第13話 輝き
馬車が道なりを進む間、僕たちはたわいもない話をしながら平民街に着くまで景色を眺めながら過ごし、平民街に馬車が着いた頃には時刻は夕方近くになっていた。
馬車から降りると、馬車の御者に金を払ってから礼を言って僕たちは歩き出す。
僕は肩を軽く回してから、呟いた。
「ずっと馬車の中で過ごしていたせいか、全身が痛いな……」
「そうだな、尻が痛い。ああ、こういう時こそ女の豊満な尻の柔らかさが恋しいな!女に膝枕をしてもらいながら、女の尻を揉みたい気分だ……」
エダンが大きくため息をつきながら呟くと、アーデルは最早恒例行事のように冷たい目線をエダンに送る。僕は空気を変えようと、大きく咳を零しておく。
「……ごほっごほ……アーデル。これから家に帰るんだよな?明日には……貴族街に帰るんだろう?」
「……ええ。明日迎えに来ると思うわ……まずは家に帰ってから話しましょう?」
「ああ、分かった。で、エダンはどうするんだ?ジャックを連れて行くんだろ?」
「俺も勿論アーデルを送っていくよ。ジャックとはそれから訓練場に行くさ。ジャックも平民街をよく見たい様子だからな」
エダンはジャックの方を見ると、ジャックはエダンが言った通り平民街を物珍しそうにあちらこちら見ている。僕も初めて平民街に来たときはそうだったから、田舎もん丸出しだからやめた方がいいとは敢えて言わないでおく。
ジャックに呼びかけて再び歩き出しアーデルの家に近づくに連れて、警備兵が異様に多くなる。それに集まっている先はアーデルの家だということが分かる。
「……何があったの?」
アーデルは驚いたように警備兵を見ると、アーデルに気づいた警備兵が敬礼をした。
「アーデル様!お帰りになられましたか!此方に来てください!」
警備兵は突然アーデルを連れて半ば強引に警備兵の人混みの中に連れて行かれてしまう。僕が慌ててアーデルに着いて行こうとすると、兜を被った警備兵によって道を塞がれた。
「貴方は行けませんよ。この先には貴族様がいらっしゃるので」
「何だって?貴族の迎えは明日じゃないのか!?」
「……予定が早まったのですよ。アーデル嬢のご家族がお会いになられたいとのことです。それと言っておきますが……ここまでですよ。貴方を自由にさせるのは。クロード公のご命令です。貴方は危険人物だとお考えです。今後一切アーデル嬢に近づくことは許されません」
「危険人物?何を言っている?」
僕がそう言うと、警備兵はやれやれと首を振った。それから僕を見下ろして淡々と呟く。
「いいですか?貴方が起こしたマリア嬢に対する醜い犯罪は、真実に起こったことだと認定されました。マリア嬢の話からです。マリア嬢もまた罪を犯しましたが……それを考え、敢えて貴方を捕えることはしません。アーデル嬢のご友人ということで、寛大なクロード公は貴方を見逃されるようです。しかし……犯罪者の貴方をアーデル嬢に引き会わせるのは別です。貴方をこの二日間“観察”させて頂いておりましたが、どうにも貴方はアーデル嬢と親密な様子だ」
「……っ!?まさか尾行していたのか!?僕たちを!?」
僕が言った途端、警備兵は鼻で笑った。それから兜を脱ぐと、黒髪の男がニヤリと笑っている。その男は明らかに普通の警備兵とは違って見えた。
「ご挨拶が遅れました。私はクロード公に仕える者です。名前はいいでしょう。どのみち私にすら会うことはもうない。貴方達をこの二日間尾行させて頂いていたのは事実です。アーデル嬢を守るためとお考え下さい。ああ……犯罪者の可能性がある貴方から守るためとも言えますね。アーデル嬢に貴方が何かをした途端、直ぐにこの剣で貴方を切るつもりでした。ずっと様子を見ながらね。そうはならなくて良かったですね」
男は笑い声をあげると、僕に向かって冷酷な目線を向けた。貴族が平民に向ける冷酷な目線と同じく、此方を蔑んだような目線だった。
「それではさっさとお帰りになられたらどうですか?このちっぽけな平民街が、貴方にとっての居場所なんですよ。貴族の世界に入るのは、間違えている。そもそも平民である貴方がアーデル嬢に会えたことですら奇跡なのですから」
「……僕を馬鹿にしているつもりか?それで?」
「ええ!馬鹿にするのは当然でしょう。私はクロード公にお仕えしている身ですが、私自身も貴族なのですから。だからこそ、早くお帰りに……」
男がそういった途端、警備兵の人混みの方から、大きく女の怒声が聞こえる。僕は驚いてその方向を見ると、警備兵は自然と分かれていきようやく人混みの中に居たアーデルの姿が見える。アーデルの前には上品そうな貴婦人が立っており、手を震わせている。それから突然アーデルの頬を叩いた。
(……っ!?)
