2 Capriccio
「失礼致します、芙蓉です。こんにちは、星科先生っ」
「……おぅ」
数学で解らないところがあるので、授業の後先生にもう一度直接聞きに行く。
それは、高校1年生・芙蓉茉莉花の放課後の日課だった。
同時に、彼女にその数学とやらを教える星科智紘も同様だった。
「今日はここが解らないのですっ」
職員室ではなく、個別学習室という少々狭い机とイスと時計などしか置かれていない部屋へと向かう途中で教科書を開き始める茉莉花。
「そんくらいの意欲があんだったらもう少し数学の点を上げろ」
「ごめんなさいっ」
わざとらしく、上目づかいで舌をチロッとだす茉莉花。
栗色の長い髪が揺れる。
1学年の男子が噂をするほどの容姿である。
「さっさと始めるぞー……俺は忙しい」
そんな彼女をスルーして、いつものようにやる気なさげに席に着く星科。
つまんなそうな顔でドアを閉めた茉莉花は、
「んー……もぅ、ちーちゃんだぁーぃ好きっ!」
叫びながら早々にイスへと対座する。
「……はいはい」
一見ヤンキーな星科は、開かれたページをじっと見ると、
「まずな、Xをここに代入して、そのあとaを代入すりゃいい」
よく聞くような台詞を淡々と述べる。
「なるほど、じゃぁ、こっちもう一度」
「ここ昨日やったぞおい……」
そんな星科の呆れ顔を見つめながら、茉莉花は幸せいっぱいだった。
一見ヤンキーといっても、この高校で一番若い21歳の星科。
なんたって彼女―芙蓉茉莉花は、星科智紘に本当に恋心を抱いているのである。
クラスの担任になった時から惚れ惚れの首っ丈。
好きな人とは少しの時間でも一緒にいたい。
そんな想いでこの時間。
難しく聞こえる簡単な数式の話などは聞いておらず、そんな時間に微睡む放課後だった。
「……う……ああぁぁぁ……」
中彩は困っていた。
テストの結果をひとまとめにした小さな用紙を授かった後のことである。
彼女は双子の弟ととある賭をしていたのだが。
発声的に、かなり低かったらしい。
「はろはろ。彩、どうだった?」
そんな彼女に超笑顔で話しかける茉莉花。
もちろん、彼女が持っている用紙に書かれているは、全教科100点。数学以外。
「うぅぅ……その用紙とこの用紙を交換しろぉー!!」
「いいよ、数学も悪いんでしょ?」
「小悪魔ぁー!!」
「うそうそ、ごめんね」
「……まり、数学いくつ?」
「40点」
「それでも学年5位以内に入るとは……! 茉莉花は本当に良くできている子だ……」
「またCクラスか、お前は」
顔を上げると、そこには星科が立っていた。
神北高校2学年では、数学の時間だけクラス内でA~Dコースに分かれる。
Aに近いほど頭良し、Dに近いほど頭悪し。
ちなみに彩はDコースである。
「芙蓉……お前、昼休み飯の後俺の所へ来い」
「喜んで♪」
それだけ聞くと、星科は教壇へと戻っていった。
「なんですか? 星科先生っ」
昼休み。
浮かれ顔で職員室へと向かう茉莉花。
また怒られるのかな♪
恐ろしいことを平和に考える彼女が星科の机へ向かうと、彼はまだ昼食中だった。なんて可愛らしいお弁当箱。
「早えよ」
「ええっ……じゃあ私待ってます」
「まぁいい。……お前……前のテストの点も低かったな」
「あ、はい」
「今は2年だが良いが……3年になって基礎が出来てねーとやばいぞ」
「頑張ります!」
「毎日俺が見てやってんのに……このまんまだとDに落とすぞ」
「あ……」
「40点台はCクラスだが、あまりにも続くようならDの花澤先生に託すぞ」
「それは断固拒否、いやです」
またもやわざとらしく、舌をチロッとだす茉莉花。
「なぜそこまでCクラスにこだわんだよ。……正直、お前は普通Aだろ」
「そうですよ、芙蓉さん」
そんな会話に入ってきたのは、噂をすればの花澤先生。
ゆったりとしていて教育熱心、先生の中でも、美人に入ると思われる。
「他の教科は100点なのに数学だけ出来ないなんて、まるでマンガのキャラクターみたいですけど」
いきなり何か言い出した花澤先生。
「毎日時間を割いてまで、貴方の勉強を星科先生が見てくださるのに、成果が出せなければ先生にも悪いですよ?」
ごもっともである。
「まぁ俺のことじゃないから良いんですけどね」
「保科先生、生徒の前でもしっかりやる気を出してくださいっ」
「はぁ……あ、花澤先生、コレありがとうございました」
そういって、星科は花澤先生に、先程食べ終わって空になったお弁当箱を綺麗にくるんで差し出す。
「え……」
「いつもすみませんね、花澤先生」
「いいえ、こちらこそ」
―……うそ。
「ん、どうした、芙蓉」
「…………」
茉莉花はそこにただ立っているだけだった。
所詮、生徒と先生。
だから、敵わないことだって、知っているのに。
追い打ちをかけるように、予鈴が鳴る。
「おい……芙蓉。5時限目遅刻するなよ」
「はい……失礼、致しました」
ふらふらと出て行った茉莉花が出て行った扉を見つめ、
「…………」
星科は1人、ただただ黙っているだけだった。
ねここねこ!
すみません、何でもないです。