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公爵令嬢は厳つい旦那様に嫁ぎたい

作者: 紅葉ももな


 美しい白亜の宮殿の正門に、貴族の威信をかけた豪華な装飾が施された箱馬車が次々と停まっていく。


 その中からきらびやかに着飾った紳士淑女を馬車から降ろし去っていく。


 領地の秋の実りに感謝し農閑期となった冬、このカークランド王国は貴族たちの社交の季節を迎えるのだ。

 

「うぅぅ、屋敷に帰りたい」


「ふざけんな、俺だって帰りたいんだ」


 皆が誇らしげに馬車から降りる中、中にいる主人が姿を現さず、走り出せない箱馬車が正門前に横付けたままだ。


「エミーリア、いい加減にしろ! 本来ならばクラフトル公爵令嬢のお前は昨年の社交界でデビューしなければならなかったのに、他の令嬢よりも出遅れているんだぞ」


 エミーリアは苛立たしげに声を荒らげる美少年にゆっくりと下げていた視線を合わせる。


 この国の第二王子であるファビアンは、苛立たしげにエミーリアを睨みつけていた。


 美しい絹糸のような黄金の髪は柔らかくうねり、同じ色の長い睫毛が王家の特徴であるサファイア色の瞳を引き立てている。


 長年美姫を伴侶に迎えてきた王家の血が受け継がれたため、その容姿は恐ろしいほどに整っており、怒りが加わると迫力が増す。


 ファビアンの言うとおり本来ならばエミーリアは、十五歳の昨年社交界でデビュタントとなるはずだった。


 貴族の令嬢にとって社交界へデビューし催しに出席するのは憧れであり、同時に結婚相手を探す場でもあるのだ。


 その貴重な時間を心理的負荷から来る体調不良を理由に一年延長したのだ、これ以上先延ばしには出来ない。


「だっ、だって……」


 エミーリアは馬車の窓から賑やかな本日の社交の会場となる宮廷に、アメシスト色の瞳を潤ませ視線を向けた。


 いくら侍女に、美しいと言われてもエミーリアは信じられない。


 ハーフアップに結い上げた亜麻色の髪を不安から指に巻き付ける。


 美しい宮殿と華麗なドレスを纏った貴婦人方が次々と楽しげに会場へと消えていく。


 知らない人が沢山いる会場へ行かなくてはならない事実は人見知りが激しいエミーリアにとって、拷問以外のなにものでもない。


「エミーリア、きちんと話し合っただろうが、俺は国王なんてなりたくない。 すでにコーネリアス兄上と言う素晴らしい王の器が居るのに、正妃腹だからと言う理由だけで王になどなれない……いやなっちゃいけない」


 ファビアンは自分の手を胸の前に握り締める。

 

