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4.知らない街だが

よろしくお願いします。




「ここって意外と広いのね。道幅も広いし。」

歩きながら気付いたことを口に出す。一人暮らしの独身時代と同じくらい独り言をしゃべっている。


「でも古いわ。」

本気で困っている。私のリュックにはトイレットペーパーが一巻きしか入ってないのだ。もしもこの世界が古式ゆかしい『ぼっとん便所』だとしたら娘が心配だ。今時の子があのトイレを使えるとは思えない。

用を足した後、尻を洗う人類と洗わない人類とでは精神力が違いすぎる。

私は田舎に預けられた経験があるから大丈夫だが…。


「田舎ってどこだったかしら。」

小さい頃だからよく憶えていないが、どこかの田舎にしばらく住んでいた記憶がある。親戚のマタギのおじさんとその家の息子との3人暮らしだった。

あの頃は親戚中をたらい回しにされていたから、いつどこの家にどれくらい住んでいたかなど憶えていないが、預けられた先の中で一番過酷で一番楽しかった記憶がある。あの家以外はどこも意地悪だったし、辛い思い出しかなかった。今更思い出したところでどうにもならないが。

「まあいいわ。」

気持ちを切り替えて前を向く。



「神殿はどっちかしら。」

誰かに声をかけて聞きたいが、今のところ目が合った人全てに話しかける前に逃げられている。これはもう背後から近付いていきなり話しかけるしか無いと思う。驚かせてしまうだろうが、幸い言葉は通じるので大丈夫だろう。

キョロキョロと周りを見ながら歩くと約2~300メートル程先だろうか、遠くに数頭の馬と馬車が見えた。近付くと数人の馬丁らしき人の姿も見えた。



「すみません。ちょっとお聞きしたいのですが。」

馬の世話をしていた男性に声をかけてみる。

「ああ?何か用かい?」

そう言って振り向いた男性が目を見開いて固まる。このリアクションは少し前にも経験した。


「神殿に行きたいのですが、ここからだとどうすれば良いのか教えて欲しいのです。」

「っああ…。」

「歩いて行ける距離なら道を知りたいです。」

「ああ…。」

「遠いようでしたら馬車を利用したいのですが、その場合どうすれば良いのでしょう。」

「ああ…。」

ああ…しか言わない男性の目をじっと見つめ返答を待つ。

いつまでたっても返事が無い。


「あのう…。もし、あなたが神殿方向へ向かうのでしたら、途中まで乗せてもらう事は可能でしょうか?」

「ああ…それは…。」

男は目を左右に動かして周りに助けを求めている。周囲の人間はジリジリと距離をとって私から離れようとしている。何がいけなかったのか。余所者に冷たい地域なのだろうか。

「すみませんでした。」

小さくため息を零し、目を伏せて軽く会釈をしてからその場を離れる。


困った。

これからどうすれば良いのだろう。



******************************



馬を諦めて再び歩く。更に数百メートル程進むと大きな噴水のある広場に出た。どうやら街の中心部らしく人通りも多い。誰も目を合わせてくれないが。

屋台もあり肉の焼ける良い臭いがする。そう言えば今まで何も食べていなかったことに気付く。


「あの子、ご飯食べさせてもらってるかしら。」

子どもの心配ばかりしている自覚はある。この数年いつも考えるのは子どもの事だ。それ以外の事は何も考えなくなってしまっていた。

噴水の近くまで進み芝生のあるエリアに腰を下ろして一息つく。すると私の周り半径5メートル程の空間にいた人が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

