第16話 セリオン
暫く外を歩いてから店に着くと、僕は派手に装飾された看板を見上げてから、ため息をつく。
「こんなことをしている暇はないんだがな……」
「よし!行くぞー!!!」
エダンは僕の言葉を無視して、扉を開ける。店の中に陽気なエダンと、異様に緊張しているジャックと共に入ると、前は直ぐにエダンに群がっていた女達がどういう訳かやって来ない。エダンもそれを不思議に思ったのだろう。「おーい、可愛い子猫ちゃん達―?」と部屋の奥に向かって叫んだ。
「あら!エダンさん!ごめんなさい、お出迎えするのが遅れちゃったわ!!!」
奥から胸の大きい顔の良い女が、きわどい服装で、胸をゆさゆさと揺らしながら走ってくる。横に居たジャックは「うお……」と声にならない声を上げて胸に視線が釘付けだが、僕は今更この程度では動揺しない。
エダンは挨拶替わりに女の尻を触ろうとしていたが、女はエダンの手を器用に交わしてエダンの腕を掴んだ。
「それよりエダンさん、今お店がちょっと大変なことになっているのよ……ここからは小声で話してね」
「ん?子猫ちゃん、何かあったのか?」
エダンが女の耳元で囁くと、女は此方側に聞こえる程度の小さな声で話始める。
「今お店に、ちょっといけないタイプのお客さんが来ちゃってね。うちの新人さんが執拗に“過度なお触り”を受けているのよ。それとなくやめて頂くようにお話させて頂いたのだけれど、男性の警備さんが今日店に居ないからか、お客さんも行き過ぎちゃって。エダンさんなら何とかできるんじゃないかと思って。ごめんなさい、お客さんに頼むべきことじゃないとは分かっているのだけれど……」
「それは大変だ!よし、エダン様が子猫ちゃん達の為に助けてやるぞ!」
「あら……エダンさん!小声でお願いね!」
「はは、そうだったな。それで、そいつは何処に居る?」
女は神妙な顔をしながら、エダンを案内する。僕とジャックもそれに着いて行くと、部屋のソファに男が女を両脇に抱えてニヤニヤと笑っている。男はすでに出来上がっているのだろうか。目は据わったままで、横に座っている女の頬を舐め始めた。
(あの男のことだな……)
僕が頷くと、女は何故かその男の席の横を素通りしたため、僕は驚いて女を見上げる。女は僕の視線に気が付いたのか、ふふっと笑った。
「あれくらい、いつものことよ。ちょっと厄介なお人が居るのよ、今日はね」
「は?あれがいつものことだって?頬を舐めるのがか?」
「ふふ、その通りよ」
「ほー?女の頬を舐めたら美味い味がすると思っているのか?尻の方が触り心地はいいんだがな」
「ふふ、エダンさんったら。あれはそういうことじゃないのよ。自分の方が上だって言いたいだけ。それだけよ。ほらこっちよ、もう少し奥の席よ」
女に連れられて再び歩き出すと次の席にも男が座っており、女を地面に正座させて、命令口調で話している身なりの良い若い男が見える。
「これだから女は駄目だ!俺の好みの酒くらい覚えて、直ぐに用意して当然だろう!前回言ったことを覚えているか?」
「ええ……でも、前回ご来店頂いたのは一年前でしたわよね?そのお酒は、今お店にストックがないんです……別のお酒なら直ぐにご用意できますわ」
「そんな言い訳が通じると思っているのか!この馬鹿女が!!!今すぐ俺の為に酒を用意しろ!!!今すぐだ!!!」
(今度こそ、こいつだな)
僕が再び頷くと、女はその男の席すらも素通りする。僕が呆気に取られて女を見ると、女は再び笑いかけてくる。
「あれもいつものことよ。本当はこういう裏事情は、お話しないのだけれどね。貴方達には特別よ」
「あれも、いつものことだって?ただの我儘じゃないか」
「ふふ、誰だって子供に返りたい気分になる時はあるでしょう?」
(……今の言葉は皮肉だろうな)
女は笑ってはいるが、不敵な笑みを見せている。凍えたような空気を感じる。僕が曖昧に笑っておくと、エダンは能天気に呟く。
「酒のことならエダン様が特別に、この店にある酒の中から最高な酒を見繕ってやってもいいんだがな!エダン様スペシャル酒コースを教え……」