僕が驚いてアーデルと貴婦人を見ると、豪華な服を着た貴婦人はわなわなと肩を震わせて大きく叫んだ。
「どこまで迷惑をかければ済むのですか!!!アーデル!!!」
「……っお母さま……私の話を聞いてください……」
「何を今更……フローレス家の恥ですわ!!!こんな家畜小屋に今まで住んでいたですって?貴族の娘が何ていじらしい。クロード公の通達があったにも関わらず貴方は逃げだし、どれだけベアリング家の方々にご迷惑をおかけしたと思っているのですか!!!ああ……クロード公……こんな恥ずかしい娘で本当に申し訳ございません……」
貴婦人はアーデルに無理やり頭を下げさせるようにすると、貴族の馬車から姿を現したクロードは静かに首を横に振る。
「どうかあまりアーデル嬢を責めないであげて下さい。私の家の方から婚約について通達した時に、もっとアーデル嬢と私が話し合うべきだったのでしょう」
「ああ……寛大なお心をありがとうございます……流石ベアリング家のご子息殿ですわ……」
貴婦人が涙をにじませていると、馬車から降りてきた厳格そうな男が杖をつきながら貴婦人の方に向かって歩いてくる。それから貴婦人を見て大きくため息をついた。
「君の育て方が悪かったんじゃないか?アーデルを見ていたのは君だったはずだが。優秀な教育係を付けさせていたはずだ。何故それでアーデルがこのような娘になった?君の教育方法が間違えていたんだろう」
「……私の教育方法は間違えていなかったはずですわ。私が考えて教育係をつけさせました。しかしこれでは……もっと教育を強くするほかないようですね」
「……お父様」
アーデルは厳格な男に向かって丁寧に礼をする。しかしアーデルは自分の父親を呼んだにも関わらず、何処か他人行儀に冷静な表情であった。お父様と呼ばれた厳格な男はフンと鼻を鳴らす。
「美しく娘が育った所で、貴族の娘がまともに美しさを活用せんとは……貴族の娘とは言えんな。何のためにその美しさを持って生まれたと思っている、アーデル。お前はそんなことすらもできんのか。簡単なことだろうに」
「…………」
アーデルが肩を震わせて、ジッと父親の話を聞いていると、クロードが間に入り父親をなだめる。
「……そのようにアーデル嬢を言うものではありませんよ。馬車に戻りましょう」
「おや、クロード公。貴方は娘の美しさに惹かれたのだろう?はっは!こんな娘でよければ、どうぞお好きにしてください。着飾れば更に美しくなるでしょうからな!!!はっは!」
「……さぁ行きましょう」
クロードは男を連れて馬車に戻っていく。貴婦人はアーデルの腕を無理やり掴んで馬車に乗りこむ。僕は直ぐに馬車に近寄ろうとしたが、近くに居た警備兵の男が再び邪魔をしてくる。僕が睨みつけると、男はニヤリと笑った。
「行って何をするつもりですか?」
「そこをどけ!こんな急にってあり得ないだろ!!!約束は明日だったはずだ」
「一日早まったくらいで何ですか。どのみち貴方とアーデル嬢は住む世界が違うと認識されておりますか?平民の馬鹿な頭では難しいですかね?」
男がニヤニヤ笑っていると、傍で聞いていたエダンが「ははは!」と突然笑い声をあげた。
「随分と分かりやすい挑発だな。それもクロードって奴の命令なのか?セリオンとアーデルの関係はこの二日間で分かったんだろ?セリオンを攻撃して、アーデルに近づかないようにしろとでも言われたのか?案外ちっせえ男だなクロードは」
「……何だと?」
「男なら堂々と勝負すべきだろ。俺たちをつけていたのは分かった。だが、そんなみみっちい攻撃が効くと思っているのか?セリオンは強いぞ?クロードって奴は勝負をせずに逃げているだけだ。そうだよな?セリオン」
エダンはニヤリと笑って僕を見てくる。こればかりは僕もそうだと言わざるを得ない。クロードは臆病者だ。僕は男が先ほどまでやってきたように鼻で笑ってやる。
「確かにそうだなエダン。クロードはどうしようもない奴のようだ。そもそも僕たちをつけていた理由はアーデルを監視するためだろ?終わっているな」
