12.消えたね
マッチョ回です。
「病院みたい…。」
神殿の前に立ち私は呟いた。まるで病院だ。四角いし、宗教的な飾りが一切無い。
「リッカさんの世界の病院はこのような姿をしているのですか。」
ビコー師団長が尋ねて来た。
「はい。私にはここは病院に見えてしまいます。私の世界では神殿というのはもっと飾りが多くて尖っていたり、派手なイメージがありますね。」
「尖っている?」
「はい。多くはそうです。神に近付く為とか、寄付を多く集めるためとか、そんな感じの理由だった気がします。ただ私のいた国では違います。木造で平たくて仏像とかあるんで。」
「ぶつぞうとは?」
「神様的な置物です。」
「神様的…。」
そう言えばこの世界の神様、宗教とはどんな物なのだろう。聖女信仰とは違う気がする。
「妙ですね。」
ササカ氏が神殿入り口で神官らしき人と話しをしている。困惑しているのがここから見ても解った。
「リッカさん。先にお伝えしておきます。神殿内で私は武器を携帯することは叶いません。ですが聖女だけは武器の所持が許されます。
昨日見せてくれた武器をすぐに取り出せるようにしておいて下さい。」
解りました。と返事をしてポケットの中のスタンガンを確認して頷いた。
私の周りには聖強院師団長と院兵5人がついている。全員素手で戦える猛者の集まりらしい。聖女がいかに大切にされているかよく解る。
「実は昨日、私1人で神殿へ行ったのですが、その時は誰もいなかったのです。」
師団長は無人の神殿の前でキレていたらしい。入れなかったそうだ。
話しをしている間にササカ氏が戻ってきた。
「昨日から大司教の姿が見えないそうです。」
「逃げたか。」
ビコー師団長の言葉を聞き、後ろの院兵集団から怒気というか、怒りの熱気がむわあと立ち上がっているのが解る。もうこいつら聖強院改め最強院と名前を変えて良いんじゃないだろうか。
「とりあえず入ってみましょうか。」
私が言うと、
「それが、入れないのです。」
ササカ氏が返す。
「入れない?」
「はい。あそこにいる神官も含め、今いる神官達は昨日まで王都に出ていたそうです。戻って来た時には誰もいなかったそうです。
彼らも第一回廊までは入れるそうですが、第二回廊への入口が封鎖されていて、奥まで入ることができないそうです。」
「第一回廊って何ですか?」
「神殿の構造です。」
この神殿は大きな池の上にあり、外側をぐるっと囲む第一回廊と呼ばれる建物と、内側にもう一つ同じ形状の建物があり、漢字の「回」の形になっている。第一回廊から第二回廊へは、建物内にある4つの橋を渡らなければ入れないそうだ。
「それで、中に娘はいるのでしょうか?」
「大司教の居場所も含め、神官達には解らないそうです。」
彼らも混乱しているようでしたとササカ氏は言った。
私たちは神殿に入ってみることにした。
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「マイ●ラかよ…。」
全部四角い。これはトイレも四角い可能性が出てきた。座りにくそうだ。
などと考えながら真っ直ぐ進むと、大きめの四角い両開きの扉が見えた。
「ここですね。」
師団長が扉を開けようとするがびくともしない。
「カギがかかっているのですか?」
「いえ、魔法で封鎖されているのです。」
ここも古代魔法建築で、出入りに関する魔法がほどこされている。こんな強固な魔法が1300年も持つのだろうか。解らないけど不思議だ。これが一つの技術として存在していたらこの世界はもっと劇的な発展をしていたのかもと思う。
ぐいぐいと数度扉を動かそうとした後、彼は器用に片方の眉毛を上げると
「失礼します。」と私に一声かけてから伝家の宝刀「身体強化」の魔法を発動させた。
「むん!!」
と一声、四角い扉の四角い取っ手を握りしめて全力で引っ張った。
結論から言うと扉は開かなかったが壁にヒビが入った。扉にのみ魔術が施されていたのか、扉周辺の壁にぐるっとひびが入ってしまった。ドアごとすぽんと外れそうだ。良いのだろうか。
おそらく古代の魔法が壊れたのだろう。後ろで神官が崩れ落ちて涙を流している。
「いけそうですね。」
責任取る気ゼロの軽い口調で師団長は言った。
「全員で一気にやるか。」
師団長の声を皮切りに院兵集団が壁のヒビを拳で殴りだす。
爆音が白い廊下に響き渡り、数分で壁が崩れ落ちた。あの魔法が壊れていなければ、こんな無惨な姿にはなっていなかったはずだ。
古代魔法建築って世界遺産みたいな物だと思うが、私は無関係な異世界人として考えるのをやめた。
目の前に橋がある。
明るい日の光を浴びて水面がキラキラと輝き、大きく崩れた壁越しに建物が良く見えた。橋が壊れなくて良かった。
「さあ、渡りましょう。」
ずんずん進む師団長の後に続く。
橋を渡り終え、第二回廊の扉の前まで来た所で、ふいに頭の中に誰かの声が聞こえた。
『カギ…。』
「えっ?」
聞き返すと師団長が振り返る。
「どうしました?」
「今、声が。」
「声ですか?」
「はい。カギと。」
師団長は自身のアゴ先を軽く掴み、ふむ、と一拍おいて後ろを振り返ると、
「おい、お前ら何かカギ持ってるか?」
「「「「「持っておりません!!!!!」」」」」
まさかの全員カギなしでへっちゃら「俺にカギなど不要だぜ」で暮らす人達だった。
そして師団長も
「すみません。私も持っておりません。」
聖強院暮らしだからか知らないが、強い人は無防備上等な国らしい。
「私、自分のアパートのカギなら持ってますけど…。」
と言いつつナイロン製の上着の内側にカラビナで留めてあるカギを引っ張り出す。細いリールで繋がっているため、つつつつと紐が伸びる。それを見た院兵たちから驚愕と羨望の視線が突き刺さる。
「えっと、あの?」
「その、ひもは?」
師団長も欲しそうにしている。
「え、これは、カラビナとこっちはリール付きのキーホルダーで…。」
仕方ないからリュックの中にあった予備のカラビナとキーホルダーのセットを師団長に渡した。
「良かったらどうぞ。」
「えっ?よろしいのですか?」
驚き、幸せそうな笑顔を見せてくれるが、二つとも100円均一で買った、合計200円プラス税の品だ。
うん、と頷き手渡すと早速くいくい引っ張っている。あっという間に壊れそうな気がする。
後ろの5人にもあげたいが予備が無いので何か代わりの物をとリュックをゴソゴソする。え、どうかお気遣い無くなどと声が聞こえるが、皆リュックの中が気になるのか、おとなしく待っている。
なんだろうか、餌付けしている気持ちになる。
中からカップ麺と軍手を取り出し、ビニール袋に入れて渡す。
「これは軍手と言って、手を保護しながら作業する為の手袋です。あと、これはカップ麺と言って、お湯を入れて3分、ええと、少し待つと食べられる携帯食です。」
おおおと歓声が上がる。聖女的な魅力は無いが、異世界人として認められたような微妙な気持ちになった。
気を取り直して第二回廊の扉の前に進むと、鍵穴は無かった。
どうしようかなと迷いながらアパートのカギを手に持ち、挿せそうな場所を探す。
それから、両開きの扉の合わせ部分に添ってつーっと上から下にカギを添わせると、中心部分ですっとカギが中に入る感触がした。
「あっ開いた?」
と言った時には、私は白い光に包まれていた。
ありがとうございます。




