第10話 故郷
僕とアーデルは手を繋ぎながら、一度僕の家に向かっていた。散々な目にあったから、服は汚れていたし、色々と荷物も持ちたかったからだ。馬車に乗って3時間程の距離に僕の実家はある。
僕の家の前に着くと、どういう訳かエダンが頭を下に項垂れながら、壁にもたれて立っていた。僕の家の扉は何故か開いており、咄嗟に僕とアーデルは手をパッと放した途端、エダンは僕たちの姿に気が付いた。
「……セリオン?アーデル?生きていたのか!?」
「……は?」
エダンは僕を見て驚いた顔をして、此方に駆け寄る。僕の両肩に手を置いてから、僕の姿をまじまじと上から下まで見て、何度か目をパチパチさせる。
「無事だったか……」
「……何で、僕の家の扉が開いている?」
「話せば長くなるが……まずはお前だ。まずいことに巻き込まれたんじゃないよな?」
エダンは腕を組んだまま、顔を顰める。確かにまずいことに巻き込まれはしたが、僕の家で何かあったのだろうか。
「……色々とあることには、あった」
「お前の家に変な輩が入って行ったんだよ。俺は二日前アーデルを追って、お前の家に行ったんだが、誰も居なかったから帰ろうと後ろを振り向いた瞬間、黒服の男数人がな、鍵を無理やり壊してお前の家に入って行ったんだ」
「……はぁ!?」
僕が驚いて目を見開くと、エダンはため息をついて肩をすくめた。
「俺は止めようとしたよ。友人の家への不法侵入を目の前で堂々とされちゃあな。でも全然、聞かないんだよあいつら。俺が男達を説得しようと、お前の家に入って行くと、黒服共は部屋を荒らしたい放題荒らした。それでとうとう俺は我慢がきかなくなってな……全員投げ飛ばしたってわけだ」
「は?どういうことだ?」
咄嗟に言い返すと、エダンはニヤリと笑って、何故か拳を作って筋肉をアピールするようにポーズする。
「エダン様にできないことはないぞ?黒服共と戦闘になり、黒服共は刃物まで使ってきた。だがそこで!!!エダン様の筋肉が炸裂だ!!!シュッ!とぅ!俺の蹴りと拳は黒服の男に一撃を与えた!ぐぁぁ!黒服の男は倒れた!その時背後に男は迫った!頭突きだ!てやあああ!ひるんだ男を背負い投げした!しかし、横からも男が刃物で迫った!俺のハンサムパワーで、刃物を手で落とし、蹴りを入れた!とやああああ!!!こうしてエダン様が勝ったってわけだ!」
「……説明が長い」
「……相変わらずね、エダンは」
僕とアーデルが真顔でひいているにも関わらず、エダンは笑顔のままポーズを取る。拳をつき出したり、蹴りを入れてみたり、忙しく当時を再現している。
「まだあるぞ?倒れた男に俺は聞いた。「何で、セリオンの家に入った?」「……くそ…一般人なんぞに負けるとは……うう」「何で入った?」「……マリアお嬢様がある物を探しておられる……お前には関係な……」「マリア?マリアって誰だ?」「……」「気絶したか……」って感じだな。そこから警備兵を呼んで、全員連れて行って貰った。事情徴収なり何なりしていたら、お前が何故か警備兵の間で噂になっていた」
ポーズで再現していたのを辞めると、エダンは此方をジッと見つめて顔を顰める。
「セリオン。お前が重大な犯罪をやったとな。それも貴族相手に。気を失っていた男共は目覚めた途端、お前が悪いお前が悪いって言うんだ。これはどういうことだ?と思っていると、見回りに行っていた警備兵が帰って来て、「セリオンという犯罪者は貴族家に連れて行かれた。もう無事では帰らないだろう」と言うもんだから、何度も問い詰めたよ。だが肝心の貴族家の名前を言わない。流石の俺でもどうしようもなくなったから、ここでどうするべきか迷っていたってわけだ」
エダンはもう一度僕に近寄り、何度か僕の肩をポンポンと叩く。それから真剣な表情になり、僕に目線を合わせた。
「さぁ、答えろ。前に占いでラモーナに言っていた話と、関係があるのか?真相を聞きたい」
「……それは、話せば長くなる」
「俺は真相を聞くまで帰らんぞ?」
「……はぁ。分かった。だがまずは家の被害状況を見せてくれ」
ここまで深い内容をエダンに知られてしまったとなると、もう隠さずにはいられないだろう。こいつが心底しつこいことは分かっている。しかし話せば長くなるので、アーデルと一緒に実家に行った後、帰って来てから言うことにしよう。