「幸いにも母上と違い陛下は兄上に王位を継いでほしいと考えておられる。 俺がいたずらに後ろ盾を得る事を望んでおられない」


 エミーリアはファビアンの決意に燃える瞳が怖い。


「この社交界の間になんとしても伴侶を見つけろ。 俺も臣籍降下しんせきこうかするために出来る限りの根回しはするつもりだ」


 ファビアンの第二王子の身分を返上し臣下の籍に降りたいと言う願いは、初めてエミーリアと顔を合わせた時から揺るがない。


「だからお前は今シーズン中になんとか嫁ぎ先を探せ、多少の身分差くらい俺がなんとかしてやる、やれるな?」  


「う〜……はい……」


 エミーリアはなんとか頷く。


 相手は王子様で今日のデビューのエスコート役なのだ。


 本来ならばエミーリアの兄がエスコートをしてくれる予定だったのだが、そこへエミーリアとの縁組を望む王妃がファビアンをねじ込んで来た。


 相手は王族のため断ることも出来ず、エミーリアはほぼ初対面のファビアンに萎縮してしまう。


 エミーリアのか細い返事を聞いて、ファビアンが馬車の扉を軽く叩くと、待ち構えていた従者の手によって扉が外に向かって開いていく。


 ファビアンは先に馬車から優雅に降り立つと、馬車の中にいるエミーリアに、貴婦人やご令嬢方から美しいと評判の微笑みを浮かべて手を差し伸べた。


「参りましょうエミーリア嬢」


 エミーリアにはこの一見美しい微笑みが有無を言わさぬ恫喝に見えて仕方がない。


 目を閉じて緊張を吐き出すように深く息を吐きだした。


 どうしても社交界デビューは避けられない、ならばと諦めてスラリとしたファビアンの手に、エミーリアは荒れて節が目立つほっそりとした掌を乗せた。


*****


 豪奢なシャンデリアが吊り下がる広々とした大ホールには既に貴族達がそれぞれ情報交換に勤しみながら、今年社交界デビューする子息令嬢が入場するのを待っていた。


 デビューを済ませる事は社交界において成人したと同意とみなされる。


 デビューは親が男爵位以上の爵位を持つ者しか参加できず、貴族位の低い者たちから入場となる。


 本来ならば国王夫妻は最後に入場するのだが、デビューのみ国王夫妻が入場し、社交界の開催を宣言したあとで、それぞれ氏名を呼ばれながら紹介されて大ホールの二階から二股に別れた大階段を降りてホール入りとなる。


 国王夫妻の宣言を終え、次々と初々しい反応の美しく着飾ったデビューの子息令嬢が会場入りする。


 皆がその姿を見ようと階段に詰め掛けるなか、カークランド王国の国境を護る守護神ジェンクス辺境伯であるウォーレン・ジェンクスは、階段から一等遠い壁に背中を預け手に持った赤いワインを呑みながら見つめていた。


 しっかりと撫で付けられた黒髪とまるで血のような深紅の瞳は、眼光が鋭く見るものを威圧する。


 三年前の隣国からの侵略戦争で父の急逝に爵位を引き継いだ。


 ウォーレンは戦時中に額から左目の上を頬に掛けて顔に深い傷を負い、左目の視力を失った。


 欠いた視力で慣れない辺境伯領の政務に追われ、右目の視力も幾分か下がってしまった。


 そのため自然と右目を眇めてしまい、眉間に深い皺がよりただでさえ厳しいその風貌を強化してしまっている。


 王子殿下方のような細面の優男が好まれる王都の風潮とは真逆を行くウォーレンの気迫と恐ろしげな風貌から近寄るだけで女性が気絶してしまうため、戦争が終結してから社交界へ出るようになったにも関わらず、ウォーレンはすっかり婚活を諦めてしまっていた。


 今もウォーレンの周りには従者のヒョウドル以外に近づく者などありはしない、完璧な壁の花……いや壁と化している。


「ウォーレン様、花嫁候補のご令嬢方をご覧に行かなくて宜しいのですか?」


 ウォーレンに声を掛けながらもヒョウドルの視線は、今もなお次々と階段を下ってくる名家の姫君方から外れない。


「行くだけ無駄だろ……どうせ俺のような外見の男の嫁にわざわざ辺鄙な辺境までくる物好きなお嬢様なんて居ないんだから」


 ウォーレンは自嘲とともに持っていたグラスをグイッと傾け中身を一気に呑み干した。


「そう言う呑み方は感心しませんね」


「うるさい、酒くらい自由に呑ませろ」


 給仕に回ってきた男から新たにワインが入ったグラスを受け取り空になったグラスを押し付ける。


 そうしている間に大階段では歓声が起きていた。


「なんの騒ぎだ?」


「あぁ、どうやら妖精姫が会場入りしたみたいですね」


「妖精姫……確かクラフトル公爵令嬢だったか」


 ウォーレンは目を細めて視点を合わせようとしたが、ぼんやりとした紫色のドレスらしきものが僅かに見えるだけだ。


「めずらしい、ご存知だったんですか?」


 さも意外そうな声を出したヒョウドルにウォーレンはわかりやすく口を曲げた。


「評判だけな、王家の高貴な血をその身に受け継いだ薄命の美姫、あまりに儚げな容姿はまるで妖精のように姿を消してしまうのではないかと言う噂だな」


 妖精でも魔物でも怪物でもあんまり変わらんと酒を煽る主をヒョウドルはたしなめる。


「とにかくジェンクス辺境伯家はウォーレン様しかいらっしゃらないんですからさっさと奥方様を見つけて世継ぎを作って下さい」


「へーへー、気が向いたらな」


 気のない返事にヒョウドルは小さくため息を吐いてウォーレンから離れると、主の花嫁になりそうな独身のご令嬢を探して歩き出した。


 一方ファビアンとともに会場入りしたエミーリアはなんとか微笑みを貼り付けているものの、自分を品定めするように集まる視線に、心は既に半泣きだった。


 ただでさえファビアンのその整った容姿は、年若い令嬢のみならず貴婦人方からも絶大な人気を誇るのだ。


(う〜、女の人たちが睨んでくるぅ)