「……君たちは自分の立場が分かっていないようだな。特に君は、自分が犯罪者だという認識はあるのか?下劣な犯罪者程自分の立場を理解しない」
「……僕は犯罪者だ。それは否定しない。だが、クロードがやっていることはどうなんだ?本当にアーデルが好きなら、アーデルが嫌がることなんてしないはずだ」
「分かっているのか?君は平民の身分でありながら、貴族を殺そうとしたことを!貴族への犯罪は最も罪深い!ああ、こんなことならこの男を捕えておくべきだったでしょうに……しかしクロード公がそう決断されたのなら仕方ない」
「……お前がこんなに僕に興味があるのは、貴族を殺人しようとしたからか?」
僕が冷静にいうと、男はくつくつと可笑しそうに笑う。
「平民を殺す分には、確かに興味はなかったな。大して罪にもならない。平民の命など価値もないからな!私たちの命はそれほど貴重なのだ」
「そんなの勝手にこの社会制度が決めたことだろう!?金も名声も権力も全部まやかしだ!!!お前たちはそれに酔いしれている!自分の立場が上だからこそ、良いように使っているだけだろ!」
「平民も同じように権力を持てば酔いしれているじゃないか。何を今更?名声と権力こそが全て名を挙げるためのものだ。それはこの世界共通だろう。まやかしも何もない。事実なのだ!!!」
男は高らかに笑う。この男を見て、今やっと気が付いた。この男は……この男はかつての僕だ。金と名声と権力にこだわり、人々を見下していた。この男こそが僕だった。皮肉めいて言うことで上手に隠して見せて、固定価値観に僕は溺れていた。
僕はそれに気づいた途端、男に何も言えなくなった。この男に何を言っても聞きやしないということに気づいたからだ。
僕が冷静に男を見つめていると、男は勝利と思ったのか鼻で笑う。
「やっと理解したようだな?やれやれ……よし。馬車はまだ出発していないな。さて、私はクロード公の馬車を馬で追わねばならない。ああ、そういやアーデル嬢の家に可笑しな娘どもが住み着いていたな。あの娘たちの処理もせねば」
「……っまさかベルとフィオナのことか!?」
「ああ、そうだ。あの娘どもは重大な罪を犯したと考えられている。フィオナという娘は知らんが、ベルはアーデル嬢の召使だったそうじゃないか。アーデル嬢が貴族家から逃げることを、そそのかした調本人だろう」
「ベルは関係ない!!!何を馬鹿なことを言ってるんだ!!!」
「関係ないかどうかは娘たちへの尋問次第だな。さて早く追って……」
男がアーデルの家に行こうとしたため僕は思い切り男の腕を掴んだ。男は怪訝そうに振り返る。
「何だ?平民」
「ベルもフィオナも関係ない。尋問をするってならこの手を離さない」
「平民が私たち貴族に触れられると思っているのか?まぁいい。これはクロード公のご判断だ。あの娘たちが問題だとされた」
「……クロードがだって?あいつは何も知らないじゃないか!」
「クロード公の判断は正しい。私でもまずはあの娘を疑うだろうからな。それはそうだろう。貴族の娘……つまり“女”ごときがあのような巧妙な計画を立てるなどあり得ないからな!召使の娘が裏で男と繋がっているんだろう。はは、きっと身体でも使って、男から知恵を得たんだろうな」
男は可笑しそうに“女”という単語だけわざと女のように声を高くさせて言っている。身体でも使ってと言う時は、わざと女のように身体をくねらせた。
ああ……これほどまで、かつての僕は醜かったのか。醜い塊だったのか。
男は僕の手を振りほどくと、笑いながら去っていく。僕は両手を握りしめてから、男の方へ向かって走ろうとすると、警備兵たちが僕の前に立ちふさがる。
「ここから先へは行けませんよ」
「通せよ!!!あの男にまだ話がある!!!」
「命令ですので。もしも無理やり通ると言うのなら……私たちは貴方を剣で切るでしょうな」
警備兵は腰に付けた鞘から鉄の剣を少しだけ出して見せる。僕はそこで流石に立ち止まると、エダンは僕の肩に手を置いて、ただ頷いた。
「セリオン、落ち着け。ここは下がっておくしかないだろう」
「……ああ」