それより今は、黒服の男達が家に来たということだ。明らかに男達が探していたのは今持っている「奴隷商売帳」だろう。まさか家まで知られて、荒らされるとは思ってもいなかった。貴族家のことだから、情報を早く入手できるのだろうか。
僕とアーデルが急いで家の中に入ると、部屋は予想したよりも酷い状況だった。
「……っこれは……やりやがったな……」
「……酷いわ……」
僕とアーデルは部屋の中を見て固まる。本棚の本は全て床に散らかされ、ありとあらゆる物が散らばっている。恐らくエダンと男共が戦った時の跡だろう。棚に置いてあった様々な小物まで床に散らばり、血痕が床や壁についている。ベッドまで全て裏返しにされ、隅から隅まで探したのだろう。ここに商売帳があるはずはないのに、よくぞやってくれたものだ。
「……くそが!!!」
僕はつい苛立って、部屋の壁を一度だけ殴る。どれだけカーライル家は人を苛立たせれば済むのか。エダンは後ろからのんびりやってきて、僕の部屋を見回した。
「中々だろう?あいつら何度言っても聞かなかったからな……このままだとお前の持っている秘蔵のエロ本が見つかるかもしれないと、流石の俺も危機感を持ってな……」
「はっ僕を見くびるな。それは絶対見つからない場所に隠して……いや、違う!!!お前は馬鹿か!!!」
僕が思わず突っ込みを入れると、横でアーデルが冷めた目で僕を見つめる。違う。エダンが勝手に言っただけだとアーデルに言おうとすると、エダンは首を横に振った。
「……見つかっちまったんだよ。お前のエロ本はな……黒服の男1人が興味深げに見ていたから、ついに目当ての物を見つけたのかと思って、俺も覗いたんだ……中々マニアックな趣味を持ってるな?俺の知っている有名シリーズ系ではなかった。ダーク路線ってやつか?」
エダンは散らばった本の中から僕の秘蔵の官能小説を持ちあげると、パラパラとめくり出す。僕の秘蔵の本は、エダンの趣味ではなかったのだろう……いや、違う。そういうことではない。アーデルはずっと冷めた目で見つめてくるではないか。この馬鹿野郎。
「……っだから!!!違う、アーデル。違うんだ。この本は、劇団の男に借りた物でな……演劇の“資料”だ」
「……あらそう」
全く信じてないようだ。アーデルの目は虚ろだ。エダンは官能小説を近くの棚に置くと、再び散らばった本を漁って本を1つ取る。
「おっこれは何だ?「僕の価値と証明」……ほうほう」
「っそれは!!!待て読むな!!!」
エダンの持ち上げた本を咄嗟に取り上げようとする。それは僕の日記だ!エダンは更に本を高く持ち上げたため、手を伸ばしても全く届かない。横を見るとアーデルは冷めた目で虚空を見つめている。
「僕の価値とは……お前の日記か?『僕の価値とは、金と名声を手に入れることだ。誰にも文句を言われない頂点に絶対に到達してやる。人は孤独だ……孤独で生きていく。誰にも頼らず、僕は僕自身の道を突き進まなければならない。絶対に人を信じるな。人は必ず裏切る。特に“女”は信用するな!』くっ……ははは!……いやすまん。『女こそ移ろいゆくものはない。簡単に人を弄ぶ。だからこそ僕は名声を得る。誰にも何も言わせるものか!特に女には!』」
「もうやめろ!!!今すぐやめろ!!!」
僕は飛び上がってエダンが勝手に読み上げる日記を何とか取ろうとする。何で過去に書いた日記をアーデルの目の前で読み上げられなければならないんだ。アーデルは哀れんだような目で僕を見てくるではないか。
日記が取れないため、仕方ないので弁明のためにアーデルに向き直る。
「違うからな、アーデルだけは、特別だ。それだけは信じてくれ……」
「……それは良かったわ」
アーデルの目は哀れんだような目のままだ。ああ、まずい。このままだと嫌われてしまう。
何とか弁明の言葉を思考する。エダンは此方を見てにやけると、僕に向かって肩を組んできた。
「お前らしい日記だったな?ま、いいんじゃないか?お前は普段から思考が駄々洩れだから、今更俺が読んだところで、どうにもならんだろう」
