9:お昼休みと授業後
「なに? なぜそんな面白いことになっているのに私を起こさないのだ!」
シエルは思わずそう叫ぶ。
ここはとある塔の上、先程の一件で皆から注目を浴びていたので人が居ないところでご飯を食べようとなっていたのだが、その一件でのけものにされたシエルは怒っていた。
「あんたねえ……こっちは死を覚悟したのよ! というかあの騒ぎで起きないほうがおかしいでしょ!」
「冥界の王と戦えるチャンスをみすみす逃したというのか私は……」
シエルは今年始まって一番落ち込んでいた、見たら戦いたくなくなると常人なら思うかもしれないがアイリスはシエルの性格をよく知っていた。
アイリスですら少しビビっていたのに、こいつは臆しもせずあの冥界の王に立ち向かって、今以上に悲惨な事になっていたに違いないと確信する。そう考えると起きなくて正解だったかなとアイリスは思いを改める。
シエルもアイリスとは違う方向で狂っていた。
「うむ、またいつか呼び出してやろう」
「冗談じゃないわよ! 呼び出すのに1000の骸が必要なんでしょ!」
「……では逆に1000の骸を用意すれば戦えるのか?」
「あんたねえ……」
シエルのその逆の発想にアイリスはもう呆れるしか無かった。
「というよりどこに行ってたのよ?」
アイリスはいつのまにか居なくなって、いつのまにか戻ってきたマナを不思議に思うが答えは簡単なものであった。
「こうばいとやらだ、な、エルサ」
いつのまにかエルサも来ており、昼ごはんを買いに行っていたのかと納得する。
「はい、こんにちは、これをどうぞ」
「あら、ありがとうエルサさん」
アイリスとシエルはエルサから、ビンに入ったミルクとサンドイッチを渡される。それを二人は感謝して受け取るのだがアイリスはもう一つだけ疑問があった。
「そういえばいつの間にかに消えて、いつの間にか現れたけどどこから来たの?」
「転移だ」
「ふーん転移ね……って、げほっげほっ」
アイリスがビンのミルクを飲もうとするがマナから飛び出た驚くべき単語に牛乳が変な器官に流れ込み咳き込む。
「て、転移ですってぇえええ!?」
「何を驚いているのだ?」
「そういえば、お前は転移の魔法を研究をしていたな」
シエルはアイリスが転移の魔法を研究していたのを思い出す。
「なんだツインもしかして使えんのか」
「誰だって使えないわよ! 教えなさい! その魔法式と理論を教えなさい!」
「ま、待て、我を揺さぶるな! 教えるから落ち着くのだツイン!」
アイリスはマナの小さな体を思いっきり掴んでぶんぶん揺らす。
マナは一度落ち着けと言って、アイリスを止めて転移の仕方を説明する。
「よいか、転移とは空間の切断か、速さの増加にある」
「ふむふむ」
「我は空間魔法は得意でな、対象までの距離を切断して縮めておる」
「うん、その空間の切断の仕方はどうするのよ?」
「どうって、こうズバっとな」
「そんな抽象的な事で分かるわけないじゃない!」
アイリスとマナは転移の魔法の理論を話し合っていった、マナの説明が抽象的すぎてアイリスには伝わってこずに不毛な言い合いになっていき、エルサはそれを不思議そうな目で眺めていた。
「ご飯は食べないのでしょうか?」
「あいつは、ああなると止まらんからな、私が貰っておこう」
シエルはエルサが購買部から買ってきたアイリスの分のサンドイッチを手に取り口の中に放り込む。トマトとハムのシンプルなサンドイッチだが購買部でも人気な一品である。
すぐに売り切れるのだが転移を扱えるマナなら一瞬でチャイムがなった瞬間買いに行けるということだ。
「はあ……」
「む、以外と早かったな」
「だってあいつの理論まったく理解出来ないんですもの……あれ、私のサンドイッチは?」
「お前は頭で考えすぎだ、ちなみにサンドイッチは私が食べた」
「多分、あんたとあいつ、いいコンビだわ……はぁ!? ふざけんな!」
思わずアイリスは怒りの声を挙げる、ここのサンドイッチは絶品だとアイリスも知っているので項垂れる。
そこに大量にクリームパンを抱えたマナがやってくる。思わずアイリスはそれを見てしまうがマナはそれを隠すように後ろを向く。
「む、我のくりぃむパンはやらんぞ」
「くっ、どいつもこいつも……」
「私のを半分あげる」
「うん、癒やしはエルサだけだわ」
アイリスはエルサからサンドイッチを半分だけ貰ってなんとかお昼を乗り越えることが出来た。
そして昼休みは終わり、午後の授業の時間になる。
