25.異世界転移のお約束を娘に教えてもらう
「だから時間の流れが違うの!」
「はあ。」
熱く語る沙羅を久しぶりに見た。
娘曰く、異世界転移のお話では、一度元の世界に戻った人が再び異世界へと転移すると
「時間がずれてる。」
事がよくあるそうだ。
ただ、多くの場合は、異世界の方が早く時が流れる。その為、当初知り合いだった子どもが大人になり、誰だか解らずに困惑したり、驚いたりするストーリーが多々あるそうだ。大変だね。余所様の家の子どもはあっという間に大人になるからね。
「子どもなんてすぐに大きくなっちゃうからねえ。」
「違うって。」
沙羅が言うには、おそらく聖女は元の世界で少なくとも3年以上の月日を過ごした。そして、成長後に再び異世界へと召還されると、こちらの世界では
「3年しか過ぎてなかった。」
と言う。なるほど。それなら幼女と結婚した変態国王の汚名は削く事ができる。
「どうしてそう思ったの?」
「それはね、『小説家やろう』ってサイトで知った。」
「小説家野郎…。野蛮ね…。荒くれ者の集まりみたい。」
野郎共集まれ的な何かのサイトに入っていたのだろうか。
「その野郎じゃない!やろう!レッツの方!」
「ああ、そうなの。」
凄いわこの子、学校行ってないのに英語解ってる。嬉しくてちょっとドキドキする。
たくさんの小説が無料で読めるそのサイトには、異世界転移の話しが読めるそうだ。沙羅はこちらに来てからずっと異世界転移の無料小説を読んでいたと教えてくれた。ヒマだったらしい。
「とにかく!この世界と元の世界では時間の流れるスピードが違う。多分ね。ここだけ時間が止まっている理由は、解らないけど…何かあるんだと思う。」
最後だけ尻すぼみだけど今はそこを突っ込んじゃいけないと理解した。
「で、それが何?」
「私たちが元の世界に戻ってもそんなに時間が経ってない可能性があるの。」
だからいつでも帰れるねと、少し悲しそうに沙羅が言った。
*
「あれ?」
何かが引っかかる。なんだろう、年を取ると思い出すのが凄く大変だ。
「何だったかしら。」
こんな時は『あいうえお』を順番に口にする『加齢検索』をかける。頭文字がかすると記憶が刺激されるあれだ。記憶のソート機能をフルに活用して思い出すのだ。
「あいうえおかきくけこさしすせそたちつてと……」
「お母さん?何やってるの?大丈夫?」
沙羅のツッコミを無視して続ける。
「はひふへほまみむめも…まみむめもまみ…思い出した!『ミヨの日記』!」
「長かったね。」
「あかさたなの方が早かったかしら。」
「そーゆーの、いいから。」
反抗期の子どもは冷たい。シルビアと話しがしたくなってきた。
「あのね、今から300年位前に、この世界に来た聖女の日記が残ってるの。」
「え?読みたい!」
「それが盗まれちゃったんだって、あの、誘拐犯のじいさんに。」
気分的に大司教と呼びたくなかった。
「その日記に何か書いてあるかも知れないわね。もしかしたら日記も見付かってるかも知れないから、聞いてくるわ。」
「解った。」
そうして再びご飯を作り置きしてから、お風呂に入り、使い慣れたシャンプーとリンスで髪を洗う。出かける支度をすませると猫がそばに寄ってきた。
沙羅はちゃんと猫にご飯をあげて可愛がっているようだ。心なしか太った気がする。
「うにゃん。」
「良い子ね。沙羅をよろしくね。」
「にゃ。」
本当は一緒に外へ出たい。思い切って誘ってみようか。
「ねえ、一緒に外に出てみない?今私お城にいるのよ?」
「え?そうなの?」
興味があるようだった。
「でも、もう少ししてからにする。」
自信無さそうに返事をする娘に返す言葉が見付からなかった。
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クローゼットの扉を開け部屋に戻ると、目の前にビコー師団長が立っていた。目を見開いている。仁王像の西洋版みたいだなと眺めていると、師団長は大きく息を吐き出した。
「リッカさん…そこで何を…。」
「あ、すいません。カギ使って娘のところへ行ってました。」
「はあ…。凄いですね。」
凄いと言うが、片手で馬を持ち上げる人もかなり凄いと思う。
「何かあったんですか?」
「いえ、リッカさんが消えたと王宮の人間が騒ぐので、皆で探していました。」