「どうにもなるだろ!!!もう返せ!!!」
僕が無理やりエダンから日記を奪うと、エダンはニヤニヤしたまま僕を見てくる。この日記の一体何処に面白い文章があったのか。日記を棚に閉まってから、アーデルにもう一度向き直っておく。
「アーデルだけは違うんだ……信じてくれ」
「……大丈夫よ、貴方の事情は分かっているもの。ええ、大丈夫よ」
「……そうか」
アーデルは何故かうんうんと頷いて、哀れみの目で見てくる。先程までアーデルと良い雰囲気だったはずが、エダンのせいで台無しだ。これ以上エダンに部屋を荒らされない内に、さっさと片付けなければ。それに時間はあまりない。アーデルは貴族の屋敷に二日後帰ってしまうのだから。
「エダン。お前は一回出ていけ!荷物を取る必要が……」
「セリオン殿―!!!」
そこまで言いかけたところ、何故か外から大声で名前を呼ぶ声が聞こえる。仕方なしに部屋から出て行き外に行ってみると、エキストラ劇団の下っ端の小太りの男が僕の家の前に立っていた。
「セリオン殿、大変ですよ!!!……ま、僕にはもう関係ないことか。はい、これをどうぞ」
小太りの男は何故か笑顔で僕に手紙を押し付けると、そのままバタバタと去って行った。
僕は渡された手紙の差出人を見て、それがエキストラ劇団からだということが分かる。
「……何だ?」
手紙の封を破ってから、手紙を取り出す。僕はそれを一回見てから、固まり、もう一度見てから、更に見直す。
『セリオン殿。貴殿が重大な犯罪行為を行ったと、貴族家からの通達がありました。エキストラ劇団としては重大なことと捉え、貴殿との契約を解除いたします。今後一切、貴殿との契約は結びません』
その文章を見て、わなわなと手を震わせていると、後ろからやってきたエダンに再びその手紙まで無理やり取られた。
「どれどれ?ほうほう。あちゃー……お前本当に何やったんだよ?職まで失ってるじゃないか」
「……っあのくそ貴族共が!!!」
僕が大声で叫ぶと、目の前の道を通っていた、通行人数人が僕の方を一斉に見る。流石に居たたまれなくなり曖昧に笑っておくと、通行人は可笑しな人でも見るかのように去っていく。アーデルも後ろからやってきて、不安そうな表情を見せる。
「セリオン?何があったの?」
「いや、これはその……」
「セリオンはな、たった今職を失っちまったんだよ。今日から無職ってわけさ」
「お前!!!馬鹿!言うなよ!」
エダンはやれやれと肩をすくめながら「丁度良かったんじゃないか?」と呟く。どう解釈すれば、“丁度良い”という発想になるのだろうか。アーデルはエダンから手紙を受け取って、内容を見ると心配そうに僕を見つめてくる。
「……っこれは……酷いわね……一方的にセリオンが悪いことにされてるじゃない」
「……そりゃあカーライル家は一切真相を言わないだろうからな……」
「私が抗議してあげるわ!」
「……いや大丈夫だ」
最早ここまでされれば、あの劇団に執着する必要はないのだろう。そうか。エダンの言う通り丁度良い機会なのかもしれない。
エキストラ劇団のやり方は、基本観客を馬鹿にするやり方だ。高貴な劇団と名乗り、さも最高の役者を揃えたかのように見せていて、実際は僕よりも経験が少なく実力もさほどない役者ばかりだった。だからこそ実力のある僕はかなり重宝された訳だ。
しかし、高貴な劇団と名乗ることから、“高貴な名前”を汚す行為だけは許されない。よって僕は問答無用で外された。今まで売上に貢献してきたのは、最近では殆どが僕だったというのに。
「勝手にエキストラ劇団は自滅するだろうさ……あのやり方のままではな。だからもういいんだ」
「よし。お前は、無職を受け入れたんだな?これでもっと遊べるな!!!ふー!!!」
「そういうことじゃない!!!」
エダンは笑いながら何故か勝手に騒ぎ出す。これだから働いていないやつは駄目だ。僕はこれを機会と取って、次に繋げる何かにしようとしているのに。
騒ぐエダンを無視して、部屋の中に戻り、散らばった物の中から必要な荷物を鞄に詰めていく。ああ、そうか。アーデルに到着まで時間がかかるから、僕の実家に泊まらなければならないことは伝えた方がいいかもしれな……泊まり?
