1 Prelude
ぱちぱちぱち。
「こんにちは、彩さん」
「あぁ……こんにちは、おじいちゃん。久しぶりです」
久しぶりに出会った彼は、やはり何年経っても外見が変わらない。
20代前半の青年。
7月なのに、いつもと同じ黒いコート。
黒い髪と瞳。
いつも必ず会うのは、この河原。
前に化けてでてきたのは、確か5月。
「どうです、この頃の政治とか、気になって仕方がありませんよ。あぁ、今日も可愛いですね、彩さん」
そう言うと、祖父―秋兎は少し透けた。
「うそですね。好きな女優さんのこれからでしょ?」
すると、彼の身体は、また人間の濃さになった。
「とりあえず、私はこれから学校なのです、また夕方に逢いましょう。夕方の方が出やすいでしょう?」
「今の時期は、僕たちのような存在はいつでも出やすいですよ」
そう言って、40年前に死んだという、どう見ても20代前半の青年に見える祖父は、孫の前からスッと姿を消し、見えなくなった。
神北高校、2年D組。
彩の目に、長身で美人で元気で明るい少女が飛び込んでくる。
「彩ぃー、おっはよー!」
「あ、まり、おはよ」
「今日も弟君達は元気?」
「相変わらずだよ」
「ふふ、ねぇねぇ、クレープ食べに行こうよ、駅前の!」
「あぁー……でもまりは放課後はダメでしょ?」
「うん! 今日もちーちゃんに勉強教わりに行ってくる!」
「頭良いのに、あえて数学だけ悪い点数を取るとか、天才だよ、まりは」
芙蓉茉莉花。
絵に描いたようなお嬢様で実際大富豪の娘。
「ふふ、あ、ちーちゃんだ。じゃあね、彩」
茉莉花が自分の席に着いたと同時に、前方のドアから担任が入ってくる。
「お前らぁー、HR始めるぞー」
今日もやる気無さげに、名簿を取っていく担任・星科智紘。
一見、ヤンキー。
だが女子からの人気は圧倒的。
今日も緩やかに学園生活は始まる。
放課後。
今日彩が属しているとある文化部はお休みなので、彼女は真っ直ぐ家路を歩く。
あの河原に向かうのだ。
とある違和感を感じながら河原に着いたが、一向に祖父は現れない。
あぁ、なるほど。
そう思い、彼女が後ろを振り向くと、そこには、背の高い、だが彼女と瓜二つの少年が立っていた。
「や、姉貴、暁かと思った。奇遇……じゃなくて……必然?」
「そういう行為に見えることはやめなさいと言ったでしょ。暁はどした、梓」
「途中まで一緒に歩いていたんだけど、ちょっと置いてきてみた」
梓と呼ばれた少年はニコリと笑う。
中梓。
「……ねぇ、姉さん、今頃暁は泣いているだろうねぇ……」
彩の双子の弟。
「泣きじゃくって慟哭して……」
見た目美少年。
「哀泣して哀咽して哀哭して」
彩は溜息をついた。
「悲しみに暮れて感傷にふけて傷心を抱いて心配で寒心に堪えれなくて恐れて気になって気になって僕のことを求めて探し回って模索してとびっきり歪んだ泣き顔で見つけてくれないかなぁ?」
笑顔で喋り尽くした弟に、彩は静かにツッコミを入れた。
「お願いだから暁を異常な子みたいにするのはやめなさい」
そこへ、1人の儚げな少女が走ってくる。
「はぁ……はぁ……お、お兄ちゃん、先行くなんて、ずるいよ」
少々背の低い、彩と瓜二つのツインテールの少女。
中暁。
彩と暁の一つ下の妹。
「大丈夫か、暁」
「うん、大丈夫だよ、お姉ちゃん。あ、お兄ちゃん、離れる時は言ってね、ちょっと不安になっちゃったよ」
「悪ぃ、それは良かった。じゃあ、家に帰ろうぜ」
夕日をバックに帰路を歩く中姉弟の3人。
仲良く、たまにケンカして仲直りして、それぞれの罪に気づかないまま、8人は今日も夜の帳を迎えるのだ。
「あ、あ、……新さーん!!」
元気で明るい少女の声が響く。
「やぁ、若菜」
やや若い、男の声が遅れて聞こえる。
「すみません……待ちました?」
「いや、全然」
「どうぞ、お約束の……120万で良かったですか?」
「あぁ……ありがとう。これで母も2人の弟も3人の妹も安心して暮らせる。いつも、ごめんね……」
「いいえ! 新さんと新さんのご家族のためです! 何でも、私に頼ってください!」
「ありがとう……愛してる」
優しいから。
「わ、私もです!」
可愛いから。
「若菜は良い子だね」
困っている時に助けてくれるから。
「新さんのためなら、頑張れます!」
騙しやすいから。
「もう一度言おう」
騙しやすいから。
新は、若菜の小さな唇にそっと自分の唇を重ねる。
「愛してる」
冴えない文体ですみません。
頑張ります。