僕は頷いて一歩下がると、警備兵は警戒態勢を解いた。それと同時に馬の鳴き声が聞こえて、アーデルを乗せた馬車が突然出発する。僕は馬車を追いたかったが、警備兵が居るため一歩も動けない。馬車は僕たちの横を通り過ぎる。アーデルは一心に窓から此方を見つめる。僕と目線が合った時、アーデルは寂しそうに笑ってから「さよなら」と口を動かしたように見えた。
「……アーデル!!!」
僕が大きく名前を呼んでもアーデルには届くことはなく、馬車の車輪は音を立て土埃が舞わせ、平民街から去っていく。先ほどの警備兵の男も馬に乗ったままその馬車に着いて行った。
馬車が居なくなった途端、警備兵はアーデルの家から去っていく。警備兵が居なくなってからアーデルの家の方に行くと、アーデルの家の扉は開け放たれたたまま、空っぽだった。
僕は呆然と部屋の中を見つめたまま、何も言えなかった。エダンは僕の肩に手を置く。
「大丈夫だ。アーデルを迎えに行ってやろうぜ。クロードって奴は、男を俺たちにけしかけてくるようなやり方でしかお前と勝負できなかった。クロードよりお前は明らかに上だ」
「……いや、違う。僕は……僕はあの警備兵の男だった。かつての姿だあれは……女に対してわざと皮肉めいたように言うのは、特にな……」
「お前は気づいたな、自分の姿を。その瞬間からお前から離れたんだ。一歩上にお前は上がった。だからこそあの男が現れたんだろう。もうその姿ではないということを伝えるためにな。お前はあの男を見てどう思った?」
エダンは突然僕に質問を投げかけてくる。僕は腕を組んでから淡々と答える。
「……醜い。ただ醜いと思った。何よりもな。僕は醜い男になっていた……自分でも気づかないうちにな」
「醜いか。そうお前が思うなら、その醜いお前はとっくのとうに離れたんだろう。気づいているか?お前の表情が格段に前より変わったことを。お前は強い男になったんだ。気づくことで、自分の魅力に気づいていける。人はそうやって、本当の姿を取り戻すんだろうな」
「本当の姿?どういう意味だ?」
エダンは僕の方を見て、ニヤリと笑った。それから僕に向けて突然肩を組んでくる。
「俺はとっくのとうに本当の姿をさらけ出しているが、お前はそうじゃなかった。だが俺にはお前の本当の姿が最初から見えていた。お前の中の輝きがな」
「輝きだって?」
「ああ、輝きだ。お前は可能性を秘めている。自分では気づいてないだろうがな。知っているか?人ってのは輝きそのものだ。傷ついたことで力に変えるって考える奴もいるが、それは輝きとは逆の力だ。お前は逆の力を取っ払ったな。取っ払った途端、輝きと繋がることができた。自分自身を取り戻したんだ。だから俺はお前が気づいてくれて嬉しいのさ」
「人が輝きそのもの?何でそんな考えになった?」
僕が呆れたように言うと、エダンは「ははは!」と可笑しそうに笑った。
「さぁな?俺の場合は大抵感覚だ。何となくそう思うんだ。根拠なんてない。感覚で俺は助けたければ助けるし、助けられないと思えば見送るだけだ」
「ならお前としては、さっきの警備兵はあの醜さから助けられると思ったか?」
エダンは僕の言葉を聞いた途端、フッと笑った。それからただ首を横に振る。
「……あれはお前に醜い自分から離れたことを伝えるためだけに、生まれた存在だろう。事実としてお前に伝えるためにな。社会にハマればハマるほど、救えなくなっちまう。人ってのはそんなもんだ」
「は?僕に醜いと伝えるために生まれた存在だって?あの男にだって人生があるだろ」
「ははは、そうだな。どんな奴にも人生はある。だがあいつは気づくことはないかもしれないな。だからこそ、あの男は駒にされたんだろう」
「駒?何を言ってる?」
「ま、何となくだから気にすんな。おっとジャックのことを忘れていたな」
ジャックの方を見ると、ジャックはぽかんと口を開けて僕たちを見つめていた。今起こったことが何なのか分からないのだろう。僕たちに近づいてからジャックは話始める。
「一体何なんだ?アーデルは何で馬車に乗って行っちゃったんだ?分かるように説明してくれよ……」
