5.傭兵とシングルマザー
読んで頂きありがとうございます。
馬車から降りると目の前に倉庫のような建物があった。馬車ごと入れる大きな扉の手前に、先程まで私を案内してくれていた男と見知らぬ男の2人が縛り上げられ転がされていた。
2人はぐったりとしたまま動かない。気絶しているようだ。
狐のお面顔の男はすらりと伸びた長い手足を持つ細身の体型をしてる。一見すると強そうには思えない風貌をしているが、おそらくは戦い慣れた人物なのだろう、表情からは余裕が感じられた。
彼はふいに振り返り、長い首をかしげてこちらを見ると
「あんた、聖女と一緒に来た女だよな。」
と言った。
「そうよ。」
「うん。」
何か知らないが納得している。
「あんたこそ何よ。」
男は片方の眉を持ち上げて楽しそうに笑うと言った。
「俺はヒューゴ。流れの傭兵だ。あんた、俺を護衛として雇わないか?」
「お金持ってたら雇うわよ!」
キレ気味に答えてしまったのは少しだけ安心した所為かも知れなかった。
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ヒューゴはこの世界に来てから初めてまともに会話できた人だった。
今まで本当にきつかった。
ひょっとしたらこの世界には話しの通じる人間はいないんじゃ無いかもと思い始めていたから尚更嬉しかった。
この世界にも日本で言う自衛隊の様な組織はあり、今、彼はそこに一時的に雇われているのだそうだ。
先代の聖女が亡くなって今年で丁度30年の節目を迎え、そろそろ次代の聖女が降臨するのではと言われていた事もあり、祭祀の祠付近は年々警備の強化がなされていたと言う。
「俺、たまたまこっちに巡回警備で来てたんだけど、伝説の『祭祀の祠の白い光』が空から降ってきてさ。」
ものすごい騒ぎだったらしい。
私が出てきたあの大きな建物は『聖強院さいごいん』と呼ばれる建物で、祭祀の祠の周囲を囲むようにして建てられた建築物だそうだ。祠そのものは建国以前からあると言われており、聖強院はおよそ1300年前に『護国の聖女』と呼ばれる人が降臨した事をきっかけに作られたらしい。
当時いた伝説の魔術師がかけた魔法が現在も生きている不思議な建物で、不審者が絶対に入れない仕掛けがしてあると言う。
私が出てきた扉が消えた魔法もそうなのだろう。
「祭祀の祠ってのは特別でさ、だいたい100年に1回、祠に聖女が降りてくる。聖女は何かしら特別な力を必ず持ってる。
だから隣国が常に狙ってる。
そこの山あるだろ、すぐ近くの。あそこが国境だからさ、もめ事が絶えない訳よ。俺たち傭兵にとっちゃ良い仕事場だけど。」
聖女が狙われていると聞いた時は驚いた。保護保護騒いでいるから安全だと思い込んでいた。
「聖女が狙われてる?」
「そう。隣国には聖女がいない。本来狙われてるのは祠を含めた国境だけど、聖女が出てきたら直接聖女を狙った方が楽だ。」
聖女がいないと国が荒れるそうだ。具体的には天候が安定しない、天変地異が多く起こる、魔獣被害が多い、そして人心が荒れて犯罪が多く起きる。
「隣国とこの国とじゃ全然違う。豊かさもそうだけど、住みやすさが桁違いなんだ。」
聖女1人にそれほどの力があるなら奪い合いになるのは解る気がする。何故呼ばれるのかは別として。
でも、それ程までに歓迎される聖女様なのに、何故私は避けられたのだろうか。誰1人として私と話しをしてくれなかったし、目を合わせる事すら嫌がった。
「神殿からの通達だよ。ここ数年の事だけどな。」
聖女が降臨した時、聖女と聖女に関係する人が現れても近付いてはならないと公布されていたそうだ。成る程、ハブられる訳だ。
「でも何の為に?」
「今代の大司教がな、臭えんだと。」
「臭い?」
「ああ、なんか臭うらしい。」
まあ臭そうではあった。加齢臭ぷんぷんしそうだった。
だけど
「あの子、大丈夫かしら。」
「あの子って?」
「娘よ。聖女?の子。私の娘なの。」
「娘?!あんた聖女の母ちゃんだったのかよ!」
私は泣きそうな顔で頷いた。
「聖強院の院兵がいるだろ。」
そう言えばあそこにいた人達は「院兵」と読んでいた。
「院兵は国を守る兵士じゃないんだよ。聖女を守る兵士。」
「聖女だけ?」
「いや、現在は一応国境も守ってる。でも基本は聖女を守る為の兵士。」
「は?!だっていきなりあの子だけ神殿に連れて行かれたのよ?!