午前の喧騒はなんだったのか、それほどまでに午後は平和で退屈な授業だったが、教師のマリアだけは少しビビった様子であったのは、生徒の誰が見ても明らかであった。
といっても事故らしきものは、なにも起こらずに時間は過ぎていった。
「んんー、やっと終わった!」
アイリスは背伸びをして身体をほぐす。終わったとは授業のことであり、周りの生徒も友人と雑談をしていた。
「ツインよ、授業とはなかなかに退屈なものだな」
「まあそれには同意だけど、ツインって言うな」
マナは眠そうな目でそう言ってアイリスも同意するが、この2人が特別なだけであって周りの生徒からしてみれば学ぶべきことは多い。
「明日からは実技の授業もあるって聞いたわよ」
「ふむ、少しは楽しめそうだな」
実技ならば少しばかり身体を動かせるから面白そうだと思うが、アイリスからしてみればまた良からぬことをやらかしそうなことが目に見えていた。
「ほどほどにしときなさいよ」
そういってアイリスはマナに手を振って教室から出ていく。
マナはシエルの方を見てみると彼女は未だに寝ていたのでエルサの所に向かうことにした。
特待生のクラスはマナの校舎の最上階にある。特段、一般生徒が近寄ることがなかったが立ち入りは禁止されていなかった。
「うむ、エルサよ迎えに来たぞ」
「うん」
特待生と言えど終わる時間は同じである、マナが教室に入るとすでにエルサは荷物をまとめていた。
だがマナを見て明らかに教室の雰囲気は変わったものになる。
「なんで劣等生が?」
「いや、あいつルイエンに決闘で勝ったらしいぞ……」
マナを見てざわざわと騒ぎ立てる、そこにはまた自身の教室とは違った感じの注目を受けていたのだ。
「……まったくどこ行っても注目を浴びてしまうのは、生まれてからの性であるな」
どこか満足そうに言うマナであった。
「さて、授業とやらが終わったらどうするのだ?」
「自由時間、クラブや勉強、好きな事をする」
「クラブとな?」
マナがクラブとは何なのか疑問を口にすると、エルサは庭園の方を指さした。
そこでは、何かしらの球体を飛ばしあう運動が行われていた。
6人のチームで、お互いに決めれた人に向かってボールをぶつけようとしている。
「あの人にボールが当たったら一点、ボールは魔力で動かす」
「なるほど娯楽の一種か、よし」
そういってマナはその集団に近づくのであった。
「あら? 新入生?」
「うむ、ちょいと興味を持ったのでな」
「ふーん、キャプテン!」
女子生徒は試合を見ていた男子生徒をこちらに呼ぶ、どうやら彼がこのチームのまとめ役らしい。
「どうした?」
「彼女、マギカに興味があるんですって」
「へえ、経験者か?」
「えっと、それは……」
彼女がマナに経験者か否か聞こうとすると、
「いや、だがこの程度ならばすぐに極めてみせよう」
そんな恐れ知らずの発言を行い、女子生徒はむっとなるが、キャプテンの方はそれを笑いながら受け流していた。
「はは、確かに簡単そうに見えるが、最初はボールを浮かすのだって……」
「こうか?」
マナは意図も簡単にボールを浮かせ、それを見たキャプテンの顔は驚愕と言った表情になる。
「……驚いたな、君、名前は?」
「マナだ、してこれを投げればいいのだろ?」
「ああ、だが的はあそこだ、5mくらいから……」
キャプテンが言い終わる前にマナは、そのボールを飛ばす。
マギカの競技場は60m、適正シュート距離は5mが平均と言われているが、マナは50m離れている的に向かってそのボールをシュートした。
「わっ、誰ですか!」
そして、恐ろしい速度で的の中心に着弾したので、その近くにいた女子生徒は驚いてしまう。
それを見た、キャプテンは的のところに直行すると、そこで驚くものを見る。
「ボ、ボールが見えなかった、それに中央とは……新入生は!」
その才能をみると、スカウトしようと振り返るとその場所にはもうマナはいなかった。
「どうだった?」
「まあ、普通だな」
体感はそこそこ、興味はなくはないが優先順位は低いといった様子だ。
「だが、このボール面白いな、エルサよ」
そして、マナはどこからか持ってきたマギカのボールをエルサに渡す。
「これは?」
「浮遊の魔法の練習になるであろう、我の臣下ならば最低限の事は出来なければならん、暇があれば練習せよ」
「ん」
小さくうなずいて、エルサはそれを受け取った。
「……しかし、おそらく、1cmはズレていたな」
「ん?」
「いや、なんでもない、行くぞ」
「うん」
放ったボールは中央から1cmズレており、それはマナがまだ完璧に魔力をコントロール出来ていない証拠であった。