 恐怖に竦む足をなんとか動かしてファビアンに付いて国王夫妻や第一王子夫妻、高位貴族達へデビューの挨拶をして回る。


 挨拶も一通り済むと、ダンスのための曲がオーケストラによって奏でられ、デビューした子息令嬢がホールの中央で踊り出す。


 毎年その年の一等位が高い子息令嬢がエスコート役のパートナーと初めに踊り出し、次々と残りの子息令嬢が続き踊り出すのだ。


 今年のデビューで高位貴族はクラフトル公爵令嬢のエミーリアと、同じく公爵令嬢のビオラ・アルバイン、しかしビオラのパートナーは従兄弟の侯爵令息だったため、王族であるファビアン王子に敬意をはらった形だ。


 ファビアンのリードで一曲踊り終えれば、ファビアンはエミーリアをひとり残して他のご令嬢に誘われダンスへと戻って行ってしまった。


「美しい方どうか私と一曲」


「ふざけるなお前には婚約者が居るだろうが、エミーリア様どうか哀れな子羊に貴女と踊る幸運を分けてはいただけませんか?」

  

 側にいたファビアンが消えた途端それまで遠巻きにしていた令息や明らかに令息では無いだろう男性たちが詰め掛ける。


(ヒィィ! 怖い!)


「もっ……申し訳ありません、少し人に酔ったようで……」


「ではあちらで私と語らいましょう!」


 ダンスを断ったのに、休憩に同席を求め始め、またもめ始めた男性たちから逃げたい一心で気配を消して移動する。


(どこか人が少ないところは……)


 キョロキョロとあたりを見回せば会場の奥まった所に、中庭へと降りることが出来る階段を有するバルコニーかある事に気がついた。


 観察してみればバルコニー付近には男性一人しか居らず、はやく人混みから逃げたいエミーリアは足早にそこへ向かった。


 ウォーレンは突如人混みから現れた美少女に驚いていた。


 白く透き通る様な肌に、まだ社交界に染まっていないと言う意味を持つデビューの証である純白のドレスを纏っている。


 複雑に結い上げた金糸のような髪はシャンデリアの光を反射し、髪飾りなどいらないのでは無いかと言うほどに美しく煌めいていた。


 手はスラリと細く小ぶりな顔は完璧な配置で目や鼻、口が揃っており、金色の睫毛に縁取られた瞳は今にも零れ落ちそうな最高級のアメジストのようだ。


 こちらを気にする素振りもなく何かから逃げるように暗いバルコニーへ出て行く少女の後を追うように、中庭へ出ていく三人の令息達の様子に眉をひそめる。


 何度か社交界へ顔を出していたウォーレンは彼等があまり評判の良くない人物で有ることを知っていた。


 どうやら彼等が抜け出した事など会場にいる者達は気が付いていないようだった。


「クソッ、エスコート役の男は何をしてやがんだ」


 悪態を吐きながら手に持っていたグラスを近くの窓辺に置き、後を追いかけてバルコニーヘ飛び出した。


 宮廷庭師が丹念に育てた中庭は昼間とまた違った顔を見せている。


 所々に篝火が焚かれているせいで光が届かない場所は余計に闇が濃い。


「きゃっ……やめ……」


 聞こえてきた声に身体を向けて小走りに走りより生け垣から僅かに。顔を覗かせて見ると先程会場から出て行った男達が女性を、先程見たご令嬢を取り囲んでいるようだった。


「そこで何をしている……」


 男達の手がご令嬢に届くよりもはやく威圧をくわえて地を這うような低い声を掛ける。


「あぁ? 俺たちはこの方と仲良くしようとしてるだけ……げっ!?」


「ジェンクス辺境伯、なっ、なんで……」


 ウォーレンの声に下卑た笑顔を浮かべて振り返った男の一人が、ウォーレンの姿を見て凍り付く。


「仲良くなぁ……そちらの女性は嫌がって居られるようだが?」


 腕を組んで威圧を強めれば他の二人も身をすくませる。


「おい、いこうぜ!」

 