(いや、待て……そういう意味ではない。断じてない)
僕は息を整えてから、アーデルに伝えようと後ろに振り返ると、何故か後ろにはエダンが腕を組んで立っていた。
「……お前何処かに行くのか?俺に何も事情を話さずにか?」
「……あーちょっと用事があってな。帰ったら言う」
「用事って何だよ?」
「それはまぁ……色々とやらなければならないことがある」
エダンは眉を寄せて、ジッと此方を見てくる。それを無視してさっさと荷物を詰め終えると、僕は立ち上がった。
「あっそうか……扉が壊れていたら戸締りができないな。エダン、金は払うから僕の家の見張りを続ける気はないか?」
「……お前その大荷物は泊まりか?俺のダチに、この家の中での見張りを頼んでもいいが、代わりに何処に行くかだけ伝えろよ」
「……僕の実家だよ。二年間、実家に帰っていなかったからな」
ぶっきらぼうに答えると、エダンは「ほう?」と興味深げに此方を見てくる。それから外に居るアーデルの方を見て、ニヤリと笑った。
「アーデルと行く気だろう?」
「……お前には関係ない」
「関係ないね?俺はこれでもお前のことを心配したんだぞ。お前が死ぬかもしれないって噂が警備兵の間で流れていたんだ。そうか。よし俺も行こう」
「……何処にだ?」
僕が顔を歪めながらエダンを見ると、エダンはハハっと笑って「決まってるだろう」と呟く。
「お前の実家に俺も行くよ。大人数の方が楽しそうだろう?」
「お前は誘っていない。来るな。それにベッドが足りない。僕の家は田舎だが、そこまで広くないからな」
「別に寝るのは床でもいいさ。お前とアーデルが仲良くベッドに寝ている所を、俺は床でぐっすりと寝ているから安心しろって」
「……っそんなつもりはない!!!」
アーデルに聞かれたらどうするつもりなんだ。そもそも最初からそんなつもりはない。ただアーデルには着いてきてもらうだけだ。エダンはニヤニヤとからかうような表情をしたまま僕に肩を組んで、アーデルに聞こえないようにこそこそと話してくる。
「いいのか?俺がお前のために、お膳立てしてやってもいいぞ?アーデルと距離を縮めるのは厳しいぞ?さっきのお前の日記を見た限りな。田舎なら星空が綺麗だろうな?アーデルを外に誘い、星空を見ながらスマートに決め台詞を言い……そのまま尻に手を……」
「また尻かよ!!!」
小声で突っ込みを入れると、エダンは「ははは」と楽しそうに笑い声をあげる。
「さっきから何を話しているのよ……」
後ろでアーデルの声が聞こえ咄嗟に振り返ると、アーデルは怪しんで僕たちを見てきていた。僕は「はは」と乾いた声で笑ってから、咳を1つ零す。
「いや、何でもない」
「美しいアーデル……セリオンの実家に行くと聞きました。俺も着いて行っていいですよね?俺たちは友人じゃないですか」
エダンはアーデルに近づきアーデルの手を取ってから、潤んだ瞳で一心にアーデルを見つめる。僕の実家に行く許可を何故アーデルに取ろうとしているのか。アーデルはエダンを見て、ため息をつく。
「それはセリオンに許可を取らないと駄目でしょう。私は別にもうどっちでもいいわ……」
「どっちでもいい!つまり行ってもいいんですね!!!よし、セリオン。アーデルは許可をしてくれた。お前もいいだろ?」
「……はぁ。もういい。僕も、もうどっちでもいい」
もう何もかも面倒になってきた。ぶっきらぼうに答えると、エダンは「よっしゃ!」と飛び跳ねてから、扉の方に走って親指をグッと上に立てる。
「お前の家の見張りをダチに頼んでくる。ちょっと待っててくれよ!」
エダンは片目を瞑ってから、超高速で家を出て行った。アーデルと僕は顔を合わせてから、ため息をお互いにつく。
「あのテンションは何なの……何だかもう疲れちゃったわ」
「……はぁ。同感だ……アーデル。僕の家は馬車で三時間かかるんだ。……帰るのには遅くなるから泊まりになるかもしれない。荷物とかは大丈夫か?」
「あら?そうなの?なら、一度私の家に戻っても大丈夫?フィオナちゃんとベルも心配だし……クロード公の見張りはいるかもしれないけど……」
「それは大丈夫だ。とりあえず……エダンを待つか」
僕は部屋の片づけをする振りをしながらエロ本を持って、こっそりと見えない場所に本を隠しておく。そのまま部屋を少しの間片付けていると、エダンの声が扉の方から聞こえる。