「エダンさん、そういうことじゃないのよ。あのお客さんがここに来たのは、鬱憤晴らしの意味も込めてるんでしょうね。あのお客さん、丁度一年前にお嫁さんが出来たからここにはもう来ないって言っていたはずだから……何かあったんだわ」
「ほー!嫁ではない、別の尻を触りに来たって訳だな。ここにしかない最高な尻を味わうつもりだな?」
「……エダンさん、もういいわ。一回このお話はおしまいね。この次の席よ」
(この女、一瞬接客していることを忘れただろ……)
女は先程までの明るい口調から、何処か呆れたような口調に変わっている。女が控え目に指差した先の席に座っていた男は、今まで見てきた男よりもいたって普通そうな男だった。
何処かやさぐれた雰囲気のまま、パイプ煙草を吸っている。
目の前の席に座るこの店にしては大人しそうな長い黒髪の若い女に向かって、煙を吹きかけてから女に向かって話始める。
「君は新人なんだろ?“何処”までやった?」
「えっと……何処までというのは……」
「さっきから言っているだろう。答えられないなら僕が触って示してあげようか?」
男は静かな雰囲気のまま、黒髪の女の横に座る。女を舐めるように見つめてから太ももを触り、ゆっくりと上に伝わせる。
「ほら、分かるだろう?言ってごらん?男のことをどこまで知った?どこまで見られた?」
「……っそれは……」
「分からないなら、もっと触ってみないとな。ほら、僕と同じことをやってみろよ。こうして足から手を伝わせて……」
男はニヤニヤしながら、女の細い手を自身の足に乗せる。わざと股間付近まで持ってこさせるようにしてから、興奮したように息を荒げている。
「ほら、どうだ?嫌な気持ちになったか?僕は君が心の底から純粋だったらいいなと願っているんだ。もう遊び女には懲り懲りでな。女は直ぐに男を騙す生き物だよな?」
「遊び女だなんて……私はいつでも純粋ですわ……」
「本当にそうかな?君は本当の意味で純粋なのか?顔の良い男には、直ぐに媚びるんだろう?その頬を真っ赤に染め上げて、服を脱いで……それから……」
エダンの横に居た女はため息をつきながら、影から席に座った男を見ている。エダンが「あの男か?」と笑顔で言うと、女は大きく頷いた。
「あのお客さんのようなタイプが、実は一番困るタイプなのよ……静かにしているから、一見分かりづらいでしょう?視界に入りにくい奥の席に案内しろって言って、抵抗されにくい新人さんばかり指名して狙うのよ……」
「はは、わざわざ奥に行くとは、シャイな奴なんだな!」
「ええ、そう。とってもシャイな男……そしてずる賢い男だわ」
「よし、エダン様に任しておけ!全員に、エダン様が本当の楽しみ方を教えてやろう!」
「え?全員?」
女が聞き返したと同時に、エダンは突然バッと上着を脱ぎ捨て、何故か上半身裸になる。
筋肉を見せつけるように、謎のポーズをした。
(おい、脱ぐ必要はないだろうが)
女とついでに僕も呆気に取られたようにエダンを見つめると、エダンは店中に響く声で、叫び出す。
「皆さん!!!エダン様にご注目あれ!今からエダン様が、スペシャル演劇を演じます!その名も!女と酒の楽しみ方だーーー!!!ほら、皆さんお立ち下さい!!!」
「えっエダンさん!!!ちょっと待って!何をするつもり……」
「可愛い子猫ちゃん、俺に全部任せてくれ!さー!皆さん!お立ち下さい!!!」
今まで通ってきた席に座っていた男達と、接客している女達が呆気に取られてエダンを見上げる。目の前の席に座っていた男は、明らかに不快そうな表情を浮かべた。
エダンは片目を瞑ってから、隣の女の腰に手を当ててから再び叫ぶ。
「今回、俺に協力してくれるのはー!この店の可愛い子猫ちゃん!ご挨拶お願いします!!!」
「えっええと……私はオーロラよ!」
「オーロラさん!とても素敵なお名前ですね!!!それではまず最初にーーー!!!」
エダンはオーロラの手を掴んでから、くるくるとその場でダンスのように回り出す。ダンスの間にオーロラの尻を何度か叩きながら、陽気にリズムを取っている。
「ほーら!ぺち!もう一回!!!ぺち!!!!皆さん、お立ち下さい!!!ほーらぺちぺちぺち!!!」
(何してんだ……?)