「おっ、おう……」

 

 逃げる様に立ち去った青年たちに内心軟弱な、と毒づき視線を戻すと絡まれていたご令嬢がヘナヘナと地面にへたり込みそうになっており、慌てて華奢な身体を支える。


「大丈夫ですか!?」

 

 声を掛ければ、ウォーレンを見上げる一対の紫水晶(アメシスト)が潤んでいる。


(しまった、咄嗟の事だったとはいえ許しもなく身体に触れるなど) 


 悲鳴を上げられるか、泣き叫ばれるか、もし気絶されたらどうすれば良いのかわからず、ウォーレンはこの後に起こるだろう事態を覚悟した。


「あっ……あの……お助け下さり……ありがとうございました……」


 しかしご令嬢の愛らしい口から発せられたのは小さな小さな感謝の言葉。


「いや、気にするな……」


 恐怖ゆえか震える身体からゆっくり離れようと動けば、驚いた事に自らウォーレンの硬い大木のような身体に、すがりついてきた。 


「もっ、申し訳ありません……腰が抜けてしまって……すっ、すぐに離れますから」


 踏ん張ろうとする健気な姿に、胸の奥を鷲掴みにされたような錯覚に陥り、目を閉じて息を吐きだし心を落ち着ける。


「とりあえず会場に戻りましょう、このような暗がりにひとりで来るなど危険です、そして貴女にとって特定の異性といたなど醜聞になってしまう」

 

「はい……申し訳ありません」


 苦言を呈せば、みるみるとしょんぼりと萎れていくご令嬢。


 会場から今居る場所までそれなりに距離もあるため、このご令嬢が中庭から会場まで歩くことは困難だと判断した。


「失礼」


「きゃっ!」


 ウォーレンは短く告げるとご令嬢を横抱きに抱き上げた。


 慌てた様子でウォーレンの首筋に抱きついてきた羽のように軽い身体から、ふんわりと夜風と伴に香油の甘やかな香りが鼻孔を擽る。


「あのっ……」


「安心してください、会場近くまで移動する間だけの辛抱です」


「はい……お願いします」


 しっかりと抱いていないと今にも霞のように消えてしまいそうなご令嬢を持ち上げ暗がりを歩く。


 シャンデリアの光が届かない距離を取り、ご令嬢を地面にゆっくりと下ろせばふわりとドレスのリボンが羽根のように広がり、彼女が妖精姫だと呼ばれる理由がわかるような気がした。


 シャンデリアの僅かな光がドレスにつけられた小さな宝石に反射して、まるで淡く光り輝いているように見える。


「あの、助けていただきありがとうございました!」


「あぁ、気にするな……もう会場へ戻った方がいい」


(俺が居ては去りにくいか……)


 もじもじとして動こうとしないエミーリアの様子を見て、ウォーレンはその場を離れようと一歩踏み出した。


「あっ、あの! お名前を!」


 背中を向けてしまったウォーレンの服にエミーリアは必死に縋りついた。


(顔は怖いけれど、助けてくれたしなんの見返りすら求めない男性に出会ったのは初めてよ)


 エミーリアは自らに向けられる男性の品定めするような、まとわりつく視線が苦手だったし、助けてくれた見返りにと過剰なスキンシップを強要してくるような男性がとても苦手だった。


(それに、この人が声を掛けただけでしつこかった男の人達がみんないなくなってしまったもの)


「名前? あ、あぁウォーレン・ジェンクスだ」


「ジェンクス……ジェンクス辺境伯でいらっしゃいますか?」


「あぁ、よく知っているな」


(ファビアン様に婚約者を見つけろと言われているし、なぜかしらウォーレン様はお顔は怖いけれど怖くない)


「……、……っ! ウォーレン様……は、ご結婚は?」


「いや、独身だが」


「でっ、でしたらご婚約者様は!?」


「いや、いないが……どうしたのだ?」


(ファビアン様と婚約するくらいならウォーレン様のような優しい方がいい!)


