閑話 ヒューゴという男
「ちっ。」
舌打ちを一つして聖強院の入口を見上げる。
ビコー師団長に女を取られた。悔しいが今は手の打ちようがない。
「あの野郎。」
憎まれ口などいつぶりだろうか。少なくとも感情が揺さぶられたのは10年ぶりだ。
同僚と並んで馬車の御者台に座り、馬を促し動き出す。
ふと何かが焦げた様な臭いがして振り返るが香りは自分の後ろ、後頭部だと気付く。どうやらさっき首筋に当てられた武器に焼かれたようだ。
あれは普通の武器じゃ無い。向こうの世界の物だろうが、攻撃力が異常に高かった。あれはヤバイ。
「俺じゃなかったら倒せただろうがな。」
手のひらで首筋を撫でるとちりちりとした感触が手に伝わる。髪の毛が燃えたのかも知れない。
隣に座る国境警備兵がこちらを見てクンクンして言った。
「何か焦げ臭くないか?」
まさか聖女の母親にやられたとは言えない。
「ああ、ちょっとうっかり燃やしちまって。」
「気をつけろよ。」
「ああ。」
ヒューゴの職場での評価は高い。腕っ節も強いし、度胸がある。
仕事をさぼることはしないし、弱い者の安全を第一に動く優しさもある。
生意気そうな態度を取ったかと思えば、人懐っこい笑顔で周りを和ませる。一見お調子者の様だが、その実、誰よりも思慮深く物事を考え、判断し、行動に移せる。
一言で言えば「能ある鷹は爪を隠す」タイプの男だ。
傭兵としてこの地で働くようになって4年。それ以前はもっと国境に近い場所で仕事をしていた。身体がなまってしまわないように、常に戦いに身を置く様にして生きてきた。
この日のために。
永く、永く待ち続けた、聖女がやっと現れた。
今の職場に移って3年目に所長から聖強院院兵への推薦を受けないかと言われた。
「俺なんかが院兵に。」
と言うと、所長は言った。
「俺なんかと言ってはいけない。
君は誰よりも優秀で、誰よりも優しく、その力量に驕ること無く、謙虚な人格者だ。」
聖強院の兵士になれる条件を満たしていると言われた。
だが、すぐには受けられないと断った。
自信が無かった訳じゃ無い。むしろあった。
ただ、ここを離れるわけにはいかなかったのだ。
いつ聖女が降臨するか解らない。おそらく数年以内にあるだろうと言われ続け、あと1年、あともう1年と一日千秋の想いで待ち続けた。
あの日、白い光の柱を見たとき、体中に力が湧いた。不思議な高揚感だ。
絶対に手に入れてやる。
イサラのおっさんと約束した。
『聖女を護ってくれ。私には無理なんだ。ヒューゴ。お前ならできる。』
イサラのおっさんは俺にそう言うと魔獣の群れに突っ込んで行った。
一つの村が消えたあの日、俺は神でも神殿でも聖女でも無い、おっさんの命に、感謝と共に誓った。
俺は聖女を護るためにこの10年間、己を鍛えて待ち続けた。
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