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24.聖女の絵本




ここはシム王国王宮内、かつて『護国の聖女』と呼ばれた王妃が最後に過ごした離宮にある秘密の部屋。

普段は2重3重にカギをかけ、国王以外は誰も入れないその場所に、歴史上初かも知れない国王以外の人間が入る事を許可された。



「失礼致します。」

聖強院師団長アレッサンドロ・ビコーは緊張した面持ちで頭を垂れる。

目の前には国王ミハイル・サンス・シム、その後ろに控えるのは宰相シャルル・ノワイエ。護衛も付けず、たった3人の人間がこの場所にいる。

動けないままのアレッサンドロ・ビコーに宰相が声をかけた。


「楽にして下さい。ここには聖強院と同じような魔法が掛けてあります。王族が許可した人間しか中に入れないのです。ですから護衛も必要ない。

おまけに侍従も入れない。だからお茶は自分で入れてください、陛下。」


そう声をかけられたミハイルは、にやりと口の端を持ち上げると、豪奢なマントの内側からするりと腕を出し、手に持っていたカゴを持ち上げる。少し小さめの、子どもがお使いに行く時に持ちそうな可愛いカゴだ。中には筒状の入れ物とナプキンに包んだ何かが入っている。

ミハイルはそのまま椅子に座ると、カゴの中から筒を取り出しフタを取りカップにそそぐ。更にナプキンに包んであったお菓子を皿に盛ると、勝ち誇ったような表情で宰相を見て言い放つ。


「ここはおやつを持ち込む部屋だ。」

「何を得意げになっているのですか。」

私の分も入れて下さいよ、と言いながら3人分のお茶を用意して席に着く。


「ビコー師団長、早く座りなさい。」

「はっ。」


恐縮するビコー、おやつを隠れて食べる事に喜んでいる国王、早く帰りたいと思っている宰相の3人が席に着いた。




「まずはこれをお返しします。」

宰相がテーブルの上に一冊の書物を置いた。

「これは『ミヨの日記』で間違いないですか?」

「はい。おそらく。私はあまり良く憶えておりませんが、表紙の文字に見覚えがあります。」

表紙には日本語で『ミヨとあにさま』と書いてあった。


「この言葉の意味は解りますか?」

「前の二つの文字、これが『ミヨ』で、残りの文字がビコー家への挨拶だと教えられました。」

「なるほど…。では、こちらの書物をご覧になった事はありますか?」


ありますよね、と言いながら宰相は『護国の聖女』と書かれた絵本をテーブルの上に置いた。二つ並んだ日記と絵本を見て困惑するビコー師団長に、国王が声をかけた。


「この日記は最初の部分はミヨの世界の文字で書いてある。その後、この世界の文字を少しずつ憶え、日々の暮らしを綴ることで文字の勉強をしたと大司教が言っておった。それに相違ないか?」

「はい…。ですが、実は私は一度もそれを読んだことがありません。」

「そうでしたね、あなたが子どもの頃に盗み出されたのでしたね。」

顎を引き、下を向いて日記を見つめるビコー。


「師団長はどこまで知っている?」

唐突に発せられた質問に顔を上げると国王とビコーの目が合う。

「知っている、とは?」

「聖女の年齢についてだ。」


ビコーは何も答えられない。誰にも言ってはいけないと、それが誰であったとしてもと、きつく父親から言い聞かされていたビコー家の秘密だからだ。


「そ、れ、は…。」

「知っているようだな…。」

国王ミハイルは大きくため息をつくとカツラを外し、両手でこめかみを押さえそのまま頭をさすりだした。




***********************************




ここはシム王国王宮内にあるリッカが仮住まいをしている部屋。

リッカは一つ深呼吸をしてから、そこにあるクローゼットの鍵穴にアパートのカギを差し込んだ。ふわりと白い光が身体を包み、ぼやけた視界の先に見慣れたアパートの輪郭が現れる。