 これまで流されるままに過ごしてきた、今日のデビュタントにも参加したくなかったのだ。


(あぁ、この人ならきっと婚約者を今日のように守って差し上げるだろう、この逞しく大きな体の後ろに隠れることができればどれほどに心強いかしら) 


「ウォーレン様、私を」


 ドクン、ドクンとこれまで感じたことがないような激しい動悸にクラクラする自分を叱咤して、覚悟を決めるようにギュッときつく目をつむる。


 両手を胸の前で握りしめる。


「私を貴方の婚約者にしてくださいませ!」


(やっ、やった! 言えたわ!)


 人生でこれほど頑張ったことがあっただろうか、今ならば何でもできそうな無敵な感覚を感じながら、エミーリアはウォーレンの返事をじっと待つ。


 けれど全く返事が返ってこない事に不安を覚えて瞑っていた瞳を開けると、ウォーレンが呆然と、ぽかーんとして立っている。


「ウォーレン様? ウォーレンさまぁー?」


 自分よりも頭一つ分以上の大きなウォーレンの目に見えるように、ぴょんぴょんと跳ねながら手を振り名前を呼び続ける。 


「はっ、なんだ夢か?」


「夢じゃないです!」


(決死の告白を無しにされてはかないませんわ!)


 これまでに出したことがないほどに声を振り絞り、エミーリアは震える両手でウォーレンの服をきつく握りしめる。


(ウォーレン様から見ればデビュタントしたばかりで、同じ年頃のご令嬢よりも小柄な私なんて子供に見えるかもしれません、けれど……)

 

「きゃぁぁあ!」


 途端に会場内から響いた悲鳴に咄嗟にウォーレンがエミーリアの腕を掴んで自らの背中へと庇った。


(何があったの? この胸の高鳴りは……恋?)


 きっと恋愛に詳しいものが聞けば、いやいやいやとツッコミを入れたことだろう。

 

「事態が判明するまで私の前に御出になりませんよう」


「はっ、はい!」


 恋と不安の区別がつかなくなった恋愛初心者には、ウォーレンが自らを護る王子様のように感じられるものである。


 ウォーレンの背後に隠れたまま会場内へと戻ると、会場の中央ではこの場で一等位の高い王妃が激怒した様子でファビアンと睨み合っていた。


 ファビアンの傍らには頬を張られたのか、赤く腫れさせた侍女が床へと崩折れてしまっている。


「ファビアン! 貴方は次期国王となるのだと何度言えばわかるの!?」


「この国の後継者は兄上です!」


「母に口答えするとは、そんな端女に懸想などするなんて!」


 余りの剣幕にどうしたらいいのかと右往左往している貴族たちの助けは期待できないだろう。


「シャーリンは端女などではありません! 彼女は私の伴侶となる女性だ!」


 必死にシャーリンと言う名前の侍女を庇う姿はエミーリアへ接するファビアンのものとは全く違う。


「貴方はエミーリア・クラフトル公爵令嬢を妻に娶るのです!」


 不意に自分の名前を呼ばれてビクリッと身体が跳ね上がる。


「……貴女はファビアン第二王子殿下の婚約者なのですか?」       


 怪訝そうに聞いてくるウォーレンの低い声に、全力で否定するように頭を横に振る。


「ちっ、違います! 私に王子殿下の婚約者なんて無理ですっ!」


 ポロポロと玉のような涙を流しながら訴える。


「私は社交デビューなんてしたくありませんでした、元々公爵様が気まぐれに手を付けたメイドが産んだ私生児です」


「病気の母を医者に見せてやる代わりに公爵様の娘として王家へ嫁げとむりやり連れてこられたのです!」


 中央での親子喧嘩から視線を外さずに、背後から聞こえる小さな叫びに耳を済ませる。

 

「私は王妃も公爵令嬢も望んでいない、普通に結婚して、その人と幸せに生活したいだけなのに……」


 グズグズと泣くエミーリアの顔にウォーレンは取り出したハンカチをおしあてる。

 