呆れたように僕はエダンを見つめても、エダンは最高に気分がいいのか満面の笑みで、「ぺちぺちぺち!」と言い続けている。横に居たジャックは「エダンさん!面白いっす!!!」と何故か笑顔で応援し始める。
女と踊った後は目の前の席の男のであろう、酒瓶を突然掴み、満面の笑みで勝手に飲み始める。
「ほーら!!!酒もごくごくごく!!!皆さんもお立ち下さい―!!!俺の真似をして下さい!!!さぁ!ぺちぺちぺち!!!ごくごくごく!!!」
「お前は誰だ!?一体何なんだよ!それは僕の酒だろう!!!」
「はは、これは今から俺の酒だ!!!返してほしければ、俺と決闘しようぜ!このハンサムで筋肉が最高なエダン様と勝負だ!ふー!!!」
目の前の黒髪の女の傍に居た男は、呆気に取られたようにエダンを見てから、先程の落ち着いた態度を豹変させて顔を歪ませながら、エダンに近づく。
「ふざけんじゃねえ!!!てめえ、ただの客だろ!?こっちは楽しんでんだよ!非常識なことをすんじゃねえ!!!」
「ほー?本当に楽しんでるのか?俺にはそうは見えなかったがな」
「あ?何を言っている?僕の邪魔をするな!非常識なんだよ!!!」
男は突然エダンに殴りかかろうと拳を振り上げる。エダンは心底楽しそうな表情をしてから、その拳を簡単に受け止めた。
「ふー!!!やるか!?よし決闘だ!いいぞー!!!お前らしさが、最高に出てきたじゃねえか!!!」
「何だって!?ふざけるな!!!この!!!」
男は何度かエダンに殴りかかっているが、エダンは簡単に受け止め続け、楽しそうに笑顔のままだ。男は息を荒げてから、エダンを睨みつける。
「くそ野郎め!!!」
「はは、もう少し訓練した方がいいかもな?エダン様に勝つ日を楽しみにしているぞ!よし、決闘はここまでだ。さぁ、ご一緒に飲みましょうー!!!」
殴りかかり続けて疲れ切った男の手をエダンは掴み、一緒に腕を上げさせる。そして酒瓶を男の口に押し付けてから、ニヤリと笑みを浮かべる。
「最高の酒をお飲みください!!!ごくごくごく!!!楽しいぞー!!!最高だぞ!!!」
「……っ何すんだよ!離せ!この非常識野郎!!!」
男は必死に抵抗しているが、エダンは満面の笑みのまま酒を飲ませようとしている。僕は見ていられなくなって、ついエダンに絡まれた気の毒な男に声を掛ける。
「おい、誰だかは知らないが……諦めて飲んだ方がいいぞ?そいつは、心底しつこい奴だからな……後常識には当てはめるな。諦めろ」
「何だてめえ!?明らかにこの男が可笑しいだろ!」
「そうだな。お前の言いたいことは、僕にもよく分かる。僕からのアドバイスは、直ぐに諦めることだ。目を付けられたらおしまいだ。そんな奴だ」
僕がうんうんと頷いていると、男はエダンを睨みつけながらも、ついに諦めたのか酒を飲み始める。エダンは最高な笑顔を見せてから、前の方の席にも声を掛ける。
「皆さんお立ち下さい!!!ぺちぺちぺち!!!ごくごくごく!!!最高ですよ!!!」
「何だこいつは!!!うるさい!!!大騒ぎをするな!!!」
女に酒が無いと叱っていた男が、怒りの表情を浮かべて、地面を強く踏み鳴らしながら近づいてくる。エダンは笑顔のまま、男に話しかける。
「どうだ、楽しんでるか?最高の楽しみ方をエダン様が教えてやるぞ!一緒にペチペチ叩こうぜ!」
「ふざけてんのか!?俺は今忙しいんだよ!あのくそ女のせいでな!!!女なんてくそくらえ!!!嫁は別の男を見つけて、不倫しやがった!!!……何で俺は暴露してるんだ?」
男は自分の事情を暴露したことに驚いたのか、ハッとした表情を浮かべる。エダンはニヤリと笑って、男の肩を組む。
