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プロローグ

義務教育が終了した日、不登校で引きこもりの娘と一緒に異世界にやってきた母。

娘は「聖女」として神殿へ移され、母と引き離される。

娘を助けるために奔走するうちに、過去のトラウマと向き合う母。

現実と向き合い外へと目を向ける娘。

2人の人間の成長と葛藤のお話。



かさり

隣の部屋から音が聞こえた。

おそらく食べ物の袋を開けた音。

時折聞こえる声は楽しそうなものではなく、無理矢理喉から音を出しているような乾いた笑い声。

部屋から漏れ聞こえてくる他の声はネットで知り合った「友人」と呼ぶには不確かで曖昧な関係の「知り合い」らしい。

食事を日に3度、部屋に届ける。お菓子は台所に適当に置いておく。

顔は見るがお互い一言も話さずにやり過ごす。

私たちは同じアパートに暮らしながら共に生活をしていない。

こんな暮らしがもう6年続いていた。


娘が引きこもりになったのは小学校4年になってすぐだった。

それ以前から予兆はあったし自分なりに支えてきたつもりではいた。でもかえってそれが娘を苦しめていたのだと後から知った。


「早く学校へ行きなさい」

「どうして朝起きられないの?」

「何が気に入らないの?」

「お母さん仕事が忙しいの」

「説明しなきゃ解らないでしょ?」

「時間の無駄は嫌いなの」


私が娘に常日頃言っていた言葉がどれだけあの子を追い詰めていたのか。気付いた時には手遅れだった。




「行ってきます。」

返事が無いことは解っているが、一応声をかけて玄関を出てカギをかける。

時刻は朝の8時丁度だ。

会社までは自転車で15分。家の近くにある会社に事務員として入社して今年で5年目だ。業務の開始時刻は9時だが社員数の少ない会社に中途で入ったおばさんなので、気持ちばかりの雑用をしてから仕事を開始する。皆が気持ちよく仕事ができるように気遣う。古い社会人の考えを好意的に受け止めてくれる場所ならではの処世術だ。