「それは後で俺から説明してやるよ。セリオン、俺はジャックを訓練場に連れて行くが、また明日にでも会おうぜ。お前のことだからアーデルの屋敷に行くために、計画を立てるんだろ?」
「おい。まさか僕に着いてくるつもりか?」
「当たり前だろ?こんな面白いこと、俺が着いて行かないわけがない。じゃあな!明日お前の家に行くから待ってろよ?」
エダンはジャックと肩を組んでから、ブンブンと大きく手を振ってから去っていく。僕はため息をついてから、アーデルのことを考えながらまずは自分の家に帰ることにした。
僕の家に着くと、何故か僕の家の前には馬車が止まっていた。貴族の馬車だ。慌てて近づくと馬車から、1人の男が出てきた。クロードの祖父……カーティス・ベアリングだ。奴隷馬車から落ちた時クロードに助けられた時に屋敷で会った、あの貴族の老人だ。
何故カーティスがここに居るのか。一体何年ぶりだ?カーティスは僕のことを覚えていたのか?仕えの者を厳重に引き連れたまま、カーティスは僕の方に笑顔を向ける。
「やぁ、セリオン君といったね?」
「……はい、突然どうされたのですか?僕のことを覚えていたのですか?」
「実は話したいことがあるのだよ。私が渡した貴族街に入ることが出来る、金のバッジをまだ持っているかね?」
「家に、ありますが……」
「では、持って来てくれるかね?」
カーティスはニコニコと笑ったままだった。僕は頷いてから、家に入る。家に入るとすっかり存在を忘れていた家の見張りをしてもらっていたライアンに「おかえりなさい!!!エダンさんのご友人!」とはりきられたが、僕は昔カーティスに助けられた時に、貴族街を歩く際に渡された、金のバッジを探すことを優先する。家の中はライアンが少し片づけてくれていたのか、片付いていた。
「ライアン。金色のバッジを見かけなかったか?」
「バッジですか?見かけませんでした!」
「そうか……なら元の場所にあるか?」
僕が元あった棚の中を探すと、ようやく金色のバッジを見つけることが出来た。僕はそれを取ってからライアンに見張りをまだ続けていてほしいと頼んでから、慌てて出て行く。
(何故、カーティスが僕の家に?貴族だぞ?わざわざ平民街に来るか?明らかにおかしい……)
まさかこれから僕がアーデルに会おうとすることを勘づかれたのか?いや、それならカーティス本人が来ることはないはずだ。クロードが今現在公爵ということは、公爵家だ。貴族の中では上の立場だろう。外に出ると、カーティスの姿は見えなかった。馬車の中からカーティスはニコニコと手招きをしてくる。僕が警戒しながら馬車に乗り込むと、カーティスは「バッジはあったかね?向かいに座りなさい」と笑った。
僕が座ると、突然馬車は出発する。驚いて窓を見つめると、カーティスは笑っている。
「そう警戒することはない。少し話をしたかっただけだ。私の屋敷で話そうではないか」
「……平民の僕に、何の用事なのでしょう?」
「着いてからでも話せるだろう。バッジは持ってきたかね?」
「……はい、これです」
僕がカーティスに向かって手渡すと、カーティスはニッコリと笑って受け取った。それから金貨を扱う時のように、バッジを指で上にはじいてから片手でいとも簡単に受け止める。僕が驚いて、カーティスを見つめていると、可笑しそうに笑った。
「これはバッジだが、金貨を使って平民の人たちは遊ぶだろう?コインゲームなんかでは特にね」
「はぁ……」
「おや?君は遊ばないかね?私はよく遊んだよ。貴族社会にもコインゲームはあるのだよ?賭け事の類だがね。中々楽しい遊びじゃないか。君はどう思うかね?」
「どうとは……僕はコインゲームはやったことがないです」
「おや、そうなのかい?君は金貨に価値を置いていると思っていたが。そうではないのかね?」
カーティスはニコニコと笑っているが、全く意図は読めない。一体何を言えば正解なのか。
「……金貨には確かに価値があると思います。それがこの世の中の仕組みなので」
「ほっほ!そうだね。そうそう、孫から聞いたよ。君は貴族に大して、罪を犯してしまったそうじゃないか」
