表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

第1話 その男はギャンブル依存症

 ギャンブル等に対して嫌悪感を覚えたり、悪意のある表現をしたりする場合がございますが、ギャンブル依存症患者等にとっての表現であり、ギャンブル自体やギャンブルを楽しんでいる方を貶める内容ではございません。


「よし、来い!来い!」

 最終のカーブからゼッケンを付けた馬が、騎手を乗せ直線に向かってくる。

 逃げているウマの後ろから、4番の馬と7番の馬が並びながら上がってくる。男の手には4番の単勝勝馬投票券が握られている。

「行けー!行けるぞ!」

 その男の声も含め観客の声が大きくなる。2頭のたたき合いが続くも、残り200メートルのところで4番の馬が7番の半馬身くらい前に出た。

「もらった!!」

 その男が両手を上げて大声を叫ぶと、その声をかき消すような観客のどよめきとともに、後方から2番の馬が飛んできて、あっという間に2頭を交わし、ゴール線を駆け抜けた。

 大歓声に沸くスタンド、空を舞う紙くずとなった馬券、レース直後に見るいつもの光景の中で、その男は固まっていた。力が入らなくなった手から落ちた馬券は、強く握られていたためかところどころ折れ曲がっており、手汗もしみ込んでいた。

(終わった…完全に…終わった…)


 男の名前は、田村雄二。職業は、現在、コンビニエンスストアで夜勤の仕事をしている。

 伸長は165㎝くらい、中背中肉のさえない男である。さえない顔はに、一日剃っていない髭が生えており、寝不足で目はギラギラしており、目の周りには黒いクマができている。

 田村は、真面目で勉強熱心な性格から、大学卒業後、当時の合格率十倍を超えていた国家公務員Ⅱ種試験に現役合格し、順風満帆な人生を送ることができると思われていた。

 しかし、公務員時代の先輩にパチンコに誘われてから、彼の人生が大きく狂いだす。

 初めて行ったパチンコ店、すごくうるさい店だ。それが、田村雄二にとってのパチンコ店への第一印象であった。それが、たった一日で変わってしまう。

『ビギナーズラック』

 パチンコの場合なら、初めてうった時に、何もわからない状態で大当たりし勝ってしまうことだ。

 この言葉はとてもよく聞く。

 当然だ。ギャンブルをしている者はその時の経験が忘れられず、またギャンブルを行うのだから。

 逆に、初めて打った時に負けるなどのいい思いができなかった場合は、そのギャンブルからあっさり手を引いてしまう。

 田村には、『ビギナーズラック』があった。わずか2時間で5千円が8倍の4万円になって帰ってきたのだ。その夜は、パチンコに誘ってくれた先輩と、焼き肉店で祝杯を挙げた。

 次の日から、田村は仕事終わりにパチンコ店に通う日が続いた。彼の性格『負けず嫌い』が火に油を注ぐ形になり、彼自身をも焼き尽くしていく。

 パチプロのように狙った台を、理論値を出して打ったとしても、勝てる確率は5割を超えるかどうか怪しい。そんな中、田村は仕事帰りに毎日、パチンコ店に通い、好きな演出の好きな台を打ち続けたため、当然負けが増えていく。負けが増えると、それを取り返すためまた、パチンコ店に通い、勝つときもあるが、結果的には負けが重なる。

 ついには、サラ金から金を借りて、ギャンブルにするようになる。

 このころから、借金返済と一攫千金を夢見て、競艇、競輪、競馬と公営ギャンブルに手を出すようになった。

 6艇立ての、比較的当てやすい競艇では、過去のデータ上、圧倒的に1号艇が有利な分析が出ているにもかかわらず、配当の低さから、穴を狙い1号艇を外した3連単を買うようになり、借金が増えた。

 9車立てであり、人間が行う競技の競輪では、人間関係や性格の分析し、ラインの大切さを理解するものの、無理に波乱の展開を予想して、別ラインでの1・2着で3連単を買うようになり、借金が増えた。

 競艇と競輪を反省して、競馬では単勝の1点勝負を行った。正直、彼は馬を見る目がなく、オッズと競馬新聞だけを頼りにしていた。当然、強い馬の単勝オッズは倍率が低いため、かける金額が大幅に増え、借金が増えた。

 ギャンブルによる借金が増えると、仕事がうまくいかなくなる。

 30歳になった田村は、非常にハードな部署に配属されていた。一つの失敗が報告や決済の遅延に直接結びつくような部署で、平日はほぼ毎日残業となり、上司も異常に厳しい。

俗にいう、『ふるいにかける部署』であった。

 あまり知られていないが、各官庁には、このような部署が一つや二つはあり、この部署で使い物になった者は出世し、耐えきれなかった者は出世の道を断たれるというものだ。

 田村は、この部署を耐えることができなかった。

 ギャンブルによる借金に対する不安と、仕事上のストレスが爆発し、休日の朝から晩まで、日ごろのうっ憤を晴らすようにギャンブルに明け暮れた。朝の前売りで舟券、車券や馬券を購入し、携帯電話でその結果を確認しながら、パチンコを打つ日々である。当然、勝てるわけもなく借金は増える。

