16.消えたヒューゴ
重すぎて辛い回です。
また夢を見た。
小学生の頃の夢だ。2番目に預けられた親戚の家だったか、おばさんが意地悪で、いつもご飯がもらえなかった。ご飯は一日に1回、給食だけだった。
早く帰ると怒られるから学校に夕方まで隠れて、それから帰って掃除をして、洗濯物をたたんで、みんながお風呂に入った後の冷たいぬるま湯で身体と頭を洗ってた。冬は死にそうに寒かった。
「おかあさん………。」
どうしてお母さんは迎えに来てくれないんだろう。いつもお風呂場で泣いて、汚れたお湯で顔を洗ってから出ていた。
目が覚めると柔らかいお布団と暖かいベッドにいる。
この世界の聖女は、誰がどうやって選んでいるのだろう。
どうして私は聖女に選ばれなかったのかな。十分傷ついて弱っていた筈なのに。
そんなさもしい考えを持つ人間だから聖女に選ばれなかったのだろうな。
誰かを恨んで、他人を羨んで、みじめで、弱くて、隠れて泣いている自分が大嫌いだった。意地悪な大人に媚びてご飯を恵んでもらう自分が大嫌いだった。
きっと、私はそのままずっと変わっていないのだ。
平気なフリばかりして生きている。
この世界に来てから、忘れていた昔の事を思い出す。
ここにはいたくない。早く日本に帰って普通に暮らしたい。
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朝、昨晩の失敗を師団長に報告し、反省会をした。
「すみませんでした。」
「大丈夫ですよ。そんなに焦っても仕方の無いことです。」
はははと乾いた笑い声を出して誤魔化す。
私は少し疲れているのかも知れない。中年だからね。
「帰りたい…。」
「え?」
「あっ、すみません。何だか少し疲れてしまって。」
笑って誤魔化す。
一言でも励ましの言葉を受けたら心が負けてしまいそうだったので、失礼しますと断って部屋を出た。廊下の窓から外を見ると、宿の外には聖女を一目見ようと集まっている大勢の人達がいた。皆、活き活きと明るい表情で、楽しそうに話している。
きっと沙羅が出てきたら歓声があがって、みんな喜んで、私の存在になんて誰も気付かないのだろう。
神殿の人達が私を無視したように、街の人達が私を無視したように、また私だけ置いて行かれるのだ。母が私を捨てたように。
「だめだこりゃ。」
あんな夢を見たせいか、思考がネガティブ一直線になってる。気持ちを切り替えないと、となんとか気力を引っ張り出していると。
「おい。」
ターゲットに呼ばれた。
ゆっくりと振り返ると、私の横3m位離れた場所にヒューゴが立っていた。
「昨日は、悪かったな。」
しゅんとした態度の彼は、いつもよりも狭い歩幅で私の側に来た。
「あんたのことをババアって言ったつもりは無かった。でも言い方が悪かった。別にあんたのことババアだと思ってないし。俺よりちょっと年上くらいだろ。悪かったよ。」
『しょぼーん』と音が出そうな程、落ち込んでいて居たたまれない。
「大丈夫。気にしてないから。私の方こそいきなりキレてごめん。なんだか疲れが溜まってたみたいで。」
異世界なんて初めて来たからさ、と笑いながら話す。何故かヒューゴは酷く不安そうに私を見ていた。
「どうしたの?」
「いや、また怒られたら仕事クビになるのかなって考えてた。」
君は嘘が上手いね。
「そ。ところでヒューゴあんた年いくつ?」
「俺?25だけど…。」
「私あんたよりかなり年上よ。敬って。」
「嫌だ。お前は俺をだまそうとしている。」
「あはははは。お上手-。」
それから、今日は王城に行くよ、ご飯どんなだろうね、服装はこのままで大丈夫かな、などと話しながら私たちは宿を出発した。
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再び馬車の中でビコー師団長と打合せをする。
「何から話して良いのか、きっかけがつかめません。」
私の言葉を聞いた師団長は、軽く目を見開いて
「私から見てヒューゴとリッカさんはとても…仲が良いと言いますか…気兼ねなく話しができる間柄に見えるので…。」
と、嫌いな食べ物を口元に持ってこられた様な顔で言う。
「はあ…がんばります。」
「よろしくお願いします。」
せめてミッション1『お前は聖女をどうしたいんだ?』だけでも聞かなければと、決意を新たに私たちは王都へと入った。
「このまま真っ直ぐ王城へ向かいます。向こうに着いた後は、王家との謁見は…まだ解りません。リッカさんは聖女とは伝えないつもりです。」
「なぜですか?」
「え?」
「その方が安全だと師団長は仰いますが、その根拠は?」
「それは…。」
「私は聖女に見えないからですよね?」
「……。」
だろうなと思った。
「私は聖女じゃないと自分でも思います。おそらくあのカギで娘のところへ行けたのも娘の力だと思います。」
何か言いかけた師団長を手で制して黙らせる。
「私は、娘がこの世界を選んだら、元いた世界に帰ろうと思っています。
ここには自分の居場所が無いって、ずっと感じていたんです。なんとなくですが。」
師団長は痛ましそうに私を見る。
「だから、娘が、沙羅が出てきたら、あの子を助けてあげて下さい。」
よろしくお願いします。と頭を下げた。
「私は、リッカさんは聖女だと思います。」
「は?」
「リッカさんがどう思っていようと、私はあなたの事を聖女として接するつもりです。
あなたがこの世界を受け入れる事ができないのなら、この世界を好きになってもらえるよう、努力していく所存です。」
まだ諦めたくないのです、と彼は言った。何を?とは聞けなかった。
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無事、王城に到着して馬車を降りると、残念なことに普通のお城だった。
ここまで来たら他と合わせてマ●クラ風味の四角い城を作れと私は言いたい。
お城に入ったのは和洋合わせて生まれて初めてだ。
もっと緊張するかと思ったが、そうでも無いのは観光気分でいるからかも知れない。
案内された部屋では、期せずしてヒューゴと2人きりになった。
なんだかね。物の本じゃあ男女二人っきりってのは無いと聞いていたのですが。
「私たち夫婦だと思われてるのかしら。」
と言うと、
「やめて?!俺独身よ?」
と返ってきたのでかちんときた。
「私だって独身よ。」
「あんた聖女のかあちゃんだろ。」
「離婚したのよ。」
「あっそう。」
流れが良いと感じた。
これは話しを聞くチャンスだ。
「ねえヒューゴ。あんた、聖女に会いたいの?」
と聞くと、あからさまにうろたえだした。まるで恋する少年状態になるヒューゴ。こん畜生めと思いながらも更にたたみかける。
「うちの子まだ15歳よ?」
と言うと、
「え?15?なんで?え?20じゃないのか?」
とうろたえだした。何を言っているのだろうか。妙だ。
もしかしてヒューゴは
「10年前に消えた聖女を探しているの?」
「不死鳥」と呼ばれた男が、今にも泣きそうな顔をした。
「俺は…。俺は…。あいつを助けなきゃいけない。」
「落ち着いてヒューゴ。娘は、沙羅はここに来たのは初めてなの。
多分10年前の聖女じゃない。」
「さ…ら…?」
その言葉を聞いた時のヒューゴの
絶望に染まった顔を見た私の方が泣きたくなってしまった。
その後、トイレに行くと言って、
そのまま彼は消えてしまった。
ありがとうございます。




