閑話 院兵アレッサンドロ・ビコー
お母ちゃんに怒鳴られた兵隊さんです。
シム王国 聖強院駐屯師団 隊長アレッサンドロ・ビコーは椅子に座ったまま冷めたお茶の残りをすすっていた。
つい先程まで目の前にいた『聖女の母』に怒鳴られたショックから立ち直れずにいるこの男は、王国でも5指に入る剣の達人である。
ものすごく強い、一騎当千の将である。
彼は上背もあり、筋骨逞しい大柄な体躯を持つ。彫りの深い目鼻立ちのはっきりとした顔立ち、燃えるような赤毛はクセが強くたてがみのようにうねる。眼光鋭い金色の瞳は生命力に溢れ、獅子のような風貌をしている。
常ならば彼を初めて見た人は、恐れおののきおとなしくなる。
そんなアレッサンドロが何も言い返せなかった。あの気迫に押されて動く事すらできなかった。
『返してもらうからな!この腐れ外道の誘拐犯どもが!
お前ら全員!この世界全て転覆しろ!滅べ!朽ち果てろ!』
彼女の言葉が頭から離れない。
「救国の聖女の母だよな…。滅べ朽ち果てろって…。」
彼は混乱していた。
だが考えてみると確かにおかしい。聖女を保護するのは至極当然だが、その母が捨て置かれるのはとんでもなく不自然だ。
仮に母親では無かったとしても、同時に召喚されたのは間違いないだろう。服装や持ち物がこの世界とはあまりにも違いすぎる。誰がどう見てもこの世界の人とは違う。
ならば保護すべきであるし、いきなりこの世界に放置して良いわけがない。
「大司教が連れて行ったのは聖女だけか…。」
一体何を考えているのか。彼女が怒るのは当然だと思えた。子どもとその母親を引き離すなど、聖女の気持ちを考えたらすべきでは無いことなど少し考えれば解る事だろう。
「とりあえず急ぎ神殿へ行くしか無いか。母親もそっちへ向かったようだし。」
しかし彼女はこの世界に召喚されたばかりだ。神殿の場所はおろか、通り一本解らない筈だ。当然金も持っていないだろうし、女の一人歩きは危険だ。ましてや聖女の母となれば何かあってからでは遅い。
急ぎ支度をしながら部下の1人を呼び馬の手配をさせる。
「えらく気の強い女だったな。」
聖女は幼子なのだろうか、母とは言えまだ年若い女に見えた。せいぜい30前後だろう。なかなかの美人だ。気の強そうな顔立ちで黒い大きな瞳が印象的な女性だった。
何を言っているのか解らない部分もあったが、おおよその内容は理解出来た。子どもを誘拐した相手から『聖女だから保護した』と、さも当然のように聞かされたら怒るのは当たり前だ。
「こりゃ下手すると神殿は聖女の信用を失うだろうな。」
まさに彼女の言うとおり国が滅ぶかも知れないのだ。
今、神殿で何が起こっているのか調べる必要がある。
門の近くに待機していた兵士から手綱を受け取り馬に乗ると急ぎ神殿方面へと走り出す。
彼はまだ知らない。
30前後に見えるその女性は実年齢40歳、アレッサンドロよりも10歳年上であることを。
「俺が面倒見ても良いしな。」
ついでに言うなら聖女の母は訳あって年下の男が大嫌いである。
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