「……っご存じなのですか?」
「大丈夫だ。私は君を捕まえるつもりはない。だが、このバッジは没収だ。意味は分かるね?貴族街には、自由に罪人を入れることはできないのだから」
「……はい」
僕が頷くと、カーティスは笑っている。再びバッジを指で上にはじいて片手で受け止める。それからカーティスは何も言わずに、ずっとバッジを使って金貨をはじくように遊び続けた。
馬車が止まると、カーティスは笑って僕を見る。仕えの者が馬車の扉を開けると、カーティスはゆっくりと降りる。僕も続けて降りると、そこはかつて来たカーティスの屋敷、ベアリング家だった。
アーデルは今頃どうしているのだろうか。アーデルの両親は、アーデルの言う通り厳しそうな両親だった。あれではアーデルが屋敷から逃げ出して当然だ。アーデルは無事に屋敷に帰れたのだろうか。カーティスは僕の方を向いてから、話し始める。
「着いてきなさい」
「……はい」
僕が頷くと、カーティスはゆっくりと歩き出す。僕はカーティスの意図が分からないため、周りを警戒しながら歩いていく。屋敷の中に入ってから、大きな応接間に連れて行かれると、カーティスは豪華なソファに座った。
「気を楽にしなさい。ほら、向かいに座るといい。ああ、君!客人をもてなす菓子でも持ってきなさい」
「はい、かしこまりました」
傍に居た召使の女性は丁寧に礼をすると、部屋から出て行く。カーティスは僕をジッと見つめてきたため、僕は居たたまれず視線を逸らす。
「……警戒をしているね?何かがあると思っているのかな?」
「正直に言えば、この状況の意味が分かりません」
「そうか。実は、君に渡した「操りの首飾り」について話したい。孫から話しを聞いたが、マリア嬢の首を絞めつけて取れないという話らしい。あれは玩具だ。そんな効力があるなんて可笑しいではないか。君は何か知っているかね?」
「あの首飾りについて聞きたいのは、僕の方です……あの首飾りは何なんですか?」
カーティスはそれを聞くと、残念そうに首を横に振った。それと同時に先ほどの召使が扉から入って来て、僕の目の前に菓子と紅茶を置いていく。高級そうな菓子に思わず目を見張る。
「さぁ、食べるといい。この菓子は甘くて美味しい」
カーティスは菓子の1つを取って、口に放り込む。ここで食べなくては失礼だと思い、僕も菓子を1つとり、口に入れる。甘い味が広がり、笑みが零れそうなほど美味かった。
夢中になって食べていると、カーティスが笑顔で僕を見てくる。
「……美味しいかね?それは良かった。首飾りについて、君が何も知らないとなると困ったことになった……孫の話だと、マリア嬢は塔に捕えてしまったらしいのだが、マリア嬢は首飾りの存在に怯えているらしい」
「……マリアのことを聞いたんですね……僕がした罪を全て知っているのですか?」
「そうだね。君は殺人を犯そうとしたと聞いた。マリア嬢は君のことを話したようだ。酷く怯えた様子だったと聞いたよ」
「…………」
僕が何も言えずに、下を向いていると、カーティスは「顔をあげなさい。責めるつもりはないのだから」と言った。僕が顔をあげると、カーティスは笑顔のままだった。
「まず聞きたい。君は何故殺人を犯そうとした?マリア嬢が君を騙し、奴隷馬車に乗せたことは調査で分かった。だが、孫や私に言えばマリア嬢を捕まえることはできたはずだ」
「……その考えは全くありませんでした。僕は憎しみに囚われて……マリアを殺す発想にしかなりませんでした。この感情を止めることは不可能でした」
「……そうか。では、殺した後に、君はどうだった?十分に満たされたかい?」
「それは…………」
僕はカーティスから視線を逸らす。自分の膝を見てから、両手を握りしめる。僕は首を横に振った。
「一時期は満たされました。僕はマリアに勝ったんだと思いました。あの蔑んだマリアの瞳から、殺すことで僕はマリアより上に立ち勝ったのだと……でも僕は……結局は死にたい気持ちになりました。僕は、名声や金を求め誰よりも上に立つことに決めました。全部を見下ろすつもりでした。そうすることで誰よりも勝ったのだと。そう、思い込みたかったんだと思います」