「すみません。」
私のせいだった。師団長は「勝手に部屋に入ってすみません。」と恐縮しているが、私は気にならないと答えた。その上で、ビコー師団長にご相談したいことがあると伝えると、
「では夕食をご一緒しませんか?」と誘われ、思わず「はい。」と元気よく返事をしてしまう。
丁度良かった。沙羅に食事を作って自分は何も食べずに出てきてしまったからお腹が空いていた。
お風呂に入って少し小綺麗な服に着替えておいて良かった。今日はご馳走だ。うきうきしながら師団長と並んで歩く。
「リッカさん、服装が替わりましたね。凄く印象が変わりました。とても素敵です。」
よく気がつく人だなと感心してしまう。
「はい。さっき元の家に娘に会いに行ったついでに着替えました。」
「そうですか。」
「師団長も聖強院の服素敵ですね。よく似合っています。」
ありがとうございます。と照れている巨大な師団長。
厳ついが顔は良い。それに身体が締まっているので軍服や制服が似合う。聖強院の制服は海軍将校みたいな服で私好みだ。こちらに来てからいつも見ていた白い詰め襟の軍服も素敵だが、王宮に来てから着用している礼服は、丈が長くて腰にベルトが着いているタイプで、身体の大きな師団長に凄く似合う。靴はブーツを履いていて、歩くと裾が翻ってちょっと格好いい。
並んで歩く私が普通の服装なのが申し訳なく思える程素敵なのだ。今日は少しだけマシなので、海軍将校とその秘書みたいな絵面だなと思った。
「ここですか?」
案内されたのは王宮内にある巨大なダイニング空間だった。てっきり外に食べに行くと思っていたから拍子抜けしたが師団長はにこにこしている。
「ここが一番美味いんです。」
そう言うと食堂の通路を案内してくれた。かなり広い空間で天井も高く、大きなテーブルがいくつも並んでいる。壁一面がカウンターになっていて、社員食堂のように自分で席に運ぶ人が並んで食べ物を受け取っている。建物の作りが重厚で歴史を感じられるからか、もの凄くお洒落な空間だ。
彼らを横目で見ながら、私は奧にある個室に案内された。先程通り過ぎた社員食堂も、古い図書館のようで素敵だったが、ここはまた違った作りだ。
「凄い、素敵な所ですね。」
「でしょう?味も保証しますよ。」
広い空間は王宮で働く人が利用していて、この部屋は貴族が使用する為に作られた個室なのだそうで、
「ここだけの話しですが、外のレストランよりも人気なんです。」
と教えてくれた。
普段私は自分の作った物しか食べない。潔癖症などではなく、子どもがいる家庭は家で食事を作るのが普通だからだ。しかも娘は料理を全くしない。当然、食事を用意するのはいつも私だ。
沙羅が引きこもりな事もあり、ここ数年外食は全くしなかった。誰かと向かい合って会話をしながら食事をしたのはいつだったか、もうずいぶん前になる。
私は他人の作った料理、誰かと一緒に楽しむ食事に飢えていた。この世界に来て一番嬉しかったのが、人の作ったご飯が食べられることだ。正直何でも美味しい。
「美味しいです。」
食事中、私はずっと笑顔でいたと思う。ご飯を食べて幸せだと感じたのは何年ぶりだろう。憶えていない。ビコー師団長はとても良い人だ。ご飯をおごってくれたし、何かと気にかけてくれる。
そう考えると、一番最初にあったときの横柄な態度はなんだったのだろう。今更だけど気になる。
運ばれてきた食事を頂いてお腹がいっぱいになった所で、相談したかった事を話す事にした。
「実は、以前少しだけお話を伺った『ミヨの日記』についてなんですけど…。」
私がそう切り出すと、師団長の表情が固くなる。
「あの、無理にとは言いませんが…もし、よろしければ、一度見せてもらう事って可能でしょうか…?」
図々しいお願いだとは解っていたが、どうしても確認したいことがある。
師団長はナプキンで口元を拭うと、軽く頷いて返事をした。
「私も、リッカさんに『ミヨの日記』を読んで頂きたいと思っていたところです。」
よろしくお願いしますと言われてしまった。
さっきまでの明るい表情は消え、思い詰めた暗い顔で師団長は私を見た。
「折角の楽しい食事の後に、こんな話しを聞かせるのは心苦しいのですが…。」
それから彼は、自分の話をしてくれた。
眠気とワクチンの副反応で誤字脱字が増えてきました。




