8:魔王の旧友
魔法学校の1年生の初めの授業、そのプログラムは、魔法の基礎の学習とその実用編。
これは毎年決まったものであり、この程度ならばここに入学する者なら誰しもが既に扱うことが出来るので、
退屈そうな顔で授業を聞くのが毎年恒例だが、今回はイレギュラーが発生していた。
教室の全員が息を飲む、その原因はマナが発動させた魔法にある。
彼女の評判は、大きく分けて3つほどだ。
まずはサーキットが1つしかないという事、最低の魔法使いでも2桁はあるのが普通であり、1つとなると魔力を扱えない一般人レベルであり、この学園に入学するのは無理だ。
2つ目は、その一般人レベルの少女が特待生に決闘に勝ったという異様な事、
最後は、その整った容姿から一部の男子生徒からの評判だろうか。
とにかくも、その不思議な少女が唱えた、召喚の魔法に皆は興味深々の様子だ。
一体あの魔法陣から何が召喚されるのかと、出てくるのは強大なドラゴンか、何にせよ伝説級の何かかもしれない。
そして誰もが息を飲むなか、魔法陣から黒い手が勢いよく出てきてクラスの皆は、思わずビクッと体を反応させる。
そして魔法陣に手をかけながらそいつは教室に召喚された。
「何故に我を呼び出した?」
そいつは髑髏の顔をしていた、背中には何本もの剣を掲げており黒い甲冑とボロボロであるが黒衣のマントを着ていた。
圧倒的存在感を放ち教室の皆は威圧されている。
空気がそこだけ違う、その異質さは形容しがたいが誰もが感じ取れるほどのものであり、誰もが指一本動かすのもためらわれるように恐怖が教室を支配しつつある。
だがそんな中、担任のマリアだけは彼になんとか話しかける。
「ど、どちらさまでしょう?」
「なに、貴様……」
それと同時にその男から殺気が放たれる、窓が一瞬で割れて同時にクラスの生徒は皆、恐怖によって叫び声をあげる。
空が暗くなり、教室を冷気が支配する。
「我の名も知らずに呼び出すとはなかなかに愚か者であるな貴様、その無知首で支払え」
そう言われてマリアは、ただ竦むことしか出来なかった。
「ちょ! こら起きろ! あいつをなんとかしろ!」
「むにゃむにゃ、たわけ……」
アイリスはただごとではないと思いマナを大きく揺さぶって大声を挙げるが、彼女は今度は起きなかった。
「ひっ」
髑髏の男は背中から剣を抜いて、マリアに向ける。
そこそこ魔法使いをやってきたマリアでも、敵わないと認識するほどの実力差を感じ取れその場から動けなかった。それは仕方のないことであり、クラスの皆が担任の首が切られるところをただただ見てることしか出来ないであろう。
ここで助けに入れるのは余程の自信家か勇気のある愚か者だけだが、その2つを重ね持っている者がこのクラスには存在した。
「火 閃光!」
アイリスは自身の席から担任の元にジャンプする、そしてその途中で魔法を詠唱して火属性の閃光を放つ。
彼女の十八番のアセムの魔法である。魔力を線上に放つことによって貫通力を上げた魔法だ。
「ア、アイリスさん!?」
「とにかく時間を稼がないと!」
召喚魔法には時間制限がある、契約という条件を用いて発動する魔法故の制限だ。
「魔法使いか、少しはやるようだな」
「ちょ、効いてない!?」
アイリスは十八番の魔法が全く効いていないのに驚愕の声を挙げる。確かに自分が持つ魔法の中でも牽制程度のものであるが全く効かないとは思いもしなかったのだ。
だがそれを見てこいつには全力全開で挑むしかないと覚悟を決める。
「先生、下がっていてください!」
「わ、私も協力するわ、み、皆の担任ですもの」
その声は震えていたが覚悟は本物のようだとアイリスは感じれた。アイリスはチラッとシエルの方を見る。
あの戦闘狂ならばこの状況すぐに介入するはずであるが行動を起こさなかったので疑問に思っていたのだが。
(まだ寝てやがる!?)
