9.聖女争奪戦その2 建国史
説明回です。聖女に好かれたかったら何をする。
ビシビシ…バシッバシバシ…静かな部屋にスタンガンの大きな音が響く。
スタンガンから出る青い光を見てビコー師団長が固まっている。
私は左手に握りしめていたスタンガンに視線を落とし、スイッチを切った。それからゆっくりと視線を上げて正面からビコー師団長とにらみ合う。
師団長は剣に手をかけていた。
「今すぐ神殿へ行きます。」
「それは…一体なんですか?」
「スタンガンと言います。敵を電流で静かにさせる護身用の武器です。」
「あなたは…もしかすると…いや、だが…。」
ビコー師団長が厳つい顔を更に厳しくして私を見た。
一拍おいて肩の力を抜いて剣から手を離し、大きく息を吸うとゆっくり吐き出した。
「ここに、聖強院に武器を携帯したまま入れるのはここに認められた兵と先程伝えましたが、他にもいるのです。」
「他にも?」
「はい。『院兵』と『聖女』だけが武器を所持したままここに入れます。
つまり、あなたは聖女と言うことになります。」
どうやら最年長記録を更新したようだ。
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師団長が言うには「聖女は絶対に襲われない」のだそう。
何故なら聖女は酷く傷ついた子どもで、最初になついた人を一生好きでいるからだ。不用意に聖女に近付いて、聖女の信頼を失うのは最悪手となる。
「おそらく大司教は聖女に近付く方法を探している筈です。
母親から引き離したのは、母を求めて不安にさせて、孤独にする事が目的だったのではと思われます。」
さすが子育て経験の無いじじいはやることが逆方向に突き抜けている。
確かに、聖女に「依存」してもらう為には母親は邪魔だろう。
過去の聖女全てとは言わないが、母(保護者)を求める子に別の愛情を示して信用してもらうのが聖女への接し方なのだとすると、親子セットで現れた今回のケースは向こうも想定外だったと思う。
「ならば、娘は今どうしていると思いますか?」
「おそらく、1人でどこかの部屋の中にいるはずです。襲われることは絶対にありません。」
それを聞いて少しだけ安心する。だが、
「ご飯は?食事はもらっているのでしょうか?」
「聖女はこの地に現れてから最初のうちは食事を摂りません。
信用できる相手からしか食事を受け取らないからです。」
それは理解出来た。沙羅が知らない人から食事を受け取るとは思えなかった。
だが他の聖女たち、10歳そこそこの子どもがそこまで用心深くなるものだろうか。
「それは。」
傷ついているからですと彼は言った。
「とても古い話になりますが…。」
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『神殿は聖女に干渉するべからず。』
それが決定したのが今から1300年前だという。聖女を脅し、己のものとしようとした当時の大司教が処刑されるという大事件があったからだ。
1300年前に現れた「護国の聖女」は降臨後、当時の王太子と結婚した。
聖女を娶った王太子は、王位に就いてすぐに祭祀の祠周囲を魔術建築で囲み聖強院とした。
それからは聖強院が主体となり、聖女の保護を強化するために神殿の建物が新たに作られた。
「元の聖強院はシム王国、エデル王国のどちらにも属さない、『永世中立院』と呼ばれていました。
そして聖強院の院兵は両国から最も強く、志の高い者が選ばれ、国から籍を抜き『どこの国にも属さない者』となり、聖女のみに剣を捧げていました。」
「え、でも現在の国境は…。」
「そうですね。それは今から100年前に両国間で起きた戦争時に、当時の聖強院がシム王国側についたことで聖強院が正式にシム王国側のものとなった事で変わりました。」
100年前の聖女がシム側についた事で聖強院も聖女に従ったのが原因らしかった。聖女が戦争に参加するとは。
「なんだかごちゃごちゃしてるみたいですね。」
「そうなんです。」と言ってビコー師団長はこの国の歴史を話してくれた。
遥か昔、シム王国と隣国エデル王国はひとつの大きな国だった。
1400年前の王太子、後のシム王国国王と、第二王子は仲が悪かった。
彼らの前に現れた聖女は、その国の第二王子を選び結婚した。
それだけなら良かったが、彼は聖女の威光を借りて建国を宣言しエデル国王となってしまった。
そして国は2つに分断され、その後100年間シム王国は苦しむ事になった。
「苦しんだのですか?」
「はい。国境が制定され、当時は祭祀の祠、現在の聖強院の場所には石がひとつあるだけでしたが、その場所を起点として南北に分けて国境にしたのです。」
それは聖女の意向をくむ形で決められたそうだ。
「自分のせいで1つだった国が2つの国に別れてしまったことを悔やみ、自分が降臨した石を戒めに、2つの国が争うことがないようにとの願いを込めたと言われています。」
だがその国境が2つの国をはっきりと別の物にしてしまった。
聖女の守護は国境を越えず、その後シム王国は天変地異、自然災害、魔獣被害に苦しむ事になった。
護国の聖女が降臨した時、聖女は豊かな国と疲弊した国を見比べて、より苦しんでいるシムを救いたいと、シムの聖女となった。
だがその時神殿が横槍を入れた。
「聖女を保護する権利を主張したのです。」
聖女を王家が無理矢理婚姻で取り込んだために国が分断され、多くの民が苦しんだ。それは両王家の責任だと詰った。
両王家と神殿はそこで平和的に解決しようと話し合いの場を設けた。
「その時に、時の大司教が聖女に強請したのです。」
自分のものになれば誰も争わない。民も苦しまない。
シムの王子と結婚したらエデルの民が苦しむ。自分1人の幸せを求めるのが聖女かと何度も責められた聖女は悲しみのあまり姿を消した。
「消した?」
「はい。皆の目の前で忽然と姿を消したそうです。」
聖女が姿を消したことで大司教の罪が発覚し、結果大司教は死罪、神殿は聖女に対し距離を取る事が決まった。
「それ以前は神殿が主体となって聖女の保護をしていました。ですから1400年よりも前の記録は神殿にしかないのです。」
聖女が結婚して神殿から離れるまでの記録はあると思うのですが、見せてくれないどころか教えてもくれないのですよとビコー師団長は困り顔で説明してくれた。
この世界でも宗教は問題を抱えた組織らしい。
シムの王子は酷く悲しみ、聖女を必ず幸せにするから戻って来て欲しいと、石の前で毎日祈り続けた。すると3年後再び聖女が戻ってきた。そして2人は結婚し末永く幸せに暮らしたと言う。
「え!?それってつまり、聖女は元の世界へ戻れるって事ですか?」
「解りません。ですが、この話はシム王国では子どもに人気の物語として劇や絵本になっています。」
聖女は帰れる。
私は何か心に引っかかる物を感じていた。
読んで頂きありがとうございます。




