7 Intermezzo
もうすぐ春ですね
恋をしてみませんか
別に私はその世代ではありません
「そういえば虎太郎さん」
「何ー? 彩ちゃん」
夕暮れ時。彩は虎太郎と河原で喋っていた。とりあえず内容は他愛もないこと。
「先日は弟たちのことを知らせてくださり、ありがとうございました」
「いえいえー、大丈夫だったー? 暁ちゃん達」
「はい。計算高い子なので、一応行く前から安心はしてました」
「勇ましいネーあははー」
笑い合っていると、すぐ後ろから声がした。
「彩さんと虎太郎さんは、仲がよろしいですね」
「あ、お祖父ちゃん!」
「あ、秋兎さん、昨日ぶりっすー」
中秋兎。見た目20代前半の、40年くらい前に死んだ彩の祖父。
この世に未練があるのかないのか分からないほど“のほほん”とした男性で、享年29歳、従って今も29歳、永遠の29歳。
彼が視えるという共通点があるだけで知り合ったのが彩と虎太郎。
不思議な関係である。
秋兎は、彩の隣に音も立てずに座った。
女子高生を挟んで両隣に座る美青年という演出はあまり面白いものではないが、周りにはそうは見えてはいない。
潔癖性の虎太郎は、秋兎よりも、彩から少々遠くに座っているが。
だからこうも見える。
「相変わらず熱いわねー、お2人さんっ」
彩と虎太郎が後ろを振り返ると、そこには栗色の長い髪を風になびかせている長身の美少女がいた。
「まりちゃんかー」
「こんにちは、虎太郎さん。全くもう、いつからそういう仲なんですか?」
「うわっバレちゃったー? やば超やばーい」
「きゃーもう照れないでくださいよーもうとっくに知っていましたからー」
「でもこの頃彼女冷たくてー」
「ツンデレですよ、それは! こっちから仕掛けた方が絶対落ちます!」
「そこの2人! 変な妄想を語り出すなそして私は誰とも付き合っていません!」
虎太郎と、芙蓉茉莉花の創造(妄想)にやっと遅めのツッコミを入れた彩。
「今日補習は?」
「もう終わったよ? ほらもうこんな時間」
「7時?!……それだけ語ってたのか」
「時間を忘れるくらい、何を語ってたのよぅ、超気になるよ」
わざとらしい笑みを浮かべてクスクスと笑う茉莉花。
「愛のー語らいー?」
「別に。妹達が手がかかるとかそういうのだよ」
「……ほら冷たいー」
「妹? あぁ、暁ちゃん達のこと? 3階から落ちたんですってね、身体は大丈夫?」
「うん」
心配そうに首を傾ける茉莉花に対し、かなり冷静に返事を返す彩。
「分かるよ。年下って、ほんとに生意気なんだから」
「まり下にいるの?」
「うん、妹」
「なんて名前なの?」
「若菜」
「さすが芙蓉さん家ー。苗字も名前も揃ってるねー」
「ねぇねぇ、両親の名前は?」
好奇心から来たのか、彩の目が光る。日本人ってこういうの好きだよね。
「お父さんが若葉で、お母さんが菫だよ」
「おぉー」
凄いねぇ、綺麗だねぇ。
彩の隣で秋兎が感想を言うが、茉莉花の耳には聞こえない。
「凄いね、綺麗だね」
代わりに彩が言った。
「若菜ちゃんっていくつなのー?」
「1つ下ですよ。やだ虎太郎さん、妹にまで手出すんですか? 彩で留めてくださいよー」
「別にーそんなつもりじゃないよー。俺は彩ちゃん一筋だよー」
「本格的になってきましたね」
「まり、虎太郎さん! ふざけるのも大概にしてください!」
「大概ってこの頃聞かない言葉だねー」
「えー? 彩、ちょっと顔紅いけどー?」
「え、嘘?!」
「うそ」
「……………」
彩は虎太郎の方をちらっと見た。
端整な顔立ち。漆黒の瞳と髪。
「ん、何? 彩ちゃん」
不意に虎太郎がこちらを向く。
「いえ、なんでもないです」
無表情に顔を戻す彩。
「何、恋? 恋だよね? 私とちーちゃんを見て、彩も恋がしたくなったんだよね?」
「や、違う」
「うちの若菜もね、私よりも先に恋人つくっちゃって」
「いいねー」
「ちーちゃんもカッコイイけど、その人も凄いカッコイイの!」
「さすが姉妹だねー」
「えっとー、なんて名前だったかなー……あ」
茉莉花が目をとめた先には、2人の人影があった。
1人は小さく愛らしい笑顔を持つ少女で、もう1人は長身の黒髪の少年だった。
「おねーちゃーん! 一緒に帰ろうよー!」
妹さんらしいそして声も可愛らしい。
「はーい! では彩、そして虎太郎さん、また逢いましょう」
「じゃあね、まりちゃん。 あれが若菜さんとその恋人さん? 名前思い出した?」
「そうです。えと、あ、そうです」
茉莉花は服に付いていた草を払いながら立ち、
「上月新さんです」
その姓名を淡々と言う。
「そ。じゃあねー」
「はい、ではでは」
茉莉花は2人の元へ行くと、3人は揃って帰路へと向かった。
その時虎太郎は一瞬、新という名前の、茉莉花の妹の恋人と目があった。
そして2人は、一瞬同時に笑った。
3人が見えなくなると、虎太郎は震えている彩に声をかける。
「じゃあね、彩ちゃん。また明日。虎太郎さんも」
ひらひらと手を振り、虎太郎は立ち去った。
秋兎は、
「彩さん……一応私もいなくなることにするよ。頑張ってね、じゃあね……」
静かに言うと、スーッと消えていった。
河原には彩しかいない。
彼女は震えている。
身体も、心も、過去も。
何故か震えている。
そして、やっと、声を出した。
「か……みつ、き……あら…た……?」
ゆっくりと。
「なん……で……?」
確実に。
「生きて、いるの……?」