「そうかそうか!別の男の剣を求めて女が去ることほど、悲しいことはないよな。ここはエダン様が慰めてやるぞ!」
「そもそもお前は誰だ!?引っ付くな!気持ち悪ぃ!!!」
「ん?エダン様は最高だって?はは、よく分かってるじゃないか!俺は最もハンサムな男だからな!」
「おい、人の話を聞け!!!気持ち悪ぃって言ったんだ!このくそ野郎!!!」
男が心底嫌そうな顔をしてエダンから逃れようとしていると、一番前の女の頬を舐めていた男が舌打ちしながらエダンに向かって歩いてくる。
「おいおい、せっかくいい気分になっていたところが台無しじゃねえか?あんちゃん」
「おっ?そうか?もっと最高な楽しみ方があるぞ!!!」
「へへ、馬鹿には分からないだろうが、女の嫌がる表情を見るのが俺の生きがいなんだ。邪魔をするんじゃねえ」
「それが生きがいなのか!?ペチペチ尻を叩くよりもか!?」
「へへへ、そうだ。俺のブツが最高に興奮するのさ……どうだい、姉ちゃん。俺のブツを見てみないか?」
男は突然オーロラの手を掴んでニヤニヤする。一方エダンはパアッと顔を輝かせて、何故かズボンをせっせと脱ぎ始める。
「俺のご立派なブツも最高だぞ!!!この店のどいつよりも、最高だ!!!よーし!!!比べてみるか!?最高だぞー!!!」
「おい、エダン!!!もうやめろ!!!この馬鹿!!!」
僕が店の迷惑を考えて大声で叫ぶと、エダンは「おおっ!?」と驚いた表情をしてパンツを脱ぐのは寸での所で止めた。オーロラは何故かぷっと吹き出して笑っており、ニヤニヤしていた男は、急に冷静になったのか真顔になっている。
「ちっ……何だこの店は。居心地悪ぃな。おい姉ちゃんこれが金だ。もう二度と来ねえよ」
「本当にその通りだ!俺ももう二度と来ない!くそ女共とイカレ野郎め!」
「僕ももう二度と来ない。こんなくそ客が居る店になんて、居たくないからな。せっかく楽しんでたってのに」
女の頬を舐めていた男も、女に説教していた男も、パイプ煙草を吹かしていた男も全員怒り出してしまった。
女の頬を舐めていた男は舌打ちをしながら店を足早に出て行き、女に説教していた男は女はどいつもくそだ!と叫びながら出て行き、煙草を吹かしていた男は、持っていた酒瓶をけたたましい音を立てて地面に叩きつけて、金を投げつけて出て行ってしまう。
エダンは口を開けながら、怒りながら去っていく男を不思議そうな表情をして見つめる。
「なぁセリオン。あいつら、何で急に出て行っちゃったんだ?」
「……お前は最高に気分良く酔いしれている客に対して、急に目を覚まさせるようなことをやっちまったんだ。誰だって気分良く酔いしれて楽しんでるときに、世界観をぶっ壊されたら不快な気分になるだろ。まぁこれは……僕もかつてそうだったから分かるんだがな」
「そうなのか?俺は酒に酔ってない時もいつでも楽しいがな。店の最高な楽しみ方を教えてやろうとしたんだがな……」
「馬鹿。僕が今言ったのは酒に酔ってるって意味じゃない。究極に“自分に酔ってる”って意味だ」
「はーん、なるほどな?」
エダンは僕の言ったことが、全く分かっていないのだろう。不思議そうな表情をしながら首を傾げている。先ほど男達が去っていた入り口の方から走ってくる音が聞こえたため、見てみると前に僕の占いを見た女、“占いのラモーナ”が驚いたような表情をしながら走ってきた。
オーロラは表情を笑顔に変える。
「店長!」
「あらあら、今日は遅れちゃってごめんなさいね……それで今お客さん達が凄い剣幕で出て行ったけれど……また何かあったのね?」
(店長?この占いをする女が、ここの店長だったのか!?)
