11 Requiem
「あれー? 秋兎さんじゃない。ご老体が大丈夫ですかー」
わざとらしい笑みを浮かべる虎太郎のナイフを、
「……俺はまだ29だ」
必死に受け止める秋兎。
よく見ると、その腕からは赤の液体がダラダラと見える。
「あ、あき……お祖父ちゃん!」
「動くな彩」
いつもとは違う口調の祖父が、怒っている。
「虎太郎……てめぇよ、愛し過ぎ」
「愛し過ぎ! いいねー、秋兎さん。そのセンス気に入った!」
と、虎太郎が遠のく。そして両腕を伸ばし、空高く掲げた。
「愛の意味はー時代によって多様化してきているー! 慈しみ合う心、思いやり、愛でること! 最近ではほらー、『大嫌い』というのが愛の印ってあるじゃない? それにー、イエスは言った、「されど我ら汝らに告ぐ、汝らの敵を愛し、汝らを迫害する人のために祈れ』ってね!」
語りまくっている虎太郎を前に、秋兎は冷静だった。
「……虎太郎、お前はまだ恋愛においては見習いすぎる。お前人を愛したこと無いだろ、生きてる時に」
「んー、まーいいじゃん。俺は彩ちゃん以外には興味は持たないよー。愛は一途ではなくてはね」
ケラケラと笑う虎太郎。
彩は、自然とその姿などには動じなかった。
というか、どうして良いか分からなかった。
まだ、虎太郎がナイフを持っているからではなく、
秋兎に動くなと言われたからではなく、
ただ、彼女は家族以外の誰かに愛された、ということを感じたことがなかったからだ。
初めてだった。
正直、彼女は両親に愛されていなかった。
いつも怒っていて、恐かった。
暁や梓にばかり気を遣っていて、彩は全くというほどでもないが、あまり相手にされなかった。
だから、正しくは、彼女は兄弟愛というモノしか知らなかった。
私は、本当に愛を受け入れるべきなの……?
「ねぇ、どうすればいいの?」
彩は声に出していた。
虎太郎の実説が止まり、秋兎の目も止まる。
「よく分からないよ、別に私は虎太郎さんが好きだから殺したんじゃないんだよ?」
「嘘だよー、嘘。自分の気持ちに気づいていないだけだよー」
「愛しているなら、もっと一緒にいたいはずでしょ? どうして、その存在を無くしてしまうの?」
「さぁねー。俺には生きている人間のことは分からないー! 俺はただあれじゃない? 俺も死んでるから一緒に死後に世界へ行こうぜ、見たいなー」
「違うよ」
「何がかなー? 彩ちゃん」
「多分、虎太郎さんのは、私と一緒の、“恨み”だと思う」
それまで笑いながら喋っていた虎太郎の顔から、笑みが消えた。
「だって18だよ? まだ18でしょ? 生きたかったんでしょ? なのに殺されて、その恨みでしょ? 私は殺したいのは」
「だ、だから、そんなわけ、ないでしょー」
「どうしたらいいの? どんな償いをしたらいいの?」
「彩ちゃん、だから、僕は君が好きだから殺そうとしているんだよ?」
「じゃぁ」
彩はスッと右手を挙げ、人差し指で虎太郎を指した。
「さっきから、愛してるとか、そう言う言葉を言ってるときに、どうして透けるんですか?」
「!」
彩は知っていた。
いつも自分に話しかけてくる梓似の青年は自分の祖父だと。
彩は知っていた。
しかも、そのヒトは40年前に死んでいることを。
彩は知っていた。
だから触れ合うことが出来ないことを。
彩は知っていた。
秋兎は嘘をつく時、少々、透けることを……。
「偽りの愛はダメだというけれど、突き通せば本当の愛になる。でも、私と虎太郎さんは出会って全然経っていません」
「別に、全ての霊がそういう体質じゃ……」
「また透けましたね」
彩の言う通り、虎太郎はどんどん透けていく。
「私は、愛されないんです、誰からも」
いつのまにか、彩はもう虎太郎の目の前だった。
「すみません、私は、どうすればいいんですか?」
カラン。
ナイフの落ちる音が響く。
「何をすれば、私は償えますか?」
と同時に、第三者の声が、響き渡った。
「じゃぁ生きろ、彩!」
振り向けば、そこには、彼女の親友がいた。
「彩が死んでどうする! させないわよ、芙蓉の力を使ってまでも!」
「ま……茉莉花……足はや……って、こた……ろう……?」
その裏には、彩の担任・星科智紘。
そして長年ぶりに、同級生と再会をする。
しかし、両者2人とも、特に喜びを見せない。
「やぁ智紘。会えて嬉しいよ」
虎太郎はどんどん透けていき、
「最後に、兄貴には会いたかったな」
見えなくなった。
跡形もなく。
ただ、ナイフが落ちているだけで。
彩は、ぺたん……とその場に座った。
最終的に虎太郎はどうなったのだろうか。
私は……。
「姉貴」
振り向くと、そこには、彼女と超酷似の弟と妹がいた。
「私が呼んだのよ」
茉莉花が言った。兄妹は、揃って姉の元へ向かう。
「愛、ね」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「あ……あぁ」
そうだった。
私には家族がいた。親友がいた。
死んだら、ダメじゃん。
「情愛、慈愛、恩愛、慈しみ、親心……」
……おお、こんな時に歩く類語辞典。我が弟よ。お前本出せるぞ。
「恋路、恋慕、愛慕、恋情、恋着、思慕の念、追慕、懸想、相愛の仲、片想い、両想い、岡惚れ、片恋慕……ラブ、リーベ、アムール……愛別離苦、和眼愛護、敬天愛人、愛執染着……愛って、たくさん種類があるんだな、姉貴」
真顔でそんなこと言われてもな。
「はう、お腹すいたよ、お姉ちゃん」
「あ~はいはい」
「早くお家にかえろ? あ、お兄ちゃん待ってよー」
暁がパタパタと、かなり前を歩きながらぶつぶつ言っている梓の元へと走っていく。
「あ……茉莉花達、ありがとう。じゃあ、また明日」
「うん、まったね~」
やはり、薄暗いことをいいことに、智紘の腕にしがみつきながら歩く茉莉花。
不思議と智紘は、嫌がってはいなかった。まあ当たり前か。
弟たちの方へ行こうとするが、ふと彩は立ち止まる。
「あの、お祖父ちゃんはどうして霊でいるんですか?」
「あぁ」
後ろにスッと現れた秋兎。だが少々人間の濃さをしていなかった。
「ただ、可愛い孫達が心配になっただけだよ」
秋兎はさらに薄くなった。そして見えなくなった。
しかし、彩は知っていた。
それは、秋兎が嘘をついているからではない、ということを。
辛かった。
書くのが。
もう次で終わると思うと。
わーひ。