何あの院兵!仕事してないじゃない!」
「うん。そうだ。つまり聖女は攫われたって事になる。」
そう、誘拐だ。この世界に来て初めて、娘が誘拐されたと理解してくれた人がいた。今まで悔しくて悔しくて、歯ぎしりする想いで堪えてきた涙がこみ上げてくる。やっとだ。
やっとスタート地点にたてた。ちょっと残念だけど。
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私はヒューゴに付き添われて国境警備隊の市街地駐屯所に行った。駐屯所は赤煉瓦倉庫みたいな巨大な庁舎と、居住区らしき木製の田舎の古い小学校みたいな建物が2つと、大きな演習場からなるかなり広い施設のようだ。
駐屯所の人達は私を見て驚いてはいたが、皆普通に会釈などしてくれた。今までが異常だったのだとここに来てやっと理解出来た。
だが、そう考えると、軍、ひいては国と神殿の関係はどうなっているのだろうか。軍は神殿の公布を無視し、こうして私と普通に接している。
となると、軍と神殿の関係は良好とは言い難い。
ヒューゴの話しでは聖強院は国軍の中から選ばれた集団で、聖女の護衛を主とし、有事の際には国教の警備、並びに神殿の警護も行う組織だと聞く。
長い付き合いの中で、自然と神殿寄りの考えを持つ人が増えた組織でもあるらしい。だからあの時娘が簡単に連れ出されたのか。
「神殿の人達は何を考えてるいのかしら。」
それから、私を攫おうとした人達は隣国の工作員だろうとヒューゴはこっそり教えてくれた。
「詳しくは話せない。色々あんの。聖女の関係者に隣国の情報を無闇に教えちゃならないって決まりなのよ。」
ふふんと横目で私にウインクして見せた男は、『さっき俺が話した事も忘れていいからね』と言った。
入ってすぐに応接室に案内され、そこで待つように言われる。
ヒューゴとはそこで別れた。
その後、私は駐屯所の所長さんを紹介された。
私は自分が『聖女様と共に召還された聖女の母だ。』と正直に話し、聖強院の保護を受けられなかった事と、聖女様を迎えに神殿に行きたい旨を伝えた。
当初、所長さんは驚いていたが私の話を聞く内に涙ぐみ、
「母と子を引き離すとは、神殿は何を考えているのか。」
と我が事のように怒ってくれた。うん、その通りだ。
それからすぐに彼はヒューゴを呼び、しばらくの間私の護衛をするように命じた。必ず私を「聖女」こと娘に会わせると約束してくれた。
「近頃の神殿は良い噂を聞きません。あなたは聖女様のお身内、危害を加えられる事は無いでしょう。ですがお気をつけ下さい。
しばらくはここに滞在してください。何かあった時すぐに守れます。」
なんだか聖強院と軍の関係すら怪しく思えてきた。
「今回の件は私どもには判断つきかねる事が多々あります。
まずは王都にある国軍本部に報告せねばなりません。」
まあそうなるだろうとは思っていた。けれど、
この国のゴタゴタに私たち母娘が巻き込まれているらしき事は理解できた。だけどまだ誰が敵で誰が身方か判断つきかねる。
申し訳ないが、今目の前にいるお人好しの所長さんだって嘘つきかも知れないのだ。
さて、これからどうしよう。
加齢のため更新が遅くなりそうです。