僕が驚いてラモーナを見ると、ラモーナは困ったような表情をしながら酒瓶の破片が散らかった辺りを見回す。
「もー凄いことになってるじゃない。お客さん達、酔っぱらって暴れちゃったの?」
「いいえ店長違うんです……その……ちょっと厄介なお客さんがいらっしゃいまして、エダンさんにご協力頂いて1人のお客さんを追い出そうとしたら……」
「はは、何故かは分からんが、全員出て行ったって訳だな!」
エダンの言葉に、ラモーナは唖然としながら口を開ける。沈黙が訪れてから、ニッコリと笑みを見せる。
「あらあら……具体的に何をしてしまったか、聞いても宜しいかしら?」
「ラモーナ、まさか怒っているのか?」
エダンは恐る恐るラモーナを見つめるが、ラモーナは笑顔のまま静かに首を横に振る。
「怒ってないわ。事情を聞かせて欲しいだけよ。さ、座って下さいな」
ラモーナは先程パイプ煙草を吹かしていた男の席に案内する。接客をしていた黒髪の女はハッとしたような表情をして、裏に行ってしまった。向かい合わせの席で、エダンが前に座り僕とジャックは隣同士で座る。
オーロラとラモーナは辺りを片付け、それが終わるとオーロラは黒髪の女を追いかけるように裏に行き、ラモーナはようやくエダンの隣に座った。
「ごめんなさいね。もう一度オーロラちゃんに聞いてみたわ。貴方達にオーロラちゃんが、無理を頼んじゃったみたいで。皆さんには、何かお酒をサービスするわ」
「おっ!それは最高だな!」
エダンは喜んで「いつものを頼む!三人分だ!」と何故か僕たちの分まで勝手に注文すると、ラモーナは傍に居た女に声を掛ける。女は頷くと、直ぐに酒を持って来て僕たちの前に置いた。
エダンは嬉しそうに飲んでいるが、何となくきつそうな予感がするので口を付けないでおく。ジャックは飲むことに挑戦して、一口飲んだだけで顔を顰めていた。
エダンは酒を飲みながら、ラモーナに声を掛ける。
「よし!ラモーナ、実は頼みたいことがあって今日は来たんだ」
「あらあら、また私を口説くおつもりかしら?何度も言いますけれど、私には夫が居るのよ」
(夫が居ながら、この店をやってるのか!?)
ラモーナの根性に驚いていると、エダンは「はは」と笑いながらラモーナの腰に触れる。
「そのことは、また後でな。今日はまた占いをやってほしい。俺とこいつの分もな」
エダンは僕のことを指さすと、ラモーナは「あら……」と驚いてエダンを見つめる。
「分かりましたわ。今日は占いもサービスよ。お二人のことを同時に見て欲しいということかしら?」
「そうだな。よし、セリオンこっちに来い。ラモーナの横に座れよ」
エダンが手招きしてきたため、仕方なく僕はラモーナの横に座ると、ラモーナは同時に僕とエダンの手を取る。
「始めるわね。お二人分だから少し時間がかかるかもしれないわ」
ラモーナは僕に笑いかけてから、意識を集中させるようにブツブツと何かを唱え始める。
「……光……強い光ね……貴方達は強い光よ……これは……大変!」
ラモーナは突然目を開けて僕の方を見たため、僕は驚いてラモーナを見つめる。ラモーナは僕をまじまじと見て呟く。
「貴方は……貴方達は……今では、前回の時に見えなかった部分まで見えるようになった……貴方に関しては、やっぱり私の思った通りだったのね」
「……どういう意味だ?」
「これは伝えるべきかどうかは分からないわ。私は、伝えるべき役目なのか……もしここで貴方に伝えてしまったら、私は罰せられるかもしれない。それほど言葉は、慎重に行かなければいけないわ」
ラモーナは言葉を続ける。その瞳は真剣そのものだった。
「まず、貴方とエダンさんは、会うべくして出会ったわ。それは決められたことだった……最初から貴方達は出会うことを決めて、ここにやって来たのよ」
(エダンが言っていたことと同じじゃないか!?)
