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7:初めての授業

 この学園には寮は大きく2つに分かれている。


 1つは通常の寮、といっても見た目はそこらの屋敷よりは格段に良く、部屋も一般的な家のよりも良いものとなる。


 2つ目は特待生の寮、見た目も学園内の建物の中でも格式が高く、一目で特別だと確認できるものだ、部屋も貴族の部屋と変わらずに不便することもない。


 そして、その特待生の寮でも一際大きいのが2人用の部屋なのだが、


「なかなかに狭いな」


 それを持ってしてもマナの感想はそれであった。


「マナはどこかの高貴な貴族?」


 エルサは自身の荷物を大きめのカバンから取り出しながら聞く。


 ここまで広い私室となると、彼女からしてみればあり得ないものであり、となると貴族の中でも上に位置する貴族なのかと、そう思ったのだ。


「そういえば先程は言いそびれていたな」


 マナは腕を組んでエルサの方を向き直る。


「我は魔界たるクリフォルトを支配して、世界を手中に抑えた唯一絶対の魔王である」


「魔界、魔王?」


 マナの言うことに信憑性はまったくなく、彼女は疑問の表情を浮かべる。


「魔界も魔王も勝手に名付けられたものだがな、存外に気に入っている」


 そしてマナは自身の過去を少しばかり語る。


 といってもこのように語るのもエルサが臣下なので特別だからであった。


 マナ語られたことは、彼女が治めていた国の事、魔王の事ならこの国の人間は知っており、その内容とかけ離れていていたが、その話を聞いてエルサは、それが嘘だとは思えなかった。


「文献にも書いていない事だけど、嘘だとは思えない内容」


「うむ、王の言うことを信じるのも立派な忠義である! ……して我の偉業が語り継がれてないのは残念であるな」


 どうやらマナの事は後世に語られていないようだ、功績から見ていいようにも悪いようにも語り継がれてもおかしくないものであるが、今のマナはそこに興味はなかった。


「戦いも、政治も、遊びも、我は面白くないと気がすまないタイプでな、それが転生した理由である」


「今は面白い?」


「うむ、なかなかに見どころがあるやつもいるしな、しばらくは退屈せずにすみそうだ」

 

 からかいがいのあり、素質も十分なアイリス、この時代には珍しいと思える王の資質を持っているシエル、この2人だけでも転生したかいがあるといっても良い成果であった。


 なにせ転生前は全て収穫してしまったあとなのだから。


「して、もう夜か。我はそろそろ寝るとしよう」


「おやすみ」


 マナはエルサに前世のことを語り聞かせていたら夕暮れは暗闇に変わっていた。


 マナは眠くなったのでベッドに潜り込むとすぐに目を閉じて眠りについた。



 

 ――そこはどこかの森の中か、といっても周りの樹木はなぎ倒され、草は燃え盛り、土は穴だらけ、この惨状はとても森とは信じがたい、訂正するならば森だったところか。


 そこに存在する生物は、黒き王と白い少女のみ、この2人がこの有様を創り出したのだ。


「無駄」


 王の放った暴力的なまでの黒い閃光は白き障壁によって防がれ、消え去ってしまう。


「無駄か……面白いな」


「面白い?」


「貴様は無駄と言ったのだぞ、ただただ防ぎ攻撃を繰り返すだけだったお前が」


「それがどうしたと言うの?」


「道具であり人形たるお前に感情が生まれつつあるというのだ」


 戦いの最中でありながらも王は笑いながら、それも面白そうにそう返す。


「……感情」


 その聞きなれない単語に少女は、何か暖かさを感じながらも嫌悪感が生まれる。


 使命を全うするのに、それはいらないものだが、興味がないわけではない、その狭間で揺れているのだ。


 そして、そう迷っているのも、少女が心を手に入れつつある証拠であった。





「起きて」


「ん……朝か……」


 マナはゆさゆさと身体を揺らされてるのを感じて目覚める、目を開けると青白い髪の毛をした最上に位置しないが上位に位置するぐらいには整った顔をした少女が目にはいる。


「エルサか……」


 彼女が転生した世界での第1の臣下であると思い出す。


「はて、何か夢を見ていたきがするが……」


「制服と教科書が届いた」


「おお! 昨日、測っていた召し物か」


 昨日、寮に入る前に身体を採寸して、今日そのサイズの服が送られていたのだ。


 この学園では、基本的にこの学生服で過ごさなければならず、マナもその見た目はなかなか良いものだと思ったので、そこに異議を唱えることはなかった。


「ほう、黒を基調とした服か、それに何やら印が着いているな」


「それは校章、この学園の生徒ってことを表す」


「なるほどな」


 魔王は早速着ようとして今まで来ていた服を脱ぐ。


「胸の下着は?」


「む? そういえば女は上にバンドをつけるのであったな、だが我には必要あるまい」


 マナはあまり男と変わらない胸の大きさと、鬱陶しそうという理由から別に付けなくてもいいであろうと結論に達しており、エルサも特におしゃれやら、自身のスタイルやら気にする方ではなかったので特に注意することはなかった。