シエルはこの騒ぎをどこに吹く風のように机に突っ伏して寝ていた。だがそれを見てシエルの助けは期待できないと確信する。
再び、目の前の髑髏の男に視線を移すと、すでに向こうは剣を構えており強大な威圧感を出しており、いつでも戦闘になるような状況だ。
「最大の一撃を叩き込みます、先生は援護を」
「わ、わかったわ」
アイリスとマリアは戦闘態勢に移り覚悟を決める。アイリスは全サーキットを作動させて集中する。
「火、水、土、風、我は 精霊を……」
「なにやっとるんだ貴様ら?」
その言葉にその場に居た全員の時が止まった。
例外もなく骸の男も動きが止まったが一瞬であり、その声の主に目線を向けていた。
「む、貴様、魔王か?」
姿は変わっているが、彼は魂で判別しているので直ぐにその正体に行き着く。
「久しいなプルート、1000年ぶりか?」
「我にとっては最近の出来事だ、して貴様が居るとなればここは戦場か?」
マナとプルートと呼ばれた男は、まるで久々の戦友に会ったかのように言葉を交わす。
そして魔王ならば呼び出された先は、戦場でしかなかったのでそう勘違いするのは仕方ないが、マナは呆れていた。
「たわけ、ここは学びの場だ、午前の陽光で気持ちよく寝ていたら空が暗くなり目を覚ましたら貴様が戯れているから何事かと思いな」
「……学びの場ではないのか?」
マナとプルートは軽口を言い合うが、その空気に耐えれなくなったアイリスは思わず大声をだす。
「ちょっとこれはなんなのよ!」
「何って冥界の王のプルートだが?」
「それをどうして呼び出したのよ!?」
「むっ、ツインが呼び出したのではないのか?」
「呼び出せるか!」
マナはハテナと言った顔になるが、アイリスは怒りすぎてぜいぜいと息をあげる。マナは担任の方を見てみるがマリアは首を横にぶんぶんと振って全力で否定していた。
「むう、どうやら寝ぼけて呼び出したようだ」
そんな理由にアイリスは口を開けるしかなかった。
「では契約はどうするのだ?」
「召喚1回につき骸を1000体だったな」
「ここに居る人間では足らぬぞ?」
その言葉を聞いてアイリスは身構え、他の皆は恐怖を再び感じるがマナはそれを笑って流した。
「ふははは、よいが思わぬ反撃を食らうぞ?」
「そこの娘と、あの端の娘か?」
プルートが指し示していたのはアイリスとシエルのことであった。
「うむ、どちらもこの時代にしてはなかなかの粒でな」
「見れば分かる、特にあの金の女とは一度切り合いたいものだ」
アイリスはそれを聞いて少し悔しい思いをする。眼の前の最上位の存在と言っていいほどの猛者がシエルを認めていたからだ、しかも寝てるだけなのに。
「まあここは退け、次に召喚する時は骸を2倍用意しておく」
「よかろう……では我は帰るとしよう」
そういってプルートは後方に魔法陣を展開させてそこに飲み込まれていった。
空の暗雲はプルートが去っていったと同時に消え去り陽光が教室を照らす、冷気もすっかりと教室から消え、生徒は皆安堵の表情を取り戻す。
「あんたねえ、ちゃんと謝りなさいよ」
「なぜ我が謝らんといかんのだ」
マナはアイリスと喧嘩をし始めるが、予想外の人物の泣き声が響き渡り中断される。
「ふええええええええん、怖かったよぉ!」
それは担任であるマリアの泣き声であった。
あの巨大な存在と最も近くで相対して、アイリスのように人並み以上の勇気も持ち合わしていないので、当然の反応と言えばそうなのだが大の大人が号泣しているその様子は悲壮感が半端ではなかった。
「……ほら、謝りなさい」
「……うむ、すまなかったな」
「ふえええええん、もうあんな怖い人呼ばないでくださいね!」
「うむ、次は優しいやつを呼ぶとしよう」
アイリスはこいつ反省してないなと思った。
それからは授業は中断となって、昼休みの時間に突入していた。