「貴女は私の妻になることを後悔しませんか?」


 ウォーレンの言葉にパッとエミーリアが俯いていた視線を上げる。


「ジェンクスは魔獣も出ますし、雪も深い辺境です。 豊かな税収も期待できません……」


 ジェンクス辺境伯領の大半が山なのだ。

 

「贅沢など出来ませんが、貴女と母君を養うくらいならできます、それでも私の妻になっていただけますか?」

     

「はっ、はい!」


 目を輝かせているエミーリアの頭をポンポンと撫でるとエミーリアの小さな手を取りその甲へと口付ける。


 身の回りを多数の使用人に囲われて過ごすご令嬢の手とは全く違う。


 多少改善されているものの、エミーリアの荒れた手は病気の母を養うために、懸命に働いてきたであろう労働者の手をしている。


(あぁ、美しい手だな)

 

 ウォーレンはエミーリアの手を尊いと感じながら、彼女なら厳しいジェンクス辺境伯領でもやっていけるかも知れないと思う。


「さて……」


 エミーリアを嫁に迎えるためには、この面倒くさいことこの上ない王位継承問題(親子喧嘩)を諌めなければならない。


「私におまかせいただけますか?」


「はい! きゃぁ!?」


 エミーリアが返事をしたのでその小さな身体を抱き上げて自らの上に座らせると、カツリカツリと軍靴を鳴らして会場の中央へと進みでる。


 会場の混乱に遅れてやってきたまま、入口付近で足を止めてしまったであろう国王の元へと進んでいく。


 ただでさえその雄々しい体格と厳しい風格に定評があるウォーレンは非常に目立つ、それが腕に妖精と見紛う美少女を抱き上げていればなおのこと……

 

「王国の太陽、国王陛下へご挨拶致します」 


 ウォーレンの向かう先に国王が居ることに気が付いた貴族たちが次々と頭を垂れる。


「ジェンクス辺境伯、息災であったか?」


「はい、本日は陛下へ婚姻の許可をいただきたく御前に罷り越しました」


「ほう、そなたが遂に伴侶を決めたか……ジェンクス辺境伯領の後継ぎ問題はこの国の急務だったからな」


 その腕からエミーリアを床へと降ろすと、震えるエミーリアを勇気づけるように、その小さな手をすくい上げる。

 

「私が妻へと望んでいるエミーリア・クラフトル公爵令嬢です」


 ウォーレンがエミーリアの名前を告げると、まるで信じられないと言わんばかりの視線がエミーリアに集中する。


 そして陛下は王妃がファビアン第二王子の伴侶としてエミーリアとの縁組を希望していることも把握していたのだろう。


「あい分かった、その婚姻を国王の名のもとに祝福しよう!」


 陛下の言葉に会場中が歓声に包まれる。


 皆の視線がエミーリアとウォーレンに集まると同時にショックで気を失ったらしい王妃とファビアン、そしてシャーリンと呼ばれた侍女が速やかに会場から連れ出されていった。


………………


 それからはあれよあれよと言う間に事態が進んでいった。


 王妃が意識を失っている間にファビアンが貴族たちが一堂に会する社交の場で、国王陛下へ王位継承権を返還してしまったのだ。


 シャーリンを妻に迎え臣下として王太子を支える事を誓い、領地を持たない侯爵位を賜った。


 あの事件から半年、エミーリアはジェンクス辺境伯領の領主の館で、起き上がることができるようになった母と共に青く澄んだ空の下で今日も穏やかに紅茶を飲んでいる。           


「ただいまエミーリア」


「おかえりなさいウォーレン様!」 


 笑顔で素敵な旦那様の帰りを待ちながら。


完 

 

   

 


          


         


 

本作品をお読みいただきありがとうございました!

なろう原作コミカライズ

『美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!』他、複数連載作品(完結済み)もございますので、そちらもよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 是非続編として、ウォーレン様の活躍を書いてください!! 絶対カッコいい!!
[良い点] 最高です!堅物強面軍人はかなり好み!
[一言] 読点(、)が少なすぎて読みづらいです。 読点は主語と述語の区分けのほか、文の転換、並列などだけでなく、息継ぎのタイミングを示す意味もありますから、適宜挿入する方がいいです。 少なくとも、読点…
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