「おーい!セリオン!ダチを連れてきたぞ!ライアンが、安心安全にお前の家を見張ってくれるってさ!」
扉の方を見ると、突然地響きがズンと鳴り響く。エダンの連れてきた人物を見て目を見開いてしまった。
ライアンと呼ばれた図体が馬鹿でかく、筋肉がつきすぎている男は、僕の方に向かって地響きを鳴らしながら近づいてくる。
「押忍!!!安心安全に守ります!!!マッスルハッスル武道訓練場から来やした!!!」
「はは、ここでは気合いを入れなくて大丈夫だぞ?ライアン」
「いえ、エダンさん!!!俺はいつでも心得ているっす!!!」
あまりの気迫に思い切りたじろいでしまうと、図体の馬鹿でかい男は僕の目の前で、床に思い切り正座をした。それと同時に地響きがズンと鳴り響く。
「エダンさんの友人なんっすよね?俺はライアンっす!お会いできて嬉しいです!エダンさんの友人にお会いできるとは……感動です!さぞお強い方なんでしょうね!安心安全に貴方の家をお守り致しますので!よろしくお願いします!」
「……え?は……はい」
「敬語なんて使わないで下さい!!!エダンさんと対等に友人になる実力をお持ちなんですから!!!」
ライアンは鼻息を荒くさせてから、キラキラとした瞳で僕を見つめてくる。これは……思いきり何かを勘違いしていないか?エダンの方を見ても、面白そうに腹を抱えて笑っているだけで、何も訂正しようとしない。しかしまぁ……マッスルハッスル武道訓練場とは……何故それほど単純な名前をつけたのか理由が気になる。
「おいおい、ライアン。お前は俺のダチだっていつも言ってるだろう?」
「いいえ、そんな恐れ多いこと、自分には無理っす!エダンさんの実力はマッスルハッスル武道訓練場の中で一番上なんっすから!!!もはや師匠よりも超えているじゃないですか!!!」
「はは。まだまだ師匠には勝てないさ、俺の目標ではあるがな。ほら、セリオンとアーデル。ライアンにここは任せて、行こうぜ?」
ライアンのキラキラとした瞳に見つめられながら、荷物をそーっと取ってから扉の方に歩き出す。アーデルもびくびくしながら、ライアンの横をゆっくりと通っていく。それほどライアンの迫力が凄まじい。
ライアンという男は、数十人くらいの男に囲まれてもひとひねりすれば、全員簡単に捻りつぶしそうに見える。僕を拷問してきたあの男と、良い勝負ができそうだ。
……ライアンよりエダンの方が実力が上とは、本当のことなんだろうか。
外にやっとの思いで出て、扉をそっと閉めるとエダンは笑いながら、話しかけてくる。
「どうだ?面白い奴だろう?ライアンは、俺の通っている武術訓練場の最高の仲間だ」
「……僕のことを何と言って紹介した?勝手に強いって思われているみたいなんだが……」
「普通に俺のダチだって紹介したが?ライアンは物事全てを武術の強さに結び付ける癖があるんだ。ま、強い奴だって思われている分には構わないだろう?」
「いや、それは駄目だろ……」
僕が冷静に呟くと、エダンは「まぁまぁ」と言ってから僕の肩を組んでくる。
「それより、お前の実家に行くんだろ?お前の両親は何が好きなんだ?何か好物でも、買っていってやろうぜ」
「……僕には父親しかいない。母さんは……僕が14歳の時に……病気で亡くなった。だから何も必要ない」
エダンは僕の言葉を聞いた途端、ハッとしてから目を見開く。それから、先程までの異様なハイテンションをやめて肩を組んでいた腕を離すと、静かに微笑んだ。
「……そうか。分かった。お前の親父さんは何か好きなもんはあるのか?」
「……いや、何をあげても必要ないと言うと思う。いつも何を考えているのか、分からない親だった。それなのに、母さんはいつも笑顔で機嫌を取っていたんだ……意味が分からなかった」
「父親ってのは、不器用なもんなんじゃないか?俺の父は商売人だから明るいがな、意外とそういう親も多いって聞くぞ。それに……息子から何かを貰ったら、普通は嬉しいもんだろう」
「……っ僕の父さんは……普通じゃない!!!」
エダンを睨みつけると、エダンはそれに何も反論をせず、ただ僕を見て笑った。僕の両肩に手を置いて、いつものようにポンポンと叩く。
「深く考えすぎるなって。お前の家庭事情には詳しくないから、全て分かるわけじゃないが……久しぶりに顔を見せるんだろ?何か持って行ってやろうぜ。それが息子の立場で唯一出来ることだろう。ほら、お前の親父さんは何が好きなんだ?」