「貴方は……私よりもとても強い。強い存在よ。ああ、これ以上伝えると神の摂理に触れてしまうかもしれない……だから言葉は選ぶわね。この世界には無数に闇を抱えた人々がいるわね。それを貴方は変えることが出来ると言うことよ」
「あー……具体的にどういう風にだ?」
「方法までは分からない。これ以上は見ることができないの。貴方が見つけ出すことが重要なのね。そうしないと意味がない。貴方自身がここにやってきた目的を思い出しなさい。言葉では幾らでも伝えることが出来るわ。でも時に言葉は……本当に重要なことを気づけなくさせてしまう。本当は言葉ですら、神にとっては必要ないのだから」
「何だって?」
ラモーナは僕の方だけをジッと見つめる。エダンは笑みを見せたまま、僕たちの様子を見ている。
「言葉は通常、この世界の交流手段として使われるわね。でも神にとってはそんなもの必要ないの。基本人々は“言葉”を使わないと信用しないわ。だから私もこうして貴方に伝えるときは言葉にするのよ。分かりづらいかしら?人は、目では見えない世界のことを大笑いするように馬鹿にしたり、異様な方向で信じ切ったり、極端よね。貴方が望むようにこの世界は現れるのだから、何かを決めつけることですら無意味だと言うのに……」
「つまり何かを否定することもなく、信じることもなく進めってことか?」
「ええ、そうね。ただ貴方自身だけを見つめなさい。極端の方向ばかり見ていれば、再び闇に溺れてしまう。貴方は、前回は闇の中だったけれど、今は光の方向に進んでいるわ。ただ自分自身だけを見つめて……貴方の声を聞くのよ。もうすでに貴方の前に、現れたりしてるんじゃないかしら?」
ラモーナに言われた途端、僕は直ぐに突然現れた「僕の姿をした天使」の存在を思い出す。
「……現れた。最近、不思議な現象が起こるようになった。僕の前に天使の姿をした“僕自身”が現れて、不思議な言葉を言ってくるんだ。あの存在は一体何なんだ?」
「それは……貴方自身よ。貴方自身の声よ。貴方の声が、現象化されたに過ぎないんでしょうね」
「僕自身?やはり僕が作り出した幻なのか?僕は頭が可笑しくなったのか?」
「確かにそういった事例で、中には頭が変になったこともあるかもしれないわね。でも貴方の場合は、それは違うと言うことが私には分かるわ。その存在は貴方自身であり、この世界の全てであり、この世界の全てを包み込む存在よ」
「この世界の全てを包み込むだって?はは……まるで神のような存在だな」
僕が思わず笑ってしまうと、ラモーナは静かな表情のまま、縦に頷いた。
「ええ。“神”と言葉では言えるわね。神という存在程、難しい存在は居ないわね。それぞれで信仰する神様が居るでしょうし。でも実はね、私たち誰もが神の心を聞くことができるのよ。人間はずっと昔は神の心が分かったわ。でもいつしか神の声を忘れてしまった。聞こえなくなってしまったの。神はずっと貴方達に声を届けているのに、聞きたがらなくなったのが人間達よ」
「……何でそんなことが分かるんだ?」
「私には分かるの、幼い頃からね。神の心に繋がることが出来る。神はずっと人々に気づいてほしいと私に伝えてくるわ。だから私は神の代わりにこうして伝えるの。でももう貴方には私の声は必要ないわね。もう貴方は既に……神の心に繋がっている。本当は最初から繋がっているのだけれど、この世界に来る時に貴方はわざと神の姿を見えなくしたのよ。貴方は神と繋がる役目を果たすことが出来た。ここからよ、ここから貴方は始まるわ」
「神のことを一旦信じるとしよう。僕はわざと神の姿を見えなくしただって?それが本当だとしても一体何のために?メリットがなくないか?」
「それは簡単よ。人々に神との繋がり方を、貴方は彼らの立場で伝えることが出来るでしょう?エダンさんのように、最初から神様と繋がっているお方では出来ないことをね」
