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1.外に出る日がやってきた

続きます。体力の続く限り。



「ちょっと!お母さん!何するのよ!」

突然、娘の怒鳴り声で目が覚めた。

「嫌がらせやめて!」

何もしていないし、何を言っているのか解らない。

「電気消してよ!」

いやつけてないし、そもそも寝ている。

何を言ってるんだと軽くイラつきながら、もぞもぞと布団から顔をだして目を開けると確かに明るかった。部屋がものすごく明るいのだ。

普段の数倍明るい。部屋全体が異様に明るい。

そもそもこの部屋は電気をつけてもこんなに明るくなかった筈だ。

「寝坊したかしら。」

今何時だろうか。そう思いながら壁の時計を見ると12時丁度だった。何か違和感がある。昼にしては静かすぎるし夜にしては明るすぎる。なにより時計の秒針が動いていない。


「あらやだ時計止まってるわ。」


押し寄せる不安を無視し、平常心を装いながらベッドから出てカーテンを開けて外を見る。


窓の外には何も無かった。



*******************************



いつも見える外の景色、灰色の道路と電柱と向かいのゴミ捨て場。それから左手に見える駐車場には車が数台。手前にある古い軽自動車は私の愛車でその隣にはお隣さんのオフロード車、があるはず。


「何もないわね。」

見渡す限り真っ白だ。霧だってもう少し透明感があるだろう。まるで白いペンキが目の前にまんべんなく浮いているかのようだ。何をどうしたら良いのか、差し当たって情報が欲しい。確認がてらテレビをつけてみるが何も写らない。何故かテレビ画面まで真っ白だ。

「困ったわね。」

カーテンを閉めてとりあえず着替える。

「確か必ず靴を履くだったわね。」

玄関に行き靴があるか確かめる。

背後からどたどたと娘が近付く足音が聞こえた。


「何?なんなの?どうなってるの?」

娘はパニック状態だ。

「私もよく解らないけどテレビが映らないからねえ。何か天変地異でもあったのかも知れないし。とりあえず着替えて靴だけは履いてちょうだい。災害時は靴を履くって言うでしょ?」


娘は黙って踵を返すと自分の部屋へと戻っていった。

「着替えるから待ってて!」

と大きな声で娘が叫ぶ。不安なのだろう。

「待ってるわよ。大丈夫。」

返事をしてから部屋を確認する。妙に明るい事と静かな事以外はいつもと同じアパートの部屋だ。特別何かが壊れた様子も無い。

こんな状況なのに妙に感情が平坦だ。もっと慌てたいのだが心がついて行かない。


娘とこんなにたくさん会話したのはいつぶりだろうか。徐々に不思議な高揚感が芽生えてくる。何かが変わるかも知れない、期待しても無駄だと自分に言い聞かせてきたのに、それでも僅かな希望に心が逸る。


娘が着替えを済ませ再び玄関へ来るまでの間に、簡単に荷物を纏める。「緊急時持出袋」と書かれた銀色のリュックを背負い、ナイロン製の上着の内ポケットに貴重品をしまうと一緒に外へ出る。

もっと普通の状態で感動的に出たかったなあと思いながら、いつものクセでアパートのドアのカギを閉めた。


ガチャリと音がするその瞬間ドアが消え、私たち2人は真っ白な空間からはき出されるように別の場所へ出た。同時に白い空間は水が排水溝に吸い込まれるようにして私の目の前から消えた。

「あら、消えちゃったわ。」

振り返り娘に声をかけようとする前に周囲からざわざわと人の声が聞こえてくる。あたりを見回すと妙な服装の男性が数人こちらを見て目を見開いていた。


何と言うか奇妙な人達だ。

服装は修道服を小綺麗にしたようなシンプルな服だが、腰に巻いた帯に金糸で刺繍がしてあり、なかなか見栄えが良い。髪は白いか白に近い金色で目の色も薄く、日本の私たち親子が住んでいるエリアではあまりお目にかからないタイプの人種だ。



「おお…!聖女さま…!」

「やったそ!」

「ついに聖女様が…!」

「ああ…!なんと美しい…!」

「聖女様!お待ちしておりました!」


なんだか騒がしい。聞いてて恥ずかしくなる位仰々しい台詞が聞こえてくる。とりあえず美しいのは私じゃ無くて娘の方だろうと判断し、どこの国でも若い女がもてはやされるのよねと少しだけ、ほんの少しだけ腹が立つ。


「聖女様!」

「お待ちしておりました!」


誰もが涙ぐみ手のひらを上にして手を前に出し、震える指先をこちらへ向けている。よく見ると平均年齢は4、50代だろうか、中年と老人しかいない。1人だけ若い人がいるがそれでも30才位に見える。服装はそこそこ綺麗だが絵面が地味に感じるのは年齢のせいか。


多分これは明晰夢というやつだろう。私は平坦な感情のまま1人納得する。こんなバカげた事が起こる筈が無い。少なくとも我が家には起こらない。私たち親子は平凡で特別なものは何一つ持っていない。

ご先祖に凄い人がいたと言う話も聞いた事が無い。

「あら、でも1人いたわね。」

確か母方の祖父がそうだったはずだ。戦後にどこかからふらりとやって来て商売を始めて結婚して私の母が生まれたと聞いた事がある。

母の話では

『おじいちゃんはね、船でやってきたんだっていつも言ってたのよ。

どこから来たのか教えてくれなかったけど、日本じゃなかったって、おばあちゃん言ってたわ。』

眉唾もいいとこだ。全く信じられない。おそらく東京湾を千葉方面から東京方面に移動したのだろうと私は思う。

やはり特別な人は誰もいない。だからこれは夢だ。そう考えると感情が揺れ動くこともない。


「聖女様。」


言いながらゆっくりと1人の男性が近づいて来る。

ひときわ豪奢な服装のおじいさんだ。帯だけじゃ無く全体に刺繍が施された重たそうな服をきている。

立派な白いヒゲと長い眉毛の小柄な老人は娘の前に来ると跪き頭を垂れた。


「お待ちしておりました。」

「は!?何?なんなの!?キモイんだけど!」


老人を見下ろしながら娘がキレ気味に返事をした。

キモイと呼ばれた老人は目尻に涙を浮かべ嬉しそうに微笑む。侮辱されたと解らないのだろうか。キモイって言葉が通じない世代なのだろうと1人納得する。

そんなことよりあの子が人と目を合わせて話しをするのは何年ぶりだろうか。

もうすぐ16歳になるのに、言葉遣いどうにかならないかしらと思いつつも、私もあのおじいさんキモイなと感じていた。





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