「思い込む?今は違うというのかね?」
「今は違います。名声や金はこの世界の幻でした……僕は幻に執着していただけに過ぎません。金貨はおっしゃる通り、価値があります。でもこの世界はもっと……別のことが必要なんだと思います」
「別のこと?それは何かね?」
僕はカーティスにしっかりと目線を向けた。カーティスは真剣な表情で僕を見ている。僕ははっきりと言葉を伝えた。
「この世界の人は、沢山の人が迷っています。僕のように、沢山の人々が暗闇に落ちています。光など必要ないんだ、この世界で決められた価値こそが全てなのだと思っています。実際にこの世界でそれが事実として起こっています。でもそれが……もし僕たちが作り上げた幻想なのだとしたら……この世界は……」
「人々が作り上げたものだと、君は思うのかね?実際に世界の事実として、価値は証明されているだろうに」
「はい。事実として起こっていることは分かっています。ですがこの世界は……僕たちが幻として作ってしまった。理想郷を作るつもりが……かけ離れたものになってしまった」
「理想郷を作るつもりだったと?それは誰のためにだね?」
「……分かりません。人々のためになのでしょうか。僕たちはそれを望んでいた。ですが本来のことを忘れて、僕たちは迷ってしまったんでしょう。それから暗闇に落ちて行ったのだと思います」
僕は何故自分がこんなことを語るのかも分からないまま、淡々とカーティスに話していく。この世界のことなど何も知らないはずなのに、何故僕はこの世界の価値観を幻だと思ったのだろうか。実際に金さえあれば上に立つことが出来て、名声を得ることで人々から称賛され、何もかも満たされるだろうに。何故今は、全てがちっぽけなことのように思えるのだろう。
カーティスは僕を静かに見ると、緩やかに笑顔を見せた。
「この世界が幻だとしたら、君は何が出来ると思う?君はどうしたい?」
「……分かりません。ただ僕が思うのは、全員で本当の姿に気づく必要があるのではないでしょうか。男も女も、1つの人間という生き物です。男は男だと主張し、女は女だと主張します。でもそれは……いつから始まったのでしょうか」
「ほう?それは難しい話だね。それはこの世界がいつ始まったかに繋がるだろう。本当に初め、私たちも知らない話だ。いや?忘れてしまっただけなのかもしれないがね。本当は全て、私たちが始めたことだろうに」
カーティスはそう言うと、笑いながら紅茶を飲んでいる。カーティスは僕の話を聞いて可笑しいと思わないのだろうか?自分でも話していて訳が分からなくなってきたというのに。
「僕の話を変だって思わないんですか?」
「いいや、君の話は興味深いよ。私はもっと知りたいんだ。可能性をね。特に君のように、可能性を秘めた人物は興味深いね」
「……はは……その言葉、さっき僕の友人にも言われましたよ。僕に可能性があるって何で思うんですか?」
「君の輝きが興味深いからだ。私にとってはね。君は選択しここまでの道のりを歩んできた。君が何故それほどの闇を持ってきたのか……君はそれほどの闇を持っても負けないほど、輝く存在なのだろうね」
「闇を持ってきた?」
僕は驚いてカーティスに目を合わせると、カーティスは笑いながら頷いた。
「そうだ。君は闇を持ってきた。君が君だと思っているその闇は、君が敢えて引き受けたものだ。そうすることで知ろうとしたんだ。この世界の全てを。光だけでは、通れない部分までね」
「……敢えて持ってきた?僕が闇を?どういう意味ですか?」
「君はどう思う?何故マリア嬢への殺人は果たされなかった?あの操りの首飾りは本当にただの玩具だったんだ。何の力も持たないんだよ。なのに可笑しな力を持ってしまった。さて、その首飾りを変えたのは誰だと思う?」
「……変えた?どういう意味ですか?」
カーティスは笑った。それから僕にジッと視線を向ける。今度はカーティスから視線を逸らせなかった。それほどに強い視線だった。