ラモーナは笑みを見せて、エダンの方を見る。僕は驚いてエダンを見ると、エダンは能天気な顔のままでラモーナに話しかける。
「ほほー俺は最初から神と繋がっているのか?更にセリオンはわざと神の声を聞こえなくしたと……壮大な話になってきたじゃないか。面白くなってきたな!」
「エダンさん。お友達のために、わざと私に聞きに来たんでしょう?“言葉”で彼に伝えるために。私には分かっているわ。エダンさん、既に全部気づいているわね?」
「ん?俺も全ては分からんぞ。断片的にだ。だが、セリオンと会ってからどんどん思い出してきたことは確かだな。今まで何でこんな大事なことを忘れていたんだろうな。はは」
「おい、エダン……思い出したって何のことだ?さっきから可笑しな話ばかりで頭が着いていかない。はっきり言えよ」
僕がエダンを睨みつけると、エダンは楽しそうに笑ったまま僕の方に目線を合わせる。
「俺がお前に言葉で伝えることはできる。だが、ラモーナの言う通りお前自身で思い出した方がいいのは確かだ。ま、1つだけ言ってやるか。俺は最高にこの世界を楽しみたいからこの世界にやってきた。お前と組むのが面白そうだったからな。そしてお前は、この世界を救いたいからここにやってきた。俺とお前で、最高の“相棒”になると思ってな。これは二人で決めたんだぞ?」
「二人で決めた?は?一体いつだよ?」
「この世界にやって来る前だ。この世界で肉体を持つ前だな。お前は忘れているだろうがな」
エダンは笑顔のまま、腕を組んだ。エダンのいつもの突拍子もない話だというのに、何故僕はこんなにも真面目に対応しているのだろうか。僕は大きくため息をついた。
「忘れてるも何も、この世界で肉体を持つ前の世界なんて存在するのか?死んだらどうなるかも分からない世界だろう。生まれる前も死んだ後も分からないだろ?」
「そりゃ、わざと忘れてるからな。その方が面白いだろ?1つ気を付けることがあるがな。お前自身のことをこの世界に来たことで全部忘れちまったら、死んだ後に何も見えなくなっちまうんだ。知らない世界には行けないだろ?帰り道も分からず、元居た場所には帰れなくなっちまう。だが、お前はわざと忘れる道を選んだ。お前は強い男だ。エダン様の次にだがな」
エダンはニヤリと笑って僕を見る。生まれる前の世界や死後の世界など分からないと言うのに、何故既に知っているかのようにエダンはペラペラと喋るのか。
前の僕なら、エダンは最初から人とはずれているが、本格的に頭が可笑しくなったと決めつけてしまう所だが、最近は僕すらも頭が可笑しくなっている。いよいよ何を信じればいいか分からなくなってきた。
僕は返事の代わりに大きくため息をついていると、話に全く着いていけてないジャックはうろたえた様に僕たちを見た。
「エダンさん、一体二人で何を話しているんっすか?秘密の暗号っすか!?全く意味が分かりませんでした!」
「ははは、お前はそのままでいいんだ。気にするなよ。さぁ飲めよ。エダン様のおすすめの酒だぞ?」
「そう言われても、何だか気になるじゃないっすか!俺も仲間に入れて下さいよ!」
「お前はもう俺たちの仲間だろう?ほら、楽しもうぜ!!!」
エダンは席から立ち上がって、酒の入ったジョッキを持って再び騒ぎ出す。ジャックはエダンを見て調子に乗ったのか、酒を無理やり飲み干してから「うおおおお!」と何故か気合を入れて立ち上がる。
エダンはジャックの様子を見てニヤリと笑った。
「いいぞー!!!よっしゃ気合入れるぞ!良い女が欲しいかー!!!」
「欲しいですーーー!エダンさーーーん!」
「お前の好みは何だー!女の尻かー!女の胸かー!?」
「どっちもです、エダンさーーーん!!!」
「よっしゃ!!!最高だーーー!この店には全部が揃っているぞ!そうだろ?ラモーナ!」
突然話をふられたラモーナは、もう慣れているのか軽くあしらうように笑顔を見せる。
