31.過保護過干渉子離れ親離れ
ひとしきり泣いた後、私は周りと目を合わせないようにしてお茶をすすった。
「すいません。取り乱してしまって。」
「いいのよ。私なんてしょっちゅう陛下に泣きながら文句言ってたわ。」
「シルビアが?」
意外だった。
シルビアはふふふっと笑って私の手を握る。
「あのねえ。私、ずっと子どもと別別に暮らしていてね。王妃ってそうなんですって。知らなかったの。それが一番嫌だった。会えないし、ただ産むだけ。」
国中を回っていたのだ。時間など取れなかっただろう。妊娠して休めば文句を言われ、出産間もない身体を酷使し、小さな赤子と引き離されてまた外へと働きに出される。
辛かっただろう。
我が子と引き離される痛みと不安。お乳が張る度に我が子を思い涙する。物語の王妃様の仕事が何なのか知らないが、少なくともシルビアは普通の王妃とは違うのだろう。
「この国の全て、全員を恨んだわ。お前達は自分の子どもを抱っこして、ただ助けを待ってるだけじゃないかって。自分から動こうともせずに、文句しか言わない。こんな人達の為に何故私がってね。」
そう言ってシルビアはアーロン王子を見る。
「アーロンはねえ、とても小さく産まれたの。離れたくなくて泣きわめいたの。」
それでも、どこかで土砂被害が出たと聞かされて連れ出された。
「王家に嫁いだのだって私の意志じゃ無い。何が国母よ、どうして私だけこんな目に?っていつも思っていたわ。」
毎日毎日、外でひたすら魔法を行使する日々。母として子どもの成長を見守ることすら許されない。ただ魔法が使える王妃として生きる。
「アーロンが3歳の時だったの。ある日、この子に『この人誰?』って言われちゃって…。」
流れ弾の直撃を受けた王子が真っ青になっている後ろで、師団長がオロオロしている。
「でもね、子どもは勝手に育つのよね。悔しいけど。」
子どもは勝手に育つ。そうだ。私が何かしなくても、あの子は自分で調べ自分の考えを述べる。自分が自分を育てるのだ。親は手伝うことはできても、成長そのものは、子どもが自分の意志で動いて初めて叶う。
「そうね。私が護りすぎたのかも知れない。」
「居心地良いのでしょうね。リッカの側は。」
「ハンバーグ美味かったからな。」
さりげなく口をはさんだアーロン王子が、王妃に睨まれて目を逸らす。
多分、慰めたかったのだろうとは思う。空気読め。
「沙羅を、あの子を外に出してみる。」
少し離れて誰かに頼ってみるのも良いかも知れないと思った。
「そうね。きっとたくさん文句言って、たくさん悔しい経験をして、そうやって成長するんじゃ無い?」
私たちみたいに、とシルビアは笑った。
「でも、いきなり外に出しても、また閉じこもったらどうしよう。」
「そんなこと考えても仕方ないじゃ無い。」
それもそうだ。
何度でも付き合えば良い。私は過保護なのだから、面倒見は良いのだ。
「じゃあ、ちょっと出してみる。」と、宣言し、カギを持ってドアを探すが、ここは外だった。
「なんでドアが無い場所に集まっちゃったかな。」
王子が突っ込む。
「あら、ドアが必要なの?じゃあ良い場所があるわ!」
と、全員で移動した。
*
「ここでやるの?」
「ドラマチックでしょう?」
王妃はにっこにこだ。
私たちは今もの凄くキラキラした部屋にいる。部屋と呼べるのか、広い、広すぎる。ここは王宮内、国王陛下の謁見室と教えてもらった。
「豪華…。」
「ほらあ、聖女様が王子様の手を取って登場するの。素敵じゃ無い?」
「すてき…。」
空気に飲まれてしまった。見てみたい。
あの子は卒業式も出ていない。セレモニー的な物が見たい。
「ああ、でも服が…。」
「姉上の服で良いんじゃないか?同じくらいの大きさだったし。」
アーロン王子の絶妙なアシストに母2人歓喜する。
「すぐに用意するわ!」
私たちはいそいそと服を漁りに行った。
お嫁に行った王女の残していったたくさんの服の中から、1人で着ることができるシンプルな白いドレスを選ぶ。
沙羅はすらっとしていて髪も長い。きっと似合う。
「これも着けたらどうかしら?」と
シルビアが白い花をかたどった髪飾りを渡してくれる。あの子はずっと美容院に行ってない。自分で毛先だけカットしているから、伸び放題の髪は綺麗だが長すぎる。
「ありがとう。」といってそれも受け取ると、私たちは謁見室へと戻った。
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「じゃあ、行ってきます。」
宣言してドアを開き、白い光に包まれる。アパートの玄関に入ると、やはりというか、後ろから声がした。
「おーい。サラ-服持ってきたぞー。」
アーロン王子はあれかな、考えないで動くタイプかな。
今までよく誘拐されずに無事だったなと感心する。
「何?また来たの?」
一国の王子相手にアパートの玄関先で言う言葉じゃ無い。王子は平然としているので、不敬罪で罰せられることはなさそうだ。
「服持ってきた。一緒に外出ようぜ。」
沙羅は少し悩んでいたが、
「いいよ。」
と言ってあっさり服を受け取った。
そのまま部屋に持って行くと、いやー着方がわかんないーと叫びつつ着替えている。時折猫の「うにゃん。」が聞こえるので、破かれなければ良いなと思いながら待つ。
待っている間に、アーロン王子に向き合い
「ありがとう。」と言うと、王子はにっこり笑って、
「俺も楽しんでるから。」と答えた。
「じゃ、じゃあ、行くわよ。」
「お母さん緊張しすぎで草。」
「あんた、外で草とか言っても通じないからね。」
「えー無理。」
どうしたら良いのだろうか。やはり私は子育てを間違ったのか。落ち込んでいるとアーロン王子が助けに入る。
「気にすんなよ。誰だって最初は失礼だよ。」
俺は母上に向かって『この人誰?』って言ったらしいぜと沙羅に自慢している。武勇伝か。
*
白い光に包まれて、3人で外に出る。
目の前にはさっきと同じ光景が広がっていた。シルビアがびっくりしている。
「え、戻るの早すぎない?」
言うのを忘れていた。秒で戻って来てしまったらしい。私はドアの向こうの空間は時間が止まっている事を簡単に説明すると、意を決して娘を紹介した。
「その、娘です。」
そう言って沙羅を紹介すると、
「始めまして、沙羅と言います。」
沙羅が見とれるほど綺麗なお辞儀をした。
その姿はまごう事なき聖女だった。もう聖女にしか見えない。
あんた、その知識はどこで?と小声で聞くと、お母さん、今はネットで何でも調べられるんだよと教えてくれた。
『子どもは勝手に育つ。』
まさにそれを実感した瞬間だった。
ありがとうございます。