「変えたのは、君だよ。君の意識が首飾りを変えたんだ。無意識に気づかない部分で、君が首飾りに力を持たせた。そして首飾りに謎かけの意味を込めたんだ。君自身が気づくための謎かけをね」
「謎かけ?僕が首飾りを変えた?……そんなことあり得ない」
「あり得ないと思うかね?君がやったことだろうに。その謎かけをかけたのは、君自身だ。だから謎は君にしか解けないんだよ。君が込めた思いだからね」
「首飾りが僕によって変えられたと、何故思うんですか?そんな力あるはずがない」
「君が君自身のことに気づいていないだけだとしたらどうかね?そんな力がない世界を作っているのは君自身であり、それを超える君もいるんだ。そして君がかけた謎を解けるのは、君しかいない……さて、首飾りについては君と話していて、私もよく分かった。長くお喋りしすぎてしまったね」
カーティスは立ち上がると、「好きなだけ休んでいきなさい。帰りの手配は外に居る召使に頼むといい」と言いながら去ろうとする。僕は慌ててカーティスを引き留めた。
「待って下さい!僕をここに連れてきた理由は首飾りについて聞くためですよね?なのに何故僕自身が首飾りに力をかけたなど、ありえない話を言ったんですか?」
「あり得ない話だと君は思うかね?そうだね……君自身が考えてみるといい。どのみちマリア嬢を首飾りの呪縛から解き放てるのは君しか居ないのだから」
「呪縛?僕はマリアを呪ったのですか?」
「……いいや、救ったんだよ。君はマリア嬢を殺すと同時に、マリア嬢を救ったんだ。しかしあれではどうにも呪いのように見えるね。君自身が憎しみに陥った時にかけたものだから、呪縛の形になってしまった。マリア嬢は命を蝕む首飾りかもしれないと言っているようだが、確かにあのままでは、あの首飾りは本当にマリア嬢の命を蝕むだろう」
カーティスは僕の方を見てから、静かに頷いた。それから僕の肩に手を置いて、ジッと僕を見つめる。
「君がマリア嬢に呪縛をかけたと思うなら、それを解くことが出来るのは君自身しかいない。解こうとするか、放置してマリア嬢が死ぬのを待つのか……君自身が選びなさい」
「あれは僕がかけた呪いで、マリアはいずれ首飾りによって、死ぬんですか?」
「そうだね。気づいてないだろうが、君の力はとても強い。君の力は最早誰にも介入はできない。君自身しかね」
「何でそんなことが、分かるんですか?」
僕がそう言うと、カーティスはフッと笑みを見せてから自身の頭をトントンと指差す。
「勘だよ。私の場合は勘が全てだ。老いぼれの勘を信じるならば、考えてみるといい。今、君が話してくれたことは興味深かった。また続きを聞かせて貰いたいものだ。また話を聞きたいときには、会いに行かせてもらおう」
老人は片目を瞑ってから、楽しそうに笑ってから扉から出て行ってしまう。僕は呆然とカーティスの出て行った方向を見つめてから、力を失くしたように椅子に座る。
ティーカップに入った紅茶を眺めながら、両手を握りしめる。
(訳が分からない……僕がマリアに呪いをかけた?そんな力あるはずないじゃないか。占いや不思議な術なんて、僕は信じない……だが、実際にカーティスも首飾りのことを知らないとなると……あの首飾りは本当に僕が……)
頭に手を当ててから、髪をぐしゃりと掴む。最近になって、突然沸き上がってきたこの思いは何だ?何かに突き動かされるような、そんな不思議な感覚が襲うようになった。何かを忘れている。僕は何か大切なことを忘れている。駄目だ、何も思い出せない。これは、僕が生まれてからの話ではない。ずっと前から……僕は何かを思って、この世界に来た気がする。
何故この世界の価値観が幻だと思った?どうして世界の人が暗闇に落ちていることを気にする?そんなこと、気にする必要なんてないじゃないか。
ティーカップを持ち上げて、紅茶を一口飲む。お茶の味が広がり、ため息をつく。
首を横に振ってから、ティーカップをテーブルに置く。目を閉じて僕はしばらく思考し続けたが、一向に何も思い出すことは出来なかった。