「……はぁ。酒だよ。いつも飲んでばかりだった」
「そうか!酒か!よし、酒なら俺に任せろ!」
エダンはガッツポーズをしてから、ニヤリと笑う。僕の父さんは……どうせいらないと言うだろう。ただのゴミになる土産物になるはずだ。僕がため息をついていると、ずっと僕たちの様子を見ていたアーデルは此方を見て、微笑んだ。
「お酒が好きなお父さんなのね。きっと……喜ぶわよ」
「ほら、アーデルもそう言ってるぞ?」
「いいか。僕の父さんは「おおっ!嬉しい!ありがとう!」なんて言うタイプじゃないからな。それだけは言っておく」
「ま、そりゃお前が「おおっ!嬉しい!ありがとう!」って言うタイプじゃないからな。案外、お前の親父さんとお前は似ているんじゃないか?」
「……はぁ?」
僕が思い切り顔を顰めると、エダンは「きっとお前の親父さんも、そんな表情をしていそうだな」とからかってくる。それに思い切り苛ついてしまい、ついカッとなって言い返す。
「ふざけんな!!!僕と父さんが似ているもんか!!!あんな父親と一緒にするな!!!」
「ちょっとからかっただけだって。分かった分かった。ほら、行こうぜ」
「……アーデルの家に寄ってからな。もう一度言う。酒を買っていっても、絶対ゴミにされるからな!」
「はいはい。分かったって。ま、物は試しだろ?二人とも行こうぜ」
エダンの発言に苛つきながら僕が力を込めて歩き出すと、エダンは「悪かったって!」と笑いながら話しかけてくる。笑いながら謝った所で、何も誠意は感じられない。
エダンの方に振り返らずに、ただ前だけを見て歩き続けた。
アーデルの家の前まで来ると、予想通り警備兵数人がアーデルの家の目の前に立っていた。警備兵はアーデルの姿に気が付くと敬礼をしてから、話しかけてくる。
「アーデル様!クロード公が貴方をお守りするようにとのことです!三日間、貴方の家の前で護衛をさせて頂きます!」
「……え、ええ」
アーデルは引き気味に警備兵達を見つめる。僕たちに外で待っているようにという仕草をすると、家の中に恐る恐る入って行った。
15分ほど経って、アーデルが荷物を持って家から静かに出てきた。警備兵に軽く会釈して僕たちに合流しようとすると、警備兵が「お待ちください!」と声を張り上げてくる。
「何処に向かわれるのでしょう?私共で護衛をさせて頂きます!」
「……友達の家に行くの。着いてこないでいいわ」
「そういう訳にはいきません!私共は貴方をお守りするようにと……」
「……っ三日間は自由にしてくれるって言ってたじゃない!そうクロード公に伝えて!」
アーデルは怒ったように声を上げると、顔を顰めながらズンズンと歩いてくる。「二人とも行きましょう!」と強引にアーデルは僕たちの腕を掴むと、そのまま歩き出す。
警備兵は「お待ちください!!!」と必死にアーデルを引き留めているが、アーデルは「もうやめて!!!」と大声で返して無視して歩き出した。
そのまま歩き続けていると、ようやくアーデルは僕たちの腕を離した。
「……本当、嫌になるわ」
「あれは、酷いな。クロードは、君を監視しようとしている」
「二人とも、これは一体何なんだ?俺だけ何も事情を知らないんだが……」
「……エダン。貴方に重要なことを言わないといけないわね……後で話すわ。馬車の中で、セリオンの話も含めて話すのが……丁度いいんじゃないかしら」
アーデルはため息をつきながら歩き出す。アーデルの言う通り、僕たちはエダンに馬車の中で事情を話す必要があるのかもしれない。エダンが一応は、僕らを心配していたのは確かだろうから。
それから僕たちは市場に小走りで行って、エダンが勧めてきた酒を買ってから、平民が運営している、馬車乗り場に向かった。馬車の御者の男に、僕の故郷の名前「ヴィルギ村に行きたい」と伝えると、御者はふむと頷いた。
「久しぶりにヴィルギ村には行くね。あの村は小さい学校と、小さい商店くらいしかないだろう」
「……僕の故郷なんです」
「ああ、そういうことかい。休憩しながら向かうから、長くかかるよ。大丈夫かい?」
「大丈夫です」
僕たちは頷いてから簡易的な屋根がついた馬車に乗り込む。ヴィルギ村は特殊な場所なため、間には何もない。乗客は僕たちだけだった。
馬が低く泣き声をあげ、馬車の御者は低く鼻歌を唄いながら、馬車はゆっくりと走り出した。