 なお、田村は電話投票だけはしなかった。電話投票をしていないのは、公務員として仕事中にギャンブルをするわけにはいかないという自尊心が残っていたからである。

 ついには、サラ金からの借金ができなくなってしまう。すると、仕事のストレスに加え、ギャンブルをできないストレス、借金返済の不安が重なり、夜、眠れなくなってしまった。

 そして、とうとう仕事中に疲労と睡眠不足で倒れ、入院を余儀なくされてしまう。

 診断結果は過労。

 部署の部長や直接の上司である課長は、局長級から表面上は注意を受けたもののおとがめなし。

 建前上、入院している病院へ見舞に来た、上司からは、当たりが強くなり、同じ部署の面々からも、軟弱者のレッテルが張られてしまい、入院後、本格的に部署に復帰する前に『一身上の都合』で退職することとなる。

 退職に際して、わずかに受け取った退職金で、入院中の借金の遅延利息分のみ返済した。しかし、遅延利息分を支払って残った退職金はあっという間にギャンブルに消え、借金の元金はまだ多く残っており、すぐに働く必要があった。

 そこで、目を付けたのが近所のコンビニエンスストアであった。夜勤募集中の貼り紙には、時給は昼勤の5割増しの文字があり、すぐに飛びついた。コンビニエンスストア業界は人手不足であり、30歳台のフリーターは願ったり叶ったりだ。

 順調に仕事を覚えていったが、夜10時から早朝9時までの勤務であり、後片付けをして、家に帰り朝食などを済ませると、ちょうどパチンコ店が開く時間という状況になってしまった。当然、田村雄二はパチンコ店に駆け込む。朝一なので台は選び放題だ。

 あまりにも眠い時には、家に帰り眠ることもあったが、新台の日や、勝ったり負けたりで熱くなっている日には、一睡もせずパチンコ店に入りびたり、コンビニエンスストアへ出勤することもあった。

 

 そして、今日は4月の最終日曜日、25日に振り込まれた給料を全て引き出しての大勝負であった。手取りは15万円程度だが、借金返済に5万円、遅延している携帯電話料金2万円ほど、滞納している税金や保険税の分割払い4万円、家賃5万円を払いきるには、今日増やすしかなかった。なお、サラ金への借金と税金の分割分は先月分を払っていないため、何度も督促が来いていた。

 だが、単勝3.7倍の一番人気の4番にかけていた10万円の単勝券はすでにごみクズと化した。ちなみに、その前のレースでも馬券をはずしており、田村の所持金はわずか、520円であった。

 絶望に打ちひしがれ、競馬場を出ると、生気なくふらふらと歩き始めた。自分はどこに向かっているかもわからず、何のため歩いているのかもわからない。周りの状況もなにも入ってこない状態で歩き続けた結果大きな交差点に出た。

(いっそのこと、死んだ方がましかも…)

 そんなことを考えながら、田村は赤信号を交差点の角でうつむいている。

 その時、その大きな交差点の中心の上空で一瞬不思議な光が輝いた。印象的な光は、近くにいた車の運転者は歩行者の誰もが目が奪われるほど、赤色の不思議な輝きであった。

 田村はその光に気が付いてなかった、車に飛び込むことを考えている最中であったが、その必要はなかった。

 不思議な光に気を取られた軽自動車の高齢ドライバーが、目線を戻すと信号が黄色から赤色に変化したため、急に止まろうとしたところ、アクセルとブレーキを踏み間違え交差点に加速して突入してしまう。右折可の信号が表示されていたため、スピードを落とさずに交差点に突入していたトラックは、軽自動車をよけるために慌てて逆方向にハンドルを切りブレーキを踏む、ブレーキ音に気が付き、我に戻った田村の目の前には既にトラックの車体があった。

〈ドシャっ〉

 変な音が聞こえたと思ったが、それ以降の記憶がなく何も感じなかった。

 これで、自分の人生が終わった。田村は察した。

 いや、それで良かった。

 死ぬことで借金からもギャンブルによりぐちゃぐちゃになった自分の人生からも別れを告げることができたのである。

 そう思っていた…。


この小説はフィクションです。本編に登場する人物・場所等は架空のものであり関係ありません。また、作中で起こっている事件や人物のモデルも存在しません。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