娘が不登校になった事をきっかけに、家の近くで仕事を探して転職した。給料は以前の2/3程になってしまったが、その分時間はとれる。

シングルマザーはそれなりに補助も受けられるし、節約すれば生活できる。

仕事は営業事務だ。電話対応と事務書類の作成。

小さな会社なので経理も手伝う。以前努めていた会社での仕事とは少し違うが、事務の仕事をずっと続けてきたのですぐになれた。

午前中は仕事をして昼に一度自宅へ戻り、大急ぎで昼食の支度をしてまた社に戻る。

午後は5時半まで仕事をして6時には家に着く。

それから夕食の用意をして娘に渡すと自分も食事を済ませお風呂に入ってやっと一息つく。


寝る前の少しの時間を使って娘に手紙を書く。


『外はサクラが咲いてるよ。

明日の晩御飯はそぼろご飯です。

明日は買い出ししてから帰るから少し遅くなります。』


余計な気持ちが伝わる事がストレスだと以前言われたのをきっかけに手紙は箇条書きになった。

いつでもメモを渡せるように100円均一で買った分厚いメモ用紙とボールペンを常に近くに置く。極力声を出さずに家の中では無言で暮らす。



お互い相手をどう思っているのか、

これからどうしたいのか、

私には何も解らなくなってしまった。



*******************************



「お母さんはよく頑張っていますよ」

「お母さんは自分自身の事も考えてあげて」

カウンセラーは言う。


「あそこん家の子、学校来てないんだよ」

「お子さん学校行ってないんですか?大変ねえ。」

近所の人は言う。


『親の育て方が悪い』

『子どもは親の真似をする』

ネットは見知らぬ誰かの、会った事も無い親の責任を追及する。



もう誰とも関わり合いたく無いと思った。

そうして周囲との接点がどんどん減ってゆき、気付いた時には話し相手がいなくなっていた。

もとよりママ友付き合いが上手かった訳ではないし、無理して疲れるよりも子どもと向き合う時間を作った方が良いと信じていた。


結果一人になった。


隣の部屋から話し声が聞こえてくる。

ネットで知り合った人間の何が信用できるのか。女性だと偽り呼び出す男だっているだろう。

そんな話しをしたらキレて手が着けられなくなった。

何を言ったら良いのか。どうすれば言葉が通じるのか。

どうしたら信じてもらえるのか。

親として。親の責任。


親って何だろう。


「どっか消えたいなあ」

そう呟いて娘のいる家へと一人自転車をこぐ。

明日が来なければ良いのに。そんなことを考えながら重いペダルを踏んだ。



*******************************



「ただいま」

返事は無いが気配はするので娘が部屋にいるのだと解る。

大量に買ってきた食料品を冷蔵庫に入れて夕飯の支度を始める。


子どもが不登校になってしばらくして冷蔵庫を買い換えた。


兎に角食べ物が必要になる。学校で給食を食べていた頃は朝ごはんと晩御飯と簡単なおやつがあれば事足りたが、日中ずっと部屋に閉じこもっている子はダラダラと食べ続ける。

運動量が少ないので量は食べないが、少し食べてはダメにする食べ残しの量が凄まじい。

結果、食費が馬鹿にならない金額となり、節約と健康管理を考えて小分けで食べ物を常に準備するようになった。

だから大きな冷蔵庫が必要になり、痛い出費だったが買い換えたのだ。


2日続けて同じ物は食べない。

常備菜は食べない。

食べかけの残り物は捨てる。


食糧難になったら真っ先に死ぬだろう。それとも私に対する嫌がらせのつもりだろうか。この暮らしを始めてからずっと続く悪習が食品廃棄だ。


「勿体ないからやめて。食べ物を粗末にしないで。」


言えば言うだけ食べ物を捨てる。

逆効果だと解ってからは食べ物を小分けにする事を学んだ。

以前テレビで見たしゃべる冷蔵庫、あれがあれば話し相手になってくれるかしらと思った事が有る。それくらい冷蔵庫と一緒にいる。


そぼろご飯とお味噌汁とほうれん草のおひたしを作って綺麗に盛り付けたら娘に声をかけて部屋の入口にあるテーブルにお盆を置く。

なるべく部屋の中を見ないようにして出る。

以前何気なく部屋の中を見渡した時に、

「キモイ!見るな!」と叫ばれたからだ。

静かに戸を閉めて自分の食事を済ませたらお風呂に入って一息つく。



今月はバタバタした。只でさえ年度末なので仕事は忙しいのに、今年は中学の卒業式があったからだ。

学校へ行き挨拶し、教育委員会へも報告。

進学は諦めてしばらく様子見という事を市役所へ報告しに行き、担当者から慰めの言葉をもらう。

6年間、学校へ行かず外との接触を避け、ただ淡々と過ごした月日の大きな区切り。



義務教育が終了した。



私は限界まで疲れていた。

明日は休みだ、少し長く寝よう。そう決めてベッドに入り目を閉じる。

寝付くまでの数分間が一日で一番自由な時間だ。この暮らしが始まってから夜は何も考えないと決めている。夜は良いことを考えられないからだ。ただ眠る。それができる事がどれだけ贅沢だったか、この時の私は解っていなかった。


自分だけが辛いと勘違いしていた。

世間は平穏で誰もが日々つつがなく暮らしていると信じていた。

自分たちだけが出来損ないで爪弾き者だと、卑屈になって閉じこもっていた。

私たち親子は2人とも引きこもりだった。

外に出てるか出てないかの違いはあれど、目の前にある外界との繋がりを見ようとしていない時点で同じだったのだ。




読んで頂きまして、誠にありがとうございます。

よろしくお願い申し上げます。

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