僕とアーデルが隣に並んで座り、目の前にはエダンが座っている。エダンは馬車が出発してから、ずっと何かを言いたげに僕たちを見つめてきたため、僕はようやく口を開いた。
「話せば長くなる……準備はいいか?」
「……準備なら最初から出来てるさ。さ、話してくれ」
僕は話し始めた。まずはマリアのこと、過去の出来事から。演劇した時ほど詳しくは話さないが、要所の重要な出来事だけは伝わるように。その途中で僕がクロードという男に馬車が落ちた時に助けられたと伝えると、アーデルは目を見開いた。
「貴方を助けたのは、クロード公だったの!?」
「……そういえば、君にはまだ、僕がクロードを知っている理由を話していなかったな。演劇では名前を変えていたから分からなかったろう」
「……ええ。そんな偶然ってあるのね」
アーデルは驚きながら頷く。僕は再び話し始める。僕がマリアを殺そうとした時のことを話しても、エダンは真剣な表情を変えなかった。悲痛に顔を歪めることもなく、ただ僕をジッと見つめていた。現在の話に戻りマリアの家に僕が捕まり、マリアは何故か生きていて奴隷商売帳の在りかを求められ、僕が拷問男に拷問をされたことを伝えると、流石にエダンは声を出した。
「……っお前が貴族に拷問されただって!?」
「……ああ。その後アーデルが僕を……助けに来て助かった。僕を昔助けた、クロードという貴族の男と一緒にな……アーデルは……」
「セリオン。私に言わせて。私は……実は貴族なのよ。エダン」
エダンはそれを聞くと目を見開いた。心底驚いたようだ。エダンも予想すらしていなかったのだろう。口をパクパクとさせる。
「……アーデルが貴族だって!?通りで、そこらの女より美しいはずだ……」
「……ええ、だから私は美しいのよ……って違うわ!!!」
アーデルもエダンの策略にハマったのか、1人でノリ突っ込みをし始める。エダンは「はは」と楽しそうに声を上げると、頷きながら腕を組んだ。
「やっと話が繋がった。まとめるとこうだよな?セリオンはそのマリアって美しい女に騙され、マリアを殺そうとした。それが店でラモーナの占いにあれだけ執着していた理由か。そして不思議なことにマリアって女は生きていたと。女に着けた首飾りが不自然に変形までしてな。セリオン。お前は……中々厄介なことに巻き込まれたな」
「……その首飾りだが、僕にもよく分からないんだ。知っているのは、所有者であるクロードのベアリング家だろう」
「それは聞いてみないと分からんな。何かいわくつきの物だったんじゃないか?」
「……ああ、そうだな」
エダンはため息をついてから、僕を見て何故か静かに笑った。何故今までの話を聞いて、笑うのかが分からない。嘲笑の笑みとは違い、自然な笑みで僕を見てくる。
「……なぁ。お前、気づいているか?」
「……何にだ?」
「殺したはずのマリアって女に再び会ったんだろ?その時、何か思わなかったか?」
「……は?また殺してやりたいとは思ったが?マリアはクロードに捕まったから、マリアが今後どうなるかは……分からないがな」
「……殺してやりたい、ね。なるほど、それがお前の思いか」
エダンは静かな笑みのまま僕を見てくる。エダンは一体何を言いたいのか。殺したはずのマリアに再び会えば、殺してやりたいと思うのは当然のことだろう。あの憎くて仕方がないマリアを何度だって僕は…………
黒い感情が沸き上がると、突然エダンは揺れる馬車の中、席から立ち上がって僕の隣に座ると僕をジッと見つめてくる。
「お前は気づける奴だ。俺はそう思うよ。だから“このこと”にもいつか気づけるさ。俺はこれ以上何も言わない。お前自身で考えてみろ」
「……はぁ?何で何も言わない?結論を言えよ」
「これは、“結論”じゃないんだよ。お前自身で気が付かなきゃ駄目なんだ。俺はそう思う。大丈夫だ、お前なら絶対気づける。俺はお前をそういう意味で信じている」
突然「信じている」と謎の言葉を言われて、僕は思わず顔を顰めてしまう。しかしエダンは笑みを見せたままでそれ以上何も言わない。一体こいつが何を僕に言いたいのか、意味が分からない。
「セリオン。お前が気づいたら、やっと他の部分が見えてくるだろうな。それまではまだ“そこ”に居ろ。それが今のお前の最善なんだろう」
「そこ?どこだよ?」
「……そこだよ。今のお前にとって必要で、大事に抱え込んでいる場所だ……お前なら、いつか気付けるさ」