「ふふ、貴方のお好みの女ばかりよ、エダンさん」
「最高だ―――!!!今夜は楽しむぞ!!!ほら、セリオンも立てよ!」
エダンは僕の方にやって来て、無理やり席を立たせて来る。ジャックは勝手に踊り出し、エダンは僕と肩を組んできて、馬鹿騒ぎし始める。
僕は抵抗する気が失せたまま、ぼんやりと考えていた。
神が居たと仮定して、ラモーナの言葉が真実ならば、全てが可笑しなことになる。
この馬鹿なエダンが神と繋がっているなど、戯言にしか思えない。
信仰心を持って教会に仕えている牧師がこれを聞いたら、ひっくり返って死にそうだ。
この国の神、リネノール神は前にアーデルが話していた通り「温厚で優しく、素晴らしいお方」とされている。そんな神がエダンの何処を気に入るのだろうか。
そしてラモーナの言葉が真実ならば、僕も既に神のことを知っていることになる。
ああ、もう何も分からない。この世界の何が正しくて、何が間違いなのか。誰にだって判断できないだろう。
エダンは笑顔のまま、何故か既に上半身を脱いでいたジャックの方に行くと、大きな声で叫び出す。
「皆で行くぞ!!!この世界こそが“エデン”だ!!!俺の場所だーーー!!!」
「エダンさん!!!エデンって楽園のことっすよね?」
「そうだぞ!楽園のことだー!ほら、俺の名前に似てるだろ?俺こそが“愛”だ!!!そしてこの世界だ!!!俺は最高だーーー!!!」
「そうっすね!エダンさんこそが愛ですね!最高です!かっこいいっす!」
「ははは!!!当然だーーー!!!全員で行こうぜ!!!エデンにな!!!」
エダンは笑いながらジャックと肩を組んで踊っている。この世界こそが楽園だと言う戯言に、エダンの言葉を使うならば「お前らしい」と言いたい気分になる。
しかし何故だろう。僕も疲れてきたのか、その言葉が真実の言葉に聞こえてくるんだ。
様々な境遇に苦しめられている人がいることは分かっている。僕自身も憎しみを抱えて生きてきた存在だ。なのにエダンを見ていると何とも言えないような気分になってくる。
エダンの存在が肯定されるならば、僕たち人間は根本的に間違えていたことになる。
これこそが財宝だと積み上げてきたもの、これこそが愛だと信じてきたもの、これこそが自分の苦しいものだと積み上げてきたもの、これこそが力だと信じていたもの。
全てが、全てがひっくり返ることになるんじゃないだろうか。
本当は、こんな事実気づきたくなかった。知らないままの方が良かった。
この物語に浸っていたかった。だからこそ人間達は、エデンから逃げていく。
だけど僕は気づいてしまった。僕はエダンによって気づいてしまったんだ。
僕は笑みを浮かべてから、酒の入ったジョッキを取るとグイっと一気に飲み干した。エダンは僕を見てからニヤリと笑う。
「はは、決まってきたじゃねえか!セリオン!!!」
「酒でも飲んでねえと、やってられねえ気分になってきたからな。この店の酒を他のも出してくれ、今夜は飲みたい気分なんだ」
「ふふ、とっても良い表情ね!オーロラちゃん!何でもいいわ、お酒を持って来て頂戴!!!」
「はい、ただいま!!!」
奥から戻ってきたオーロラにラモーナは明るく声を掛ける。オーロラから受け取った酒を持って僕は立ちあがって次々と飲んでいく。エダンは最高の笑顔になり僕とジャックの肩を組んで、笑い出す。
今夜は酔おう。酔ってただこの空間を楽しもう。あれこれ考えるのは楽しんだ後でいいじゃないか。
前に居るラモーナが二重にも三重にも重なって見え始めたが、それすらも楽しく思えた。
後先考えず楽しむなんて、これが初めてだ。こんなこと今までなら絶対にしなかった。
なのに今は現実を忘れることを望むのでもなく、ただ心から酒を楽しむこと。それが最高に楽しいんだ。
僕たち三人は女に囲まれながら、夜中の間中ずっと笑い続けた。