玄関で靴を脱ぎ、そのままキッチンへ顔を向けると娘の沙羅がいた。


「おかえり。早かったね。」

「もうちょっと驚いてよ。」

「驚いてるよ、凄いんだよここ。凄いけど困ってる。」沙羅が騒ぐ。

「何が?」


聞くと、この部屋は時間が止まっていると娘が言う。


「最初時計が動かないのが気持ち悪いなって思ってたの。」

その後、なんとインターネットにつないで(繋がるのが謎だが)色々調べている時に、

「パソコンの時計も止まってたの。それで何度か切って繋いでを繰り返して…。」

そうこうするうちに、全てのサイトが更新されていない事に気付いたらしい。

「異世界だから切れてるのかなと思ったけど、ネットは繋がってるし、常時見られる。」

何かおかしいと気付き、ネッ友にチャットで話しかけたのだが、

「AIみたいになっちゃってて…。毎回同じ事しか言わない。繰り返してる。それで気付いた。時間が進んでない。」

「何よそれ。良いじゃない。ここにいたら年取らないわ。」


全然良く無いと娘が騒ぐ。

「何も変わらないからつまんない。」

ああそうか、家にいてもネットで外の変化を感じていたのか。だから引きこもっていても平気だったのだ。外の時の流れをちゃんと知っていたのだ。


驚いたことに、沙羅は外の情報に飢えていたし、常に情報を集めていた。

元の世界でも同じように外の世界への憧れと期待と不安を抱えたまま部屋に籠もっていたのだと教えてくれた。



とりあえずはお土産のお菓子と絵本をダイニングのテーブルに置くと、私たちは向かい合ってお茶を飲んだ。沙羅は興味深そうに絵本を手にとって見ている。久しぶりの新しい情報が嬉しいのか、文字が解らなくても絵を見て喜んでいた。


「それ、実話が元になってるって言うからさ。」

「ねえ、お母さん。この聖女おかしくない?」

「何が?」

「3年でここまで大きくなる?」

「ん?ああ、それね。」


絵本の話しでは、まず聖女は10歳でこの世界に降臨した。その半年後に悲しみのあまり消えてしまう。王子様が毎日祈りを捧げ、3年後に再び戻って来る。


「その時に、神様が現れて『守護の魔法』を授けてくれて、聖女は大人になった。そして王子様と結婚してめでたしめでたし。」

実際には聖女は13歳で結婚して、14歳で最初の子どもを出産している。この世界の倫理観は知らないが、さすがに14歳の子どもだったとは絵本にできなかったのだろうと私は思う。そう伝えると娘は眉間にしわを寄せて考え込んでしまった。


「あのさ、お母さんはいきなり大人になれる?」

「え?」

「私なら無理。好きな人と年齢を合わせる為に大人になれって言われても、いきなり大きくなるのは嫌。」

「子どものままでいたいってこと?」

「そうじゃない。成長するのは良いよ、でも怖いよ。何も知らない子どもなのに、今日からあなたは大人の女性ですって言われて、はい解りました、結婚しますって言える?」


この3年間に何があったのかな…と沙羅が悩んでいる。

それからふっと自分の部屋を見て、何かに気付きいきなり目を見開いた。

「そうか!」

1人で納得している。

「何よ。」

「異世界転移のお約束!」




意味が解らなかった。




***********************************




ところ戻ってビコーと国王の会話は続く。

「聖女ミヨは何才で戻って来た?」

覚悟を決めてビコー師団長は口を開いた。

「父の話では…。」


ビコー家の当主は聖女を娶った事により叙爵した。それ以前は市井で子どもに読み書き算術を教える仕事をしていた。

ある日、そこに少し変わった風貌の小さな少女とその護衛が現れて、

「この子にも文字を教えて欲しい。」

と告げられる。何故自分が?と尋ねると、

「この子が普通の子どもと一緒に学びたいと言っているから。」

とだけ教えられた。

少女の名は美代と言い、『自分は異世界から来た』とあっさり教えてくれたそうだ。

その後、美代はしばらくそこで学んでいたが、ある日突然

「帰ります。」

とだけ告げて消えた。当時の聖強院は大騒ぎをして、当然彼も拘束され事情を聞かれた。だが、王家からの「護国の聖女と同じ」と言う通達によりすぐに釈放された。


その4年後、ある日突然ミヨが再び現れた。それも大人の姿になって。

困惑する周りにミヨは言った。

「先生のお嫁さんになる為に帰って来た。」


「それがビコー家の始まりだと教えられています。」

国王は黙ってその話を聞いていた。宰相もまた同じように黙り込んでいる。

「嘘か本当かは解りません。古い話ですし、幼い娘を娶る貴族もいます。醜聞を避けるために作られた話だと思われても仕方ありません。なので…」

「ああ、良い。解っている。」

「そうですね。ビコー師団長、その話は本当です。真実なのです。」



護国の聖女も大人になって戻って来たのです、と宰相が呟いた。






ありがとうございます。

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