エダンは意味深な言葉を言って笑ったまま、僕から離れて再び元の前の席に戻った。そのまま何事もなかったかのように、くつろぎだす。
「それで?続きはどうなんだ?アーデルの家に警備兵がついていた経緯を教えてくれよ」
「ええ。続きは私から話すわ……」
アーデルが口を開き、アーデルの過去を話していく。アーデルは貴族で、力の持つ家系のクロード公と結婚することが決まっていたこと。それが嫌で家から逃げて、平民街に姿を隠したこと。しかし今回僕を助ける際にクロードに協力をしてもらったことで、ベアリング家に居場所がバレてしまい、アーデルは二日後、貴族の家に戻らなくてはならなくなったこと全てを。エダンは頷きながらアーデルの話を聞くと、アーデルをジッと見つめた。
「貴族の家に、帰るのか?」
「……ええ。もう決めたの」
「……そうですか。つまり貴方は俺の愛を無視して……貴族の家に戻ってしまうのですね……うう、これは俺の熱いハートが砕け散りそうだ……」
エダンは潤んだ瞳でアーデルを見つめる。アーデルは呆れたように笑いながら、ため息をつく。
「まだ諦めてなかったの?でも……もう平民街に戻れないのは、本当に寂しいわ」
「アーデル……寂しいなら、俺の胸がいつでも空いていますよ!いつでも平民街に戻ってきてください!いや、むしろ俺から貴方の家に向かいましょうか?貴族街には立ち入り禁止ですが、ま、なんとかなるでしょう」
「……絶対に来ないで。兵に捕まったのが貴方なら、面倒見切れないわ」
アーデルは真顔でエダンに答えている。エダンは「そんな!!!」と大げさに項垂れている。
僕は何とか言いたくて口を開いたが、直ぐに思い直して口をつぐんだ。僕もアーデルには帰って欲しくはない。だが……貴族の権力の前に平民は無力だ。
突然エダンは僕の方を見ると、目配せしてくる。わざとらしく目をパチパチさせて、アーデルの方に首を振る。
僕はそれに思い切り顔を顰めてから、大きくため息をついて、口を開いた。
「……アーデル、家に帰ることはもう決めたんだよな……」
「……ええ。これからきっと忙しくなるわね。クロード公の元で……はぁ。きっとマナーマナーマナーってうるさくなるわ。最悪ね」
「なぁ……」
僕は口を開いてから、アーデルの方を見る。僕が何も言えずにいると、アーデルは首を傾げたまま、僕を見る。何度か言葉を詰まらせてからようやく僕は言葉を続ける。
「……いや、そのだな……僕は……君に帰って欲しくない」
「……っセリオン……」
「何とか帰らない方法はないんだろうか。それか……君が帰ったとしても……僕は……」
アーデルは驚いた表情を僕に見せてくる。直ぐに自然な笑みを見せてから、首を横に振った。
「ありがとうセリオン……でも、大丈夫よ。私は1人でやっていける……だから、大丈夫」
「そうか……貴族街の中は意外と警備が甘いんだ。僕は……それを良く分かっている。だから……」
しっかりとアーデルに目線を合わせる。これは……この言葉は、僕が言わなくてはならないことだろう。
「アーデル。君に会いに行くよ。もし君が、貴族の家に戻ったとしても……絶対に」
アーデルはそれを聞くと、僕を見て固まってしまった。まずい。こんな小恥ずかしいセリフを演劇以外で言うとは思っても居なかった。それに散々僕が馬鹿にしていた、貴族と平民の恋愛劇に出てくるようなセリフじゃないか。
ああ、僕はなんて恥ずかしいセリフを言ってしまったんだ!!!
アーデルは固まり、エダンは楽しそうに「ヒュー!いいぞー!」と拳を上に突き上げて、口笛を吹き始める。エダン。お前は本当に黙ってくれ。
僕が顔を熱くさせていると、アーデルも顔を真っ赤にさせて、僕をジッと見る。
「……本当に?来てくれるの?」
「……っああ、行くよ……」
「……嬉しいわ。ありがとう……でも無理はしないでね。私の家の警備は、きっと厳しくなると思うの。私がもう逃げ出さないようにね。でも……セリオンが来てくれるのを私……待っているわ」
アーデルは顔を真っ赤にさせたまま、俯いた。その一方でエダンは口笛をうるさく吹き鳴らしていて、心底うるさい。エダンの方を睨みつけると、エダンはニヤニヤ笑いながらガバッと抱き着くような素振りをする……そんな恥ずかしいことできるはずないだろう!!!
僕が更に睨みつけると、エダンは「くくく」と勝手に笑いをこらえている。
こうして馬車は僕たちを乗せてゆっくりと進みながら、時間は直ぐに経っていった。