私は大きくため息をつくと空を見上げる。泣きそうになったからだ。

無事、涙腺を抑える事に成功し、軽く鼻をすすってから正面を向く。

すると1人の男性が手を振りながらこちらに近付いて来くのが見えた。



「怪しい奴。」


怪しいのはお互い様だが少なくとも自分は悪人では無い。だがこの世界の人間は「誘拐」を「保護」と主張する程度には傲慢だと思っている。

正面からこちらに近付く男をじっと観察しつつ、緊張している事を悟られないようにゆっくりと座り直した。




「すみません!遅れまして!」

そう言いながら近付いて来た男性に見覚えは無い。初対面だ。

「ずっと探してたんですが、今までどちらに?」

一番広い通りを真っ直ぐ歩いていただけだ。

「いやあ、祭祀の祠からここまで結構ありますから。歩くの速いんですねえ。」

ゆっくり観光しながら歩いてきた。



こいつは嘘つきだ。



「聖女様が御目見得されてバタバタしていたもんですから!!」

ひときわ大きな彼のセリフに周囲が一気に騒ぎ出す。


「聖女様だって?」

「やっぱり、さっきの白い光は」

「聖女様が?」

「ばあちゃんが言ってた通りだ!」

「有り難い!」

「聖女様ばんざい!」


何がばんさいだ。片腹痛いわと騒ぐ周囲を無視して目の前の嘘つき男を注視する。男はにこにこと心から嬉しそうな顔をして私を見ている。


「聖女様とご一緒されていた方でしょう?お迎えに来ました。私と一緒に行きましょう?」

誰が行くか!と言いたいところだが、今は少しでも情報が欲しい。


「どちら様ですか?」

男はにこやかに答える。

「祭祀の祠から参りました。先程は担当の者が失礼致しました。」

深々と頭を下げる。あの厳つい大男とは違い礼儀は弁えているようだ。

差し出された手を取らずに自力で立ち上がり、軽くリュックを背負い直してから男に向き直る。


「で、どこへ行けば良いのですか?」

「祭祀の祠です。」

「今、そこを出てきたのに?」

「あ、はい。手続が終わっておりませんので。」

「手続とはなんでしょう。」

「私にもよく解らないのですが、決まりでして。ですから1度祭祀の祠へ戻って頂いて、その後神殿へとお送りいたします。」

「そうですか。承知しました。」

「はい。」


『大嘘つきめ。』


声に出さず心で呟くと、私はリュックの前にある両肩紐を繋げる器具を留め、腰の固定用フックも留める。がっちり背負う形にしてから男の後に続いた。





「こちらです。」

大通りから横にひとつ入った先に馬車が停めてあった。

ここから見ても馬車の中に人がいるのか解らない上に、通りに通行人の姿は無い。完全に失敗した気がする。

これはもう乗るしか無いのだろう。むしろ狭い場所の方が良いかもと判断し、私は馬車に乗り込んだ。

意外にも馬車には誰も乗っていなかった。


「あら、大丈夫そうね。」

馬車の扉が閉まり、正面の小さな窓からさっきの男が声をかけてくる。

「すぐに着きますから。」

言葉通りにすぐに馬車は動き出した。私はリュックの中の荷物を整頓しつつ肩紐の長さを調節し直して再度背負った。その間約2分。

あっという間の出来事だった。



「うわあああ!!!」

男の叫び声と同時に馬車が止まり、何かが壊れる大きな音がする。

咄嗟に馬車のカーテンを手首に巻いて捕まり、大きな揺れに備えて待つ。

直後に『どんっ』と馬車の扉に何かがぶつかる衝撃と

「ぐえっ!!」

と誰かのうめき声の様な音が聞こえてきた。私は右の肩を背もたれに打ち付けたが、カーテンにがっちり捕まっていたのでなんとか痛めずに済んだ。


「あらやだ。」

怖い。怖いのに、いつもの間の抜けた口調でしゃべってしまう。ここ一番で悲鳴を上げられるスキルが欲しい。喉が上手く作用しない。

馬車の中で震えていると、いきなりガチャリと外から扉が開けられた。



「大丈夫か?」


声の主は若い男性だった。

革製の鎧の様な物を着ている。細面の、狐のお面の様な顔立ちをした男だ。私が黙っていると


「おい、無事か?」

返事をする余裕が無いままプルプル震える私に気付くと、男は一歩下がって距離を取ってからこちらを見て困った様に頭をかいた。


「大丈夫なら良い。先にこいつら縛っておくから、落ち着いたら出てきてくれ。」

そう言い残して男は離れていった。


男が視界から消えた後、馬車に1人残された状態で深呼吸をする。

両手をこすり合わせてから、両ももを手のひらでバチンと叩いて気合いを入れる。

勇気を出して私は馬車を降りた。





続きます。

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