「うむ、少しばかり動きにくいがまあ良かろう、では身支度を整えて出向かうぞ!」


 初めてのスカートを鬱陶しそうにしながらも服を着替える。元々は男だが特段女性の服を着るのに抵抗はなかった。これはマナが男であろうが女であろうが魔王であったことは変わりなく、少女ならばそれに相応しい最上の身だしなみをするだけという考えからである。


 マナにとって大事なのは男だろうが女だろうが最も良い見た目なことである、故に魔王時代の名前も似合わないと思い名前を変えたのだ。


 マナは鏡を映し出し、身だしなみをチェックすると廊下にでる。そこでは多くの生徒が雑談などをしており教室に向かうところであった。


 マナはエルサに案内されながら教室に向かうのであった。


 別校舎の階段の前までくるとエルサは立ち止まり、マナの教室を指さした。


「我の教室とやらはこっちか」


 彼女達は特待生と一般の違いか教室が違っており、特待生の教室は最上階となっていたのだ。


「頑張って」


「うむ、エルサもよく学ぶとよい」


 短い言葉を返し二人は別れる。



 マナは1年生と書かれた教室のドアを開ける。


 中は机と椅子がずらりと並んでおり彼女は学び舎の形態は昔と変わらぬかと分析する。


 何か変わった事があるかと言えば、マナが入ってきた瞬間生徒たちが一斉に彼女を見つめているところであろうか。


 見られることは慣れているが、そうジロジロと見られるのはマナとしても気分が悪いものであった。


「むっ、不敬な、許可も取らず我を拝謁するとはな」


 そう言うと、マナを見ていた生徒はドン引きしたり、驚いたり、慌てて目をそらしたりなど千差万別な反応を見せる。


 そんな反応も気にせずにマナはクラスを見渡す、すると端の方で机の上に顔を突っ伏しているアイリスを見つけてそちらの方に向かう。


「ツインよ、我が来たのに挨拶をしないとは何事だ?」


「……おはよう」


「元気がないな、からかいがいのない……」


 マナはつまらなそうに吐き捨てるがそれでもアイリスは反応がなかった。


 彼女ならば、ツインって言うな! とか面白い反応を見せると予想していたので何かあったのかと思っていたら後ろからシエルがやってくる。


「おはよう」


「うむ、良い挨拶だシエル、してツインはなぜこんなに元気がないのだ」


「面白いことにソルという名を持っておりながら、こいつは朝に弱いのだ」


「……ほっとけ」


 アイリス・ソル・リュミエールのソルは太陽という意味を持っている。それなのに朝に弱いとは確かに名前負けしているなとマナは呆れ返った。


「それにしても皆じっと我を見てくるな、確かに我は幼くても至高な身体であるがこうも見られると些か照れるな」


「……それはあんたのサーキットの数が1って噂が広がってるだけ」


 アイリスはなおも机に突っ伏しながら、注目を浴びてる理由を告げる。


「サーキットと言ったか? 強さとはそれで決められるのか?」


 サーキットという概念は魔王の時代には存在していなかった。


 マナはこれを魔力という大きいカテゴリから、さらに細分化されたものと認識していたが、それにしては盲信し過ぎではないかと感じてもいた。


 事実、神代は魔力だけで戦いが決まることはなかった。量だけ多くても性質、それに武術も関わってくるのだから。


「自身の魔力炉たる根源から伸ばされた魔力の道、多ければ多いほど有利なのは普通でしょ……」


 アイリスが言うには、サーキットとは根源から魔力を取り出し身体に巡らせるための道であり、多ければ多いほど魔法を発動しやすいらしい。


「だが数だけではなく質も大事だ、例えば道の広さが広いほど魔力も一度に送られる量が多くなり魔力の出力にも関わる、特に数だけにかまけたそこで死んでいる女のようにな」


「……うっさいわね」


 マナはなるほどなと納得する。


 神代の魔法の体系は、大気中の濃いエーテルを利用して魔法式を生成し自身の魔力炉を接続する方式である。


 魔力が薄れていくうちに外に描く魔法式の効力も薄くなり、体内のサーキットを魔法式の代用としてエーテルを取り込み、そこに魔力路を接続する方法になったのだ。


 マナはそこで自身のサーキットとやらが一つなのが納得した。マナの時代の魔法式とは外に作り出す事により、魔力炉を接続するには道は一つで十分なのだ。


 だがサーキットを魔法式としている現代の魔法使いは、サーキットの数が多ければ多いほど魔法を扱えるというわけだ。


「つまりはサーキットの数は魔法の種類に影響してくるということだな」


