは程々にしろよ、セリオン。そんな声が何処からか聞こえたような気がした。


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