「といっても基本属性の火、水、土、風、空の5属性に限られているがな」


 シエルはそう説明する、サーキットの基礎となる属性はその5つであり、そこに自分の根源を接続させる。


 例えば純血の家系は魔王を根源としており、そこに炎のサーキットを接続すれば黒炎が出来上がる。



 つまりは、魔力炉から直に魔法を唱えるのが昔のやり方で、


 魔力炉からサーキットを通し間接的に魔法を唱えるのが今のやり方だ。


 前者は、外のエーテルを思う存分取り込めるので強力な魔法が唱えられるが、


 後者は、内の魔力とエーテルを合わせたハイブリット方式で、エコだが出力が落ちる


「ちなみに貴様らの根源はなんだ?」


「……私は太陽」


「私は月だ」


 ルナは月という意味だったなとマナは思い出す。


「といってもこいつは5属性の研究ばかりで根源に未だにたどり着けていないがな」


 アイリスは太陽の力を扱えるはずだが、自身のサーキットが5属性全て存在することに気づきそちらのほうを極めていた。


「……人の勝手でしょ」



 そんな談義をしていたら、鐘が鳴る。


「皆さん、着席してください」


 それと同時に黒きローブをまとった女性が教室に入ってきて、この鐘は合図かとマナは納得する。席は決まっておらず適当でいいので、マナはアイリスの隣の窓際の席に座る。


「担任を務める、マリア・ルージュです」


 そういって黒板に自身の名前を書いていく。


 マナは彼女を見定める。


 ――魔力は十分、ツインとシエルには勝らないが昨日の純血とやらの生徒と比べたら天と地ほどの差がある。教える立場からしてそこそこの技術を持っているであろう。


「これから皆さんは魔法の基礎を習うことになります、何事も基礎が大切です」


 それらしいことを言って、授業が始まるのであった。


「ふあああ……」


 マナは思わず欠伸をしてしまう、最初の内は現代の魔法の仕組みとやらを説明していたので勉強になったが、それを理解してしまえば他の事は低レベルなことなのでどうして退屈になってしまう。


 アイリスの方を見てみると彼女も一応聞いているが退屈といった顔であった。シエルに至っては教科書を壁にして熟睡していたのだ。


「我も寝るか……」


 こういう心地よい日光は、マナにとってどんな睡眠魔法よりも効果がある魔法であり、机に突っ伏してうたた寝と洒落込むと決意した。




「ではマナさんやってみてください……マナさん?」


 マリアはマナを指名するが机に突っ伏して起きないので疑問に思う。


「ほら、呼ばれたわよ」


 しょうがないので隣の席のアイリスが、マナの身体を揺さぶって起こすと、明らかに寝起きで機嫌が悪いという表情をしたマナが顔を見せる。


「……たわけツイン、起こすのは昼にせいといったではないか」


「誰がツインだ、さっさと前に行って来い!」


 そういってアイリスは背中を軽く押してマナを前に向かわせる。


「えっと、大丈夫ですか?」


「……アイシャ、戦争か、いつでもでれるぞ」


 マナは寝ぼけて訳のわからぬことをいっているが、マリアはそれも個性として流すことにした。


「ここの魔法式の通りにやってみてください」


 マナは黒板に書かれたそれを見てみると、それが召喚の魔法の式だと気づく。確か自分と契約したものを呼び出す魔法であり、空間魔法の中でも基礎の基礎である。


 マリアは一応マナの事を知っており、サーキットが1つの彼女でも5属性と関係のない、この魔法でフクロウならば召喚できるのではないかと、自信をつけさせるために善意で指名したのだがそれは大きな間違いだったと後で後悔することになる。


「……よいぞ、今宵の戦いは派手なものにしようではないか」


「え?」


 マナは召喚の魔法を唱える、すると5つに重なった魔法陣が空中に展開される。


「これは……」


「ちょ、5重魔法!?」


 マリアとアイリスはそれを見て息を呑む、魔法式とは重ねれば重ねるだけ効力を増す、5重に重ねるとなると最上位の魔法であり簡単に発動できるものではない。


 それにアイリスなどが扱う魔方陣とは違い、複雑な構造であり、教師であるマリアはおろか、アイリスですらその仕組みを半分ほどなんとか解読出来るレベルである。


「……では後は任せる」


 マナは寝ぼけた顔で、自身の席に戻り午前の陽光に身体を預けるのであった。

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